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042 お騒がせ妖精

 長いトンネルを抜け、冬の寒さに負けず青々と茂った平原を歩き、気づけば日が沈んできた。

 村の出発が遅くなったから今日はあまり歩けなかったね。

 クレイとキャスヴァニアは歩きながら自分たちの修行をしていたけれど、二人してお疲れ顔。

 感情酔いの症状も出ている。

 一方は激怒状態を保ちつつ理性的で在ろうとしてるし、一方は自分の感情をあべこべに振り回されているからね。


 感情酔いってどんな症状?って聞かれると、喜怒哀楽を表現するのに疲れて逆に落ち着いちゃってる感じ。

 無表情にプラスで倦怠感が見える。

 今日はもう暗くなってきたし、そろそろ休息の時間かな?


『ねぇクジラさん。そろそろキャンプをするなりで休まない?二人とも精神面で疲れ切っちゃってる』

「それもそうっすねー。もうちょっと歩いたらアーデンモルゲンに着くんで、今日は宿屋に泊まるっすよー」


 クジラさんが呼びかけるけど、クレイもキャスヴァニアも力無く返事をするだけ。

 これにはついクジラさんも眉をひそめて笑う。


「二人は最初から飛ばし過ぎっす。ケインくんは心乱の書の修行、ちゃんと休み休みやってたっすよ」

「だって、俺様は早く強くなりたいよ」

「自分の限界を知り、いつでも万全の状態を作っておくこともまた強さっす」


 言い訳をするキャスヴァニアをクジラさんは優しく諭した。

 クレイは半分魂が抜けているような状態で、話を聞くだけの人形と化している。


「クレイの場合は怒り状態で行動を制御する、魔王の力を引き出す、怒り状態を静めるの三つを一度に試しているんで、無理も無いっすね」


 その通り。

 いくら天才肌のクレイでも、流石に一度で捌ききれと言われて簡単にできる量じゃない。

 感情に酔っちゃうのは仕方ないんだ。


『クレイ、町に着いたら早めに休もうね』


 僕がクレイを心配して声をかけると、クレイはこくんこくんと頷いた。


 その後、日が沈みきってすぐにアーデンモルゲンに到着した。

 キャスヴァニアは町の手前で子供化し、町に入るとみんなで宿を探す。

 商業の町は夜になったら人の往来がガクンと減るんだね。

 店も半分以上閉まっているみたいだ。


『昼間の町とは大違いだね』

「そうっすねー。いくら大きな町と言っても、夜は犯罪者の時間っす」


 クジラさんの指さす方向にクレイが目を向けると、警備兵があちこちに立って目を光らせている。

 警備お疲れ様です。

 だけど、これだけ兵士がいないと犯罪を止められないっていうのは確かに危険だね。


『クレイ、キャスヴァニアも一応。人攫いに気を付けようね』


 二人とも腑抜けた声で返してくれた。

 大丈夫かな。


 暗くなった町の中を歩いていると宿屋を三件か見つけた。

 最初の一、二件は満員だったけれど、三件目で止まることができた。

 他より少し高い宿屋の四人部屋。

 部屋代はもちろんクジラさんが払ってくれたので、僕らは何も気にすることない。


 部屋に案内されるとそこそこの狭さの部屋に質の良いベッドが四つ。

 部屋に着き次第クジラさんは旅用の保存食をクレイたちに配った。

 乾燥したビスケット。もちろん味は薄い。


「今日はもう酒場くらいしか開いてないんでこれで勘弁してください。食べ終わったら寝るっすよ」


 ちゃちゃっと食べ終わってしまい、僕らはさっさと眠りについた。

 明日には二人とも回復しているかな?

