表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/46

007 解くべき誤解と解かない誤解

 夕暮れ、僕は村長の家にいた。

 村長の家の椅子に座り、出されたお茶を飲んでいた。

 向かい側には村長が座り、静かに話を聞く姿勢を見せている。


 ――両側には村の常駐兵が二人。

 僕を警戒するように立っている。

 いざという時、僕を拘束するために。


「村長。先ほど連れてきた盗賊の件ですが、お話しても良いですか?」

「ああ、クレイ。嘘偽りなく話したまえ」


 今、僕はクレイの体を()()()()()

 当のクレイは先の盗賊との闘いのせいで気絶していて、まだ目を覚ましていない。

 そして、村長は僕のことをクレイだと思って接している。

 その正体はクレイの中に封印された史上最悪、至高の魔王、アギラディオス・グランハイドとは知らず。


「本日、森から自宅へ帰った際、家の中から物音がしたため、外から声をかけてみたところ、中からこの盗賊が出てきました」


 僕は傍らに寝転がる女に目をやった。

 この女こそクレイを死の間際まで追い詰めた、忌々しい盗賊だ。

 僕はコイツが憎いけれど、クレイの誰も必要以上に傷つけたくない意思を尊重して、殺さず生かしておいた。


「彼女に目的を聞くと、昨日殺した人から僕……俺の家に大金があると聞いて奪いにきたと話しました」


 いけない、一人称を間違えてしまった。

 魔王口調と前世口調は話しなれているけれど、クレイみたいなちょっとクールな話し方は慣れていないんだよな。


「村長の知っての通り、俺には金なんてありません。それを知った彼女は逆上し、俺の命を狙ってきました。だから脇腹に一発、足に一発ずつ打撃を与え、怯んだところをみぞおちを殴って無力化しました」


 事実とは異なるけれど仕方がない。

 なんせ僕は全ての傷を治癒してしまったせいで無傷。

 背中やら腕やらをばっさばっさ斬られましたなんて言えない。

 わざわざ服も逆行魔法で戦い前にまで戻したんだ。無傷で勝ったことにしなければいけない。


「なるほどのう」


 村長はうんうんと全て聞き入れた。

 不思議と、今の村長はいつもの胡散臭い心の汚さが見えない。

 真面目に僕の話を聞いている。


 そうして僕が村長にことの顛末を話していると、廊下を慌ただしく走る音が聞こえてくる。

 そして、この部屋の扉が勢いよく開け放たれると常駐兵が一名、息を切らして入ってきた。


「フォギス村長!大変です!この女はA級指名手配、『深紅の炎』のキャスヴァニア・ウルティメアドと判明しました!間違いありません!」

「なんと……それは本当か?」

「はい!全身の古傷、燃えるような赤髪、二本のカトラス、そして昨夜の犯行、どれも特徴が一致しています」

「馬鹿な……それをクレイが……」


 へぇ、そんなやばい人なんだ。




 A級指名手配て。やっば。

 この世界では冒険者や犯罪者など、ランクをつける際はFからSSまでのアルファベットを使って等級付けされる。

 低級モンスターも、ちゃんと言い換えるとF級モンスター。F級にも満たない奴らが多いからまとめて低級モンスターなんて言われる。それでも一般人には危険な相手だけどね。


 やらかしたなぁ。

 A級ってことは上から数えてSS、S、Aと三番目に来るわけで。

 普通の子供がそんな奴相手に無傷で勝利できるわけがない。

 できるわけないことをやってしまった。

 そして、それをある程度事実を捻じ曲げて話してしまった。


 ただでさえクレイは僕という魔王を封印された体で、周りから危険視されているのに、どうして余計に警戒されるようなことをしてしまったんだ!

 いや、僕だってやりとうなかった!穏便に済ませたかった!

 だけどコイツが!僕たちの家に勝手に忍び込んで、クレイをぼろ雑巾みたいにしたんだ!

