第13話 輝く爆炎
一昨日のことだ。
その日に私は、新しく入った高校で出会った、二人の友達と一緒に、近くの駅まで、散歩に行った。
町並みは凄く整っていたし、一緒に食べたアイスクリームもおいしかった。
途中で魔族の襲撃に遭った。人がたくさん目の前で殺されたら、夢見が悪くなりそうだったから、できる限り被害が出ないように、とっとと魔族を消し飛ばした。
その日に、寮に帰ってきたときは、その後に何が起こっていたか、私は知らなかった。
私が、あの日に理央ちゃんがさらわれたって知ったのは、翌日、私の携帯に届いた一通のメールだった。
その時は学校の授業が始まる前のわずかな休憩時間だった。
アカウントは、こないだ交換した理央ちゃんのものだった。
『この小娘をさらった。返して欲しければ、藪子放棄区域まで来い』
画面には、端的にそう書かれていた。理由は何となく分かった。そういう奴らは、これまで何回もけしかけてきて、全部返り討ちにしてきたのだから。
こいつも小銭ほしさのチンピラだろう。
私は、かなりイライラしてきた。あのことはまだ出会って一日しか経っていないから、友達がさらわれたことでは無い。自分がなめられていると、感じたことに対してだ。
「…時雨?」
正治君の声が聞こえた。さっきも一回話しかけていたらしい。少し、申し訳なくなる。
「どうしたの?」
「あ、ああ、お前なら理央のことを知ってたりするのかなって」
やっぱり、正治君も、理央ちゃんがいないことに気付いていた。これくらいなら誰でも気付くけど、私は、正治君にこのことを教えるべきか悩んだ。
理央ちゃんと正治君は友達なんだから、知る権利はあるはずなんだ、と。
だけど、私は教えられなかった。これに関わってしまったら、もう後戻りはできないから。
「――――――……私は知らない。風邪とかひいたんだと思う」
私はこれだけ答えた。少し引け目を感じたけど、自分は正しいと、自己暗示して納得させた。
明日、藪子まで行くことにした。
♢♢♢
「まずはこっちから。久しぶりなんだから少しは楽しませてよ?」
手の中で火球を生成させ、容赦なく前方にぶっ放す。ただでさえボロボロだった建築物は、五十メートル先までは、おそらく跡形も無く吹き飛んだだろう。
「容赦ないな、こっちは人質もいるってのに」
さっきのは別に全力じゃ無いが、特に傷らしい物はヤツには付いていなかった。
「そういえば、名前を聞いてなかった。名前、なんて言うの?」
「今更かよ~、俺は油屋暗鬼、『ROUNDER』の戦闘員だ。よろしく頼むぜ、セレ…おっと、今は違う名前を名乗ってるんだったか、陽山時雨」
やっぱりだった。こいつはただ人を誘拐して、快楽を満たそうとするやばいヤツじゃない。どっかで社会から転落して、生きるか死ぬかの瀬戸際をさまよい、ただ自分の好きなように生きる、決して弱くはない、暗黒社会の人間だ。
「大体分かっているけど、なんでその子をさらったのか、教えてくれる?」
「こいつか?別に深い意味はね~よ、お前をここに連れてくるための口実だ」
「人質、といっても、殺そうとはしないんだ」
「こいつ殺したら、お前全力で殺しに来るだろ~?命大事に、だ。こいつは盾としても機能はするんだよ。ただ」
油屋は、睡眠薬か何かを飲まされたか、意識を失っている理央ちゃんの首元にバタフライナイフを突きつける。
「もし、こいつが邪魔になるようだったら、その時は速攻で殺してやるよ~。お前はこいつを助けたいんだろ?なら全力は出さない方が得かもな~、あれを喰らったらこの子、死んじゃうもんな~。お前は人の命がかかった場面では、人が死ぬのも見過ごせないだろ?」
アイツは、そう言って笑った。私は、首を横に振ってこう答えた。
「…私は別に気にしてない。その子とは会って二日だけ、ここに来たのは、誰にも私の邪魔をして欲しくないし、なめられたまま終わるのが嫌だった、それだけだよ」