 ちょっと心配だね。

 クレイが眠くなると僕も眠くなっていく。

 ふあーあ、おやすみクレイ、みんな。


*


 ――遠くで、苦痛に喘ぐ男の姿が見える。

 身体的特徴から、推測できる種族はエルフ。性別は男性。

 だけど、その姿はあまりに惨い。

 エルフ特有の美しい顔は、無残にも切り刻まれていた。

 両手両足は切断されて身動きを封じられ、全身には深い傷が付けられている。


「思い出せ」


 容赦の無い声と共に男の体に傷が増え、男は再び苦痛に声を上げる。


「思い出せ」


 再び声と裂傷。

 鮮血が飛び、肉がえぐれる。

 しかし、彼を傷つける道具はどこにも見当たらない。


「思い出せ」

「思い出せ」

「思い出せ」


 エルフの男の体力はもう限界だ。

 しかし、男の表情には希望の蕾を宿っていた。


 解放される。

 この痛みから、苦痛から、恐怖から。

 この救いようのない地獄から逃げ出すことができるのは、唯一死だけ。

 だから、意識が遠のいていくたびに、希望の蕾が膨らむ。

 ()()()()死ねるかもしれない、希望の蕾が。


「はぁ、ダメみたい。次は初歩に戻って強打!」


 この場にそぐわない明るい声が、非情にも男を現世に繋ぎ止めた。

 男の全身の痛々しい傷跡も、刻まれた顔も、切断された手足を除いて瞬時に回復された。

 蕾は、何度も何度も花開く前に落とされる。

 男は死んだ瞳を、自身へ刑を執行する者に向けた。


「何が目的だ」

「あ、気にしなくていいよー。あんたにはどうにもできないからね」


 男の整った顔面を、巨大な力が殴りつける。

 見えない力は顔面が変形してしまうほど凄まじい。


「さあ、早く思い出せ!あたしたちの自由のために!」


 理解不能な理由の暴力がその男、ハントの身を襲い続けた。


*


 朝っぱらから嫌な夢を見た。

 それは昔の僕の大好きだった拷問の夢だ。


 拷問官はきゃぴきゃぴした声の女性。

 拷問対象は僕らの村を襲撃したハント。

 ハントの消耗しきった様子から、この拷問は長期間に渡って行われ続けている。

 拷問方法は初歩的且つ単純。

 痛みを繰り返して与え、死にかけたら回復させ、また一から痛みを与えの繰り返し。

 誰だってその残酷さをすぐ理解できる、一番わかりやすいファンタジー拷問だ。


 胸糞が悪いよ。

 いくらアイツが罪深いことをしていたからって、拷問にかける必要は無だ。

 確かに罪人に必要以上の苦しみを与えるのは、他の犯罪者予備軍への抑止力になるかもしれない。

 お前も罪を犯せばこうなると脅せるからね。

 だけど、だからといって人の命を抑止力のための道具に利用するのはおかしくない?


 僕だってアイツのことは大嫌いだ。

 次にハントと対面して倫理観を全て捨てて良いって言われたら、アイツに同じ拷問をするかもしれない。

 でも、クレイだってそれは絶対に望まない。

 アイツが今まで何をしてきたのであろうと、クレイは命を利用したり、軽視した扱いをされるのを酷く嫌う。


 なんで今更、僕はこんな夢を見たんだろう。

 ハントと戦ったのは一か月以上も前だよ。

 それにただの夢にしては妙に現実感のある、生々しい夢だった。


 もしかしてアレは夢じゃない?

 ハントは今現在もああやって誰かに拷問をされている?

 だとしたらなぜ?

 あの時ハントを連れて行ったのはハントの味方なんかじゃなかったの?

 じゃあもしそうだとして、ハントを連れ去ったのは一体何者なんなんだ?


