04:串焼きが好きすぎる娘
「お、おい。あれって例の……」
「ああ、間違いない。朝のイカレタ奴だ。入り口の雑魚認定されたヤツら、朝に絡んで金を巻き上げようとしてあのザマだ」
「あたしゃあアイツに全額賭けたよ!」
「俺もだ! 訓練場で黄狼を一撃で倒した腕前は化け物だぜ!」
「そんなの嘘だろ? どうせ掛け金を釣り上げて儲ける情報操作だろうさ」
「だよな、俺達は巨滅級に全ツッパよ!」
等々、熱気を帯びて来る冒険者達を横目で見つつ、流れは串焼きをかじりながら受付のエルシアの元へと向かう。
「よ! エルシア。今夜は世話になるよ」
「ナ、ナガレさん! よく来てくれました。あの……嬉しいです」
そう言うと、エルシアは頬をうっすらと染める。
「? まあそう言う約束だからな」
「はい! あ、それでですね、今ギルマスは不在でいないのですが、代わりにサブマスが会いたいとの事ですので奥へどうぞ」
「了解した。あ、そうだ。エルシアにプレゼントと言っていいかアレだが、この力豚の焼きたてを食べてくれ。ファンが焼いただけあってマジで美味いぞ?」
「え!? ナガレさんのプレゼント……一生大事にしますね!!」
「いや、今すぐ食えよ。腐るだろ」
「ふふふ、ありがとうございます。さあ、こちらですよ」
エルシアはとても機嫌良さそうに、串焼きを片手にナガレを案内する。
「串焼きでこんなに喜んでくれる娘って貴重だな……」
「え? 何です?」
「いや、何でもないよ。それよりここかい?」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
サブマスターの部屋の扉は無く、開放的な感じのオフィスのようだった。
「サブマス、ナガレさんがいらっしゃいました」
「……入ってくれ」
「ではナガレさん、また後で」
「ありがとうエルシア」
エルシアが串焼きを大事そうに持って帰えるのを見送った後、流は部屋に入る。
そこにいた男は何とも神経質そうで、細身で目つきが悪く、陰険そうな五十代程の男が一人椅子に座って書類を見ていた。
「君がナガレ君かね? 全く困るんだよ、この忙しい時間にこんな事されたらね」
「と、言われてもな。俺が指定したわけじゃ無く、ジェニファーちゃんが決めた事だからな。文句は奴に言ってくれ」
「まあそうなんだが……それにしても何で串焼きをそんなに持っている。これから戦うのに、君はやる気があるのか?」
「気にするな。どうだ、食べるか? うまいぞ~」
「……もらおう」
二人でもくもくと串焼きを食べる。なんともシュールな光景だが、それを誰も見れないのが残念だった。
ついでに因幡のおにぎりと、付け合わせの「あの特殊な味のする」ニンジンの煮っころがし(肉味)を食べて腹ごしらえをすますと、サブマスが本題に入る。
「うまかった、さて。今回お前が望んだこととは言え、このような事は異例中の異例だ。まあ、例が無かった訳ではないが、普通は実績がある者しか行なわれない。だからお前はギルドの品格を落とさないように、腕の一本無くしても死なないようには最低するんだな」
「へいへい、前向きに善処しますよ」
「……まあいい、控室はエルシアに聞け。話は以上だ、健闘を祈る」
「ありがとうさん、じゃあまたな」
話は終わったとサブマスは書類に目を落としたので、流れはエルシアの元へと向かう事にする。
「エルシア戻ったぞ~」
「あ、ナガレさんおかえりなさい。じゃあ控室に案内しますね。」
「頼むよ、この後何時から始まるんだ?」
「あと一時間後位ですね。宵闇の頃に開始となりますので、それに合わせておいてください」
「はいよ、じゃあそれまで少し休憩しとくわ」
「ふふふ、ナガレさんはこんな時でも余裕なのですね。私なら怖くて倒れちゃいますよ、きっと」
「ははは、そしたら頭を打たない様に支えてやるから、心配するなよ」
「ナ、ナガレさんたらまた……」
エルシアは顔を染めながら廊下を歩く。
「夕日にでも当たったか? 夕方とは言え暑いから気を付けろよ」
「はぃ……」
訓練場の脇にある控室に着いたので、ここでエルシアと別れる。さらっとおかしな事を言うこの男は、いつか刺される日が来るかもしれない。
「ではナガレさん、頑張ってくださいね! 心より応援していますからね!!」
「おう、ありがとう。死なないように頑張るさ」
「本当に、気を付けてくださいね……」
「ああ、任せておけよ」
それを聞いたエルシアはニコリと笑顔を見せて、小走りに去っていった。手には「香ばしいタレが滴り落ちる力豚の串焼き」を、大輪のバラの花束のように大事そうに抱えて……。
「どんだけ串焼きが好きなんだあの子は……また買ってきてやろう」
串焼きが大好きな娘として、流が間違った情報を覚えた瞬間であった。