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008 未知への理解

 ――子供たちの明るい笑い声が聞こえる。

 僕が瞼を開くと、視線の少し先の広場が賑やかだった。


「鬼さん誰だ。私が鬼だ。鬼ならなんだ。食べちゃうぞ!」


 広場に集った少年少女が、知らない歌を口ずさんでボールを使う独自の遊び方をしている。

 見たことない遊びだな。仲間に入りたい。

 でも、ダメだ。

 僕はベッドの上で安静にしていなければならない。

 でないと、発作がいつ起きるかわからないからだ。


 子供たちの中に見覚えのある姿を見つける。

 クレイだ。

 ボールを上に高く投げて、楽しそうに笑っている。


 よかったね。友達がたくさんできて。

 僕はそれが見れるだけで十分だ。

 クレイが幸せならそれで。


 ふと、僕と視線が合うと、クレイはボールを他の子に渡して僕の方へと駆けてきた。

 クレイの友達たちは、慌ててクレイを言葉で引き留めようとしている。

 クレイは無視して、僕の下に走ってくる。

 なんで。せっかくたくさん友達がいるのに。


 クレイは僕のもとへたどり着くと、さっきまで以上に明るく笑って見せた。

 すると、先ほどまで仲良く遊んでいた子供たちが、石や砂利を掴んでクレイの背中へ向かって投げつけ始めた。


「魔王の手下。それはお前だ。手下ならなんだ。あっちいけ」


 歌詞を変えて歌いながら、クレイを嗤う。

 だけど、クレイは一切振り向くことなく、僕を見つめて笑った。


「あいつらにはいっぱい友達がいるけれど、アギラには俺しかいないから」


 僕はいつの間にか山田幸太郎から、アギラディオス・グランハイドの姿になっていた。

 前世も一人。今世も一人。

 記憶を思い出して、寂しかったことも全部思い出した中、やっとできた友達、クレイ。


 でも、僕が君だけしか友達がいないのはいいけれど、君が僕だけを見ている必要はないじゃないか


*


 意識が覚醒すると、クレイの家の寝床の中だった。

 さっき見ていたものは全て夢だったようだ。

 夢だったけれど、現実のクレイも僕とたくさんの友達のどちらかを取れと言われたら、迷わず僕をとるんだろうな。

 これは喜ぶべきなんだろうか。

 率直な感想を述べると、僕は悲しかった。


『おはよう、クレイ』


 僕は朝の挨拶をした。

 クレイの魂は無事に目を覚ました。

 体の主導権も、クレイに渡っている。

 もう、僕の意思で視線を動かすことも、腕を動かすこともできない。

 だけど、クレイが喋らない。


『大丈夫?クレイ』


 クレイは、放心状態になっているようだ。

 ゆっくり身を起こすと、辺りを見渡したり、自分の腕をぼんやりと見つめたりしている。

 そして、いきなりハッとした表情になると心の中で僕に話しかけてきた。


『あの盗賊は!?』

『それなら大丈夫。僕が倒した』


 クレイは呆気を取られた顔をした後、詳細を聞く前に寝床に潜りこみなおした。


『殺したのか』

『いいや、最低限気絶させて、村に引き取ってもらった。これから全部説明するよ』


 クレイは殺していないと聞いた途端、安心しきったため息をついた。


『そうか。じゃあ頼むよ』


 僕は昨日、クレイが寝ている間に起きたことを、事細かに説明し始めた。


*


『濃い一日だったな』


 全てを聞き終わったクレイは、一言そういって笑った。

 もっといろんな感想が来ると思ったら、濃い一日で片付けられた。


『ほかに何か感想無いの?』

『無いことはないけれど。村長、今日も昨日のまま心変わりしてなかったらいいなとか、ケインって奴とちょっと話してみたいとか』

『あるじゃん。僕はそういうクレイのリアクションが見たかったのに、全部淡々と聞いて濃かったねで終わらせるんだもん』

『悪かったって』


 クレイは苦笑いをすると、そのまま小さくため息をついた。

 膝を抱えて顔をうずめ、沈んだ声で話し出す。


『怖かった』


 盗賊との死闘のことだ。

 当然だ、クレイは死の間際まで追い詰められた。

 魔猪(まちょ)との時とは違って、血を多く流して、心が空っぽになってしまうくらいには絶望した。

 あの時は怖いと感じる暇もなかっただろうけれど、無事に終わった今から考えれば恐れるのも無理はない。

 僕は魂のクレイの手を握る。

 そしてかがんで目線を合わせる。


『よく頑張ったね』


 クレイは自分の内側に集中して僕の姿を確認すると、僕に抱き着いて泣き始めた。

 そうだよ。まだ九歳の子供だ。

 誰か大人がこうやって傍にいて、励ましてやるべきだ。

 怖い思いをしたのなら、落ち着くまでひたすら胸を貸して、話を聞いてあげる時間が必要だ。

 ここに僕しかいないなら、そうでなくとも、これは僕の仕事だ。