 僕は、朝から大きな謎を抱えることになってしまった。


「おはよう、みんな」


 昨日の感情酔いの疲れはすっかり取れたのか、クレイが張りのある声で挨拶をする。

 ちょうどみんな起きたみたいで、僕もみんなもクレイに挨拶を返す。

 新しい一日の始まりだね。

 悩みたいことはあるけれど、何もわからない以上は放っておくしかない。

 せめて、あの夢が僕らに悪い影響を運びませんように。


「じゃ、今日も王都目指して歩くっすよー!修行は休憩を取りつつほどほどにー」


 クジラさんは宿を出る支度をすると僕らに号令をかけた。

 昨日の夜とは打って変わって元気を取り戻した二人は、明るくクジラさんに返事を返す。


 その後は宿を出て食事を摂り、町を出て街道に沿って歩いた。

 クレイとキャスヴァニアは相変わらず修行に苦戦中。

 歩きながら一方はキレ散らかし、一方は感情がぐるっぐるになる。


 だけど、昨日の今日で二人とも大きな進歩。

 クレイはイライラをしながらも理性的にクジラさんと会話ができるようになった。

 まだちょっとのことで怒ることはあるけれど、クレイらしい目まぐるしい成長だね。

 キャスヴァニアは昨日まで、本を開くたびに足を止めて動けなくなっていた。

 それが今日は歩きながら一瞬開けて閉じるが出来ている。

 その調子だよ二人とも。


 だけど、クレイは少し行き詰っているみたいだね。


「わからない。アギラの力なんて、どうやって借りればいいんだ」


 そう、怒りに極振りできているとはいえ、肝心の封印対象の力を借りる方法が全くわかってない。

 僕も頑張って力を貸そうとはしてるよ?

 でも、全然わからないんだよね。

 僕は封印されているわけだし、力の流れ方も自分で把握できていないから。

 クジラさん曰く、力を借りれたら一発でわかるから、その感覚を掴むまで頑張れだって。


 そんな簡単に言われてもなぁ。


『僕にもわからないや。ゆっくりでいいから手探りでやっていこうね』

「わっ、わかってる、って」


 怒鳴りかけて慌てて自分を律するクレイ。

 制御はその調子、だね。


「そういえば、ケインって俺様達よりも先に出て行ったけれど、頑張って走れば追いつくかな?」


 ふと修行休憩中のキャスヴァニアが話題を出してきた。

 僕もケインと合流できる可能性はあるなーとか薄々考えてはいた。


『急げば追いつくと思うけれど、今のペースじゃ無理だろうね。いざとなればクジラさんの転移魔法があるから、それで追いついちゃう?』

「うーん、それならいいかな。王都に着いてから驚かせようかなとも思ってたから!」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、再会した時の風景を思い浮かべるキャスヴァニア。

