2話 週番
「天野君、時間よ」
「……ん?」
どうやら1時間目の数学の授業は寝てしまっていたらしい。俺はまだ寝ぼけている目を擦りながら頭の中を整理する。俺に話しかけるだと? そんな奴教師以外にいたか?
「……誰だ?」
「寝ぼけてないで早く準備して。次、体育だよ?」
目の前に立っていたのは週番の相方である高花琴音であった。黒いファイルを抱きかかえながら俺の顔を覗き込んでいる。
忘れていた。体育の時間には出席簿を持っていく者と皆が出ていくのを待って教室の鍵を閉める者の二手に分かれる必要がある。
基本的に男子が教室で着替えるため、出席簿を持っていくのは女子、鍵を閉めるのは男子と言う暗黙のルールがある。
「すまん、忘れてた」
「しっかりしてよね。天野君が遅れたら私も怒られちゃうんだから」
「琴音~、早く行くよー」
「はいはーい、今行くからー」
その時、高花さんの後ろから髪の毛を茶髪に染めた陽キャ女子こと桜川凛が声をかけ、高花さんはそのまま教室を出ていく。
「あんまり琴音に心配かけさせんなよ?」
ノロノロと着替え始める俺にそんな声がかかる。声の主は高花さんのグループにいつも一緒にいるイケメン、天城奏多であった。
「ん? ああ」
俺とは違い、正真正銘の陽キャである。
「たくっ、こんな奴に琴音を任せられないぜ」
俺の気のない返事にそう吐き捨てると、いつもの集団へと帰っていく。
遠くの方から俺じゃないと琴音は心配だ、とか中々に痛い発言が聞こえてくるが、俺は気にすることなく黙々と着替える。
体操服に着替え終わり、生徒たちが全員教室から出ていくのを見守ると教室の鍵を閉め体育館へ向かう。
時間はまだ余裕があるため、のんびりと廊下を歩いていく。体育は正直嫌いだ。不得意なわけではないが、特段得意という訳でもない、いわゆる普通という奴だが、それでも体を動かすという行為は普段あまり動かない俺からすれば唯の苦行なのである。
体育館に着くと、既に俺以外の生徒が揃っているらしい。鍵当番となればそれは仕方ないのだが、やはり慣れない。
俺は体育教師に鍵を預けると自分の出席番号の所に腰を下ろす。
「よし、揃ったな。じゃあ週番。号令をかけてくれ」
「はい。起立、礼」
高花さんが率先して号令をかけてくれるため非常にありがたい。俺のようなコミュニケーション能力が乏しい者からすれば号令ですら苦痛なのだ。
それから体操を終えると男女に分かれて体育の授業が始まる。今日はバレーボールらしい。男女で合計40人、4コートあるため、補欠は居ない。
俺がコート内で特に目立つことも無く淡々とボールを上げていると、女子のコートの方から歓声が聞こえる。
「すげえ」
「高花さんって別に男と一緒でも遜色ないくらい運動神経良いよな」
どうやら高花さんは勉強や容姿だけではなく、スポーツでも優秀らしい。まさに天に二物以上を与えられた存在だな。
果たしてこの先、彼女との週番を無事にこなせるだろうか? そう不安を抱きながら体育の時間は過ぎていく。
♢
放課後、俺は柊先生に言われたとおり高花さんと共に職員室へと向かう。
コンコン。
「「失礼します」」
職員室に入り、少し奥に行ったところの柊先生の机に行く。柊先生はパソコンに向かって何か作業をしているところだった。
「おー、来てくれたか。早速で悪いがこいつを各教室まで運んでおいてくれ」
そうしてノートの山が俺の腕にドサッと載せられる。
「もう一山あるから高花も運んでくれ」
「分かりました」
高花さんは素直にノートを受け取る。
「じゃあ、頼んだ」
そういうと柊先生はまたパソコンの画面に向かった。
♢
無言。
どちらから話しかけるわけでもなく、ただ無言でノートを運び続ける。
そもそも二人に共通の話題が無いという以前に超絶怒涛の陰キャである俺が完全なる陽キャである高花さんに話しかけられるわけがない。
体育の前はあちらから話しかけてきたのと俺が寝ぼけていたのとで会話は成立したが、今は違う。
「……ねえ、天野君」
「へっ!?」
と思っていたら突然話しかけられ、一瞬困惑する。
「あ、ごめん。そんなに驚くと思わなかったから」
「いや、大丈夫だ。俺が変なだけだから」
おいぃぃ! いきなり話しかけられたじゃねえか! 次言葉が飛んで来たらどう返せばいいか分からねえぞ!