『怖かったね。もっと早くに助けてあげられなくてごめんね』


 クレイは無言で泣きじゃくる。

 体の方は膝を抱えたまま一切表情を変えずに俯いているのに。

 クレイの心は正直だ。


 僕もクレイが死ぬかと思って怖かったよ。

 という言葉は胸の中にしまった。

 僕は弱いところを見せられない。

 クレイは子供で、僕は大人。

 クレイを不安がらせることはできない。


『ほら、弟分に泣きつく気分はどう?』


 冗談になると思ってふざけ半分で聞いてみた。

 だけど、クレイは言葉を返さず、ぼろぼろ泣き続ける。

 僕はクレイの両肩に手を置くと、微笑んで声をかける。


『今回みたいに極限に追い詰められた時以外にも、いつでも泣きついていいんだからね』


 クレイは目から延々と大粒の涙をこぼし続けたまま、控えめに頷いた。

 プライドではなく、遠慮がちらちらと見え隠れする。


 こうやってコミュニケーションが取れる環境ができて良かった。

 僕は、クレイの心も体も守らなくてはいけない。

 これは義務であり、僕の心からの望みだ。

 これからも予想外の事件に巻き込まれたり、危険に挑まないといけない状態が発生する。

 僕は、それら全ての事象からクレイを守り抜く。

 それがクレイのあり得たかもしれない人間関係を全て奪った、償いだ。


*


 クレイは一通り泣き尽くして落ち着いた。

 今は昨日集めたスライムをぐつぐつと鍋で煮ている。

 ゼリー作りの最中だ。

 鍋の中で青色の粘着質な液体がぼこぼこと泡を立てて煮立っている。


『なんだかこのままでも食べれそうだ。ソーダ味っぽそうで』

『そーだ、都会の方で作られている炭酸の飲料か。子供には刺激が強いらしい』

『みんなのソーダのイメージが何色かは知らないけれど、僕の中では青色なんだよね』

『青い液体か。俺は薬のイメージだな』


 クレイはスプーンで一口掬って、息で冷ますと味見をしてみる。

 ねとねとした食感と無味。

 やっぱり花の蜜を入れないと味が無いようだ。


『このままじゃソーダ味じゃないみたいだな』


 残念そうに笑うとクレイは鍋を火から下ろして火を消す。

 バケツ一杯分あったスライムも、煮詰めたら両手に収まるくらいにまで嵩が減った。

 その煮立ったスライムに花の蜜を入れてかき混ぜると、器に移して涼しい場所に置いた。


『冷やす環境もないし、魔法も使えない。これでも固まるだろうか』


 スライムがゼラチンタイプなのか、寒天タイプなのかにもよるな。

 確か、ゼラチンは常温では固まらないんだっけ。

 だったら器を冷たい水の中に入れて冷やして、水がぬるくなったら交換するのをゼリーが固まるまで行うっていう手順が必要になるけれど。

 冷蔵庫が無い世界って面倒だな。


 ちょっとクレイと体を交代できないだろうか?

 そうすれば僕の氷魔法でちゃちゃっと氷を作って、手早くゼリーを冷やすことができる。


『クレイ、僕がゼリーを冷やすから体の主導権を交代しよう』

『そんなに簡単に入れ替われるのか?』

『やればできるんじゃないかな?昨日の感じだとクレイが無感情、もしくは気絶した時に入れ替わったようだったから、試しに無感情になってみて』

『無茶いうなよ。俺の一番苦手な修行だっただろ』


 クレイはうげーっと嫌な顔をする。

 そういえばそうだった。クレイは魂の感情を操作するのが下手で、無感情にできずにプラスの感情とマイナスの感情が延々と行ったり来たりしてしまう。


『そんなんじゃいつまで経っても美味しいゼリーが食べれないよ!ほら、これも修行だと思って!』

『アギラがゼリー食べたいだけだろ』

『クレイだって食べてみたいでしょ』

『そりゃそうだけど』


 クレイは困惑を隠せない状態で魂の感情を操作する姿勢になった。

 しかし、やっぱりプラスー、マイナス―、プラスー、とキャッチボールが続く。


『うーん、酷な話かもしれないけれど、昨日の盗賊との闘いの感覚を思い出せる?あの時の感覚が無感情だよ』

『……殺される間際の感覚か』


 クレイの周りの空気が途端に鎮まる。

 驚いた、突然安定した。無感情になることに成功した。

 クレイは理解するまでは苦手だけれど、理解をしてからが秒読みで早い。


『すごい!できているよ!』


 僕が褒めると、一気に無感情状態が崩れるのがわかった。

 クレイがほんのりと喜んでしまったからだ。

 この調子じゃ、実践導入はまだまだだな。


 しかし、無感情ではなくなっているのもクレイはわかっているようで、さっと気分を入れ替えて無感情状態を再現する。

 均衡が崩れた瞬間を自分で理解できるところも素直にすごい。


『代わるなら早く代わってくれ』


 そうだった。ゼリーを冷やすんだった。

 よし、代わるぞ!

 代われ……クレイと代われ……!


