第85話 心の探り合い -Ⅲ-
「席が空いていて良かったですね」
意識しているのかいないのか、星姫は俺の隣の席で、更に身体をこちらに寄せてきた。
(もう……いいやこのままで。数十分で終わるのだから)
座った席は水槽に割と近いので、もしかしたら水がぶっかかるとかがあるかもしれない。
席の8割以上が埋まったところで、イルカショーは開演した。
最初は飼育員の人が出てきて、水槽の中を泳いでいたイルカにエサを上げる素振りをしてから、指示を出しているようだった。
イルカだって、現物を見たのは初めてで、これからどんな演技が始まるのか俺だってほとんど知らない状態で見ることになるので、この行動の意味も良くわからない。
多分、イルカにエサを上げてやる気スイッチでも入れているのだと思う。
(生き物の生態って不思議だよなぁ……人間じゃなくても何か上手くやったらショーとか出来るんだろ……頭良いんだろうな)
隣の星姫は、俺の肩にガッツリ自分の肩を密着させながら、ワクワクした顔でイルカの方を見つめていた。
邪念があるようには思えないが、あの無茶振りをかましてきた美空さんに、何もなかったではなく、様子くらいはできる限り報告はしておくべきかもしれない。
(やっぱり早とちりだったんじゃねぇか?見間違えたのか?美空さんが?)
勘違いならそれに越したことはない。
「正治さん!!見てください!イルカが飛んでますよ」
「あ、ああ……あれ……この位置……」
星姫はジャンプしていたイルカの方を指差した。距離はかなり近い。迫力は満点だった。
星姫は予測していたのかは知らん。だけど俺には1つの未来が明確に浮かび上がった。
バッシャァーン!!
「……ず、ずぶ濡れ……」
イルカが水に着水したその瞬間、水は連動するように一斉に縦に巻き上がり、そのままこちらにぶっかかった。
タオルくらい持ってくるべきだったか。
「……もっと後ろの席って空いてなかったのか?」
「こっちのほうが迫力あるかと思いまして……」
星姫はポケットの中から取り出したハンカチで濡れたところを拭いていたが、何とかなりそうな気配がなかった。
「確かにすごい迫力だな。臨場感溢れるぜ」
俺は星姫からハンカチを借りて、拭き取れるところは何とか拭き取った。
その間も、イルカは輪っかをくぐったり、二匹同時にジャンプを披露したり、少し遠くの離れた場所で水しぶきを上げまくっている。
周囲の客席からはその度に歓声が上がり、幼い子供の声もよく聞こえた。
ハンカチ片手に星姫も興奮して見つめていた。
楽しかったなら良いか、と俺は思った。
◇◇◇
「えっ、藪子〜小津浦間で電車が運休だって!?」
俺達はイルカショーが終わったあと、スマホを見たが、そこで驚きのニュースを見た。
最近広範囲で出没しているゾンビの影響で、線路の一部が破壊され、暫くの間運転を取りやめることになったのだ。
そしてその区間が、俺達の帰宅ルートのど真ん中、つまり必然的に遠回りする必要が出てきた。
「困ったな……平急線も巻き添えを食らっているみたいだし、帰るなら平都中央まで出てからだな」
「まさかこのタイミングで……夕方には変える予定だったんですが……」
「今が昼間だし、昼食でも食べてゆっくりしていれば良いんじゃないか?」
想定外ではあったが、まだ時間は真昼間だ。俺的には帰るのが夜になってもある程度は大丈夫だし、楽しめる時間が増えたとも捉えられるし、俺達は腹を満たしてから再び休日を楽しむことにした。




