041 力だけが強さじゃない
雪の積もった森の中を歩いているけれど、驚くほど魔物に遭遇しない。
なんでかなって思っていたらモンスターは例外を除いて全員、自分に近づいた僕の存在を知覚できるからだって思い出した。
王様が道を歩いていたらみんな道をあけるように、モンスターは魔王に道を譲り、恐れて近寄ることは無い。
思えばデュラが再会時に僕めがけて走ってきたのも、僕を知覚できたからであるわけで。
そう考えると、デュラはほんとに僕が大好きなんだなぁ……。
やっばい、きっとまた気持ち悪い顔になってた。
魂の顔がキモかった。
デュラを想うたびににやけ面をするのをやめろ僕。
クレイにしか見えないけれど。
「モンスター、全く出ないな」
クレイがポツリと呟きながら辺りを見渡す。
「気配はするんっすよ、この辺。何故かスライムばっかりっすっけど」
クジラさんの言う通り、僕らの視界に入らない範囲にスライムの気配が蠢いている。
僕とクレイは心当たりがある。
以前、スライムゼリーを作ろうとして大量のスライムを狩った弊害だね。
前世代のスライムたちが自壊して、その次世代が何倍にもなって生まれたんだ。
まあ、でもスライムは非好戦的モンスターだし、生態系の最下層の生き物だから放っておいても平気。
雑食だから何でも食べるけれど、わざわざすばしっこい動物よりも雑草を食べる。
栄養も少ないからピラミッドの上のモンスターも増えにくい。
それに仲間が多いと共食いもするから自然と数は元通りになっていくと思う。
今はスルーしておこう。
それにしても森の中をこんなに歩いて他所に出かけるのなんて初めてだ。
クレイも辺りをグルグルと見渡しながら新鮮な気持ちで歩いている。
キャスヴァニアはというと今は人がいないから、大人の姿に戻っている。
久々の村の外でご機嫌だね。
クジラさんはそんな二人を見守りながらピクニック気分で鼻歌交じり。
平和だなぁ。
「あ、何か見えてきた。洞窟か?」
道の先にぽっかりと空いた暗闇を指差しながらクレイが立ち止まる。
「人の手で掘ったトンネルっすよ。次の町に行くのに大きな山があるんで、山を避けようとすると遠回りすることになっちゃうんっす」
クジラさんがにこにこと説明しながら前を進む。
切り立った崖に空いた大きなトンネル。
中は真っ暗で何も見えない。
これだけ暗いと魔物が住み着いていそうだけれど、防御魔術でモンスターは入れないようになっているみたいだね。
よっぽど強いモンスターじゃないとこの魔術は破れまい。
キャスヴァニアは目の前の真っ暗闇に目を光らせている。
「トンネル!洞窟探検みたいだね!お宝はあるかな?」
「あはは、人工なんで流石に無いっすよ。雰囲気だけ楽しみましょう」
クジラさんはカンテラを取り出すと炎魔法でサッと火を灯す。
そして、トンネルの中へと足を踏み込んだ。
続けてキャスヴァニアとクレイも洞窟の中へ進んでいく。
あれ?
クレイが入ろうとした時に若干何かを押しのける感触があった。
それはクレイも感じていたみたいで振り返って確認するけれど、そこには何もない。
もしかしてこれはあれかな。
僕はモンスター扱いで、防御魔術が弾こうとしたのかな?