 だからとっ捕まえてやった!僕は悪くない!


「ふむ……とにかく、キャスヴァニアは厳重に拘束し、牢に繋いでおけ。王都にはわしが連絡をする」


 常駐兵は返事をすると、キャスヴァニアを乱暴に持ち上げて連れて行った。

 せわしい足音が遠くなっていく。


「……さて、クレイ」


 ひぃ、やばいぞ。

 僕は、いや、クレイは危険じゃないって弁明したいけど、僕の口からそれを言っても誰も聞いてくれないし、そもそも開き直りにしか聞こえない。

 もうだめだ。クレイは今まで以上に危険視されて、村人全員から非難されるんだ。家を一歩出ようとするだけで常駐兵に攻撃されるんだ。もう二度と日の下を歩けないんだ。

 ごめんよ、クレイ。僕が強すぎたあまりに。


 内心穏やかではない僕の両肩に、村長の両手がポンと置かれる。


「すまなかった」


 ……おろ?


「わしは今朝、クレイを呼び止めて昨日の行動を事細かに問い詰めたな。あの時、わしはクレイのことを疑っていた」


 僕はうつむいていた顔を上げて、村長の目を見た。

 今まで、胡散臭い心の色しか見せたことのなかった村長だったけど、今は後悔の色をしている。


「昨夜、森の中でベルモット家の惨殺死体が発見された。金品は全て盗まれており、唯一生き残っていたのは木陰に倒れ伏していたベルモット家長女、アスレイナだけであった。そのアスレイナも重傷で、今も生死の境を彷徨っておる」


 村長は昨日あった事件の内容を語る。

 クレイは関係なかったとはいえ、凄惨な事件だ。

 気づかないところで起こっていたことに胸が痛む。


「わしらは村中で聞き込みをしたが、皆口を揃えて昨日、森へ向かったのはクレイしか見ていないと言ってな。そこでわしらはクレイの中の魔王が暴れたのではないかと危惧したのじゃ」

「ぼ、俺が紛らわしいことをしていたのも悪いです」


 いけない、また間違えかけた。


「いや、おぬしはよくやってくれた。村の同志、ベルモット家の無念を晴らしてくれた。十分すぎる働きじゃよ。クレイ、疑ってすまなかった」


 村長は深く頭を下げる。

 それは、心からの謝罪だった。

 今、ようやく僕は村長を理解した。

 村長がクレイを理解してくれたように。


 村長は普通の人だ。

 未知の物には怯えるし、危険な相手には保身に走る。

 でも、自分が悪かったと思えば、心の底から深く謝ってくれる。

 今まで胡散臭い嫌なジジイと思い込んでいた僕らも僕らだった。

 誤解していたのは僕らの方もだった。


「村長、大丈夫です。俺は気にしていません」


 クレイは絶対こう言う。

 僕らも誤解してて悪かったしね。


 それに比べて両側の兵の人たちは、僕に対して恐怖している。

 常駐兵程度では三人がかりでC級犯罪者を取り押さえるのでせいっぱいだ。

 一方で僕はA級犯罪者を無傷で捕まえた、いわば格上。

 おそらく村長から僕が暴れた際には取り押さえろなんて命令されていただろうけど、絶対にそんなことできないっていう感情が駄々洩れだ。

 村長の前例があるから一方的にこの人たちのことを嫌悪できないけれど、こんな役を任されてご愁傷様。


「ではクレイくん。村の者たちにはわしから全て伝えておく。今日はもう遅い。帰りなさい」


 いつもの調子で話す村長。

 だけど、心は穏やかで、嫌な気持ちを感じなかった。


 そうだな、せっかく誤解が解けたんだ。

 ちょっとくらいわがままを言っても許されるかな。


「待ってください村長。最後に少々お時間をよろしいですか?」

「ああ、良いだろう。何かな」

「最近、少しだけ治癒魔法を覚えたんです。先ほど話に出たアスレイナの治療を少しだけお手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 村長は目を丸くして驚いた。