 僕の魂とクレイの体の距離が急激に縮まっていく。




 なんだこれは。

 大きな壁のようなものが、僕の前に立ちはだかっている。というか僕を取り囲んでいる。

 この先に存在する物に触れなければ、クレイと体の主導権を交代することは出来なさそうだ。

 壁に触れてみる。

 弾力があって、とても丈夫だ。

 僕の力では壊せそうにない。


 封印の力はどうやらクレイの魂の状態とシンクロしているようだ。

 封印されている年月とは別に、クレイの魂が、精神が弱っていれば弱っているほど封印の力は弱まる。

 なるほど、クレイが無感情になっているだけではまだまだ足りないみたいだ。

 昨日みたいにクレイの()()()()するくらいでなければ、この壁は壊れない。

 だったらクレイが寝ている間だったら入れ替わり放題かっていうと、それもできなさそうだ。

 何故ならクレイの体が覚醒したら、クレイの魂の方も覚醒してしまうから。

 昨日僕がクレイの体を乗っ取れたのは、気絶によってクレイの体と魂が切り離されてしまったからだ。

 となると、僕の意思はおろか、クレイの意思ですら交代は無理そうだな。

 諦めて大人しくしよう。


『ごめん、ダメみたいだ』


 クレイは僕の言葉を聞くなり無感情状態を解いた。


『あー……すごい疲れるなこれ』


 クレイの魂は冷や汗だらけの死にかけみたいな表情をしている。

 魂の感情を操作するのは、慣れていなければ精神力を大幅に消費する。

 できるようになったとはいえ、まだまだひよっこ。

 これからたくさん練習して、早く上達しようね。


『んで、ゼリーはこのままでいいのか?』

『うーん、もしかしたら固まらないかもしれないけれどね』

「お困りでしょうか、我が神よ」


 うわぁ!いきなり会話に入ってくるな!

 いつの間にか試練の箱から出てきていたアルが、僕らの会話に割り込んできた。

 足元からクレイのことをじっと見つめている。


「うわっ、えっと、お前がアル……アルステムか」


 そういえば朝起きてからずっとクレイと二人で会話していたから、アルの存在をすっかり忘れていた。

 クレイにとってはこれがアルとの初会話だ。


「はい、この名は貴方様の中にあるもう一方の魂、アギラ様より授かりました」


 あれ、僕ってアルに名前名乗ったっけ。


「そうか。俺はクレイ。改めてよろしくな」

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします、クレイ様」


 クレイがアルを撫でると、アルの心模様がぱぁっと明るくなる。


「えーっと、困ってるっていうか。ちょっとアルには言いづらいけど」

「スライムゼリーでしょう。話は聞いております。私は気にしておりません。私どもスライムは、時に同類の肉を食らい生きていくモンスター。人々のように同類を傷つけた際、心を痛めるようなことはしません」

「そう、か」


 アルは悟りスライムだから、僕らの行いはなんでも許してくれるだろう。

 あとは僕らが勝手に心を痛めるだけだから。


「えーっと、あとはこのゼリーを冷やすだけなんだけど、置いておくだけでも固まるかどうかがわからなくて」

「なるほど。それでお困りだったのですね。任せてください、クレイ様。私が解決いたしましょう」


 そういってアルはぽよんと跳ねてゼリーの入った器の傍に近づいた。

 ちょっとこぼすんじゃないかって思うくらい不安な位置だ。


「では、私が試練に打ち勝ち手に入れた力、御覧あれ」


 アルはアルの内側に向けて意識を集中している。

 一見、何も起きているようには思えない。


「……?何も起きて無くないか?」

「現在、私の魔力をゼリーの器に集中させて冷やしております」


 そう、魔力に意識を向けていないとわからないけれど、アルは今、氷魔法を応用して使っている。

 自身の魔力を消費して、ごく微量の冷気を生み出してゼリーの器付近にだけ漂わせている。

 こんなの、並の魔術師でもできないけれど、どこで身に着けたんだろう。

 箱か。箱の中なのか!?恐るべき、試練の箱。


 クレイは疑念を抱きながら器に手を近づける。


「冷たっ」

「ゼリーから感じ取れます。あと一時間もすれば食べ頃だと。それまではご自由にお待ちください」


 半自動ゼリー調理機かな。


「アル、魔法が使えたのか」

「魔力を消費して行っているのでおそらくこれは魔法なのでしょうが、少々特殊な使い方をしていますので、魔法と呼べるかは中途半端です」

「どこで覚えたんだ?」

「万物の魂を理解すれば自ずと魔力でできることがわかってきます。氷魔法、炎魔法、雷魔法、水魔法、自然魔法、治癒魔法。他にもあげれば数多く存在しますが、試練の箱で生まれ変わった私にはそれら全ての魔法が使えます」


 アルはただの悟りスライムじゃない。チートスライムだ。

 こんなのがRPG序盤に雑魚キャラとして出てきたら発狂しそうだ。

 クレイは困惑しながら苦笑いを浮かべている。


「……アルってすごいんだな」

「ですが私はまだまだ低レベルなスライムです。この世に生れ落ちてまだ数日の命。体力もなく、魔力の保有量もありません。ゼリーを冷やし終える頃には魔力を使い果たしているでしょう」