だけど、封印されている状態だからか魔王という強大過ぎる力のせいか。
とにかく弾き切られずに通り抜けられたみたいだね。
やっぱり僕ってモンスター扱いなのか。
前にクジラさんにもモンスターにスキルを与えることができる『能力共有』で『意識覚醒』のスキルを渡されたんだよね。
僕は人間から生まれたけれど、突然変異で魔人になってしまったからそうなのかなぁ。
ちょっと納得がいくようでいかない。
まあ魔人で魔王だし、魔物の魔が付くってことで仕方ないかな。
さてと、一方でトンネルの中だけれど。
カンテラに照らされて見える上下左右前後、必要最低限の整備だけで岩肌は剥き出し。
あとはまっすぐの道が続いているだけ。
壁に視覚的娯楽になる絵が描かれているわけでもなければ、聴覚的娯楽になるような音楽が流れているわけでもない。
暇だね。
てくてくと皆で足並み揃えて歩いていくだけ。
クレイも周りを見渡すことを諦めて前しか見なくなっちゃった。
「さて、じゃあお話でもして暇を潰すっすー!」
先頭を歩くクジラさんが明るく陽気な声で話す。
流石経験豊富なクジラさん。
こういう時のために話のタネをいろいろと用意していたんだね。
まあ、この人の場合ほんとに大量の話のタネがあるんだろうけれど。
叩けば呪いが出てくるし、その呪いのせいで苦労したエピソードとか聞いていたら一年は余裕で暇が潰せそう。
「そんじゃまずクレイとアギラディオスについてっす」
って、自分の事じゃないんかい。
「俺とアギラ?何かあるのか?封印に関することとか」
「そっす!まさにそれっす!」
クレイの言葉は見事クジラさんの話題の的を射った。
クジラさんは続けて話し始めた。
「今まで、クレイは自分自身の基礎戦闘力を上げる修行と一緒に、アギラディオスと入れ替わることで身を守る修行をしてたっす。しかし、入れ替わる方はうまくいってないっすよね」
クジラさんはクレイたちに向き直って後ろ向きに歩きながら話を続ける。
「そこで!入れ替われないならアギラディオスの力を借りる方の修行をしてもらおうかと!どうっすか?」
クジラさんはカンテラの明かりに負けないくらい眩しい笑顔で言い放った。
僕の、魔王の力を借りる。
クレイの誕生日にクレイ抜きでこっそり話していた内容かな。
封印された者の力を、封印先の器になった人も引き出して使えるって話。
僕は封印関連のことはさっぱりだから、クジラさんに説明を求めることにした。
『引き出せる力っていうのは純粋なステータス?スキル?魔法?それとも全部?』
「全部っすー」
簡単にチートを受け継げるチートじゃん。
ということは僕の力を借りている間は、クレイも『即時回復』とかその他強スキルを使いまわせるってこと。
『じゃあ僕の力を引き出せるようになったらクレイは無敵だね』
「それがそうもいかない……いや、二人の場合は心配ないっすっかね」
クジラさんが不穏なことを言おうとしたけれど、無かったことにした。
僕はすかさずクジラさんを問い詰めた。
『なんで僕とクレイじゃないとうまくいかないみたいなことを言いかけたの』
「いや、力を借りるには本来は大きな壁があってっすね……。まあ、その辺は順次説明するっす」
クジラさんは後ろ向きで歩きながらもきちんと曲がるところで曲がる。
そして咳ばらいをすると長話モードに移行した。
「えー、まず最初に、人には感情という物があるっす。理不尽な仕打ちを受けると悲しくなったり、予想外の事態に驚いたりっす」
「父さん。そんな初歩からの説明は要らない」
クレイからのご指摘を受けて口を尖らせながらぶーぶー言うクジラさん。
「じゃあぶっちゃけて言っちゃうと、クレイがアギラディオスと感情をシンクロさせて、力の引き出し方がわかればもうそれでオッケーっす」
「は?」
突然の意味不明な説明に、クレイお得意キレ気味の「は?」。
話を聞かずにスキップしちゃうからだよ。
初めての仕様の説明はちゃんと最初から聞かないと。
「つまり、俺とアギラが一緒に笑えば、それだけで力が引き出せる環境になるってことか?」
「うーん、そういう話じゃないんっすよねー」
クジラさんは顎に手を添えて困り笑顔を作りながら解説を始めた。
「感情のシンクロっていうのは似ている感情じゃダメなんっす。全く同じ感情じゃないとダメっす」
「えーっと……じゃあどういうことだ?」
「一言に悲しいといっても、いろんな悲しみ方があるっす。例えば誰かに同じ悪口を言われたとして、声を上げて泣きたい、涙が出そうで出ない、ちょっとチクッとした感じ。全部、人によって度合いが違うんっす」
