第36話 心に秘めた決意
「……どういうこと?」
「こういうことです」
無理はないだろう。なにせ、さっきまで凄く怯えている様子だった私が、こんな言葉を口にしたのだから。
「分かってます。出しゃばるなって話ですよね。でも、セインスにはたくさんお世話になったから、死んでほしくはないし…何もしないで私だけ生き残っても、トラウマになりそうで…」
心なしかユーラさんから圧力を感じる。そのせいで少し口ごもってしまう。
「…む、無理だよ、私はまだ将来がある人を、戦場には連れていけない。仮にあなたが戦えても、それであなたが亡くなったら元も子もない…私も、セインスと同じように、人を守らないといけないんだから」
少し困惑を含んだ声で、ユーラさんは話す。
「…………」
「私だって分かるよ、人を助けたいって気持ちは。実際今日こうやって動いているのだって、この街の人たちを助けたいからだから。だけど、あまり言いたくはないけど、勇気と無謀は違うのよ、あなたは自分の命を軽く見すぎてる。普通に生きれば、あなたはまだ60年70年と生きられる!この世界でできることはたくさんある!人の心配するのはいいけど、少し自分勝手に考えてみてもいいと思うよ!」
ユーラさんは少しずつ語気を強めながら言った。
彼女がこんなに必死になっているのは、私の生い立ちを既に聞いているからだろう。
自分勝手に考えて、生きる。
実際、私は考えたことなかった。
そのまま私は黙り込んでしまった。しかし、その沈黙を破るように、事態は一気に動き出す。
ズンッッッッッ!!!
「「ッ!!?」」
至近距離で地面が破裂した…否、至近距離ですらない、
丁度真下だ。
「まずっ……!」
私はとっさに魔法を使う。周囲の砂嵐は、防壁に接触した瞬間弾き返され、次第にあたりにはけていく。
「ふぃ〜……危なかった」
「あ、ありがとう…」
ユーラさんは終わったあともしばらくぽかんとしていたが、すぐに体制を立て直した。やっぱりプロなのだろう。
ここは、明確にあったはずの退路は絶たれ、逃げようにも逃げられない状況になっていた。
「周りに誰か……」
私達は二人であたりを見渡す。漫画でよく言う、鉄錆のような血の匂いはしなかったが、一昔前の工業地帯のように空気は酷く汚れていた。
「……!あそこ!あの金髪ってもしや…」
「ぐっ…カノン…?どうしてここに…」
そこには、セインスが血の流れる足を抑えながら、大きめの瓦礫に寄りかかっていた。
「……その話は後でするから…セインス足を怪我してるなら休まないと!」
「あ、ああ……すまない」
私は、必死でセインスを持ち上げたが、持ち上げて気づいた。
めちゃくちゃ重い。筋肉を鍛えているからなのだろうか。
「ユーラ……さん…セインスがぁ〜…」
「あっ!近くにいたの!?大丈夫!?」
「ああ…セーブはしたけど、それでも魔法は常時使いっぱなしだったから、もう魔力はすっからかんだ…これ以上は流石に無茶だ」
確かに、落ち着いてみてみれば、セインスの身体からは汗がとめどなく溢れ出ていて、体力もかなり減衰しているようだった。
しかし、そのような状況の中でも、攻撃の手は収まらない。
「っ!今度は上!」
3人の上部に、ドーム状に魔法防壁が展開され、キリキリと音を出しながら大量の砂と擦れ合う。
その後すぐに、未だ衰えを見せない砂の巨人が、砂煙の隙間から見えた。
「……本気で戦ったんだよね…ぜんっぜん衰えてないように見えるんだけど……」
存外タフだとは思っていたが、この長時間戦いっぱなしで、魔法で構築されたあの巨体を維持しているのはなぜだろう?
「魔族は魔力が自然回復するんだ……人間も、よく食べてよく寝てよく休めば、魔力が回復するが、魔族はそんなのすっ飛ばして急速に回復する。あまりに無茶しなければ実質無限大だ」
つまり、魔物相手に持久戦は土台無理な話だと言うことだ。魔力に限りがある人間と、限りない魔物、時間をかけての消耗戦に持ち込まれた時点で負け確だったのだ。
「モウ、ツカエルテフダモナイカ……エングンノトウチャクモオクレルダロウ、コレデトドメダ!!」
巨人の手が、バラバラになる。
何度も見た攻撃、だけど今回は桁が違った。
「何……あの馬鹿みたいな魔力量……」
ユーラさんは、そうとだけ言って黙ってしまった。確かに、こちら側に向かってくる圧力も尋常ではない。
おそらく、ここを凌ぎきっても、後方がなすすべなく破壊される程度の威力はありそうだ。
単純にここを守るだけじゃだめなのだ。広く広範囲をカバーした状態で防ぐ必要がある。
少なくとも、今までで消耗しているセインスとユーラさんには無理だ。
(……今、ここでほぼ万全なのは私だけ、だけど私にはあれを防ぐ術なんて……)
そこまで考えて、私は一つ思い出した。
防ぐ、術
『私の固有魔法が、ただ攻撃を防ぐだけなのに一体全体どうすれば…』
ある。できる。
今ここで、できるだけ広く魔法を使えば可能だ。
私は一歩前に出て、ギュッと目を閉じる。
手を前に突き出して、指先に力を込める。薄く広く、静かな水面に触れるように。
キリキリと砂の擦れる音がする。
どんどん音が大きくなり、そして……音が消失した。
◆◆◆
「セインスも星が好きなの?」
「ああ、専門的な知識はないが、僕の楽しみの一つだよ」
広い星空のもとで、二人で話した。
森の空気が、鼻を刺激する。とても小さな星の光が、窓に入った。
「……カノン、君はこの世界のことに興味はあるかい?」
「唐突だね…まぁ、少しは」
「そうか、僕と同じだ。僕もこの森、あの街を飛び出して、いろんなところに行ってみたい…あとこれは最近のことだが、カノンの居た街にもいつか行ってみたいと、思うようになったんだ」
「……あそこに居ても、いいことなんてなないと思うけどね」
「居心地の問題じゃない、僕の好奇心さ。光り輝く摩天楼、魔法も使わず鳥のように空を飛ぶ機械……僕たちには想像もできないような、人類の叡智が詰まっているんだ。そう思うと、ワクワクしてくるんだ」
セインスはそう熱弁しながら、小さく微笑んだ。
「僕は、いずれここを発つ、カノンも一緒について来るかい?」
「うん、私は一人では生きられないもん」
「……よかった、仲間が居て」
「うん……あ、そうだ、セインス、今度ゼグさんとかに、自警団やめるって言っておいて」
「ああ、なんとなくそんな気はしてたよ。分かった」
そう言って、セインスは窓から離れてベッドに戻っていく。
「じゃあ、明日は街に本を買いに行こう。文字を覚えないとだからね」
「うん…分かった」
セインスの胸の内を知って、私は少し落ち着いた。
私は、自分の決意を胸に秘めて、もう一度空を見た。




