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第18話 開放と合流

 俺は、理央の救出と簡単な診察が終わり、やることがなくなって病院の待合室で一人うなだれていた。


 あとになって分かったことだが、理央の肺には、大量の血が溜まっていたらしい。そりゃあ気管を傷つけられたらそうなるだろうが、理央を病院まで届けるのに必死で、そんなの全部度外視してたので、気づくわけもなかった。




(まあ、手っ取り早く治療が行われて助かった…寮じゃなくて病院に連れて行った判断は間違っていなかったな…ただなぁ、まだ全部終わっちゃいねぇんだよな)


 俺は、陰気で湿った声を出して、待合室のベンチで考え込む。


 理由は無論、さっきから起こっている事件についてだ。理央救出という最大にして最終的な目標は既に達成した。これ以上俺がこの件に首を突っ込む必要はない。


 はずなのだが、なぜだか妙に胸騒ぎがする。


 時雨を、あそこに残してきたことを、今更後悔しても仕方ない。あいつはまだまだ余裕だった、大丈夫だ。


 何度も自分に言い聞かせる。


 時計が、規則正しいリズムで時を刻む。


「…だけど、もしあいつが危険に陥っているなら…」


 考えれば考えるほど、何が正解なのかわからなくなる。



『ふーん、これくらいこの辺に放置しておけば良いのに』


『彼氏じゃ無いんだ。奥手だね』



『正治君、私の大切な友達って、どこかあなたに似ていたの。だから、正治君と一緒にいると心地良いのかも』


 ……もう一度言うが、俺は時雨を一切信用していない。得体が知れなくて、入学式のときに少し話して、理央との繋がりで一緒に散歩をした程度、大した関わりも持っていない。


 それとは違って、理央は特別の存在だった。俺を孤独から救ってくれたのは紛れもなくあいつだったし、だからこそ自分の身を犠牲にしてでも守りたかったんだ。俺が一人で守ってやれるようになりたかった。




 だけど、今日時雨は俺たちを助けてくれた。逃げる俺達のために、一人であいつの相手を引き受けてくれた。


 時雨のおかげだ。結局俺は借りを作りっぱなしだ。


 だから、もし、時雨が危険にあっているなら、俺にそれを助けることはできるだろうか。


 その問に対しては、もう自分の考えはまとまっている。




 待合室のベンチから立って、自動ドアを潜って澄んだ夜空が広がる外に出る。


「…もし、時雨が無事なら、あいつを連れて一緒に帰ればいい。無事じゃないなら助けてやればいい。無茶苦茶簡単なことじゃねぇか、俺にだって助けることはできるんだ!


 なんたって一度成功してるんだしな!」


 俺は、さっき真っすぐに歩いてきた道を、強く蹴って駆け出す。


 不思議と疲れは感じなかった。深夜の街に、一人の平凡な高校生の足音が響いた。


 ♢♢♢


 真っ暗な空間のなか、ただ純粋な痛みが、私を襲っていた。


 痛み以外の触覚も全部飛んでいる。


 身体が悲鳴を上げている。私は必死でこの痛みを抑え込む。


(ヒール、ヒール、ヒール!!…回復魔法を回し続けろ!そうすればここは持ちこたえられる!)


 いつかこの魔法が解けると願って、食らったそばから傷口をヒールで回復し続ける。


 自分の身体も見ることができない。


 詠唱も全く聞こえない。


 魔法も手札を全部出し尽くした。


 それでも壊れない。内側からの破壊は不可能だった。


 もう、魔力量は上限の3割を切っていた。


 私は、自分に分かるはずもない外部の救出を、待ち続けるしかなかった。



 ♢♢♢


 見覚えのある住宅街、もうすぐ藪子に到着だ。


 出発時に鳴っていた轟音はぱったりと止み、静かな住宅街に戻っていた。


(もう、戦闘は終わったってことか?もしそうなら一体どっちが勝ったんだ…)


 煙で空が埋め尽くされていないことを考えると、もうそこそこ時間が経っていそうだ。


 勝ったのは時雨か、それとも別の誰かか、


 いくつもの曲がり角を曲がり、ズタズタになった地面が広がる放棄区域にたどり着く。


 目の前には、謎の黒い球体のようなものと、さっきのパーカーの男と知らない女。


「…ったく、あいつ自分で大丈夫だって言っておいて捕まってんじゃねぇか」


 時雨の姿は見えなかった。多分目の前の球体に囚われているだけだろうが、時雨は俺と別れる際、自分は一人で大丈夫だとも言っていた。大丈夫じゃないじゃん、と俺は呆れたような声で、そう言った。


「…戻ってきたんだ」


「そっちの女ははじめましてか、何をしてたのか知らねぇが、理央と一緒で時雨も返して貰うぜ」


「さっきと違って随分と強気ね、薄っぺらい正義のヒーローにでもなりたくなった?」


 女はそう言って、見下すような笑顔を見せた。率直に言って、気味が悪い。


「んなことどうでもいいだろ。それよりこっちに注目しろよ。今からお手を触れずにお前特製のこの真っ黒壊してやる」


 俺は、目の前の球体に手をかざす。普通ならこれで壊せるはずもない、だが、俺は宣言したからにはやり遂げる。


 俺の固有魔法は『サイコキネシス』だ。知っての通り、手を触れずにものを動かすという能力だが、似たようなものなら全世界を探し回ればそこそこいるだろう。


 ただ、俺のものは、他者のものとはすこし違う。


 通常、どんな魔法を使おうが、他者の制御下、つまるところ相手の魔法なんかには干渉できない。それは『サイコキネシス』も同じだ。聡明な人は分かったかもしれないが、


 俺の『サイコキネシス』は、本当の意味で制限がない。光や音は試したことないが、少なくとも他者の魔法干渉が可能なのは、もう数年前に知っているのだ。




「ああ、そうだ。さっきどうでもいいって言ったことだが、今ここで答えてやるよ。


 俺は別に正義のヒーローなんかには憧れちゃあいねえ。俺はお前らが金に執着するのと同じ、


 他人に執着して生きていたい、欲望に忠実な“人間”なんだよ」




 俺は手に力を込める。本来ならびくともしないはずの球体にひびが入る。


 異常を察知したパーカーの男と茶髪の女は同時に動き出す。


 球体が、割れる。


 透き通るような美しい肌に、月の光で輝く茶髪。


「…信じていれば、なんとかなるものだね。


 想定外だったけど、今度はもう容赦はしない。私の邪魔は誰にもさせない」


 陽山時雨が、闇の牢獄を破り、再び月下に舞い降りた。

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