 ケインは僕らが王都に行くって決める前に出て行ったからね。

 僕らと会ってびっくりするかも。

 それは確かにちょっぴり見たい。

 クジラさんもこの会話を聞いてにこーって顔してるし、そっちの方が良さそうだ。

 このびっくりドッキリ大好きおじさんめ。


『じゃあゆっくりこっそり、でいいね』

「うん!」


 やっぱりキャスヴァニアには元気な姿が一番似合ってる。

 欲を言えば盗賊親分肌なキャスヴァニアの方がかっこよくて好きなんだけどね。


 ……あれ、なんだか不穏な気配がする。

 クジラさんも感じ取ったらしく、足を止めて警戒をする。

 他の二人にはその気配を感じ取ることはできなかったのか、僕らが警戒している理由がわからないみたい。


「どうしたんだ父さん」


 クレイの呼びかけを無視して、気配のする方角へ『探知』を使用するクジラさん。

 そして、僕らに向き直って情報を共有してくれた。


「急ぐっすよ。この先で小型の妖精がモンスターに襲われているっす。早く行かないと間に合わない」


 口頭で伝えるなり飛ぶ勢いで近くの林に走り出すクジラさん。

 クレイとキャスヴァニアも遅れずに走った。

 近づくとわかる。

 今にも事切れそうな小さな命を取り囲む、大勢のモンスターの気配が。


「見えた、あれか!」


 クレイの声がするのと同時に、僕はしっかりとその惨事を発見した。

 デッドウッズ、枯れ木の魔物たちが自身の枝を何かに叩きつけて、それでキャッチボールをしている。


 なんて残酷な。

 ボール代わりにされている子こそ、クジラさんの言ってた妖精だ。

 小型の妖精の体は多少他種族よりも丈夫にできているけれど、それは大きさにしては丈夫というだけ。

 あんなことをされていたら内臓も骨も外側の肉も、ぐちゃぐちゃになってしまう。


 クレイの怒りが極端に膨れ上がるのがわかった。

 操作した怒りではなく、クレイ自身の純粋な怒り。

 そして決して善良な生物と人類には向けないはずの濃い殺意。

 その二つが目の前で小さな命を玩具にしている化け物に向いていた。


 ズルッ。


 っと引っ張られる感覚がした。

 そうだった。クレイは咄嗟の瞬間に大きな急成長を遂げるタイプだった。

 今、クレイは僕の力を引き出せている。

 わからないどうしよう、と困っていた方法を、他人や自分のピンチを迎えることでいきなり理解する。

 この唐突で凄惨な事件で、クレイは僕の力を借りる方法を学んだ。


 クジラさんとキャスヴァニアを置いて、クレイは超加速した。

 そして、誰よりも早く現場に到着すると、刀に触れる。

 魔物の群れの真ん中で刀を引き抜く。

 まるで突風のように早く、見えない斬撃。

 刀をしまうと、クレイは投げつけられていた妖精を優しく受け止めた。


 次の瞬間、デッドウッズたちはその場にバラバラになって崩れ落ちた。

 だけど、クレイはそっちには見向きもしないで両手で優しく包み込んだ妖精の安否を確認した。


 予想通り、めちゃくちゃにひしゃげた四肢。

 皮膚があちらこちら割れていて、口からはどろどろと血を流している。

 妖精は弱弱しい視線をこちらに向けながら、口を動かす。


「ころ、して。くるし、い」


 クレイの怒りは急激に冷めていく。

 激しい怒りから息苦しい哀しみへ変化し、追いついたクジラさんとキャスヴァニアに救いを求める目を向けた。


「早く、父さん早く治療してやってくれ!」

「言われなくてもやる」


 クジラさんはクレイの手のひらに手を重ねると、治癒魔法を使った。




 いつまで経っても傷が治らない?

 おかしい、治癒魔法の光はしっかりと妖精の体を包んでいる。

 なのに、治らない。


『クジラさん、治癒魔法じゃダメみたいだ』


 僕が言うよりも早く、クジラさんは自分の荷物からパナケイアを取り出した。

 指に多すぎるくらいにパナケイアを掬いとると、妖精の全身に塗りたくる。


 なんで?

 死んでいても飛び起きると言われるほどの万能薬でも()()()()

 あり得ない。

 こんなに傷が治らないなんて、この妖精は不治の呪いにでもかかっているの?

