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040 罪の在り処

 僕らは家に着くと早速キャスヴァニアの姿を変装させにかかった。

 クジラさんはまず最初に全身の古傷を治療して消すことを試みた。

 指名手配書に特徴が全身の古傷ってあるからね。

 だけど付いてから長い年月が経ってしまった傷跡は、治癒魔法でも治すことは出来ないんだ。


「そこで取り出すのはこちらの黄緑色の爽やかな香りがする薬っす」


 なんだか通販番組のような口調と笑顔で、荷物から小さな瓶詰を取り出すクジラさん。

 直径三センチしかない瓶詰の中には、説明通りの黄緑色でスース―する薬が詰まっている。


「こちらはっすね、希少な薬草『セイレーンの涙』『ルルトマ草』その他もろもろから調合したパナケイアって言う名前の薬っす」


 パナケイアっていうのは超絶万能薬だね。

 その効力は生まれつき視力がゼロの人の目に注せば、あっという間に世界が百八十度変わる。

 四肢が無くても、根本に塗ればニョキニョキ生えそろう。

 死んでいても口に入れれば飛び起きるなどと言われている伝説上の薬。

 全部見えないほどの極少量の処方で可能。


『なんでそんな薬持ってるの』

「自分の呪いも治せるかと思って作りましたー。結果ダメっしたけどー」


 あっけらかーんと言ってのけられる物じゃないよその薬。

 流石に死人は生き返らないとは思うけれど、それを間違えて池に投げちゃったら大変なことになるんだよ。

 具体的には投げ込まれた池が癒しの泉と呼ばれて、その周辺には生命が溢れる。

 泉の水に触れただけで全身の傷が癒され、不調が全て改善される。

 毎日飲めば疑似的な不老不死も夢じゃない。

 泉の所有権を求めて各国の領土争いが勃発しちゃうよ。


 それを作ったって。

 どの国も喉から手が出るほど欲しいっていうのに。

 作れる人も施設も材料も存在しないって言われてるのに。

 どうやって作ったの。


「じゃ、これでキャスヴァニアちゃんの古傷治しちゃいましょうねー」


 困惑する僕を他所に、キャスヴァニアに薬を差し出すクジラさん。

 だけどキャスヴァニアは困ったような笑顔を浮かべて受け取らない。


「ね、ねえ。本当は全部取っておきたいんだけど、この顔の傷だけは残せない?」


 そういってキャスヴァニアが指を指した左頬には一見何も見えない。

 よーく目を凝らすととっても薄く、もう見えなくなりそうなほどの傷があった。


「これさ、アスレイナのお母さんが抵抗した時に付いた傷なんだよ」


 キャスヴァニアは理由を述べながら辛い笑顔を見せる。


 明確な罪の証。被害者の生きた証。

 それが消えるのをキャスヴァニアは恐れている。

 アスレイナの母親が、必死に生きようと足掻いた記録を残したいんだ。


「えいっ」


 その記録を、クジラさんが薬を塗って真っ先に消した。


「や、やめてよ!!なんてことするの!?」


 キャスヴァニアはガラスをひっかいたような声で叫び、酷く困惑してカトラスを引き抜いた。

 わぁわぁ!乱闘!?

 って思ったら綺麗に手入れされたカトラスの表面で顔の傷を確認してるだけだった。

 それで、件の傷が無くなってしまっているのを確認すると、声を上げて泣く五秒前の表情になってしまった。


「父さん!キャスヴァニアが残したいって言ったのになんで消しちゃったんだよ!」


 クレイはキャスヴァニアに変わり、クジラさんにきつく言い返した。

 しかし、クジラさんには反省している様子は無い。

 むしろ真面目に、真剣な目でキャスヴァニアを眺めている。


「体の傷を残したくらいで贖罪になってると思うな」


 悪いことをした子供を叱るような厳しい声。

 クジラさんは続けてキャスヴァニアを責める。


「いいか。傷は残る物もあれば治ってしまう物が大半だ。今の傷もそうだ。それを勲章にしたり、罪の証にしたり、思い出にしようと考えるな。お前はやってきたことを、傷を見ることでしか思い出せないのか?」


