第1話 島江正治
「……はい、十年間ありがとうございました」
「これで書類も全部ね。私達もあなたがいてくれて楽しかったわ……喜ぶべきでは無いかもだけど」
とある住宅街の真ん中に位置する孤児院のエントランスで、高校生になった俺こと、島江正治は、たった今、荷物をまとめ、孤児院の退所手続きを済ませたところだった。
もう少し、感傷に浸りたいところではあるが、それに関しては、もう二日前くらいに他の子ども達が祝ってくれていたのでもう良いだろう。それよりも、これから始まる高校生活の心配をするべきかもしれない。
「困ったらまたいつでも相談しに来て良いのよ」
「そう言うことが無いように頑張りますよ。理央と衝もいますから」
俺は、十年間、溜まりに溜まった大量の荷物を持って、最後の挨拶をしてから、エントランスの自動ドアを通り抜ける。
「正治~!!早く行こうよ!」
「時間かかりすぎだ。何やってたんだてめぇ」
「るせぇ、お前らが、俺に大半の荷物を押しつけたからだろうが。この孤児院も、今日でしばらくお別れなのに、お前ら軽すぎるだろ」
目の前のバスロータリー、その脇にある道のど真ん中で、非常に騒がしく叫んでいるのは、この孤児院で十年前に出会った、凍山理央と、護月衝だ。
理央は、青みがかった黒髪のツインテールの少女で、衝は短い銀髪に、緑っぽいメッシュみたいな物が所々に入っている少年だ。
前者は常にハイテンションで、後者はだいぶ口が悪い。十年間こやつらに振り回され続けてきたのだ、このくらいもうどうってことも無いな。
「でもぶっちゃけいつでもここに来られるじゃん。そんなしんみりしなくていいよ~」
「まあ、それはそうだが、」
「極度の人見知りのお前は、まず高校で孤立しないかを心配しろ。気付いたら一匹狼なんてことになってるかもなぁ」
「つくづくお前は癪に障るヤツだな。」
俺は、彼らの大量の荷物を受け渡し、まっすぐ続く道を、都市部のほうに進んで行く。
◇◇◇
俺達三人が住むこの世界は、日々『異空境界』と呼ばれる穴のような物から、別世界の魔物がなだれ込む、平和と偽った地獄だ。
そして、この見せかけの平和も、今は奇跡的なバランスで成り立っているに過ぎない。ひとたび衝撃が加われば、簡単に人類が滅びかねないほどだ。
そして、その大惨事は実際に、十年前に一度起こっている。バルカン半島のことを、ヨーロッパの火薬庫と言うが、現代は、全世界、それとほとんど変わらないような状態だ。
俺達は、その大惨事で親を失った、今では珍しくもなんともない、孤児の一人だ。五歳の頃に被災し、孤児院に引き取られたが、その後三年は、例の大事件の爪痕が大きく、三人は小学校にもまともに通っていないな。
一番孤立を感じたのは中学校の時だった。小学校に通ったのはラストの六年生ぐらいで、友達も多少は出来たが、中学生になってからは、俺のことはほとんど誰も、あ、いたんだ、ぐらいにしか思っていなさそうだった。
まあそれでも、孤児院で勉強はしていたので、高校受験には問題なしである。
「……なあ、高校楽しみか?」
「当たり前じゃん!ずっと同じ人としか話したことないからさ、新しい生活は凄く楽しみだよ!...あ、正治のことは忘れないからね」
「忘れんじゃねぇぞ。仮にも同じ高校に行くんだからな」
「も、もちろん」
理央は小さな声でそう返す。小さい頃から聞いた声は、すこし大人びたような、まさに思春期というくらいの声に変わっていた。
「俺は平穏に過ごせればそれでいいけどな」
「どうせ、魔物騒ぎでそれどころじゃなくなるだろ。お前らは弱っちいからこの護月衝が守ってやる!」
「名前通りだな。頼りにしてるわ」
衝はそう啖呵を切り、ハッハッハと高笑いをしだした。
幼馴染の二人は、俺が絶対にそばで見守りたい。亡くなった両親の分までずっと。
「任せておけ、雑魚を守るのも強者の役目だ……」
「心配……」
「衝で無理なら誰も勝てねえよ。こいつの背中でじっとしてようぜ」
そうは言っても、無茶でも出ていくのが俺の性格だ。衝が危なくなったら、俺が前に出る。この中の誰かが欠けたら、俺は気が狂うかもしれない。
大げさかもしれないが、こいつらに抱いている感情はそれだけ大きいものだった。基本的に人見知り気味な俺にとっての重要な柱。
「ほら、行くぞ。俺たちの青春が待っているぜ!」
重たいリュックサックを背中に背負い、俺は右手を上げた。
面白かったり、興味を持った方は、ぜひともブックマークと評価をよろしくお願いします。