第35話 絶望の果てに
『香音ちゃん、だっけ?私のアイデンティティって何だと思う?』
『…それを私に聞く?アイデンティティが皆無な私に?』
『悲しいことを…もう少し自信を持てばいいのに』
『まぁ、うん…その星の髪飾りとか?』
『やっぱりそうかなぁ〜、これ、私の大切なものだしね』
『そうなんだ』
『ありがとー!またねー!』
◆◆◆
「アイデンティティ、か…今度セインスに聞いてみようかな?」
私はふと昔のことを思い出していた。
昔のことを思い出すのに、抵抗が無くなってきたのは、セインスの存在も大きいだろうか。
「劣等感がなくなったかと言われたらそうでもないけどね…異世界来てからもいろんな人に迷惑かけまくって、仕事をしたら、他人の足を引っ張りまくって、異世界転移したって人はそう簡単には変わらないんだな〜……」
避難先の広場の、レンガの壁に頭を押し付けて、いつも通りのテンションで独り言を呟く。
城壁の方から、常に破壊音が響いているせいで、あたりの赤ちゃんは軒並み泣き出して、高府区内もびっくりのうるささになってきた。
周りにも、私とは別ベクトルでマイナス感情が漂っている。私も、不安と焦燥と後悔で、そろそろ思考がはち切れそうだ。
(セインス大丈夫かな、これで無事じゃなかったら、私のせい…?私を助けに来ちゃったから?……うう、結末が怖い……)
私はまだ何も起こっていないのに、広場の隅っこでうずくまって悲観する。
そうこうしている間に、ひときわ大きい破壊音が、街中に響き渡った。
私はびっくりして飛び上がって、大通りの方を、まっすぐ見据えた。
「……もうですか…早くない?」
この街は、中心に向かっていくにつれ、どんどん標高が上がっていく地形になっている。いわば台地みたいなものだ。
つまり、ここから見れば、城壁は少し見下ろすような形になる。
だがしかし、城壁はぶっ壊されていた。例の砂のゴーレムに。
(抑えきれなかったってこと!?どうしよう!セインスは?ユーラさんは?まさか、本当に…)
急速に血の気が引いていく感覚がした。まるで全身の血液を氷水にでも入れ替えられたかのように。
「あばばばば……ど、どうしよう…何とかしないとっ…!」
身体とは裏腹に、冷静さを失った脳は、何を血迷ったのか私を戦場の方へと向かわせる。
「カノンさんはそのまま回れ右!自ら死地に飛び込んで行かないの!」
「…ユーラ、さん…?」
前にいきなり人影が現れた。腕のあたりが血まみれになり、とても無事とは言えない姿のユーラさんだった。
「あの…大丈夫なんですか……?腕も…あと!セインスは!?」
「私もセインスも、大丈夫とは言えないけど……私が今抜けるわけにも行かないから…カノンさんはそのまま逃げていて。王国の騎士団が到着するまでの間、私達で足止めをする」
ユーラさんはそう言った。
わかっている、私が割り込んだら足手まといになってしまうし、何より私が死ぬことになるかもしれないから、私を思ってのことだ、理解はできる。
だけど、納得はできなかった。
嬉しかったけど、何故そんな行動に走るのか、分からなかった。合理的に考えれば、強く、賢い人が生き残らないと、街も守れなくなるかもしれないのに。
セインスも、ユーラさんも、ゼグさんも、私を守ろうとしてくれている。
「…あのっ!
私を、あそこに連れていってください!!」
他人が幸せになるために、自分が不幸になる。
大丈夫、私が何度もやってきたことだからさ。
◆◆◆
「はぁ…はぁ…人数が増えたのに…まだ倒せない…」
「災害級もあり得るな…どっちにしろ…これで無理なら…はぁ…この街の全勢力かき集めても…無理だ…騎士団の到着を待つしか無い…」
ゼグさんは、息も絶え絶えの状態でそう言った。3人揃ってわずか3分ほど、ぞくぞくと仲間が合流して、多少なりともマシにはなったが、依然、戦力差はさっきと大して変わっていない。
(…だめだ…攻撃を加えても、生半な威力じゃ、そもそもびくともしない…表面だけのダメージは、簡単に再生されてしまうし…あいつが全身バラバラに分解して、核が見えたところで攻撃しても、光は魔力を纏った大量の砂で乱反射されてしまうし…僕たちの手札をことごとく潰してくる…何か、突破口は…)
考えても考えても、突破口なんて見当たらない。手札もほとんど出し切った。
何か、きっかけさえあれば…
「フンッッ!!!」
「っ!?くそっ、やられた!」
ズガァンと、さっきまでとは質感の違う破壊音が響いた。
それは、頑丈だっはずの石の城壁が、いともたやすく切り崩される音だった。
飛来する瓦礫は、城壁沿いの家屋をぺちゃんこに潰し、大きく粉塵を巻き上げる。騎士団到着の報せはまだはいっていない、中心部までぐちゃぐちゃにされるのは時間の問題だ。
「人は!?」
「避難している!それは問題ない…が、ここから2、3粁先の場所が一時避難場所だ、このペースだとまずいぞ…もはや手段を選んでいるひまもない…」
巨人な砂のゴーレム、これ以上手こずっていてはサテナの住民数十万人が犠牲になることになる。
「…僕がこいつを倒します。倒せなくとも、時間稼ぎはできる。全力でいけば…」
「っ!?セインス正気!?全力なんて…そのまま使い切ったら死んじゃうじゃん!」
魔法を行使する際に、当たり前のように消費される“魔力”、その実態は、高密度エネルギーの塊だ。そして魔力の役割は、何も魔法の燃料だけではない。
すなわち、“根源的な生命維持”にも、魔力は必須だ。
仮に、老化、病気、怪我…ありとあらゆる死因であっても死なない、まさしく不死の者がいたとして、
もしも、その者が死んだのならば、その原因は、魔力切れだ。
文字通り全力なら、使い切ったときが、僕の最期の時だ。
「……僕が生きていたら、もっと多くの人が苦しむかもしれない、全ては語れないけど、何か一つでも人の役に立てるならそれで…」
「何でみんなそろって身投げしたがるんだ…カノンといいお前といい……すぐに戻る。無茶はするな、俺たちが困るからな」
「そーだよ!」
「……ああ」
二人の気配が消える。
宣言までしてしまったのだ。負けるわけにはいかないな。




