第5話 陽山時雨
昼休憩の後、連絡などがいくつかあって、帰宅の時間がやってきた。今日はまあ半分午前授業みたいなもんだったので、早く帰ることができてラッキーだ。
「理央~、帰るぞ~」
「まって、今から時雨ちゃんとLINE交換をするから」
「いつからお前らはそんな間柄になったんだ」
何かの話があったのか、理央と時雨の二人はいつの間にか仲良くなっていた。
それならそれでいいが、俺が心配しているのは、二人が仲良くなることで、理央が俺と疎遠になってしまわないかっていう話だ。
現状、このクラスで話せる人が理央しかいないのに、そうなるのはちょっときつい。
「心配しなくても、私はずっと一緒にいるよ。友達として」
「ま、まあそれなら良いんだが」
「彼氏じゃ無いんだ。奥手だね」
理央の心を見透かしたような言動に、俺はちょっとだけドキッとした。理央が妙に勘が良いのは、俺とずっと一緒にいたからだろうか。
最後に時雨の変な言葉が聞こえた気がするが、俺も理央も、もちろん聞いていないふりをした。
昇降口から外に出て、目の前には、の体育科や魔法科の実習に使う広いグラウンドが見えた。この道を左に行けば寮があり、右に行けば校外に出ることができる。
「そうだ、寮の門限って、七時くらいだったよな」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「今日は部活にもまだ入ってねぇし、この辺のことをまだよく知らねぇから、お散歩感覚でぶらぶらしようと思ってな」
「ああ~確かにね~、私達平都市のちょっと内陸部の方から来たから、確かにこの辺のことはよく知らないかも」
俺達の孤児院があったのは、住立区の、中央区を挟んでちょうど反対側に位置している、高府区だ。経済の根幹をになう、中央区と対照的に、高府区は、この国の政治の中枢をになっている。
「よっしゃ!じゃあ今から行くぞ!時雨も来るか?」
「うん、私も」
彼女は、そう答えた。
だけどやっぱり、彼女は表情をほとんど変えなかった。何でなのか気になるけど、変に聞いて、時雨の心を傷つけてしまっても悪い。そう言う考えが、人を人見知りにするのだろう。
「おー、登校するときも見たが、この辺は、いっつも賑わってんな」
校門を出てすぐ右には、車通りの多い、大通りが広がっている。コンビニもこの道沿いにあったので、夕方の人は、結構な数だった。
そして、大通りを直進すれば、この高校の最寄り駅、悟町駅だ。
私鉄と地下鉄が交差しており、共に次の駅は、住立区の中心となる駅、住立駅である。お出かけするならかなり便利な場所にあるのだろう。
「じゃあ、駅前広場まで行ってみよう!特に目的は無いけど」
◇◇◇
「そういえば、時雨の中学校生活って、どんな感じだったんだ?」
俺は、せっかく一緒にいることが出来るので、鉄面皮で、何を考えているのかも分からない時雨のことを聞いてみることにした。
「あ!それ私も気になる!」
理央も、もっと仲をを深めようとしているのか、俺の話に便乗してきた。
時雨は、少し考え込んでから、こう答えた。
「んー、自己紹介の時に言ったように、私は読書が趣味。ずっと図書室に引きこもっていたから、彼氏とかはいないよ?」
「なんで、私が彼氏がいたのかをそのまま聞いたみたいに…まあ、聞こうとは思った。残念」
その後も、時雨は、自分の中学校生活のことを語り続けた。
授業がとても難しかったこと、一緒にいてくれる大切な「友達」がいたこと。
話し始めたらきりが無かった。時雨の目には、何かを強く思い出すような光が灯っていた。
そして最後に、時雨はこんなことを言った。
「正治君、私の大切な友達って、どこかあなたに似ていたの。だから、正治君と一緒にいると心地良いのかも」
「えっ、俺って心地よかったの!?」
俺は思ってもいない言葉に、自分自身にびっくりして、疑問を抱いたが、同時になんだかうれしかった。
「あ、アイス屋さんがある。あれ食べよう!」
これまでのちょっとしんみりとした空気に、理央がかまうことなく水を差し、一人で、駅前に見えたアイスクリーム屋さんに向かって、大通りを走り抜けていった。
大方、そんな空気にうんざりして、わざと話を陽気な方向に持って行こうとしたんだろう。
「おーい!早く~!!」
理央が大きな声でこちらを呼ぶ。
「じゃあ、行くか」
「うん、アイスおいしいかな」
時雨が、心なしか微笑んだ気がした。
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時雨には少し、秘密があります。読んでいればいずれわかるかも。