「え、じゃあ俺とアギラはどっちかが全力で泣きたいっていう感情になったら、その感情に合わせないと力を引き出せないのか?」
「そゆことっす」
んな無茶苦茶な。
確かに僕もクレイも心の感情の操作ができる。
だけど、人間の本心の感情っていうのは、舞台で演じるのとは違ってそんなに簡単に合わせられる物じゃない。
まず、タイムスケジュールが決まっているわけじゃない。
十秒後に驚くことが起きるから驚け、一分後にドッと面白いことがあるから笑え。
そんなことわかるはずがない。
次に感情の大小。
さっきクジラさんが言った通りに、一口に喜怒哀楽と言っても個人個人で感じ取り方が違う。
それを察して合わせなくてはいけない。
『クレイ。ちょっと試しにクレイの感情に僕が合わせてみるね』
「え、俺はどうすればいい?」
『そのままでいいよ。好きなようにしてて』
困惑しながらも了承してくれたクレイに、早速僕が心の感情を合わせてみる。
今言ったように僕の発言に揺らぐ大きな困惑、一つまみの興奮、うまくいくかの多少の不安。あ、興奮が消えた。えっと、他には困惑が徐々に収まって不安が大きくなって……。
うん、無理。
だって、感情っていうのは一種類で成り立つ物じゃない。
いくつもの種類が大小異なった形で束ねられて、ようやく一つの感情になる。
それを常に揺れ動く相手の感情に合わせて、おまけに自分の感情も抑えなきゃいけない。
鬼畜ゲームにもほどがある。
だって考えてみてよ。
喜怒哀楽の代わりにランプが四種があったとして、更にその中に大中小がある。全部で十二種。
相手の十二種のランプが点いたり消えたりするのに合わせて、こっちもランプを点けたり消したりする。
操作は単純にボタンを押すだけで済まない。
そのランプ毎に引っ張る、押す、長めに握る、レバーを回しまくる、操作しないで待つなどなど。
一つのランプを操作している間にも、相手の十二種のランプはチカチカ点灯消灯を繰り返す。
しかも、こっちのランプも相手に合わせずに勝手に点灯消灯したりする。
クジラさんはそんなゲームで満点を取れって言ってる。
無理ゲーだよ。
実際は喜怒哀楽の四種だけじゃないし、大から小も幅広いし。
『心の感情を完璧に合わせるなんて無理だよ。心が壊れちゃう』
「そりゃ無理っすよ。人の感情は複雑なんで」
ひっぱたいてやろうかなこの男。
散々クレイの感情とシンクロしようとした僕がバカみたいじゃん。
やれって言ったりやるのは無理って言ったり。
何が言いたいのクジラさんは。
「ってことで裏技使うっす」
なんでだろう。裏技と聞いてわくわくしちゃった。
だって、開発者の意図しない挙動とかバグとかを利用して、伝説のアイテムゲットやスーパープレイを発揮できるって心躍らない?
あ、対戦や協力などの他人がいるゲームではやめようね。
人前でやった途端に裏技じゃなくてズルになっちゃう。
バグ・チートは個人の範囲で楽しみましょう。
間違っても人前で改造チートを自慢したり、他人のゲームライフを壊したりしたらダメだよ!
って、僕は誰に向かって言ってるんだろう。
一人脳内で注意喚起をしていた僕を他所に、クジラさんは方法を語り始めた。
「人それぞれに得意感情っていうのがあるんっすよ。その人が表に出した時に一番強い感情っていう奴っす。実はそれを使って、封印の器が封印されている者の得意感情に合わせて感情を極振りするだけでオッケーっす」
得意感情。初めて聞く単語。
あれかな、笑いのツボが浅い人は笑いが得意感情的な。
泣き虫は悲しみが得意感情だって言いたいのかな?
ふーん、不思議な言葉。
「せんせー質問。得意感情って簡単にわかるの?」
ここで一人話の輪から外れて寂しかったのか、僕らのやり取りにキャスヴァニアが入ってきた。
うん、確かにそれは僕も聞きたかった。
すると、クジラさんはカンテラをクレイに手渡し、自分の荷物から透明なガラス玉を取り出した。
「ほい、ここに取り出しますは情感の玉。これに全力で声をぶつけるとその人が抱えている感情に合わせて色が変わるっす」
出た。クジラさんの不思議アイテム。
クジラさんは玉を大事に抱えると感情を抑えて無感情状態になった。
そして、腹の底から大きな声を玉に向かって吐き出す。
耳が痛い。クレイの。
「父さん!やってみるなら先に言ってくれ!」
「ははは、ごめんっす。あ、ほら、玉の色を見るっすよ」
