第88話 躊躇い
私は星が好き。
美しく光り輝くけど、どんな者であっても手が届かない、お金では計れない価値がある。
星のような人間を、私は見てきた。何としてでも護りたいって思えるくらいには。
その人と比べてしまうと、世間の人はみんな見劣りしてしまって、その価値を見失っていた。
久しぶりに感じた。星のような煌めきを。
「今日は楽しかったか?今度は夏休みにするか?」
◇◇◇
今、ここには誰も居ない。この人を殺すには絶好のチャンスだった。
「今度はあいつらも誘えれば良いな。きっと楽しいぜ」
早くしないと電車が来るよ?ここさえ踏ん張れば、もう全てが終わるのに。
「……大丈夫か?何か顔色悪くないか?」
「だ、大丈夫です」
もうこれまでに70人殺してきたんだ。何を今更躊躇っているんだろう。
『さあ、早く殺れ。そうすれば全て終わる。“望み”を叶えてやる』
頭の中で声が響く。その言葉は間違っていない、私が、私自身がこれを望んだんだ。
ベンチの上で、ぎゅっと手を握りしめる。
『まもなく、1番線に、平都中央行き、都市地下鉄東州線の電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側にお下がりください』
あれから、全く機能していなかった私の両の耳に、機械音独特のぎこちなさの目立つアナウンスが入ってきた。
トンネルの奥からから電車の近づく音がする。
「ほら、行くぞ」
正治さんがこちらに手を伸ばしていた。
私は迷わずその手を取った。
◇◇◇
車内には数人の人がいた。みんながみんな、無言でスマートフォンを使いながら、目的地につくのを待っていた。
「……星姫、何をそこまで悩んでいるんだ?」
「気づいていたんですか……?」
やっぱり、私はあのとき明らかに動揺していたんだ。きっと不信感とか、余計な心配をさせたのかもしれない。
だけど、言えるわけがない。こんな話は、この人には、面と向かって言うようなことじゃない。
「個人的な悩みは、俺別にカウンセラーじゃないから困るんだけどさ、今日のことに、不満があったら遠慮なく言っていいんだぞ。またプランを考えとくからさ」
「いえ……大丈夫です、ありがとうございます」
優しい声だった。なんでか分からないけど、凄く特別な音色だった。
私は無意識に身体を寄せていた。この温もりを感じたかった。まるでずっと昔からこれを求めていたように。
ずっと冷たい体にしか触れてこなかった私の、心の底から望んだ温かさ。
私がずっと殺すのを躊躇っていた理由が、少し分かったかもしれない。
◇◇◇
やっぱりさっきから星姫の様子がおかしい。
魔物騒動のせいで、殺意や悪意に敏感な俺が言うのだから間違いない。
星姫は俺をずっと意識していた。好意をはらんだ殺意のような、殺すのをずっと躊躇しているような、
多分、ずっとそうだったんだ。人がいなくなったからそれが強く表面に現れたのだ。
俺は星姫を信じていた。得体のしれない信用のようなものが、俺の周りに付き纏っていた。
淡い期待なんて微塵も信じてこなかった俺が、だ。
信じていたからこそ、これ以上のことを犯さないように、歯止めが効かなくなる前に、互いの望まぬまま、戦うなんて事にならないように、
俺は、星姫の心に寄り添おうとしていた。冗談交じりで口先だけで薄っぺらいものであっても。
(って、俺なんでこんな事考えてんだ?別にそんなの気にしたことないだろ)
何だか頭が痛くなってきた。推測でものを考えるのは止したほうがいいかもしれない。
(……ほんと、ずっと俺の腕に絡みついてんな。まあいいか、不快じゃねぇし)
『まもなく、平都中央、お出口は左側です』




