表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

革命者

作者: 雉白書屋

 夜。とあるバー。そこに来たある男。歳は三十代。

一般的には働き盛りで金も稼げるようになってきたころ。

 ただ、その男はやけに羽振りが良く、高い酒ばかりを注文し、ご満悦であった。

何でも今夜はお祝いだそうで、それならばもっと女性がいる店でも行けばいいと

周りの客は思ったが、すでに何軒か行ってきたあとらしい。

 しかし、喜びは冷めやらぬ。

近くにいた客に絡み、そして自慢話に大風呂敷を広げていた。


「俺は人生の勝者だ! 勝ち組! 王だ王!」


 ただの酔っ払いの戯言、妄想、現実逃避。家は狭いアパート。

彼をよく知らない者はそう思うだろう。

逆に彼を知る者はまあ、そうはしゃぐのも無理はないと

半ば呆れつつ納得はするだろう。彼は……。


「あれ、お前、高校の時の……」


「んー?」


「ほら、俺だよ俺、眞下だよ」


「お、おーおーおー!」


 彼にそう声を掛けてきたのは高校の時のクラスメイト。

思わぬ再会に二人は酒が入っていたこともあり、大げさに抱き合った。


「ははは、いやぁ、それにしても大分、飲んでいたみたいだな」


「まーなーあぁへへへへへ」


「何か良いことでもあったのか? そう、いい……儲け話とかさ」


「んーんーふふふふふ、そーいうお前はー……しけた顔! ははははははは!」


「まあ……な、実は、職を失ってな」


「ほほーう! あーめん! めん! めん! めーん!」


「こらこら、顔を叩くな、それで、どうなんだ?」


「んーふふふふへへへへへどうでしょうねぇ」


「あー、なんかその人、ロボットを作った人らしいよ」


「あー、いうなよー!」


 彼に直前まで絡まれていた他の客は気だるそうに教えてやった。


「ロボッ……ト?」


「んふふふふふー、そうなんだー。俺はロボットの開発者ー!」


「そうか……そう言えば、頭良かったもんなお前」


「おまえー? 様をつけろお前様! ははははは!」


「ははははは、いたい、いたいよ……それで、どんなロボットなんだ?

最近は色々出てきたからな」


「んーへへへへ全部!」


「全部? ははは、さすがにそれはないだろう」


「かーこれだかりゃ素人はぁー」


「ははは、教えてくれよ。先生様」


「んふふふふ、せつめーしても、お前、わかんないだろー?

まー、おれ様が開発したのは、こーんな小さなチップさぁ。

全てのロボットに使われる大事な大事なチィーップ。脳みそみたいなもんさぁ。

革命的な大発明だとさ! へへへへ、そいつの特許料でがっぽがっぽがっぷり四つ!」


「あははは、ほら、痛い痛い、組んでくるなよ。それで、本当なのか?」


「そうさー、ほれ、スマホに写真がぁ」


「ああ、ほんとだな」


「うっひひひ、人生楽勝! 完勝! 今後もこの俺が世界を牽引するぅ!

それでぇ、お前はなんでクビになったんだぁ?」


「……ああ、銀行員だったんだけど」


「ぎんこーいん? 横領でもしたかー? それともいんこー? 

銀行員だけに淫行イン! はははははは!」


「ははは……ロボットが導入されてな、ははは、あいつら仕事が早くてさ。

客への応対も問題ないし、手続きやら何やら、むしろ人間を介さない方が早くてさ。

それもそうだよな。パソコンが手足とそれに口を生やしているようなもんだもんな。

融資の判断も――」


「よくしゃべるなー」


「ははは、悪いな……。でもまだあるんだ。その後、レストランのウェイターをやってな」


「ウエーイィィィ!」


「でもな、そこにもロボットが導入されてな。ほら、ミスしないし、客への説明も完璧。

おまけにたくさん運べるわけだし、そして何より銀行の件もそうだが

賃金だってまあタダなわけじゃないか。そりゃ、初期投資とか

メンテナンスとかはあるけど不眠不休でこき使えるから人間雇うより安上がりでさ」


「あー、そりゃりゃそうだぁ、クビクビ」


「でな、次は工場に勤めてな。でも、そこでもな……。

その後はタクシー運転手。そこでもロボット。

その次はコンビニのバイトもな、ははは、はははははは!

はーっはっはっはっはははははははぁ!」


「お、おお、ま、まあでも、何かあるはずだよ、能力を、その、活かせる……」


「でな、思ったんだよ。俺がやるべきことをな。

俺みたいな不幸な人間を出さないために何をすべきかってさ。

あ、おい、どこ行くんだ。ははは、待てよ、なあ、待てよ!」


 彼は代金を置いてバーから飛び出した。酔いはすっかり醒め

さらに深夜の冷たい空気が彼の頬を、肺をナイフを当てるように冷やす。

 だが、もっとも背筋を凍らせたのは背後からの怒号と靴音。

酔いが醒めたとはいえ、足にゴム紐を巻かれたように彼の走り方は不格好であった。

追いつかれるのは時間の問題。向こうも少なからず酒は入っているだろうが

ちらと振り返った際、闇の中に見えたその顔には酔いはどこへ、怒りしか窺えず。


「だりぇかー! だりぇかー! たすけー!」


 呂律が回らないのは限界が近いからだ。息も絶え絶え、目の前がぐるぐる回る。

大量にかいた汗は急激な運動のせいではなく恐怖心によるもの。

 殺される。なぜわかるか。うしろの男がそう言っているからだ。

 殺す殺す殺す殺す。それが冗談で言っているのではないことはわかる。

もう振り返ろうとは思わなかった。うしろにあるのは人ではなく怨嗟の集合体。

 ロボットに取って代わられ、持て余した首を吊るしかなかった亡者がとり憑いている。

 冗談じゃない。今、殺されてたまるか。すべてを手にしたんだ。

そう奮起した彼は走った。

死力を振り絞り、汗と共に酒が一滴残らず体から流れ出るよう祈り

助けてくれる人を、希望を探し走った。


 そして見つけた。

 赤い、赤いランプ。


「パトカーだぁ! ざまあみろ! へへへ! たすけてー!」


 ――あ

 

 彼はそう言った直後、頭の中がぷつんとテレビの電源を切った時のように

何も浮かばなくなった。ただ一つの残像。ある新しい取り組みのこと以外は。


「どうか、されましタカ? 事件ですカ? 事故ですカ?」


 彼は思い出した。数ヶ月前にパトロールロボットが導入されたことを。

それにより、警官のパトロールはほぼ無くなった。

 悲鳴、何かあればロボットがすぐに駆け付け応対、警告を発する。

必要であると判断すれば最寄りの交番、警察署に通報。

五分とかからず警官が駆け付ける。

その間、犯人の姿を撮影。慌てて逃げたとしても後に逮捕へと繋がるのだ。


 効率重視。


 そう、この方が犯罪の防止も検挙も効率がいいのだ。

 ただ、後先を顧みない者によって生まれる、ごく少数の犠牲を考慮しなければ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