 生後数日でこれって、スライム生が濃いなぁ。

 スライム界のブッダとでも呼ぼうかな。

 アルも鍛えれば最強のスライムになれそうだ。

 クレイに一緒に修行をするかどうか聞いてもらおうかな。


『クレイ、アルもこれから一緒に特訓したら強くなるかも。クレイの口から修行に誘ってみてくれない?』

『ああ、わかった』

「なんと、嬉しいお誘いではありませんか。喜んで引き受けますとも」


 あれ?まだクレイは何も言っていないのにアルに話が通じた。

 もしかして……。


『アル。もしかして僕の言葉が聞こえる?』

「ええ、見えますとも。先ほどからアギラ様からクレイ様への言葉が見えなくなったとは思っていましたが、私に通じないことを予見して黙っていらしたのですね。ですが、私には万物の魂の在り方が見えます。お二人の会話も含め、私には念を込めた魂の言葉が全て見えております」


 そうだったのか。

 この三人、いや、二人と一匹ならば特に障害なく会話が可能ってことになるな。

 クレイもこれには驚きが隠せない。


「すっごいなお前」

「お褒めに預かり光栄です」

『僕としてはとても嬉しいよ。お喋りできる友達が増えて』


 アルは友達と聞くと、何度も同じように友達と口にして反芻する。

 いつも通り感動しているようだ。嫌じゃないようでよかった。

 クレイもなんだか嬉しそうだ。


「アギラ以外で初めての友達だ。嬉しいな」


 そういって穏やかに笑う。

 このまま、クレイが人の友達も持てるようになったら僕にとっても最高だな。


『せっかくだし、ゼリーが冷えるまでお喋りして時間でも潰そうか』

「賛成。アルもいいか?」

「ええ、もちろんですとも。貴方様方と肩を並べて会話ができるだけで、私は生に感謝します」


 クレイは椅子に腰を下ろすと、アルと向き合って会話を始めた。

 話す内容はいろいろ。

 これからどうやってアルを交えたトレーニングを行うかとか、アルを森に連れて行くなら本格的に家から森までの道を整備して、村人から隠れて移動するルートを確立しなければいけないな、とか。

 とにかく、話す話題は尽きないから、ゼリーが冷えるまではあっという間だった。


「ゼリーも冷え、私の魔力も尽きました。頃合いです」


 アルタイマーもこう言ってるし、ようやく夢にまで見たゼリーが食べられる!

 クレイが器を机に置くと、中でぷるんと青色が震えた。

 念のため、スプーンで叩くと弾力のある感触と共にぺちぺちと音が鳴る。

 よし、しっかり固まっているな。

 あとは味が問題だけれど、美味しいことを期待しよう。


「もう食べてもいいのか?」

『うん。食べていいよ』


 初めてのゼリーにクレイは興奮しているけれど、僕も異世界ゼリーにわくわくが止まらなかった。

 クレイの一掬いがゼリーを少量持ち上げる。

 青く、透き通った色がきれいだ。


 少し掬ったゼリーを眺めた後、クレイはスプーンを口に運ぶ。


 これはおいしい!

 オータムフラワーの爽やかな甘い花の香りが口いっぱいに広がる。

 味覚としての甘さ自体は控えめだけれど、それがかえって爽やかな甘さに磨きがかかってちょうどよい。

 何より、もちもちつるんとしたゼリーの歯ごたえが僕の望んでいたそれを体現している。

 実に美味しい!


「うえ、まずい……」


 嘘だろクレイ!?

 クレイは冗談ではなく、口元を抑えて苦悶の表情を浮かべている。

 ゼリーこそ至高の食べ物じゃん!?何がいけなかったの?食感か?このぷるぷるするんと滑る舌触りが嫌なのか!?


「甘さがくどい。花の蜜を入れ過ぎたかもしれない」


 ちょうどいいでしょ!?これ以上薄くしたらそれはただのゼラチンを溶かして固めた物体だよ!