 そして少し考えると嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。


「もちろんじゃよ。クレイ、おぬしはカナトに似ておるな」

「カナト?」

「いずれ会えるじゃろう。アスレイナの場所までは、そちらの者が案内してくれる。ケイン、頼んだぞ」


 右隣にいた赤髪の常駐兵がドキッとした顔で自分を指さしていた。

 業務の延長お疲れ様。


 こうして、今までいろいろ抱えていた互いへの誤解は、平和に解くことができた。

 僕は今からアスレイナが治療を受けている医者の下まで行って、治癒魔法で治療する。

 そして、帰って今日はこのまま寝る。

 ゼリーはクレイが起きている間じゃないと意味が無いからね。


 僕らは村長の家を出て、医者の家へ向かった。

 ……正面からすっごく怯えた気配がするけど。


「……あの」

「ふぁい!なん、なんだ!」


 村長からケインと呼ばれていた常駐兵。

 この人、すっごく臆病だな。こんなので兵士が務まるんだろうか。

 短髪の赤髪。同じく赤色で凛々しい目。そばかすだらけの老け顔。

 老け顔って感じた理由は若々しい声から。

 あと、まだまだ未成熟な感じがする。


「ぼ、俺はクレイ・ドルトムント、九歳です。あなたは?」

「な、なぜお前に言う必要があるんだ!」

「こうやって道を案内していただいているので、自己紹介をしておくのが礼儀かなと思いました」


 ケインは僕から目をそらすと何かぶつぶつと呟いた後、背中を丸めて怯えた口調で喋りだした。


「お、俺はケイン・カストラビ。十九歳」


 うっわ、僕の前世の享年と同じ。なんか運命感じる。


「ケインさん、よろしくお願いします」

「お、おおおう」


 怯えすぎだよ。

 まあ、魔王云々って罵倒されるよりはマシだけどさ。

 なんで僕がケインの名前を聞いたかというと、せっかく久々にクレイ以外の人と話すから、コミュニケーションをとりたくなったからだ。


「常駐兵としてこの村を守衛している理由を聞いてもいいですか?」

「へあ!?な、なんでそんなこと……」


 常駐兵とは、王都から各小規模の町村に派遣されてきたFからD級の兵士たちのこと。

 短期間派遣されてくる駐在兵と違って、無期限でその町村を守る人たちだ。

 多くは上からの命令で飛ばされるんだけど、中には志願して常駐兵になる人もいる。


「話題の種として思いついたのを聞いてみただけです。話したくなければ話さないでも構いません」


 僕は久々にコミュニケーションがとりたいだけなんだ。

 ほら、微笑んで朗らかな空気を作っているんだから、お話ししようよ。


「う……馬鹿にするか?馬鹿にするんだろ」

「なんでそんなに卑屈な言い方するんですか」

「そりゃ、A級指名手配を倒した子供なんか、俺みたいなE級兵士のことなんて道端に落ちてるゴミくらいにしか見えてないだろ。いいよな、封印された魔王だかのおかげかなんかで、将来強くなることが約束されてるんだもんな……って、いや!別にお前のこと悪く言ってるわけじゃないから怒るなよ!?」


 いや、おもっくそ嫉妬してるじゃん。

 うじうじ話していたと思ったら急に弁解始めるし。


「俺は力量の差で人を見下したりしませんよ」

「どうだかなー……魔王って人を見下す象徴みたいなところあるしなー……」


 すっごい小声で呟いているけれど聞こえているよ。

 失礼だなコイツ。


「それで、理由はあるんですか?」


 ケインは眉間にしわを寄せてイヤーな顔をしている。

 両腕を体の前に組んで唸りながら、話すか話さまいかを思案している。

 そして、ようやく決心がついたのか、そっぽを向きながら吐き捨てるように言った。


「……常駐兵は落ちこぼれ集団だ。でも、そんな奴らでも上にのし上がれるんだって、偉い奴らを見返したいから。だから志願した」


 へぇ、立派な理由じゃないか。


「いい志ですね」

「だけどよ、常駐兵は延々と見張りをやらされるばっかりで、訓練する暇なんて有りはしない。おまけに滅多に犯罪もモンスターの襲撃も起きないから戦闘経験も積めない。おかげさまで万年E級だ」


