第12話 追跡・街中
時雨のおかしな動きは、昇降口を出てからすぐに現れた。
普通ならここで自分の部屋に戻ったりしそうなものだが、今日は違った。そのまま真っすぐ、彼女は校門を出た。
そして、辺りを見回すような仕草を取って、そのまま大通りのある方まで歩いて行った。
(あっちは駅のある方向か、市街地に出ようとしているのか、それとも電車?)
もうすでに、2つの魔法を発動させて、周りからは、もうほとんどいないものとして、感じられているだろう。
制服のスカートを揺らしながら、彼女は大通りを直進する。一昨日一緒に食べたアイスクリーム屋を通過し、悟町駅の方へ歩き、そのまま駅構内に入っていく。
向かったのは、平急線、住立・平都中央・平都空港方面のホームだ。
このまま平都空港から遥か彼方へ飛んでいくなんてことに、なってほしくはない。理由はシンプルに俺が飛行機に乗れないからだ。
俺は時雨の後ろに陣取って、次の電車が来るのを待つ。
ホームでチャイムが鳴った。
『まもなく、普通、平都中央行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの後ろに下がって、お待ち下さい』
青い車体の電車が、徐々にスピードを落としながら停車する。降りる人はそこまで多くはなかったが、乗る人はかなりの数がいた。
車内に全員が乗り込むと再び電車は速度を上げ、次の住立駅に向かって直進した。
♢♢♢
時雨は、住立駅ですぐに降りて、改札を抜けたあと、今度は、TR線の改札に向かっていく。ここまでずっとついていっているが、時雨は、まだ俺に気づく気配はない。
住立駅に集まるTR線の路線は、湾岸線(WG)と、首都環状線(SK)、そして東西線(TZ)の3路線だ。
TRは、だいたい駅間が相当長いので、細かい移動は、地下鉄や私鉄が主となるが、これを使うということは、そこそこ遠いところまで行くということだ。
(まあ、平都に限ってはそんなことはないけど、これって多分この辺が異常なんだろうな)
多数の人が行き来するこの沿岸の大都市の中心、住立駅では、目を離したら、すぐにでも時雨を見失いそうだ。
これで一日で約45万人の乗降客数だ。平都中央がどうなっているのか、考えたくもない。
時雨は、湾岸線のホームに入って、そこで次に来る電車を待っていた。
住立駅は湾岸線の終点駅だ。ここよりも北側に線路はないが、逆方面ならば、美山半島の先っちょまで続いている、恐ろしく長い路線だ。
時雨を追いかけていたら、いつの間にか、こんなところまで来てしまったが、こうなってくると、いよいよ何がしたいのかわからなくなってくる。
目の前の景色がぐるぐる変わっていく。湾岸線というだけあって、この電車はほぼ常に臨海部を走る。
片側を見れば、多数の高層ビルが立ち並ぶオフィス街だが、もう片方は、石油コンビナートやら、大量のコンテナやらがある工業地帯だ。
住立駅から、時雨が降りるまでの駅の数は5つで、彼女が降りたのは、藪子駅という駅だ。
この駅自体、そんなに大きい訳でもない。おそらくこの近辺が目的地だ。
駅の周りは、ちょっとした市街地が広がっていて、今は人の数が少ないが、住宅街も少し歩けばあるっぽい。
ここからは人混みに紛れるのも難しくなってくるので、『気配隠蔽』の出力を数段上げる。
「でも、やっぱり時雨どこに向かっているんだ?」
彼女は駅の目の前の道を直進し、やがて、海の方へ向かう路地に入っていく。俺も急いで追いかける。
時雨は、その後何度も曲がり角を曲がり続け、そして、
「振り切られた…一体どこでバレたんだ?」
俺は息切れしながら、前を向く。そこに、華奢な少女の姿は見えなかった。
俺は、このあたりのことが気になってきて、マップアプリを使って検索をかけた。
出てきたのは、驚きの情報だった。
「…この道……直進すると放棄区域に繋がっているじゃないか」
放棄区域。魔族などとの戦闘が行われた結果、国から、完全に復興が不可能とされた区域のことで、強力な魔族や、ならず者がたむろする、この国の中でも、最も治安の悪い地域の一つ。
何度も曲がり角を曲がり続けたのが、俺を振り切るためなら、
「あいつは放棄区域に向かってる…一体どういうことなんだ?」
♢♢♢
私は、後ろから追いかけてきている追手の気配に気づいた。
魔法で誤魔化しても、乱雑にアスファルトを踏む音は消えない。
追手の気配が感じられなくなって、私は、目的地に向かって走る。
いつの間にやら、舗装がボロボロになって、バラバラに砕かれた建築物の残骸が増えてきた。
藪子放棄区域。かつての境界事変で、とてつもない被害を受けて放棄された区域。
そこに、男は、ツインテールの少女を抱えて立っていた。
「まさか、ホントに来るとはな。安心したぜ」
「人質なんて汚い手を使って、そんなに小銭がほしいの?」
太陽は西に沈みかけ、グラデーションの空の下、暗い世界の戦いが始まった。