 まさかとは思うけれど……。


『クレイって薄い味が好きなの?』

「ああ。言ったことなかったか?調味料が手に入らないのは確かだけれど、俺は素材そのままの味の方が好きだな」


 この……この……。


『クレイの貧乏舌!一生豆スープだけ食べていればいいじゃん!』

「な、何いきなりキレてんだよ」


 僕はこの日、初めてクレイと喧嘩した。


*


 クレイと食べ物の好みが真逆ということが判明してしまった。

 僕が食べたい味はクレイの嫌いな味。逆も以下略。

 それでも一度作ったものだからと、現在クレイはゼリーを時間をかけて食べている。

 甘ったるい、まずいと言いたそうな表情だけれど、ちゃんと言うのを我慢して食べている。

 代わりに僕が口の中に運ばれてくるゼリーを堪能している。

 おいしい。ごめんよクレイ。久々の好物だから完食まで我慢してね。


 そんなちぐはぐとゼリーを食べている僕らを、アルは何も言わずに眺めている。

 食べたいんだろうか?同類の肉を食べるときもあるって言ってたし。


『アルも食べる?』

「よいのですか?貴方様方が双方違った感想を抱いていたので、少々気になっておりました」

「全部食ってもいい」

『クレイは食べたくないだけでしょ』


 まあ、でも嫌いな食べ物をよくここまで我慢したもんね。

 クレイにとっては一種の拷問みたいなものだし、この一口を最後にゼリーは封印しよう。


『全部あげちゃってもいいよ。アルの口に合えば』

「わかった。はぁ、しんどかった」


 クレイはスプーンを机に置くと、器をアルの目の前まで寄せる。

 アルはゼリーをしげしげと眺めたまま、一向に食べ始める気配を見せない。


「食べないのか?やっぱり、同じ仲間だったからとか」

「いえ、色を見ておりました。やはり、私の同類の者たちは御覧の通り透き通った青色をしています。核はこれよりも濃い青色。しかし、私は違います。全身白で、核が赤いのです」


 アルはここにきて、今まで見せたことのない寂し気な心の色を見せた。

 昔を思い出しているんだ。


「生まれて間もない私を、同類たちは異色だ奇妙だと嫌いました。私の食べる食事を横取りし、ことあるごとに悪意を持った攻撃を行ってきました。なぜ、他者と特徴が異なるだけで危害もない私を嫌ったのでしょうか。皆、意味もなく攻撃をするのでしょうか」


 アルは中身を込めた問いかけを、僕たちに向ける。

 いくら悟りスライムでも、納得がいかないことはあるみたいだ。

 クレイは答えづらそうに机に置いていたスプーンをいじっている。

 僕は、僕なりの考えをアルに伝えることにした。


『たくさんの宝箱があるとして、全部豪華な見た目をしている中、一つだけミミックの見た目をしていたら、みんなそれだけ避けて開けるよね。だって、一つだけ違うから。みんな中身を知らないから、見た目だけで勝手に判断してしまう。そりゃそうだよ。見た目がミミックだから。怖いから』


 この例えは失敗したなって言葉にしてから思った。

 これじゃミミック宝箱はアルのことだからだ。


『えっと、だけど、ミミック宝箱は見た目が怖いだけで普通の宝箱だ。開けたら周りの宝箱同様、同じ宝が入っている。でも、みんなそれを知らない。知らないから恐怖する。だからだと思う』

「というと」


 僕の例え話じゃアルはしっくりこなかったようだ。

 僕の話下手のせいだな。


「茶色いきのこの中に赤いきのこがあると、これだけ見た目が違うから毒だと勘違いするようなものか。でも、実は無害なおいしいきのこだってわかったら、みんな採る」

『そう!それ!』


 クレイが例えを言い換えて話してくれた。非常に助かる。


『つまり、アルの仲間たちはアルの中身を知らないから見た目だけで恐れているだけ。中身は同じだから、理解してもらえれば仲良くなれる』


 いや、同じでもないか。

 森の中がこんな悟りスライムだらけだったら混沌としそうだ。

 僕たちの答えがしっくりきたのかどうかはわからないけれど、アルの心の中の寂しい色は、徐々に引いて行った。


「なるほど。皆私を知らないだけと。ですが、互いを知るというのは中々に難しいこと。それこそ他者の魂を見れるようになっていなければ、初対面でその胸の内を覗き見ることは叶いません。ですが、腑に落ちました。私は嫌われ者です」


 クレイも僕も、明るく言い放つアルの代わりに暗い気分になった。

 誰が君は嫌われ者だよって教えるの。

 周りと違っても中身を理解してもらえれば、きっと関係は改善されるよ、みたいなことを言いたかったんだけれど。


「私への第一印象は負の印象から始まる理由が理解できたので、私は満足です。私は、別段彼らと仲良く在りたいと望んだから落ち込んでいたわけではありません。ただ、意味もなく嫌われている理由は何故かが知りたかっただけなのです。私が関係を持ちたい方々は既に私を理解しています。それだけで十分です」