 この声は子供のキャスヴァニアにではなく、犯罪者のキャスヴァニアに向かって問いかけている。

 キャスヴァニアはそれを理解し、目に涙を溜めながらも返答する。


「俺様は、ちゃんと覚えてます」

「……じゃあ治しちゃいましょ。どんな理由があっても体の傷は治すべき物っす」


 クジラさんはいつもの調子に戻ると僕らを引き連れて風呂場へ向かった。


 きっと、クジラさんが伝えたかったのは罪の在り処。

 罪の形や重さなんてあやふやで、人それぞれで感じ方は違う。

 だけど、ある場所は絶対に同じ。

 被害者と加害者の心の中。

 被害者はされた痛みを、加害者はした重みを心に抱えて生きている。


 だけど、キャスヴァニアはそれを心ではなく傷跡に見出していた。

 いつ消えるかもわからない傷跡に。

 じゃあ傷跡が消えたらその罪は消えちゃうの?

 違う。消えちゃいけない。見失っちゃいけない。

 だから、罪の形を心以外の場所においてはいけないんだ。


 自分の罪を誰にも頼らずに覚えておくこともまた、自分の罪に対する罰でもあるんだよ。


 風呂場に着いたクジラさんは湯舟に魔法でお湯を張ると、パナケイアを指先にちょんっと付けてお湯に溶かした。

 この量でハイポーションが大量生産できます。


「さ、キャスヴァニア。このお湯に浸かってくださいっす。ちゃんと頭も何度か沈めるっすよー」


 クジラさんはにっこにこと告げるとクレイの手を引いて風呂場から出ていった。

 女の子の入浴シーンだからね。野郎どもは退散しないとね。

 それにしてもパナケイアの溶けたお風呂って……。

 このお風呂のお湯を飲ませるだけで、難病を抱えた人々の苦しみが一気に解放されるよ?