 そう言ってケインは道端の小石を思いっきり蹴っ飛ばす。


「え?見張り中のついでに筋トレとかできないんですか?」

「そんなの同僚に見つかったら馬鹿にされるし、上司に見つかったらちゃんと見張れって言われる」


 周りの環境が最悪だ。

 なんとかできないかな……。


「そうですね……休憩時間や休日はどうしているんですか?そこで休息時間を削って鍛えるとか」

「ねぇよそんなの。あるのは睡眠とその前後の時間と飯休憩くらいだ」


 無いの!?休憩時間が!?休日が!?過労死しない?平気?

 えー、これがブラック企業ってやつか。

 クレイが大人になっても、常駐兵だけは全力で回避させよう。


「やめたくならないんですか?」


 これまたうーん、と考えてからケインは口を開く。


「俺一人いなくなっても誰も困りはしないけどさ、実際に困った人が出てきたら後悔するから、やめられねぇんだ」


 沈んでいく夕陽を眺めながらそう話すケインの横顔は、少し笑みを浮かべていた。

 僕なんかを怖がるくせに、良い奴じゃん。

 いつか報われてほしいな。


「じゃあ強くならないとね」

「ほんとな。あー、時間がありゃなぁー」

「僕の見張り係でも立候補してみたら?誰も僕の傍に近寄らないから、トレーニングしているのもばれないと思うよ」

「命がいくらあっても足りないって」


 はっはっはと笑い飛ばすように言っていたケインだったけど、ふと僕と話していたことに気付いたのか、体をびくつかせて僕から距離をとった。


「いや、あの、ごめんなさい!なめた口利きました!」

「全然気にしなくていいよ」


 ぺこぺこと謝罪するケインを宥める。

 これじゃどっちが年下かわからないな。

 数百年生きているから僕の方が年上だけど。


「あ、あれが目的地っす!」


 ケインがハッとした様子で指さした。

 その先には大きな家が見える。


「わかった。道案内ありがとう、ケイン」

「あ、ああ……くっそ、いつのまにか年下に敬語外されてるし、ほんと情けねぇな俺……」


 あ、そういえばそうだ。

 ケインがどうしても年上って感じがしなくって、ついつい素で話してしまっていた。

 まあ同い年どころか僕の方が年上なんだけど。

 クレイも僕に対してこんな気持ちなんだろうか。


 一応、ケインには中に入って一緒に事情説明するところまでお願いする。

 村の嫌われ者が急に一人で訪ねてきても、追い払われるのが目に見えているからね。

 説明が終わったらようやくお別れ。

 ケインはさようならも言わずに急ぎ足で去っていった。

 最後まで怯えっぱなしだったな。


 そして、ついにアスレイナと対面することになった。

 医者に渋々案内された先にいたのは、全身血まみれの包帯にくるまれた一人の少女の姿。

 激痛に息を荒げ、閉じた瞼に涙が溜まっている。


「治癒魔法もポーションも無いこの村では、ここまでが限界だ」


 医者はそう言ってアスレイナの傍に行き、汚れた包帯を交換する。

 安価な薬草を煎じて、それを更に薄めたものを取り出して、傷口に塗る。

 そこまでしないと全身に使う分が確保できない、らしい。


「ほれ、治癒魔法が使えるならやってみろ。営業妨害とは言わん。やれるもんならな」


 一言余計に多く言うと医者は僕に場所を譲った。

 僕はアスレイナの眠る脇に立つと、彼女の身体の上に手をかざした。


 ここで、一気に全て回復!アスレイナ元気いっぱい!クレイくんありがとう!