 僕らの沈んだ気分も、ぽやっと明るくなった。

 嬉しいこと言ってくれるじゃない。感動した。

 クレイも、微笑んでアルのことを撫でている。


 そういえばこの中ではアルが一番年下なんだよな。

 精神年齢で見れば仙人くらい生きていそうだけれど。


「おっと、せっかく頂いた食物です。ありがたくいただきましょう」


 アルは器に体を突っ込んで中にあるゼリーを消化する。

 ……器の中のアルの色合いが杏仁豆腐のように見えて、とてもおいしそうだと思ってしまった自分に罪悪感が沸く。


『味はどうかな』

「美味です。花の蜜はごちそうですね」

『わかる。甘味って最強だよね』

「俺は湯で薄めてから飲むのが好きだな」


 爺舌って言いかけたけれど、また喧嘩になりそうだったからやめた。

 くっ、アルの体に封印されていれば同じ感情を共有できたのに。

 ひとまずゼリーは二人と一匹で完食。ごちそうさまでした。


 そうこうしているうちに今日はもうお昼だ。


『さてと、じゃあ今日は家から森までの道を整備しようか。やることは必要部分の藪や倒木の撤去、伸びた枝の剪定と歩きやすくするための敷石置きかな』

「ああ、わかった」

「私もお供を、と言いたいところですが、貴方様方のように便利な手足も無ければ、魔力も回復しきっておりません。恐れながら家守をさせていただきます」

『うん、よろしくね』


 アルは留守番を任されると試練の箱の中へと帰っていった。

 あの木箱が大好きなのかな。

 そして、クレイは鉈を持つと道を整備するために森の方向へ向かった。


*


 作業開始から数時間。

 いくらクレイが体と魂の動きを合わせられる天才肌の少年とはいえ、子供は子供。

 短時間で作業が終わるわけもなく、一人黙々と藪を刈っていた。

 これが終わったらまだ敷石を置く作業が残っている。

 平らに砕いた石を持って何度も道を往復するのは骨が折れる作業だ。

 これはあと二日くらいはかかるだろうな。


『クレイ、大丈夫?そろそろ水分補給をしよう』

『わかった。ちょっと休憩してもいいか』

『ぜんぜんいいよ。ずっと同じ姿勢で作業しているし、体を伸ばそう』


 クレイは大きく深呼吸をすると思いっきり伸びをした。


『さて、こっからだと湖の方が近いし、そっちで休憩するか』


 クレイは適当にその場を片して湖まで歩みを進める。


『あと何時間かかるんだろうか』

『敷石を置く作業が大変だから、二日は作業続きじゃない?もちろん、睡眠時間を抜いて』

『そうか。筋トレの延長と考えて良しと思うか』


 クレイは軽く腕肩腰のストレッチをしながら気楽に笑う。

 そして、湖に到着すると、早速水を掬って口元に運ぶ。

 喉を滑り落ちていく冷たい感覚がクレイの疲れを癒していく。


「はあ、美味い」

「ここの水は綺麗っすっからね」




 ――思考が一瞬だけ停止した。

 クレイだけじゃない、僕ですら()()()()()()()()()()()

