第50話 寄り道の話
「いたい……」
「テメェが急に抱きつくからだよ」
衝の強力なげんこつを喰らい、地面にずり落ちて頭を抑えている美空さんが、絞り出すようにそう言った。
変態とはいえ、実の姉をぶん殴れる衝の度胸には、俺も少し見習いたいところがある。
「おー……そっちは一体何があったの?」
「俺は美空さんのブラコンの片鱗を見たぜ」
「えっ、ブラコン……?」
理央は、ドン引きというより困惑したような表情をして、地面に倒れ込んだ美空さんを眺めた。
理央は俺が衝と話したことは知らないし、俺からも言っていないので、これは理央にとっては始めての話だ。
「わざわざ、こんなところまで寄り道したツケが回ってきましたね。さっさと立ってください」
「そういえば、あなたは一体誰なんですか?」
俺は、美空さんの腕をグイグイ掴んで、乱暴に引き上げようとしている一人の男性に目を向けた。
「僕は護月さんの付き添いで、同じ大学の滝尾快征です。ほらさっさと立ち上がってください。弟の前で醜態を晒したくないでしょうが」
「敬語なのに言葉遣いがすごく荒い……」
対応を見る限り、これはいつものこととして捉えて構わないらしい。衝に会うたび抱きついて、そのたびにげんこつを食らうのがお決まりだとしたら、俺はそろそろ美空さんをただのブラコンからドMなブラコンに昇格させてみようと思う。
「はあ、もうちょっとここにいたかったのに……」
「寄り道だったのか?姉貴」
「昨日調子こいて上級を倒したのが祟ったわね」
もしかして、大量のお金を請求されたのだろうか。あれだけめちゃくちゃやっていれば、なくはないだろう。
「機密情報らしいので、僕達の口からは言えないんですけど、今から影島方面に用事がありまして」
「へー、機密情報握っているって……一般人が?」
「影島かぁ……何かあったっけ?」
この浜浦半島の、ちょうど先っちょに位置する、影島。文字通りそこだけが、半島から離れてちょっとした島になっており、平坂湾アクアラインの平都側の接続地点である影島JCTの他に、物流の重要拠点としても機能する場所だ。
無論、一般人が当たり前のように入れる場所じゃない。一部の物流関係者ともっと上の方の人だけだろう。
「……匂うぜ、あいつ何を隠してやがる」
「衝、一回ストップだ。もし本当に機密情報とかだったらお縄につくのはこっちだぞ?」
「……ちっ、一通り終わったら聞かせてもらうからな」
「もー、分かったから。話せるところだけね」
そう言って、美空さんと快征さんは、ショッピングモールの出入り口から出ていった。でも、衝の言う通り、やっぱり何かがありそうだ。機密情報なので探るようなことはしないが、また何かひと悶着ありそうな気がする。
「……正治、多分なんだけど、美空さんの仕事ってこれ関係なんじゃないかって思うんだけど」
「え?影島でか?」
「違う違う、影島のもっと先だよ」
理央が見せたスマホの画面に映っていたのは、今度東都市で行われるG7サミットに関するニュースだ。
「そうか……そういえば、あれって東都でやるんだったな」
「それと何が関係あるんだ?」
「平阪湾アクアラインは平阪地方と東海地方をつなぐ最短ルートだよ。東都市は東海地方だし、移動のときには使わざるを得ないでしょ」
つまり、美空さんたちは単純に考えて、その移動の重要拠点となる影島の警護か何かを任されたのだろう。
「辻褄は合うな」
「……もしかして、あの人達情報管理が下手?」
「否定はしねぇよ」
時雨が、少し呆れたような声でそう言った。