 なんてことはしない、できない。

 最近覚えたての治癒魔法が、大賢者レベルの超速回復をみせるわけがない。

 出力を下げて怪しまれないようにしないと、またクレイが疎まれる原因になる。

 苦しんでいるアスレイナには悪いけれど、じわじわと時間をかけて治癒していく。

 優先して治す箇所は生命維持に必須の臓器からだ。

 あとは特に出血の酷い箇所。この二つさえ治しておけば、命に別条はなくなるだろう。


「ほう、本当に使えるのか」


 傍で見ていた医者が関心の声をあげた。

 できないことをできると言って、ここまでくる人もいないでしょ。

 無視して治療を続ける。

 加減して、じっくり、ゆっくり。


*


「治療しながらで良いが、聞いてくれ」


 治療を開始してからだいぶ経った頃、医者が僕のところまでやってきて話しかけてきた。


「はい、なんですか?」

「他の患者も少しでいいから治療してやってほしい。やれるもんならな」


 それ、口癖なの?

 まあいいや。態度が上からでむかつくけど、人のためになるし引き受けておこう。


「いいですよ」

「ふん」


 さて、アスレイナの顔色もだいぶよくなったし、そろそろ治療を止めよう。

 他にも治す人が増えたし、あんまり長く治療して保有魔力量を疑われても面倒だしね。

 じゃ、次の人どうぞーっと。


*


 結局帰ってきたのは夜遅くだった。

 あの後、僕はアスレイナの他に二人の軽傷患者を治療した。

 二人目の患者には申し訳ないけれど、特に緊急を要するものではなかったから、途中で治療をやめて魔力切れのアピールをした。

 まあ、つま先に中身の入ったツボを落とした程度の怪我だったし、大丈夫だよね。あれ、すっごい痛いけれど。


 さてと、盗賊の襲撃で放置していたスライム入りのバケツを回収して、お腹空いているから適当に食べて、あとは寝るだけかな。

 他に忘れていることはなかったっけ。

 何か大事なことを忘れている気がする。


 アルちゃん!しまった、すっかり忘れていた!

 盗賊が侵入した時におまけ感覚で殺されているかもしれない!

 僕は家の中に駆け込むと、急いで木箱を開けて中を確認した。


 中には無傷のアルちゃんがいた。

 木箱を開けるとじっと僕を見つめてきた。


「無事でよかった。ごめんね、丸一日木箱の中に放置していて」


 僕が話しかけると、アルちゃんはのそのそと箱から出てきた。

 人の声が箱から出ていい合図と思っているんだろうか。


 アルちゃんの心を覗いてみると、前に見たときと同じように薄桃色で幸せそうだった。

 木箱の中は窮屈じゃないんだろうか。

 この子の感情の動きが読めない。


 そうだ、読めないなら直接問いかけてみよう。


 僕の魔王としてのアクティブスキル『魔物会話』。

 魔王はこの世界の()()全てのモンスターを従えることができる。

 だけど、互いの意思疎通ができなければ、指示が通じない。

 だから『魔物会話』を使って意思の疎通を可能にする。

 これがあれば同種族同士での交流すらまともにできないモンスターでも、簡単に思いを伝えあうことが可能!

 ちなみに、一方的に話を聞くことも、一方的に話を聞かせることも可能。

 封印前の僕はほぼ一方的に指示して、いうことを聞かなければ力でねじ伏せていた。


 よし、じゃあ早速魔物会話を使おう!