 クレイがバッと横に向き直る。

 いつの間にか、真横には見覚えのある男が座っていた。


 純白のぼさぼさ頭に、どこを見ているのかわからない透き通るような青い瞳。適当に剃った無精髭。ボロボロの薄汚れた全身真っ白な村人A服……。


 前に会った時とは違って頭に白いボロボロの帽子を被っているけれど間違いない。

 ――白おじさんだ。

 封印前、僕を退治した勇者の姿がそこにあった。

 クレイは突然現れた白おじさんに驚きが隠せず、心臓をびくつかせている。


「んや、少年。汗だくっすね。遊んでいたんっすか?」


 そして、僕は同時にこの声に違和感を覚える。

 前は気づかなかった。気づく機会がなかった。

 この柔らかく、飄々としていてとらえどころのない声は、クレイの父親の声と()()()()()()()だ。


 白おじさんは、クレイの父親だったんだ。


 漫画やアニメ、ゲームに小説と、ファンタジー作品の王道を知る僕は、この展開にしっくりきてしまう。

 親なくして孤独に育った主人公は、ストーリーの中で実は両親が伝説の狩人だったとか、王族だったとか、勇者だったなんてことを知る展開。


 そうか、クレイのお父さんは勇者だったから、だから魔王軍の残党を掃除する役目を任されていたんだ。

 クレイのお母さんはクレイのお父さんには他の仕事があるから、だから代わりに封印の役目を負って命を落としたんだ。

 そして、クレイのお父さんはクレイを村長に任せて家を出た。

 いつか迎えに行くと妻と交わした約束を胸に。


 全部僕の憶測だけど、パズルのピースがぴったりとあてはまった時のように納得してしまった。


 全部クレイには絶対言わないけれど。

 言ったら絶対クレイがキャパオーバーになっちゃうから。

 それに、目の前の白おじさんとクレイとのやり取りの様子はこうだ。


「……森にはよく来るから、家から道引いてた」

「へぇ!一人でっすか!お父さんやお母さんは忙しいんっすか?」

「俺には両親がいない。だから一人でだ」

「ありゃ……すいません、遠慮ないこと聞いちゃったっすね」


 クレイは目の前の白おじさんを胡散臭そうに眺め、白おじさんは半分あっけらかんとした態度でクレイに話しかけている。

 白おじさんは、自分が父親だとクレイに話すつもりが無いんだ。

 それがなぜかはわからない。

 でも、本人が黙っていたいなら、その意思を尊重しようと僕は思った。


「んで、おっさんは何者なんだ?」


 クレイは警戒気味に白おじさんから離れる。


「あ、自己紹介がまだだったっすね!僕はクジラ・ヒライ。三十二歳の冒険者っす。よろしくっす!」


 クジラと名乗った白おじさんは、手を差し出しながらにっこりと言い放つ。

 苗字も名前も多分偽名だ。

 しかし、他人の嘘や気持ちがわかるクレイにも、この偽名は見抜けないだろう。

 何故なら、白おじさんは常に自分の魂の感情を操作している。

 魔王の僕ですら白おじさんの真意は読み取れない。


 クレイは差し出された手を取ることなく、白おじさんの出方を伺っている。

 これはどうしたものか。

 僕としては、いずれ判明するクレイとクレイの父親との大事なファーストコミュニケーションだ。

 ここは是非とも仲良くしてもらって、今後の真実が判明した時期に角が立たない程度の関係を維持してほしい。

 ちょっとお節介だろうけども、クレイに軽く指示を出しておこうかな。


『クレイ』


 僕がクレイに対して念じようとした瞬間、辺りの空気がざわめくのを感じた。

 クレイには感じ取れない程度の周りの変化が、僕には感じ取れる。

 この変化の大元は……白おじさんからだ。


 微弱な殺意。

 これはクレイではなく、明確に僕へと向けられているものだ。

 白おじさんは、クレイの中でクレイに語り掛けようとした僕の存在を認識し、敵意を向けてきた。

 未熟なクレイには嗅ぎ取れない程度に、感情を抑えて。


『どうした?アギラ』


 クレイが僕に返事をした瞬間、ざわめいていた空気が今度は勢いよく引いて行った。

 それと同時に、一瞬の困惑。

 もちろん、それも白おじさんから。

 すぐにまたいい加減に感情を操作して、白おじさんの気持ちは読み取れなくなってしまった。


『目の前の人は悪い人じゃなさそうだし、仲良くしても問題ないと思うよ』


 とりあえず、当初通りに僕の考えをクレイに伝える。

 クレイは僕の指示を聞くと半信半疑な気持ちを隠し切れないまま、差し出された白おじさんの手を握った。


「クレイ・ドルトムント。九歳」


 クレイは納得いかないような声でぶっきらぼうに自己紹介を吐き捨てる。


「クレイくんっすか。ここで会えたのも何かの縁っす!仲良くしましょ!」


 白おじさんは繋いだ手をぶんぶんと振る。

 クレイはうげぇって顔で手を振られている。

 大丈夫かな、この二人。


「じゃあ、俺、作業に戻るから」


 クレイは少し乱暴に手を離すと、鉈を持って森の中へ戻ろうとする。


「あ、じゃあ手伝うっすよ!」

「はぁ?ついてくるなよ」


 白おじさんはクレイにいい加減な足取りで歩み寄る。

 クレイは明らかに嫌悪した態度で、距離をとろうとする。

 なんでクレイにとってこんなに第一印象が最悪なんだろう。


『クレイ、この人が嫌いなの?』

『嫌いっていうか、心が読めないから怖い』


 僕と初めて会話した時からそうだった。

 クレイは人の心がなんとなく読める。

 だから、人との付き合いも全てそれに頼ってきた。

 でも、白おじさんは自分の感情を操作しているから、クレイには心を読み取ることができない。

 わからないから怖い。


 でも、それは目の前のきのこが毒きのこかどうかわからないから避けているのと同じだ。

 いきなり食べろとは言わないけれど、知ろうと調べる行為は大事だ。


『クレイ。知らないのは怖いけれど、だからと言って距離を取っていたら、アルを仲間外れにしていたスライムたちと同じだよ』


 クレイは僕の言葉に何かを感じ取った。

 白おじさんと向き直ると少し困った表情のまま立ち尽くす。


「僕が手伝うのは嫌っすか?」

「……九年前、俺の体には魔王が封印されたんだ」


 クレイは突然、自分について語り始めた。


「みんな、俺の中の魔王を怖がる。俺のことを知っても、あんたは俺を怖がらないでいてくれるか?」


 前髪を上げて右目の周りの封印の紋様を見せるクレイ。

 クレイは、まず相手を知る前に自分を知ってもらうことを選んだようだった。

 でも、自分のマイナスの部分しか語らない。

 そんな伝え方では誤解されてしまうのに。

 白おじさんは困った顔を作って、顎に手を当てて考えるようなジェスチャーをする。


「魔王かぁ、すごいっすね。僕はクレイくんのこと一切わからないんで、怖いっす」

「そうだ。みんな俺のことを知らないから、魔王がいるってだけで怖がるんだ。俺のこと、どうやってわかってもらえばいい?」


 クレイは、素直な気持ちで白おじさんに問いかけた。


「簡単っすよ。自分を知ろうとしてくれる人、もしくは自分が知りたい人とだけ付き合えばいいんっす。それ以外の人に理解してもらわなくていいっす」


 白おじさんはクレイの真剣な問いかけに対して、ばっさりとした答えを返した。


「だって、自分を知ろうとしない人に何アピールしても無駄っすし、自分が知りたくない人なんかと仲よくしようとするだけ無駄っす。クレイくんの場合、魔王がいるってだけで怯えて近寄らない人はいっぱいいると思うっす。でも、長く生きていればクレイくんを知ろうとする人は絶対出てくるっすよ!もちろん、その中の一人は僕っす!」


