第89話 急転直下
「お前はこっちから帰るのか?そうか、じゃ、またいつかな」
「はい、さようなら」
たくさんの人が行き交う平都中央駅構内で、私は正治さんと別れた。電車内で眠ってしまったからか、何だか意識が凄くふわふわする。
少し別れの挨拶はそっけなかったかな。
電車を乗り換えるために、TR線の改札を通り、中央線のホームに向かう。願わくばもう少し一緒に居たかった。
短い時間だったけど、頭が凄くすっきりしたような気がする。本心から楽しいって思えたし、
(また、会いたいなぁ)
正治さんの友達って、実際に会ったらどんな人なんだろう。次はどこに行こうかな?次は山の方に行ってみる?考えているとすごくワクワクしてくる。
だけど、結局正治さんを殺すことは出来なかった。
悔しい?いや、全然違う、むしろ凄くホッとしてる。
他の人とは全然違ったんだ。殺すことを考えたら、血の気が引いていく感じがして、私の心が強く拒絶していた。
(……やっぱり、あんなことするべきじゃなかったのかな)
私はこの手で人を殺してきた。
だけどそれは、私が家族を助けたかったからだった。
一人を殺すごとに、私の中の命の重さがだんだん軽くなっていくような感じがして、最近はもう、人が死んでも何も感じなかった。
『俺の友人って、面倒臭いやつばっかりだったんだよ。まあ、そのおかげで退屈しなかったんだけどな』
『あいつらが傷付くところは、出来れば見たくないんだ。5年前の件だって、境界事変だってある。
だから俺が強くなって、守れるようになるんだ。多分あいつらも同じこと考えているけどな』
だけど、正治さんが自分の友人を、口では面倒臭いって言いながらも、嬉しそうに話してくれた。
私が家族に思う感情と同じだった。
(私が殺した人の中にも、家族がいて、帰りを待ってくれる人が居たのかな)
今まで無視してきた重さが、正治さんの言葉をきっかけに私に降り掛かった。
苦しかった。私は今更になって、これまでのことを後悔した。だけどそれがなかったことになる日はきっと来ない。まさに後悔先に立たずだった。
泣きたくなった。だけど私にはそれが出来なかった。私のしたことは、お母さんやお姉ちゃんを殺した誰かと同類だってわかっていたから。
(結局……同じだったんだ)
自分の欲望のままに動いた結果だったと、私にはすぐに分かった。
もう私には人を殺すことなんて出来なかった。だからもう、ここですべてやめてしまおうと、そう思ったんだ。
どれだけあの人を想っても、私は隣に立つ資格すらない。
(いつからそんな関係になったんだろうなぁ、まあいっか)
―――――――………
『失敗したわね。まさかあいつ相手にここまで心を揺さぶられるとは。死ぬにはまだ早いわね』
(この声……どういうこと……?失敗したって……)
『本来ならあなたの手で殺させたかったけど、ま、いいか』
(なに……なんなの!?意味がわからない……こんな契約じゃなかった筈なのに!)
『少し身体を借りるわよ。大丈夫、戻った頃には、
全て終わっているわ』
(や……やめて……もう、いやだ……おねが
意識が闇に落ちていく。最後に私が漏らした小さな声は、電車の音にかき消された。
◇◇◇
「……ま、いい仕事はしてくれたかしら。この身体でヤツを殺す。ついでに星姫の心にも、トドメを刺してやるわ」
彼女はニヤリとほくそ笑む。
それは星姫の皮を被った彼女と違う何者かであった。