「やあ、元気?」


 アルちゃんは僕の声に気付くと、部屋の中を動き回るのをやめて、まっすぐこちらに近づいてきた。

 そのままじーっと僕を見つめている。

 あれ?聞こえているなら言葉が通じているはずだけど。


「もしもし?僕の言っていることがわかる?」


 アルちゃんは何も返事をせず、僕のことを見上げている。


「アルちゃん、言葉が通じているなら返事を」

「おお……私に言葉をかけてくださるどころか、お名前までいただけるのですか」


 うわあ、びっくりした!

 まあるいぷよぷよから、予想外に凛々しい男性の声が聞こえてきた!

 というかアルちゃん、とても流暢に喋るな!?とても低知能低級モンスターとは思えない!


「実に感動的です。同類の者たちから生まれつきの異色として虐げられ、死にかけていた私の命を救っていただけただけでもこの上なく感謝しているというのに。更には私にわかる言葉でお声をかけてくださり、挙句の果てには名前までいただけるとは。私、いえ、アルチャンは恐悦至極の極みです」


 嬉々とした声色を変えず、淡々と言葉を並べるアルちゃん……いや、アルさん。

 安直にクレイと名前を付けたのがとても申し訳ない。


「ごめん、今からまともな名前考えるから、少し時間をちょうだい」


*


「私の名前はアルステム、でよろしいのですか?」

「うん。通称はアルね。改めてこれからよろしく」


 無事、命名の儀は終わった。

 アルちゃん改めアルは、机の上で自分につけられた名前を噛みしめている。

 表向きはちゃん付けが無くなっただけに見えるけれど、立派な本名があるのとないのとでは心持ちが大きく違う。

 特に、呼ぶ方の心持が。


「えーっと、アル。ここでの暮らしはどう?今日なんか、一日中木箱の中に放置しちゃったけれど」


 僕は椅子に腰かけてアルに視線を合わせて問いかける。


「私は神に拾われました」


 お、おう。壮大なことを言い始めたぞ。


「私の命運は、あの森の中で尽きていたのです。しかし、貴方様との出会いを通して、私は生まれ変わることができました。あの試練の箱の中で、生まれ変わったのです」


 試練の箱って……もしかしなくても、アルを餌と一緒にしまっていた木箱だよね。


「試練の箱の中身は深淵。あの場所では万物の全てが無に帰る。その中で私が貴方様に課せられた試練は、()を見出すこと。そうですね」


 いや、初耳だよ。


「私は最初、あの場所に入れられた意味がわからなかった。そも、貴方様が私を食らうわけでも、いたぶるわけでもなく、生かしている意味がわからなかった。だから、私は貴方様が与えてくださった食事を口にしながら、答えを探したのです」


 ごめん。まさか箱の中で壮大な誇大妄想が広がっているとは思っていなかった。

 深い意味はなかったんだ。野放しにすると危ないかな、くらいで。


「そこで私は真実に到達しました。私の中にある、()に触れたことにより、全てを気づかされたのです。私は箱の中に居ながら、この世の万物に()があることを知ることができたのです。その瞬間、私は今までの苦痛を全て忘れ、生まれ変わったのです。貴方様が望んだ通りに」


 僕がその()について一切理解できないんだけど。

 このスライム、自由が利かない箱に閉じ込められていたせいで悟り開いちゃったんじゃないかな。


「私が試練に打ち勝った証拠をお伝えしましょう。……貴方様の中には、()()()()()()。そして、今朝までの貴方様と、現在の貴方様では()()()()()()()()()()。そうですね」


 ああ、もしかしなくても、()って魂のことを言っているのか。

 というか、アルは僕らのことを理解している。

 すごいな、試練。誰が考えたんだろう。


「えーっと、僕はその()のことを魂って呼んでいるかな……」

「魂……おお、これが魂なのですね。私は()がどのような存在かまでは理解していませんでした。これが私の魂……」


 アルは自身の内側に意識を集中して感動に浸っている。

 僕らの軽率な行動のせいで、アルの人生観、いやスライム生観を根底から塗り替えてしまったのかと思うと非常に心苦しい。


「ごめんね……」

「どうしたのですか、我が神よ。いえ、わかります。全ての者に大小異なれ、罪は在ります。常に贖罪の気持ちを忘れるなということですね。私も、その気持ちを胸に生きていきます」


