第30話 セインス・クラン・アルマントル
カノンが家で勉強している間、僕は自分の仕事をこなしていた。
「おはようございます、昨日ぶりですね、ゼグさん、ユーラさん」
「あれ?あの子は?」
「カノンなら、今家で勉強していますよ。文字がわからないようでしたので」
「言葉は通じるのに?不思議だね~」
ユーラさんは、椅子の上で背伸びをして、僕に明るく微笑んだ。
「…で、ゼグさんはまだ寝ているんですか」
「昨日も飲んでたからねぇ〜。疲れが溜まっているんでしょう!」
「もう少し自重してほしいですね」
「まぁ、そー言うわけなので、セインス君は今日は私とだよ!」
自分の体にオナモミの如く、引っ付いてくるユーラさんを引き剥がして、一定の距離を保ちながら街の中を巡回する。
目を凝らせば、遠くにこの街を管轄する貴族の屋敷がある。
「…ユーラさん、あの屋敷って、見ていてどう思います?」
「まぁ、すっごく広そうだな~とは思うよ」
そう言うとは思った。なんせ彼女は僕の事情を知らない。あの屋敷の中では、街の庶民たちが憧れるような大層なものはない。あるのは陰謀と恨みと、おおよそ正常とは言えないイカれた家族関係のみだ。
「ただね~税金はもうちょっと減らしてくれないと。結局あのお屋敷も私達の血と汗の結晶じゃん?庶民から巻き上げてあれを造るくらいなら、このでこぼこの道とかスラムとか、もうちょっと整備してほしいかも」
ユーラさんは、足元の小石を蹴飛ばして、その行く末を見守った。
でこぼこの地面に当たった小石は、あらぬ方向へと吹っ飛んでいく。
「…ほらね?」
「ああ、そうだな」
♢♢♢
今日は特に街に変わったことはなかった。
平和なのはいいことだが、お金が稼げないとなると、少し大事件を期待してしまう。
ただ、昨日の一件のせいで、喜ぶべきか悲しむべきか、その大事件の可能性が高まってきた。
「対策、ですか。他の自警団にも協力を要請しているんですよね」
「ああ、今回のことは、ここの三人、ひいてはカノンを加えた四人での対応は無謀に近い。魔物狼に刻みつけられた魔王の紋章、これだけで人を騒がせるには十分だ」
「魔王の紋章…最近は鳴りを潜めていたんだけどね…近い内に魔王か、もしくは配下のヤバい奴が、この街を制圧しにくるよ」
魔王の支配領域に囲まれたこの王国の中でも、このサテナという街は、魔王の支配領域と隣接しない場所に位置しているのだ。
紋章があるということは、その魔王の配下であるということ。つまり、魔王勢力はもう王国の内部にまで侵入しているということだ。
「はぁ…胃が痛い…」
「いつでも戦える準備はしておけ、あいつらはいつも突然だ」
そう言って、ゼグさんは詰所の外に出ていってしまった。
「……こっちの都合もあるってのに…どっちも解決しねぇとな……そういえば、一つゼグさんに言っておかないと」
◆◆◆
『僕は父上の言いなりにはならない』
『ハッ!なんとでも言え。どうせ、俺たちがいないと生きても行けないだろう』
『それは僕が否定してみせるよ、一ヶ月以内にここに、10万ソイルを持ってきて見せる、それができたら認めてもらおうか、僕がこの家から出ていくのをさ』
僕が生まれたのは、このあたりでは悪名高い公爵家だった。マルタン王国、バークラー地方の地方都市サテナ、豊かな自然に囲まれ、肥えた農地を持つ大都市のトップだ。
ただ、僕はこの家での立場は強い方ではなかった。
次男であるために、公爵家を次ぐ権利は兄の方にあった。なので、僕はぶっちゃけお払い箱であり、生まれた理由だって、いつもいつも贅沢三昧の父が、ろくな避妊もせずに妻じゃない女性と行為をやった結果だ。
しかも、その兄も父の影響を受けて贅沢三昧、民衆からは金を巻き上げ、父は自分が楽をするために兄を自分と同じように育て上げ、操り人形にした。
控えめに言ってもクズだ。しかも、今度は成長した僕をだしにしようとするんだから嫌になる。
だからこそ、僕は父に条件を突き出してあの家を離れた。
契約書ももうある。これで僕もあいつも逃げられない。
そうして森に籠もって生活していたときに、カノンが、僕のところにやってきた。
その子はかなり自分を追い詰めているようだった。自分に絶望して、自殺して、異世界からやってきて、彼女から聞いた家庭環境も酷いものだった。
無意識に僕は自分と彼女を重ね合わせていたのかもしれない。
同時に興味も湧いてきた。カノンが生き地獄とまで豪語するその世界は、一体どのようなものなのだろうかって。
どうなろうとも、僕は自分が生まれたこの鳥かごの中から飛び出したかった。
そうしていずれ、この王国という広い家を抜け出し、魔界という名の街を飛び出して、その更に向こうに拡がる、自分の知らない世界を知りたくなった。
その先に、どんな困難が待ち受けていようとも。