クジラさんに促されて僕らは玉に目を向けた。
ガラス玉の中に浮かんでいるのは青色。
『ふーん、青色だね』
「これは哀の色っす。僕は感情を無にしてから声をぶつけたんで、無意識に得意感情が声に乗ったんっす。だから、僕の得意感情は哀しみっすね」
なるほどね。
そうやって得意感情を知ることができるんだ。
っていうか哀しみって。
こんな笑顔の裏で哀しみの感情が渦巻いているって考えると心苦しいんだけど。
「ねえねえ!俺様も調べたい!」
「あはは、いいっすっけど、キャスヴァニアちゃんは無感情になれるんっすか?」
「無感情?感情を殺すの?」
「感情を完璧に無くしちゃうんっすよ。難しいっすよ?」
「ふっふーん、俺様にもできるよ!」
キャスヴァニアはクジラさんから情感の玉を受け取り、興奮した気持ちのまま叫んだ。
「見てよ!緑色!」
「うーん、緑は楽の色っすっけど、やっぱり無感情になって無かったっすよ」
「えー、ちゃんと頭空っぽにしたのに」
「考えていることを無にしても、感情は残り続けるんっすよね」
「難しいねー。じゃあクレイはできる?」
キャスヴァニアは残念そうに口を尖らせながらクレイに情感の玉を渡す。
クレイは僕との修行で習得したから問題ない。
きちんと無感情になってから声を張った。
玉の中に浮かんだ色はクジラさんと同じく青色。
「うん、クレイはちゃんと無感情だったっすね。だから得意感情は僕と同じ哀しみっす」
なんだかクレイの得意感情は納得してしまう。
人の気持ちや命を重んじて、踏みにじられると自分の事のように深く傷つく。
慈悲深いクレイらしい得意感情だ。
「じゃあ、これでアギラの得意感情を調べればいいのか。アギラ、やってみてくれ」
って言われましても。
『僕、声出せないけれど、無感情で情感の玉に強く念じるだけで行けるかな?』
「物は試しだ。やってみてくれ」
クレイに進められてとりあえずやってみることにした。
無感情。
からのンーーーー!!
「あ、色出たっす。声じゃないと無理だと思ってたんすっけど」
やっぱり殴っていいかなこの男。
無理だと思ってたことをやらせないでよ。
まあできたからいいけれど。
僕の念に反応して浮かんだ色は赤だ。
「赤は怒りっすね」
『え、大丈夫かな。僕、今クジラさんに対して怒ってたからその感情が乗ったんじゃない?』
「いや、ちゃんと無感情になれてたんでしっかり得意感情が出てるっすよ」
つまりあなたは怒りっぽい人ですよって言われた感じがして嫌だな。
でも、確かに僕は怒りっぽい、のかな?
クジラさんの突拍子もない言動にすぐ怒ったりしちゃうし。
いや、誰でも怒るでしょこの人には。
その話は置いておき、僕の得意感情がわかった。
「じゃあ後は俺が全身全霊で怒りの感情を呼び起こせばアギラの力が引き出せるのか?」
クレイは情感の玉を返しつつ、少し期待した表情でクジラさんに問いかけた。
「そうっすね、準備完了っす。でも、注意点が二つあるっす」
クジラさんは情感の玉をしまうと指を二本立てた。
「一つは封印相手の得意感情に合わせすぎると、封印相手がその隙につけこんで体を乗っ取ろうとすることがあるっす。すると意識が相手と混ざり、暴走する危険性があるんっす」
「え、俺が自分の意思に反して暴れまわっちゃうってことか?」
「そゆことっすー」
クレイは暴走する自分を想像して身を震わせた。
罪も無い人を傷つけるのが何よりも嫌だもんね。
「けど、アギラディオスはそんなことしないと思うんで無問題っす!クレイは安心して怒り散らかせるっすよー」
『言われなくても。クレイのためだったらいくらでも力を貸すよ!』
僕は胸を張ってクレイに誓った。
クレイも安心すると心模様を穏やかにする。
「問題はもう一つの方っすねー」
クジラさんは立てていた指を一本に減らすと、少し困ったような顔をする。
「感情を極振りした後は、基本的に自分の力で落ち着かせるのは難しいっす。そして激しい感情の昂ぶりというのは暴走までは行かなくとも、理性が極端に薄くなっている状態を生むっす」
「えっと、つまりどういうことだ?」
クレイは不安そうに顔を歪めてクジラさんに問いかける。
「早い話、昂った感情のせいで平常時の自分では取らない行動をする可能性があるっす。楽しみなら楽しすぎてやめられなくなったり、怒りならカッとなって相手を殺してしまったりっすね」
心臓が凍り付くほどぎゅっと苦しくなったのがわかる。
クレイが自分が人を殺してしまった時のことを想像して恐怖している。