 全ての言葉が尊いものとして拾われるから、いっそのこと楽しくなってきた。


「じゃあアル。アルはこれから人を襲うつもりはある?」

「いえ、ありません。私は貴方様から頂く食事と、安全なこの場所さえあれば他に何も要らないのです」

「そっか。じゃあこれからはもう木箱に入れないことにするね。その方が自由が利いてアルも楽でしょ?」

「いいえ、私は木箱の中でも全てが見渡せるので苦はありません。あるとすれば、先の不埒者との闘い。あの時私は貴方様を手助けすることもできず、ただただ無力にも見守ることしかできませんでした。治すことは出来てもあの傷の量、さぞかし痛かったでしょう」


 驚いた。アルは木箱の中に居たにも関わらず、盗賊と死闘を繰り広げていた僕らが見えていた。

 これが()の力……恐ろしい。

 この才能、放置しておくには惜しいな。


「ちなみに、全てっていうのはどこの範囲まで見渡せるの?」

「正確な距離はわかりませんが、今しがた貴方様の同類の方々が住む集落にて、集落の長らしき翁が眠りにつきました。一方で、貴方様が治療していた乙女が目を覚ましたようです。身を起こし、医師と会話をしています」


 よかった。アスレイナはもう心配要らなそうだ。

 それと距離については、医者の家がクレイの家と正反対の村外れにあるから、村は丸々すっぽりと見渡せるみたいだね。


「更に正確な距離を出すために言いますと、本日の昼頃、貴方様が森の中を駆け巡り、我が同類の血肉をかき集めていたことも全てわかっております」


 アルはゆっくりと床に置いてあるバケツの中身に、視線を向けた。

 僕は反対の方向にさっと視線を滑らせる。


「我が同類も、飢餓に陥れば同類の肉を食べます。それどころか、娯楽やつまらない差別のために肉をえぐることすらあります。種族が変われば尚当然のこと。良いのです。それが万物の在り方」


 聖人かな。悟りを開いているようなもんだし、もはや聖人だよね。いや、聖スライム?


「これで、ゼリー作ろうとしているのも許してくれる?」

「ええ、もちろん。我が神の意向でなくとも、私に止める道理はありません。犠牲になった同類が望まずとも、勝った者が全てを決める権利があるのです」


 聖人……というにはちょっとズレてた。

 結構、力こそ全て的な思考なのかもしれない。


 ぐーっと情けない音がお腹から鳴る。

 長話をしすぎたな。そろそろ晩御飯をちゃんと食べて、眠る支度をしないと。

 僕は席を立つと慣れない料理を始める。

 しかし、アルとの会話は予想外だった。

 てっきり「アル、クレイ、スキ」「オナカ、スイタ」くらいの単純な語彙しか持っていないと思っていた。

 だって、常に心の中にお花畑が見えそうな色を浮かべているんだから、もうちょっとファンシーな思考を持っていると思うじゃん。

 まさかヘンテコ宗教の熱心な教徒だったとは思わないよ。しかも、僕らが勝手に神様にされている。

 でも、対話ができるのはいいことだ。

 クレイが起きたらアルが喋るようになっていて驚くだろうな。

 クレイがお喋り紳士声スライムに驚いている姿を見るのがちょっと楽しみだ。


 待てよ、僕とクレイが体の主導権を交代したら、今発動しているスキルは全て止まっちゃうんじゃないか?