 でも、そうだとしたらこの子は。


「しに、たい。たすけ、て」


 折れ曲がった手を、クレイに向かって伸ばす妖精。

 クレイはその手にそっと指先を添えた。

 凍り付きそうなほど真っ青な心境で、強張った顔で、他に打つ手は無いか、救える方法は無いか頭をフル稼働させている。

 それでも思いつかなくて、クレイはクジラさんに助けを求めた。


「と、父さん。俺はどうすれば」




 クジラさんはまるでマッチの柄を折るかのように、指先で妖精の首をへし折った。


 クレイの手の上には、魂の消えた無残な亡骸だけが残る。


 クレイは膝から崩れ落ちた。

 父親に助けを求めたのに、真逆のことをされた。

 深海よりも深い悲しみは、悲しいという感情を越えて絶望に変わる。

 震えた喉と口からは声が出てくることはなく、濁った瞳は力を失った妖精の体をまっすぐ捉えられない。


「助かる道を探して、苦痛を長引かせてやった方がよかったか?」


 クジラさんの声に、クレイはゆっくりと顔を向けた。


 優しい表情だった。

 たった今、弱りきった命にトドメを刺した男の顔とは思えないくらいには。

 むしろ、この表情が正しいのかな。

 クジラさんは、親しい人を見送るような瞳を妖精に向けていた。

 そして片膝をついて、今は失われた命に対して祈りを捧げる。


「自分が助からないことを、本人もわかっていた。だから殺せと俺たちに頼んだ。人を救うということは、時に救いを求めた相手の命を奪うことも必要になる」


 クジラさんの説教は僕らだけではなく、クジラさん自身にも言い聞かせている。

 見ていたキャスヴァニアも、手を組んで祈りを捧げる。

 クレイも頭では理解した。

 だけど、どうしても後悔の気持ちが消えないみたいだ。

 きっと、いつも通り自分を責めているんだろうね。

 もっと早くについていれば軽傷で済んだんじゃないかとか、トドメを刺す前に治す方法があったんじゃないかとか。


『クレイ。この子が望んだことだよ。この子もきっと、感謝してる』


 僕はこの子の気持ちを代弁してクレイに伝えた。

 だけど、クレイはわなわなと震えながら苦しそうな声を出す。


「わかってる。わかってるけど」


 それ以上は何も言えず、俯いて黙り込んでしまった。

 そうだね。

 まさかいきなり誰かのピンチが訪れて、その誰かを殺さないと解決しないなんて言われて、すぐに適応できるほど君の心は強くない。

 でも、この事件を通して強くなって。

 この子の死をバネにして、大勢を救えるようになるんだよ。

 それが君の望むことでしょ。


「別にそんなに悲しまなくていいよ」


 僕らの背後から、無慈悲な声がかかった。

 クレイの心にはもやっとした小さな黒い感情が灯り、キッと振り返って声の主を確認した。


 そこに居たのは妖精だった。


 クレイの手のひらの上に居る妖精と()()()の。


 は?

 この子の双子の姉?妹?

 そもそも妖精に一卵性双生児の概念あったっけ。

 僕らの感情は混沌とする。

 だって、彼女の口ぶりはまるで彼女自身のことのようだ。


「あー、びっくりするよね。それあたしだよー」


 妖精は、クレイの手の上にあるぼろぼろの妖精を指差してあっけらかんと言い放つ。

 不死?

 でも、こんな不死は聞いたことが無い。

 死ぬことで別の肉体を得て復活する不死なんて。

 クジラさんはひくついた微妙な笑顔を妖精に向ける。


「えと、妖精ちゃん。変わった能力、っすね」

「そう!あたしね、死ぬまで怪我を治せない体質なのよ!マジでふざけんなって感じ!」


 妖精は辺りをびゅんびゅんと元気に飛び回りながら怒りを表す。

 ははは、元気そうだね。

 僕らの涙返して。君のために流した心の涙を。


 一方でクレイは生きている妖精の方ではなく、死んでいる妖精の方に視線を戻す。

 クレイの心の中はまだまだ哀しみの青に染まっている。

 妖精は飛び回るのをやめると、クレイの手のひらに止まってクレイの顔を見上げる。


「悲しまないでいいって言ってるのにー」

「……死なないと苦しみから助からない体質なんて、酷すぎる」


 クレイは口に力を入れて、妖精を憐れんだ。

 妖精は口を尖らせて不真面目にクレイの言葉を聞いていた。

 だけど、大きなため息をついてクレイの手に座り込みながら、苦い表情を浮かべる。


「そう。これは呪いみたいなもの。あたしは死なないと助からないし、死んでも()()()()()


 実に残酷な呪いだね。

 クレイも視線を落として同情する。


「あたしの望みは自然に寿命を全うすることなんだけどねー。玩具にされて死ぬでもなく、死んでも生き返るでもなく。だけど、不老不死で不死身なのよ。もう最悪!」


 妖精は自分のピンク色の髪を掴むと怒り任せに引っ張りながら感情を表現した。

 可愛そうだなぁ、この子。

 望まない不老不死で不死身って。

 ここにもう二人いるけれど系統が違うし。

 そういえば、僕は自分の死について考えたことが無かったけれど、どうなるんだろう。

 不慮の事故がなかったら自分の意思に反して『即時回復』で延々と生き永らえる。

 僕の魔人生には終わりがない。


 怖くなってきたから考えるのはやめよう。

 死にたくなったらその時必死に考えよう。


「大変だね。その呪いを解く方法は無いの?」

「あるよー。だけどそれがまためんどくさくて回りくどくって、挙句の果てに時間がかかる厄介な方法で!もー!あたしが何をしたっていうのよー!」


 キャスヴァニアの問いかけに答えて、手の上で喚き散らす妖精。

 世の中犯罪を犯してから記憶が戻ったり、生まれつき鬼のように呪いをかけられていたり、死にたくても死ねなかったり散々だ。

 嫌になるよほんとに。


「そんなに大変なら手伝おうか?と言っても、俺たちに手伝えることがあるかわからないけれど」

「あー、うん。信用してないけれど一応頼もうかな」


 クレイからの申し出を失礼に受け取る妖精。

 境遇のせいで怒るに怒れないや。

 妖精は飛び上がる。


「あたし、転生者っていうのを探しているのよ。見かけたら教えて」


 は?え?