「それで聞きたかったんだけど、天野君って凛ちゃんのこと好きなの?」
「凛ちゃん? 俺が好き?」
俺の知らないワードが二つ並べられたため、頭がショートする。凛……誰? 何で俺が好きなんだ?
「桜川凛だよ」
「あー、なるほど。下の名前だけじゃわからなかった」
桜川凛。彼女は高花さんとも仲の良い髪の毛を染めているバチバチの陽キャだ。しかしどうして俺がそいつを好きになるんだ? そんなわけがないだろうに。
「なんで急にそんな話になったんだ?」
「体育前に凛ちゃんの方を見てたから」
へえ、そうなんだ。全然意識してなかった。
「その反応だとそうでもないみたいだね」
「まあな」
そりゃそうだろうがああああ!!!! 俺に恋愛の要素なんて見出だすんじゃねえええ!!!!
そう叫びたい気持ちを押し殺して返事をする。
おいおい恋愛ができない俺に対する皮肉かよ、とまで考えてしまうほどに俺の性根は腐っていた。
いいもん、俺にはゲームと数学があるから。
それから特に話をすることもなく、黙々とノートを運ぶ。
Aクラスから順にB、C、Dクラスまで運び終えると、柊先生に報告に行く。
「おう、終わったか。ありがとな」
そうねぎらいの言葉をもらい、帰路に就く。
他の生徒は部活動に行っていたり、帰宅活動に勤しんでいるため廊下で歩いているのは俺と高花さんのふたりだけ。
依然として話すことはないが、このままバイバイといって離れるとあいつって嫌な奴なんだと思われてしまい次の日からの週番がやりづらくなる。どうしたものか。
そう考えていると気まずくなったのか高花さんが話しかけてくる。
「そ、そういえば天野君って数学得意だよね」
「ん? ああ、そうだな」
そんなこと知ってるんだ。てっきり陰キャの事なんざ知らねえぜくらいだと思っていたから少し驚く。
「いいなあ。私数学苦手だからさ」
「苦手? 高花さんっていつも学年2位とかじゃなかったか?」
「そうだけど数学だけあまり良くないんだ。そのせいでいつも1位になれないし」
へえ、意外だな。てっきり全科目できるもんだと思っていた。
ていうか俺、普通に喋れてるな。やればできるもんだ……と思っていたがその次の言葉が思いつかずまたもや沈黙が二人の間に流れる。
高花さんはなんとか会話をしようと話しかけてくれるのに俺の方から話しかけられないとは……情けなさすぎる。
早く下駄箱についてこの地獄を終わらせてくれ。
そう願っているとようやく念願の下駄箱が前方に見えてくる。
下駄箱を開けるとちょうど俺の下駄箱の隣が高花さんらしい。下駄箱の並びも出席番号順とかではなく、基本ランダムなので特に不思議なことはない。
そういえば朝、手をぶつけたな、そう思いながら靴に履き替えて歩き出す。
そして校門にたどり着く。
「じゃあ、高花さん。俺はこっちだから」
そう言って早々に逃げ出そうとすると高花さんから思いがけない言葉が飛んでくる。
「……私もこっち」