 でも、キャスヴァニアが入っちゃったからもう無理だ。

 飲んだ人が全員変態になってしまう。


『クジラさん。パナケイアってちゃんと使ってるの?』

「いや?あんまり使ってないっすよ。勿体ないし、旅先で会う人たちの怪我や病気は大体治癒魔法で治っちゃうんで」


 それを古傷治すだけに使うなんて、ほんっと贅沢な使い方するなぁ……。

 と思っていると、クレイが何か言いたげにクジラさんを見ている。


「ん?どうしたんっすか?」


 クジラさんもクレイの様子に気が付いて問いかけた。

 クレイは言葉を考えながら慎重に発言した。


「確かに傷を見ることでしか思い出せないのは嫌だ。だけど、被害者たちの必死の抵抗も無かったことになるみたいで、俺は寂しいな。みんな、生きようとしたのに」


 僕は加害者目線で、クレイは被害者目線で考えていたみたいだ。

 だけど、答えは同じだよ。


『傷が消えたからって、抵抗した過去は必ずある。知らない人だろうけどその人たちが生きたことを、キャスヴァニアが犯した罪を忘れないであげていて』


 クジラさんの代わりに僕がクレイに答えると、クレイはどこかまだ納得できていないような表情のまま頷いた。

 簡単には納得できなくても、こういう考え方があると受け止めてくれたみたいだね。

 思い出の品を持つのは悪いことじゃないよ。

 ただ、それを傷跡という形で取っておくのも、罪の証として戒めるために取っておくのも違うってこと。

 それはわかってほしい。


 キャスヴァニアはすぐにお風呂から上がって服を着て戻ってきた。

 うん、体中の古傷はきれいさっぱり無くなってしまったね。

 パナケイアのその力、おそるべし。


 そして、キャスヴァニアはカトラスを抜いて顔を確認する。

 手鏡代わりにするのやめようよ。ドキッとする。


「……あはは、全部無くなっちゃった」


 キャスヴァニアは落ち込んだ声で笑いながら、空いた手で自分の傷跡があった箇所に触れる。


「今まで犯した罪も、全部無くなっちゃったっすか?」


 クジラさんはいつも通りのおどけた態度でキャスヴァニアに問いかけた。

 キャスヴァニアは、静かに首を横に振って力強い笑顔を見せる。


「全然!変わらないよ!」


 見る人の悲しさを吹き飛ばす勢いの満面の笑顔は、少し苦しそうな表情にも見えた。

 そうだよ。

 君の罪は君の中にある。

 怪我が消えたくらいじゃ無くならない。


 僕らは生活スペースに戻ると作戦会議を続ける。


「あとは二つ名の『深紅の炎』の元にもなってるその髪、か?」


 クレイはキャスヴァニアの燃えるような赤髪を指差しながら確認する。


『でも、指名手配書には似顔絵はなくて、身体的特徴しか載っていないから髪を無理に変えなくてもいいかな』

「そうか。じゃあ他に変えられるところを変えよう。父さん、指名手配書って持ってる?」


 僕のアドバイスを聞くとクレイはクジラさんに問いかけた。

 いくら何でもそんなに都合よくは持っていないよ。


 と思ったらクジラさんは荷物から過去の指名手配書を取り出し、確認を始めた。

 ねぇ。そのかばんの中、何が入ってるか全部把握したうえで何もかも詰めてるの?

 収納魔術をフルで利用してるじゃん。収納魔術大好き?