 白おじさんは満面の笑みで親指を立てて、クレイに向けた。

 クレイの心の曇りを吹き飛ばす勢いで。

 クレイはその答えを受け止めると、深く深呼吸をした。


「俺、あんたのことがわからないから怖い。でもさ、俺はあんたのことが知りたい」


 クレイは少し緊張した声色で白おじさんに微笑みかける。

 そして、震える手を差し出した。

 白おじさんは迷いなくクレイの手を握り返す。


「じゃ、まずはお知り合いから」


 白おじさんは被っている帽子を、握手している方とは逆の手で押さえながら言った。

 辺りに爽やかな風が吹く。

 白おじさんの本心は見えないけれど、クレイは緊張しつつも前向きな感情を持っていた。


「そして、いずれは大親友に!」

「は?」


 せっかくいい雰囲気だったのに、白おじさんの軽薄な一言が全てを台無しにした。

 軽いなぁ、この人。


「そんな怖い声出さないでクレイくん。僕たち友達……いや、まだ知り合いでしたねー」

「なんか、あんたの相手していると精神的に疲れる」

「なっ、ひどいっすよクレイくん!」

「だってすっごい態度が軽いし。えっと……名前なんだっけ」

「クジラ!クジラ・ヒライっす!」


 わざと悲しい心を作って泣いている演技を始める白おじさん。

 クレイも流石に演技だとわかって呆れる。


「じゃあまあ、クジラさん。よろしくお願いします」

「まあまあ、おじさんは敬うほどのもんでもないっすっから。クレイくんはタメでよろしくっす。ま、さっきからタメ口っすっけど」

「わかった。よろしく。クジラ」


 なんだかしまらないけれど、無理やりしめた感が否めない。

 まあいっか。クレイも白おじさんを一方的に嫌うのをやめてくれたようだし。

 これからゆっくり友情を育んでもらって、いずれはそれが親子愛になってくれると嬉しいなぁ。


「じゃ、森の道引くの手伝うっすよ!どの程度整備するんっすか?」

「今、途中まで藪と倒木は撤去できた。残りをやったら敷石を置く作業がある」

「それ、一人でやるつもりだったんっすか。子供にはちょっと無理があるっすよ」


 予想外の重労働に思わず白おじさんも苦笑い。

 しかし、子と親の初めての共同作業か。

 なんだか感動しちゃうな。

 全部勘違いだったら恥ずかしいけれど。


「あ、クレイくん。クレイくんの中の魔王って意思疎通ができるんっすか?」

「……知らない」


 白おじさんにあらぬ誤解を与えたくないからか、僕と普段から会話しているのは隠すつもりのようだ。

 僕もそれがいいと思う。

 もっとも、白おじさんには既にバレているようだけれど。


「じゃ、そんなクレイくんに一言アドバイス!」


 クレイが整備している道を目指しながら、白おじさんは人差し指を一本立てて、いつも通りあっけらかんとした態度をみせる。


「魔王と話せて、いくら人柄が良かったとしても、信用しちゃだめっすよ」


 ドクッと、クレイの心臓が脈打つのが感じられた。

 クレイは、白おじさんの言葉に怒りを感じていた。

 僕の悪口としてとらえたんだろう。

 クレイにとって僕は大事な親友だから、許せないんだ。


「なんでだよ」


 思わず喧嘩腰で聞き返すクレイ。

 白おじさんは顎に手を当ててから少し考える。


「僕は十年前の『悲劇の一年』を知っているんで。その時の魔王は血も涙もない残忍な性格でした。仮に今、魔王が封印下で温厚な性格をしていたとしても、封印が解けたら元通りかもしれない。多重人格って奴っす」


 さっきまでの軽薄な態度が嘘のように、真面目に話す白おじさん。

 冷静に僕とクレイとの関係を分析して仮説を立てている。

 クレイはその言葉に、動揺していた。

 僕が僕でなくなる可能性を提示されて、恐れている。


「じゃ、じゃあ、もし魔王と話せるようになったらどうすればいい?」

「簡単っす。封印を弱めないためになるべく交流しないことっす」


 白おじさんは、クレイと僕の関係を絶とうとしている。

 それは、僕を理解していないから遠ざけようとしているのとは違う。

 白おじさんは僕を()()()()()()()から、怖いんだ。


 そうだ。僕は史上最悪の魔王。

 本来、クレイと仲良くしていてはおかしいんだ。

 クレイは僕を憎むべきで、僕はクレイを利用すべき関係。

 それがどうしてか、親友を名乗る関係になってしまった。

 これは、僕も最初からおかしいと思い続けている。


「じゃ、早速っすっけど、作業を始めますよー」


 作っている最中の道にたどり着くと、白おじさんは藪の撤去に取り掛かった。

 クレイは、何かを言いたそうな表情で、でも何も言うことができずに無言で作業を手伝い始めた。


 白おじさん。

 貴方がいつかクレイに真実を打ち明けたら、僕はそのタイミングでクレイとの交流を一切絶とうと思います。

 それがクレイにとって一番いい。


 こんな醜悪な魔王と、友達でいるべきではないのだから。

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