第19話 月夜の下の決着
「…ありえない」
明るい茶髪を長く伸ばした女はポツリと、そう呟いた。
「ありえない!その魔法は簡単には壊れない!あんた達の魔力量じゃ到底無理なはずなのに!」
「俺の固有魔法はちょっと特別だからな。それを使えばあんなもの簡単に壊せる。俺らは境界事変を直に体験してるんだ、普通の子供基準で考えてもらっちゃ困る」
正治はそう言いつつ、背後にある巨大なコンテナを魔法で持ち上げる。
「…おい、そろそろ殺っていいか~?」
油屋はサンドワームを再出現させ、迎撃体制をとる。
「…足止めをして。とどめは私が刺す」
女がそう言うと、油屋は出現させた8体のサンドワームを、一気に正治達の元に向かわせた。
「正治君、私はもう結構魔力がカツカツ。だからここからは君が戦って。大丈夫、援護はするから」
「分かった!だが、今ここから逃げるって手は無いのか?」
時雨は、少し大きめのため息をつく。
「やっぱり、どこまでも甘いね。あいつらは私を倒すまで絶対止まらない、致命傷を与えてでも無理矢理止めるよ」
「…やっぱりか、ならもう全力だ!」
正治は、持ち上げたコンテナを、前方から迫るサンドワームに向けて、高速で放つ。
鈍い音がなり、コンテナはサンドワームの体に食い込んだまま、遠方にまで吹き飛ばされる。そして、射線上にいた油屋もコンテナに当たって吹き飛ばされる。
「ああもう!使えない!」
さっきまで奥で控えていた女は、しびれを切らしてこちら側に電撃を放ってくると同時に、口で何かを唱え始める。
「jaθθ∼ λγ·txαp≈ jno kc·mαqψ< oeh『エレメンタル・ダークプリズン』ッ!」
正治と時雨の周りが、円形の影になって浮かび上がる。
「ッ!『アビリティ・テレポーテーション』!!』
時雨は、とっさに呪文を唱え、影の範囲外に退避する。
二人が抜け出して、ドームの頂点が閉じたと同時に、その黒いドームは、音を出してひび割れ、そして砕け散っていく。
「!!…あれって…」
「まさか、2度も私に同じ手が通じるとでも思ってるの?」
今、目の前に現れた真っ黒なドームは、先程時雨を閉じ込めたものと酷似していた。
やつは、もう一度あの魔法を使おうとしたのだ。
「あっぶねぇ…俺まで閉じ込められるところだった…」
「閉じ込められるだけなら良かったんだけどね…そのまま何もしなかったら、十秒ちょっとでTHE ENDだよ」
時雨が、当たり前のようにそう言うので、正治は滅法驚いて、こう聞き返す。
「何でお前は死んでいないんだ…」
「ずっと回復魔法回し続けていたからね。どこをやられたかは覚えていないけど」
正治は、納得したと同時に、少し引いた。あの真っ暗な空間でずっと魔法を発動し続けたということに関してだ。
(にしても、あいつ動かねえな。まだ何か企んでいるのか?)
正治は、あのドームが完全に消え去ったあと、ずっと女の方向を見続けた。
しかし、動く気配はない。やつは今、正治の固有魔法を完全に把握しようとしているからだ。
(セレナの方のネタは上がってる…あとはあの乱入者の方だけ…!私の『情報操作』で…そうさ、で……)
茶髪の女は、その内容を見て絶句した。
(こんな…こんなことって……)
女は、その場で固まって、一歩たりとも動けなかった。
「正治君、相手が動かない内に倒すよ。そうすれば殺さずに無力化できるかもしれない」
「ああ、それは願ったり叶ったりだな」
二人同時に、舗装の剥げたでこぼこの地面を蹴る。
それに気づいた女は錯乱状態から抜け出し、次の魔法の準備を整える。
(…だけど、あいつはまだ、この『力』を使いこなせていない…今殺せば、勝てる!!)
2つの声が重なる。
「『オーバーバーン』!」
「『エレメンタル・フレイムボルト』!」
2つの爆炎が混ざり合い、一つの大きな力として炸裂する。
「ぐぅッ!!?」
「…目線で弾道がバレバレ、まだ冷静になれてないじゃん」
煙が晴れる。しかし、そこに女が標的として定めていた少年はおらず、立っていたのは、この戦いの目標となる少女だけだった。
直後、女の腹に激痛が走る。
丸みを帯びた小石が、高速で腹に突き刺さっていた。
「グボアアァァッ!??」
「このままぶっ飛べ!」
防御する暇もなかった。正治が放った小石は、その後も速度を緩めず、女の体ごと、コンクリートの建物跡にぶつかった。
♢♢♢
「…勝った…」
俺は、自分がやったことに呆然としていた。
向こうには、腹から血を流して倒れている女の姿がある。
「自分でやっておいてなんだが…これは、放置しておいていいのか?時雨」
「この程度なら死んでないよ。むしろ早く私達がここから退散しないと、またこいつらに絡まれる」
「ああ…そういうもんかね」
「うん、そういうもの。敵に情なんてかけていたらキリが無いよ」
時雨は、そう言って藪子駅の方角に踵を返す。
「あ、待てよ時雨、もう多分終電終わってるぞ」
「…理央ちゃんの病院の方向に行こうか」
二人は、夜の空の下、正治にとっては3回目の道を歩き続ける。
空の上には、美しい三日月が浮かんでいた。




