第92話 神野星姫 -Ⅳ-
「ついに明日ー♪たのしみー」
「ご機嫌ねえ。すごく楽しみにしていたのね」
一ヶ月後、私の頭の中には明日のことしか無くって、それ以外は耳に入ることも無かった。
私はあの髪飾りを、ずっと頭に身につけている。これを着けてから、なんか自分が大人になったような気でいたのだ。
「天姫、水頼める?」
「はーい。私の力って便利だよね。水を運ぶ手間が省けるし」
水を操るのが、お姉ちゃんの固有魔法だった。この時期にもなったら、固有魔法も特殊魔法も一般的なものになっていて、生活の一部にも取り込まれていた。
「星姫は外で遊んできたら?お昼までは少し時間があるしさ」
「うん!分かった!」
「あんまり遠くには行かないようにね」
お母さんとお姉ちゃんに大きな声で返事をして、私は外に出た。ボロい立てかけの扉を、しっかりと閉めて。
◇◇◇
遊びに行くと言っても、当然遠くには一人では行けないので、近くの公園跡とかで、小さな生き物とかを見つけてキャッキャしているだけだ。
「あっ、これはちょうちょで……あっちは……うっ、いもむしだー……」
ちょっと気持ち悪い生き物もいたけど、基本的には見ているだけで、すごく時間が経ってしまっていることもザラにあった。
川沿いの公園跡、こないだの花火があったところの近くで、広い敷地は残っていたから、たまに子供たちが遊びに来るのだ。だけど今日は私一人だけ、理由はわからないが、そっちのほうが落ち着いていられる気がした。
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「あれ……もう夕方!?早く帰らないと!」
私は何時間こうしていたのだろう。朝には出かけて、気がついたらいつの間にか夕方だった。
体感では1時間くらいだった気がするけど、もう空が紫色のグラデーションに染まっていて、今の時間が既に夕方であることを示していた。
「ふたりとも心配してるかなぁ……早くしないと……」
川沿いを走って、村の方まで戻っていく。昼間とは打って変わって、涼しい空気が辺りに充満していた。
だけど……何だか湿っている?
それに、人気があまりにも少なすぎる。
漂う金属のような……いや、それよりももっと不快な……匂い。
「え……」
私が見たのは、人の姿。
だけど立ってはいなかった。頭も四肢も、全てがグチャグチャのまま、倒れ伏していた。
それが、ちょうど私の眼の前にあった。
自分の全身を、ヘビのように絡め取る、気持ちの悪い恐怖を、私はただひたすらに感じていた。
「っ……お母さん……お姉ちゃんっ……!!」
早くしろ、急げと、8歳児の小さい足が素早く回る。
血の匂いはだんだん濃くなって、辺りに飛び散るのは全て、人間だったはずのもの達だ。
気持ち悪さも全て無視して、血溜まりを踏み、臓物を蹴り飛ばし、自分の家へ、ちょうど4年前、お母さんとお姉ちゃんがそうしたように。
扉を開けた。
誰も居なかった。
「おねえ……ちゃ……ん?」
おびただしい数の血液と水が、あたりに散乱していた。
お姉ちゃんが戦ったあとだったって、ようやく分かった。
見慣れた美しい緑髪……私と同じそれは、暴力的に真っ赤な血液に染まって、本来の姿を、全て失っていた。
――――――ああ、やっと繋がった。私はずっと。昔のことを観ていたんだ。
「お姉ちゃん……お母さん……やめてよ」
私の口から声が漏れた。眼の前の現実と、私の儚い願いが交差して、狂ったように全身から冷や汗が流れ出る。
「明日一緒に海に行こうって!この間約束したじゃん!せっかくみんなあの時生き延びたのに!!……
なのに……」
私の足は一気に力が抜けて、動かなくなった。動く気もしなかった。
この数分間の溜め込まれた感情が爆発するように。私の目は堰を切った。
「う、うわぁぁぁっああああん!!!!ああああーーっ!!!」
私の涙が血の中に混じる。
顔をベチャベチャに濡らして、身体の水分が全て抜けたのではないかというほど、泣き続けた。
「……ひぐっ……うぅ……お姉ちゃん……お母さん……みんなぁ……」
私は全部失った。本当に、これでもかというほど絶望的に、
ひとりぼっちだった。