「えーっと、キャスヴァニアちゃんの身体的特徴はっと」


 クジラさんは指名手配書にある情報を音読する。

 女の子のキャスヴァニアのプロフィールを読み上げるなんて、最低な行為だね。

 まあ、今回は仕方ないけどさ。


 んで、指名手配書にあった情報では他に身長は177cmと記載されていた。

 後は具体的な犯行についてとか。


『うーん、身長かー。流石にクジラさんの万能かばんでも背を伸ばしたりちっちゃくしたりするアイテムはないよね』

「あるっすよー」


 ごめん。僕も半分期待して問いかけてた。

 僕はクジラさんのことをたぬきと間違えられるとキレるロボットかなんかだと思い始めている。

 クジラさんはにんまりと笑うとカバンから青い宝石のネックレスを取り出した。


「若返りのネックレスっす。首に着けて魔力を込めるとその間だけ使用した魔力に応じて歳が若くなるっす」


 全世界の奥様方が喉から手が出そうなアイテムが出てきちゃった。

 でも魔力を込めている間だけか。

 維持が大変そうだね。

 それでもキャスヴァニアなら複製魔法紙でポポマサを作る時も完璧な魔力コントロールを見せたし、長時間の維持も問題は無さそうかな。


「これを俺様が着けて魔力を込めるだけで若返るの?」


 説明されたがままにキャスヴァニアはネックレスを受け取って首に着ける。

 そして、魔力を込めるとキャスヴァニアの体が縮み始めた。

 あっという間にクレイと同じくらいの子供になってしまった。


「わぁ!小さくなった!」


 キャスヴァニアは小さくなった体のままきゃっきゃと生活スペースではしゃぎ始めた。

 クジラさんは問題が無さそうなのを確認すると満足気に頷く。


「えっと、キャスヴァニアの指名手配書の特徴は二つも消せたし、これなら町中を歩いていてもバレない、かな」


 クレイは指名手配書を見ながら若干不安そうに首を傾げた。


『これなら大丈夫でしょ。きっと問題ないよ』


 僕はとりあえず無責任な返事をしておいた。

 僕が幻影魔法で魔王の姿になって歩き回ってもバレなかったし行ける行ける。


「ほい、じゃあキャスヴァニアちゃんはもう問題なさそうなんで、準備が出来たら出発しちゃいましょうか!」


 クジラさんはそういうと生活スペースにの椅子に腰を下ろした。

 まあ、クジラさんはそのかばんの中に必要な物全部入ってるから、準備要らないよね。

 そのかばんを悪い人に盗られたら悪用され放題だから、絶対に盗まれないようにしてね。


 クレイとキャスヴァニアはそれぞれ部屋に戻って準備を始めた。

 クレイは国内地図と訓練用の刀を持つ。

 そして、ウキウキとした声色で僕に話しかけてきた。


「楽しみだな。初めての旅」

『だね。王都までならそこまで危険なモンスターはいないらしいから安心だし』

「そうだな。少し強い敵と戦いたかったけれどな」


 クレイは残念そうに呟くと、他にも適当に荷物をカバンに入れて部屋を後にした。

 一足先に準備を終えたキャスヴァニアとクジラさんが、生活スペースで僕らを待っていた。


「じゃあ出発するっすか!アルくん、お留守番よろしくっすねー!」


 クジラさんは張り切ると玄関へ向かいながら自室に居るアルに呼びかけた。

 アルは部屋から出てくると、僕らに一礼して見送った。


 外に出るといろいろあったからもう昼だ。


「父さん、俺は徒歩で目指したい。せっかくの村の外だから、いろんな風景が見たいんだ」

「いいっすよー。ケインくんの試験まで一週間くらいありますし、ゆっくり向かうっすー」


 クレイに頼まれてクジラさんは快く引き受けた。

 と言っても、転移魔法の連打や長距離移動は通常の肉体には負荷がかかっちゃう。

 だから頼まれなくても徒歩で向かう予定だったと思うよ。

 まあ、そこまで長距離じゃなければ時間をおいて使用すれば、もっと早くに王都に着けるけどね。


「ねぇねぇ、お昼はどうする?」


 みんなで歩き出してすぐ、キャスヴァニアがお腹を鳴らしながら問いかけてきた。

 クレイも黙っているけれど僕が空腹感を感じているってことはペコペコだ。

 クジラさんは二人を眺めながら穏やかに笑う。


「村でパンを買って食べながら行きましょう。好きなパンを食べていいっすよー」

「わぁ!俺様、雑貨屋さんのパン大好きなんだよね!」


 まるで遠足に行く前の小学生のようにはしゃぐキャスヴァニア。

 見た目も縮んだままで様になってる。

 そんなキャスヴァニアを見て満足そうな笑みを浮かべるクレイ。


「なんか、本当の妹みたいだ」

『ふふ、よかったね。年下の家族ができて』


 僕もクレイと同じでなんだか嬉しい。


「言っておくけど、俺にとってはキャスヴァニアで三人目だからな。うちの弟妹は」


 心の中で笑っていた僕にクレイが釘を刺してきた。

 僕、アル、キャスヴァニアで三人。

 アルは生後数か月だし、キャスヴァニアは前世享年六歳だからいい。

 なんでいつまでも前世享年も今世年齢も年上の僕が弟分なんだ。

 理解しがたい。

 封印が解けたら驚きの長身でクレイを圧倒してやる。


『そういえば村のみんなをクレイにとって当てはめたら家族のどれになる?』


 僕は素朴な疑問をぶつけてみた。


「ケインは兄さんかな。アスレイナは妹。村長は爺さん」


 ぐっ!ケインに負けた!

 クレイが他の村人も家族に当てはめている中で僕は落ち込んだ。


 僕らはその後、村に寄って昼食を買いつつ、小さくなったキャスヴァニアを驚かれたりとかしながら北へ向かった。

 王都リエンドラはここから北西の方角。

 町と町を繋いでいる街道があるから、それに沿って行けば迷わずに着く。

 これからどんな旅になるのか楽しみだなぁ。

 やっぱり道中に魔物が出てきて戦うのかな。

 ダンジョンとか見つけちゃったら寄り道しちゃったりして。

 僕はわくわくしながらみんなの旅を見守った。

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