第26話 拒絶
場所は少し離れた森の中だった。
あまり魔法に詳しくはない私でも、肌に突き刺すような魔力の感覚が走る。
「この近くだ。ユーラが誘導してくれる」
とりあえず、死ぬ覚悟はした。襲ってきたら全力で攻撃を防げばいいのだ。
「…セインス、前で頑張って」
「ああ、カノンさんは、自分の身を守ることだけ考えていてくれ」
ガサガサと、何かが地面を蹴り、足元の草を踏み荒らしながら近づいて来る。
私は構えた。いつ奴らが来てもいいようにだ。
低木の後ろから、影が飛び出す。
「連れてきたよ~!!」
「うわぁぁぁ!!……って、あれ?」
とっさに、攻撃を防ごうと防御体制を取ったが、飛び出てきた影は、自分と年も変わらなそうな、赤髪の少女だった。
「ん?何この子。さっき言っていた新人の子?」
「ああ、そうだな。それより、魔物の群れは今どのあたりにいる?」
やっぱり、私はもう新人という体で扱われているらしい。
私は別に了承した覚えは無い。
「そーなんだー!私達の所はいつも人手不足だから助かるよ〜それで、魔物の場所だけど…」
こいつもこいつで、何すんなり受け入れているんだろう。そこは、弱いやつは足手まといだからついてくんなくらいには言ってほしかった。
「今はこっちに向かって進行中…時間と速度から計算して、大体ここから100米くらいかな〜、あと3秒くらいで到着するよ」
あと3秒と聞いて、私はビビった。だけど、恐怖に震える暇も無く、私の間近に何体もの巨大な狼が現れた。
「……へ…?」
目の前には、人の頭なら簡単に噛み砕きそうな、強靭で、鋭い牙がもろに見える顎があった。
いつもはどんくさい私の脳細胞は、今回に限ってはスパコンもびっくりの速度で、結論をはじき出した。
死――――――――――――…
「カノン!危ない!」
セインスが、私の目の前に飛び出し、きらめく刀身の剣で、狼の身体を真っ二つに切り裂いた。
真っ赤な鮮血が、あたりに飛び散る。
「……あれ?死んでない…」
「カノンさん、立ち上がって、自分の身を守ってください、倒すのは僕たちでやります」
飛びかけていた意識が回復し、私は立ち上がる。
事実上の戦力外通告だが、今はそれで良かった。
『グゥウウアオオオォ!!!』
かと思ったら、狼たちは、3体のまとまりで、すぐに私の方に向かって駆け出してきた。
もちろん、今度は逃げられない。
私の固有魔法は、悪意のある攻撃を選別し、自動で反射する。ただ、反射の精度はゴミで、結局これは自分にしか使えない、全体を守ることなんて出来ない。その上、私が最後に魔法を使ったのは、5年も前の話だ。
私の魔法は、自分を守ることしか出来ない。
誰かの役になんて立てない。
私は、恐怖を強引に抑え込み、一度冷静になって全身に力を巡らせる。
魔力の使い方なんて覚えちゃいない。
狼の爪や牙は、もう寸前まで迫っている。
大丈夫だと、心の中で連呼する。
脳内を駆け巡る言葉の中に、さり気なく、でも確かに存在していた言葉があった。
死にたくない、って。
次の瞬間、骨が折れ、肉が裂けるような音がした。
◆◆◆
私が、自分の命を絶とうと決意したのはいつだっただろうか。
だけど、結局行動に移したのはついこの間の話だ。
私は、死ぬのが怖かった。
人間に限らず、生物ならば誰もが経験する、絶対の定められた運命、だけど、誰もその時にどんな感覚になるのかは分からない。
だけど、私がこの生き地獄のような世界から、開放されるためには、そうするしかなかった。
境界事変で、家も財産も全て失って、私の親は豹変してしまった。私に愛情を注ぐ訳でも、困っていたら助けてくれることも、私が自殺を決行するときまで、終ぞなかった。
境界事変による魔物への恐怖、親から浴びせられるいくつもの怒号、上がらない成績、うまくならない運動、同級生からの暴言、蔑み、いじめ、役に立たない私の力…
私は、現実の全てを拒絶したかった。この自分の命も、何もかも…
死んだあとに、自分がどうなるのかは、分からない。
ただ、もし来世があるのなら、
来世では、幸せになれるように、そう願った。
◆◆◆
僕は、カノンさんと離れたあと、連続で6体もの魔物を倒し続けた。
薄いけど、気配はしっかりと感じられる。
「…セインス、あの子はどこから連れてきたんだ?」
ゼグさんはタバコを吸いながら、僕にそう話しかける。
ゼグさんの出したタバコの煙は、魔物が浴びると、途端に青い水晶のように変化して、動きを止める。
「…最初に会ったのは、森の中で、剣の練習をしていたときのことですね…カノンさんって、異世界から来たらしくて」
「なるほどな、このあたりの人間とは、特徴がかなり違っていたから、少し気になっていたが、そういうことだったのか」
「へえー、じゃあこれが終わったらそっちの世界のこと聞きたいね!」
ユーラさんは、飛びかかってきた魔物を片手で鷲掴みにし、そのままの状態で、百本どころじゃない極細の魔力の針で、後ろの4体もろとも串刺しにした。
「終わったら、カノンさんに聞いてみますよ。なんだかんだ言って教えて……あれ…?」
僕は、あたりの狼たちが、怯えて襲ってこなくなったタイミングで、一つおかしなことに気づいた。
僕は、さっきからずっとカノンさんの気配は捕捉し続けた。
確かにかなり気配は小さかったが、ずっと感覚を研ぎ澄まして捉えていたはずだ。
だからこそ、今、はっきり明確に分かった。
僕は、冷や汗を流しながら、今の状況を言葉に出す。
「…カノンさんの気配が、消えた」
ブックマークと評価、よろしくお願いします。