 僕らですけど!?

 ピンポイントなご指名に脊髄反射で言葉にしかけた。

 だけど、僕は今は封印されている身。

 やり取りはクジラさんたちに任せて、この場は黙っていよう。


「あ、それ僕らっす」


 お得意の暴露芸が勃発。

 妖精は口をあんぐりと開けると、それぞれに鑑定を使った。


「みどりとあか!ほんと!?やったー!ようやく二人の転生者!」


 妖精は周囲の木々の間を飛び回り、全身で喜びを表現する。


「あ、もう二人知ってるっす。うちの息子に封印されてる魔王と呪いの魔女っすね」


 こらこらクジラさん。僕の存在を軽々しく口にしない。

 クレイが悪口言われちゃったらどうするの。


「うっそー!?合わせて四人!?ねぇ、その中にくろの転生者はいる?」


 だけど、僕の心配を他所に魔王と聞いても怯える素振りも見せずに疑問を振る妖精。

 ここまでのスルーは初めてだね。


「確か魔王が黒って称されてたっすね。魔女の方は見忘れたっす」

「最高!くろは存在確定!これであたしは地獄から解放されるー!」


 妖精はびゅんびゅんとその辺を飛び回ってからクレイの肩にとまった。


「あたしウィーズル!あんたたちの傍に居たらこれからも転生者が見つかる気がするから、一緒について行ってもいい?」


 ウィーズルはご機嫌な様子で自己紹介をした。

 まあ、呪いを解くために僕らが必要だというのなら、断る理由も無いよね。


「よろしく、ウィーズル。俺はクレイ。ついてきてもいい」

「息子が良いって言うなら僕も全然!僕はカナトって言うっすー」

「俺様はキャスヴァニアー!」


 みんな、ウィーズルを歓迎した。

 えーっと、長い付き合いになるなら僕も自己紹介しておいた方がいい?


「はーい、アギラディオスも自己紹介するっすよ」


 う、急かされた。

 仕方ないから僕もウィーズルに向かって念を飛ばす。


『はじめまして、魔王アギラディオスだよ。君の探してる黒の転生者は僕のことだね』

「うっわー!魔王らしい声と似合わない口調!」


 やめてよ。みんなから言われて気にしてるんだから。

 それにしても全然僕を怖がらないね。

 妖精は好奇心旺盛っていうし、そっちの感情の方が強いのかな?


「ふふん、転生者はあっという間にあと三人!いいぞー!あたしの時代が来たー!」


 ウィーズルは足をぱたぱたと動かしながら、上機嫌に振る舞う。

 よかったね、君が助けられるなら僕も転生してきてよかったって思えるよ。


『さて、新しい友達も出来たし、そろそろ先に進む?』


 僕は上機嫌にクレイに呼びかけた。

 だけど、クレイはまた沈んだ心模様を浮かべる。


「ウィーズルの体、どうしよう。いくら生き返るとはいっても、このままにしておくのは」

「あー、あたしの体は美味しいらしいよー?気が向いたら食べちゃってー」


 いやいやいや。

 流石に妖精の体を食べるのは気が引けるよ。

 同じ人型種族だし。

 この場にいる全員が感情を一致させる。


 結局、ウィーズルの前の体はその辺に埋めることにした。

 塗ってあったパナケイアの効果で植えた直後にその辺の草が元気になる。

 近くの木々もこの冬の寒さの中にも関わらず、青い葉をつけてぐんぐんと伸び始めた。

 僕らは何も見なかったことにした。


 こうして、僕らの王都への旅の仲間に訳アリ妖精のウィーズルが加わった。

 彼女のおかげでクレイもいろんな意味で成長することができた。

 感謝……したいところだけど、やっぱり涙は返して欲しいかな。

 たまにはこんな突然偶然の奇妙な出会いがあってもいいね。


 それにしても、ウィーズルは転生者はあと三人って言ってたね。

 僕らの役目を知っているってことは、転生してくる条件とかも知っているかも?

 それならこの旅の途中で彼女に聞きたいことはたくさんある。

 もしも、僕が魔王として生まれた意味があるのならば、僕は自分の罪に誓ってその義務を果たさなければいけないからね。

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