人の命を奪ってしまう行為は、クレイにとっては地獄へ行くよりも恐ろしい。
何故ならクレイは百と一の命の選択を迫られても、咄嗟に一を切り捨てられない甘さを持ってる。
クレイは、それだけ一人一人の命を重く見ている。
クレイはカンテラをクジラさんに返し、俯きながら呟いた。
「人に危険が及ぶ可能性があるなら、俺はそんな方法使わない」
「はは、なーに言ってんすっか」
クジラさんは呆れたように笑いながら、空いている手でクレイの頭を撫でる。
僕はてっきりクジラさんがクレイを励ますもんだと思って、和やかに見守っていた。
「甘えんな」
だけど、クジラさんは珍しくクレイに厳しい言葉を使った。
全員その場に立ち止まり、クレイは強張った顔でクジラさんを見上げていた。
見上げた先の表情は、とても固い。
「アギラディオスの力を使うほどの相手が現れた場合、それが魔物でも人でも自分たちの脅威になることは変わりない。そんな相手の前で出し惜しみをするな。相手の命を尊重するな。生き延びるために使える物は全部利用しろ。自分のためにも、守りたいもののためにも」
クジラさんは厳しく、冷たく、クレイの心に釘を打ち込む。
決してその釘は抜かれてはいけない、抜いてはいけないぞと言い聞かせながら。
クレイにとっては非常に痛い言葉の釘だけれど、何よりもクレイのためになる言葉だ。
この言葉を大事にしないと、いざという時に本当に守りたいものが守れなくなる。
クレイは、何も言い返せず苦しそうな顔だけしていた。
そんなクレイにクジラさんは屈んで目線を合わせた。
クレイの体がビクッと震える。
「だから、修行が必要っす」
クジラさんはいつもの笑顔を見せながらクレイの肩に手を添える。
「力の引き出し方の修行、力を使っている最中の自分の律し方の修行、力を使い終わった後の気持ちの静め方の修行。全部含めて力を借りる修行っす。いいっすね?」
ハッと気づかされるクレイ。
そして、ホッとした表情で返事を返す。
「力を得て、加減を知り、気持ちを抑える。それを全部含めて強くなるってこと。そして、強くなることこそが周りの人を守るためになる」
クレイはどこかの誰かさんが言った言葉を口にした。
なんだかむずがゆい。
クレイの気合を入れたまっすぐな瞳を見て、クジラさんはにっこりと笑う。
「なーんだ、わかってるじゃないっすか。要らない説教でしたねー」
クジラさんは前を向くとそのまま歩き始めた。
クレイとキャスヴァニアも再び歩きだす。
「じゃ、これから王都に向かう最中、まずは怒りに感情を傾け続けてみるっす。そこから、アギラディオスの力を借りれるように意識を集中してください。ここからは封印の器と封印相手しかわからない領域っす。頑張ってくださいっすー!」
後ろ向きに手をひらひらと振るクジラさん。
無責任に見えるけれど、わからないんじゃしょうがない。
それならここからは僕らの挑戦だ。
『クレイ、やろう』
「ああ、言われなくても」
クレイは早速感情を怒りの方へ引っ張り始めた。
えーっと、僕はどうすればいいんだろう。
えーい、クレイに力を~。僕の力よクレイに行け~。
っと、こんな感じで念を送ってみるけれど、違うっぽい。
「ねー!俺様も何か強くなる方法無い?」
僕らが歩きながらの修行をしている横でキャスヴァニアはクジラさんに修行を強請っていた。
クジラさんは荷物から毎度おなじみ心乱の書を取り出してキャスヴァニアに渡す。
そして、ケインに教えた物と全く同じ手法を教えた。
「よーっし!俺様も感情のコントロールって奴をできるようになるー!」
と、意気込んだ直後に隣から奇声が上がった。
心乱の書の洗礼を受けたらしい。
「あぁ!うるさいな!静かにしてくれ!」
と、ここで普段キレないタイミングでクレイが怒った。
僕は冷静にクレイの宥める。
『クレイ、心の感情は怒りに傾けつつ、落ち着いて』
「それが出来たら苦労しない!」
と、ここで二度目のトライをしたのかまた隣から奇声。
「うるさい!!」
あーもうめちゃくちゃだ。
クジラさんは阿鼻叫喚の僕らの様子を見ながら笑ってるし。
「あっはっは、クレイもキャスヴァニアも、休み休みやるっすよ。じゃないと心が壊れちゃうんで」
「は、はーい!」
「わかってるから口挟むなよ!」
クレイはほんとに一回休んだ方が良さそうだね。
激怒状態から戻ってこれなくてただの反抗期になっちゃってる。
結局、クレイのお怒りはこのトンネルを出るまで続いた。