 今はこうやって体の真の持ち主が眠っているから、できる範囲で好き勝手やっているけれど、クレイが起きてしまったら封印の効果が強くなって、僕の能力が全て強制的に封じられる可能性が高い。

 魔力や筋力を含む戦闘能力はもちろん、スキルも例外を除いて全てだ。

 そうしたら、クレイはアルと会話することはできないのか。残念だな。


 いや、一応方法はあるな。

 僕の魔王としてのアクティブスキル『能力共有(スキルシェア)』。

 文字通り、スキル保有者の他のスキルを、相手も使えるようにできるスキル。

 スキル効果対象は魔物のみ。人間やエルフなどを含む人類には通用しない。

 本来は魔王の配下のモンスターたちに強力なスキルを付与して、最強の軍を作るためのスキル。

 ちなみに僕は今まで一度も使ったことがない。面倒だったから。


 これから『能力共有(スキルシェア)』を使ってすることは、僕の『人語』スキルをアルと共有すること。

 『魔物会話』は対魔物用だから、アルが持っていても意味が無い。

 ちなみに、『人語』や『ゴブリン語』などの語学はパッシブやアクティブじゃなく教養スキルと呼ばれる。

 そして、流石に封印も教養スキルまでは無効にしないみたいだ。

 じゃないと今頃、僕は魔王と言う名の馬鹿強いエネルギーの塊だ。クレイと会話もできない。


「というわけで、アルには今から人の言葉を与えるよ」


 アルに一通り説明すると、アルの心がいつも以上に明るい色に染まった。


「これからは常に、貴方様との交流が認められるのですね。ああ、この感情、感謝の一言では済みそうにありません」


 大げさだな。

 アルも喜んでいるし、早速やっておこう。

 料理する手を止めて、アルに向き直ると僕は手のひらをアルにかざす。


「『能力共有(スキルシェア)』!」


 一瞬の光とともに問題なく僕の『人語』スキルがアルに共有される。

 一度共有されたら、そのスキルは元の保有者とは関係なしに自由に使える。

 だから、僕とクレイが入れ替わって、スキルが封印されても会話は行えるはずだ。

 試しに『魔物会話』を解いて会話してみる。


「調子はどう?」

「はい、とても良い気分です。ああ、貴方様の同類の集落の会話が全て理解できます。実に興味深い」


 それって頭がこんがらがらないかな。

 人語を与えるのは失敗したかも。


「我が神。そろそろ頃合いです。鉄板から肉を取るのです」

「え、わとと!忘れてた!」


 自分が料理中だったことをすっかり忘れてた。

 全てが見えているっていいな。火事防止に。

 だけどさ、神と崇められている側が教徒からお告げされるのはなんか違くない?

 とにかくアルの言う通りに急いで肉をフライパンからあげる。

 うん、いい焼き加減だ。


「我が神のお役に立てたようでうれしい限りです」


 アルの心は常に幸せそうな色で満たされている。

 変な誤解から生まれた主従関係だけれど、悪くないかもしれない。

 クレイも最初は驚くかもしれないけれど、きっとアルとすぐ仲良くなれる。

 さ、晩御飯を食べたらさっさと寝る支度をして寝よう!

 きっと目が覚めたらクレイと代わっているはずだし、今日一日であった変化も説明しなくちゃいけない。


 今日は本当にいろいろあった。

 一番の収穫は、僕が表へ出てくることができたこと。

 これなら、この先もクレイを僕の手で守ることができるかもしれない。

 ただ、今日のが奇跡でなければの話だけれど。


 僕が出てこれるからといってクレイの鍛錬を怠ってはいけない。

 いつか、僕がいなくなったとしても、クレイが立派に生きていけるようにしたい。

 そうでなくとも、僕無しで自分の身を守れるようにはなってほしい。


 食事をとって寝る支度を終えた僕は、寝床に潜り込んで瞳を閉じた。

 アルは試練の箱の中に自ら戻っていった。


「おやすみ、アル」

「はい、我が神もごゆっくりおやすみなさってください」

『そして、おやすみクレイ。また明日ね』


 返事はない。

 少し不安だったけれど、僕はそのまますぐに眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