第91話 神野星姫 -Ⅲ-
「花火が上がるのは、確かこの辺だったかな……星姫ー!早く着いてきてー」
「ま、まっへよおへえひゃん。わはひまははべおわっへなひ……(ま、待ってよお姉ちゃん。私まだ食べ終わってない……)」
私は、屋台で売っていたイカ焼きを頬張ってそう言った。
かなりお値段が張ったが、ちゃんと美味しいしやっぱり買ってよかったと思う。
既に花火の打ち上げ場所付近には人が集まっていて、みんな今か今かと待ち望んでいるようだった。
(だけど、あんまり多くない……村の人だけだからかなぁ)
このときの花火は、非常に小規模なものになるらしかった。物資も無い中、少しでもこころが軽くなれば、という思いからのものだった。
川辺の方を、そんなことを考えながらじっと眺めていたら、特に予告もなく花火が打ち上がった。
「うわっ!!」
花火の火の玉は空中で消え、時間差で真っ暗な夜の闇に、色とりどりの花を咲かせた。
こじんまりとしたものではあったが、ここまで美しい光を見たのは、初めてだった。
「これっ!絵本で見たことある!」
「そうだったの?でもやっぱりリアルで見るほうがきれいでしょー」
そう言われて、私は小さく頷いた。
花火が続いたのは数分程度、だけどしばらくは、その光景は私の眼に焼き付いて離れなかった。
◇◇◇
「お姉ちゃん、おなかすいた」
「さっきイカ焼き食べていたのに……」
打ち上げ場所は、私たちの家からはそこそこ遠かったから、帰るには少し歩く必要があった。
帰る途中でお腹が空いた私は、お姉ちゃんに手を繋いでもらって、川岸を歩いていた。
「星姫ー、見てみて。空に星が浮かんでいるよ」
「うん。すごくきれいだけど、そんなに珍しいものでも無いでしょ」
「今はそうだけどさ。昔は東京って、全然星が見えなかったの。街の光が照らしていて、どうしてもね」
今日は夏の日だった。大空を見渡せば、てんびん座や、かんむり座、おとめ座が空に浮かんでいた。
「星姫の名前って、私が名付けたのよ。私が星好きだったから。私の頭に髪飾り付いてるでしょ。昔お父さんに買ってもらったもので、ずっと大事にしてるの」
「そうだったんだ。私の名前って、そういうことだったんだね」
艷やかな緑髪に丁寧に付けられた、透き通った黄色いステンドグラスのような、星を模した髪飾りだ。
「この髪飾り、あげようか?」
「え……でもそれって、お姉ちゃんの大切なものだよね?」
「うん。だけどこれは星姫のほうが似合うと思うからね。大切なものだからこそ、大切な人に、渡してあげたいんだ。
お父さんも、きっとそうだったから」
お姉ちゃんは、自分の髪からそれを外して、私の髪に付けた。
「ほら、似合ってるわよ」
「うん、ありがとう!!お姉ちゃん!」
私は満面の笑顔で、そう答えた。
◇◇◇
「お姉ちゃん、私は海に行ってみたい」
家に帰ってきてから、私は何故だかそう言った。
「海ねぇ……行ってみたいのは山々だけど、ここからだとまあまあ遠いねよねぇ」
お母さんはそう言って、難しい顔をしていた。
「一ヶ月後くらいに、池袋まで繋がるような道路ができるみたいだし、それを辿れば時間はかかるけど、池袋から行けたりするかもね」
お姉ちゃんは笑いながらそう話した。復興もだんだんと進んできていて、集落と集落を繋いだバスも運行されるようになるらしい。
「でも、なんでいきなり海なんて……」
「絵本で読んだの!海にはお魚さんがたくさん居るって書いてあったもん!!それ獲って食べるんだよ!!」
お母さんは苦笑いするようにこちらを見てから、お姉ちゃんに向かって、どうする?と聞いていた。
「別にいいと思うよ。魚は獲れないかもしれないけど、バスを使って海を見に行くくらいなら。一ヶ月後に行きましょ!」
「まあ、家族で出かけるのも悪くないわね。それでいい?」
「うん!!」
私は跳ね回って喜んだ。
そして、それから一ヶ月の時が経った。