私は、自身の炎の熱量を、一点に収束させ、それを一直線上に一気に放つ。鉄を蒸発させる、超強力な熱線砲だ。
これは、陽山時雨の固有魔法、『爆炎』だ。普通の炎魔法よりも、火力や爆発力が強く、高温の炎は、タングステンを溶かすことが出来る。
ただ、この炎は、周囲の空気を取り込みながら、爆発的に膨張するため、制御している時雨本人ですら、窒息の危険性もある。
♢♢♢
上がった粉塵のおかげで、視界が強く制限される。
さっきの攻撃が当たったかもわからないまま、時雨は二撃目の準備をする。
「さっきの攻撃は、すごく強かったな~。だが残念、かすり傷一つも無いよ」
晴れてきた粉塵の中から、灰色のパーカーとボロボロのジーンズをきた男が現れた。相変わらず、片手にはうなだれた理央を抱えている。
「いいよ、2発目で当てるから」
そう言って、時雨は、油屋の後ろに回り込み、放棄された大量のコンテナの上まで浮上する。
手のひらの中で、何かが光る。
「『オーバーバーン』」
いきなり空中に太陽が現れたかのような光が走り、辺り一帯が、途方もない熱量とともに吹き飛んだ。
当然、辺りのコンテナも、軽いおもちゃのブロックみたいに吹き飛び、それらのいくつかは、油屋暗鬼に向かって飛来し、魔力のパワーも加わった金属の塊が、やつを押しつぶそうと迫ってくる。
「…これはちょっとまずいかな~、一旦引いて体制を…ッッ!?」
油屋は、目の前に迫るコンテナを見て、素早く回避行動を取ろうとした、しかし、それは上手く行かなかった。
目に入ったのは、半身を覆う、異常に冷たい氷の塊。
「…まずは私が起きてることに気づくべきだったね!変態!」
「この小娘がぁ!」
ずっと、油屋からデリケートゾーンを触られた状態で、掴まれていた理央が、自分の固有魔法、『冷却』を利用して、空気中の水蒸気を、絶対零度で急速に凝華させ、彼の身体を半分氷漬けにすることに成功したのだ。
油屋は、寝起きで、まだ目を擦っている理央を、逃すまいと、がっしりとつかもうとするが、とするが、凍りついた体はそう簡単には動かない。
「ふあぁ、じゃあ私は逃げるね~」
「クソが!」
逃げ出した理央の身体スレスレで、ものすごい轟音を立てて、コンテナが地面に激突し、大量の砂塵が周囲に舞った。
接地面も状況は分からないが、油屋の血と臓物が飛び散る地獄絵図だけは勘弁だ。
だが、そんな心配は、すぐに必要なくなった。
「あ〜、危なかった。戻っていいぞ、サンドワーム」
もう一度、さっきと同じような轟音がなって、何か、巨大な蛇のような、魔物がゆっくり消えていく。
首元に一瞬、ヒヤリとした感覚が走った。
「ガフッッ!!?」
理央の視界が不自然にブレる。呼吸もできないし、頭もクラクラする。体感で数秒ほど経ってから、脳天をぶち抜くような痛みを感じた。
そこでやっと、理解できた。油屋の手に持つナイフ、血で塗れたあのナイフで、首元を切られたのだと。
「また、邪魔されたら、困るからな~。お前は先に逝ってろよ」
油屋は理央の横腹を蹴って、地面の向こう側に蹴り飛ばす。理央の口から、大量の血が溢れ出した。
「躊躇が無いね…」
大量の粉塵に阻まれて、中の状況が全く分からなかった時雨が、冷や汗をかきながら地面の方まで降りてきた。
「私は何が起こってたのか分からないんだけど」
「こいつが邪魔してきた。それだけだ」
そう言って、油屋は自分の体に付いた、氷の破片を取っ払う。
そして、時雨が助けるために理央の方に行こうとした、その時、後ろから足音がした。
「……おい、これはいったいどういう事だよ」
黒髪の少年がぼそりと呟く。
「テメェに聞いてんだよ、薄汚いパーカー野郎!!!」
油屋にとって、最悪のタイミングで、島江正治は到着した。