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039 勝ち取った信頼

 カリネア村の外れからグッモーニン。

 今日も寒い一日が始まる。


 クレイは目が覚めたらまずはベッドの上で頭の中を空っぽにする。

 そして、全身の力をすっぱり抜いて、脱力したタコになった気分でじっとする。

 別にただダレているわけじゃない。

 封印されている僕と体の主導権を入れ替えられないか試しているんだ。


 僕はクレイが頑張って虚無になっている隙に体を動かそうとする。

 手よ動け、足よ動け、目よ開け。

 そうやって隙あらば動けないか準備している。

 だけど、結果は浮かばない。

 僕らは朝の時間を無駄に過ごすだけで終わってしまう。


『はぁ、今日もダメか』


 クレイは全身に力を入れると意識を戻す。

 結局、クレイの魂だけを眠らせて僕と入れ替わることができたのは、ハントによる村襲撃があったあの日の一瞬だけ。

 あれ以降、毎日どんだけこうやって努力しても僕は表へ出てこれない。

 クジラさんやアルも、文献の情報と自分なりに推測した方法を教えてくれて協力してくれる。

 だけど、結局は無意味。

 僕らは布団の上でタコになるだけ。


『仕方ないからそろそろ生活スペースに向かおう?朝ご飯が冷めちゃうよ』


 クレイは僕の言葉に不服そうにしながらもベッドから身を起こして立ち上がる。

 窓の外は明るい。

 太陽がある方角とは逆だからそこまで眩しくはないけれどね。

 さぁ、今日一日も頑張ろうね!クレイ!


『アギラ。ごめんな、中々表に出せてやれなくて』


 張り切る僕とは裏腹に、クレイは沈んだ様子で僕に声をかける。

 うーん、謝られても困るよ。

 だって、僕と入れ替わりをすることでやりたい用事なんて、クジラさんの呪いを解いてしまったからもうないんだ。

 クレイもクジラさんとの修行でだいぶ強くなってしまったし、僕が守ってあげる必要は格段に減った。

 だから僕と体の主導権を入れ替える行為は急を要さない。

 いるとすれば、またハントとその仲間が襲撃してきた時かな。


『僕は全然気にしないよ。クレイは強くなったし、自分の身は守れるからそんなに焦らなくていいよ』


 僕は柔らかく微笑んでクレイを励ました。

 だけど、クレイは首を横に振る。


『アギラが自由に動き回れる時間を作ってやりたい。だから、早く習得したいんだ』


 クレイは眉間にしわを寄せて、真面目な顔で僕を見つめる。

 全く、僕想いなんだから。


『僕さ、自由に動ける時間よりも、クレイと一緒に話せる時間の方が好きなんだ』


 僕はクレイの魂の手を取って微笑みかける。


『僕が体の主導権を持つと、どうしてもクレイとは話せなくなっちゃう。その間、僕はずっと寂しい気持ちになる。だから、僕のことはいいんだよ』

『だけど、アギラは俺のいない間のことを楽しそうに語るじゃないか。俺は、そんなアギラが見たいんだ。アギラにも、少しだけでも自由を与えたい』


 クレイは意地でも僕を自由にさせたくて落ち着かないみたい。

 強情な子だね、もう。

 僕はクレイの頭を撫でながらにやっと笑ってやった。


『僕はクレイの体が欲しいんじゃないの!クレイとお話がしたいの!一人は嫌なの!わかった?』


 クレイはむずがゆそうな顔をすると、一言わかったとだけ呟いて生活スペースに向かった。

 何でもかんでも僕を優先して、子供時代の貴重な時間を潰すのはもったいないよ。

 子供は自分の欲に正直なくらいがちょうどいいの!


 っと、生活スペースにつくと朝っぱらには珍しいお客さんが来ていた。

 常駐兵のケインだ。

 生活スペースの椅子に座り、朝ごはんを食べているみんなと談笑している。

 ケインはクレイに気が付くと手を振って挨拶をしてくる。


「よぉ!クレイ。もうみんな飯食い始めてんのに寝坊か?」

「おはよう。毎朝アギラと入れ替わる練習をしているんだ。だけど、うまくはいってない」

「おっと、そりゃ茶化して悪かったな。そうだった、アギラもおはよーさん!」


 クレイはみんなにも挨拶しながら自分の席について食事を始め、ケインはついでの勢いで僕を思い出す。

 僕がちょっとドスの効いた挨拶を返すと、ケインはビクッと震えて縮こまった。


「アギラ、ケインをいじめるな」

『だって、僕の存在を忘れてた方が悪いよ』


 クレイに叱られてしまった。

 ケインは深呼吸をして、驚いた心を落ち着かせている。

 キャスヴァニアたちは僕らの様子を見て笑っている。


「あ、ねえねえ二人とも!ケインも魂の体?っていうのを少し動かせるようになったみたいだよ!」

『嘘でしょ!?もう!?』


 あの万年E級兵士だったケインが、こんな数か月で魂の方の体を動かせるようになったなんて僕には信じがたかった。

 だって、無理な人にはとことん無理だ。

 魂の感情操作も、魂体を動かすのも、世界に名を馳せた冒険者だって出来ていないことも多い。

 それを天才肌で僕という補助輪付きのクレイが短期間で習得したのはともかく、常駐兵のケインが?


「なんだよ、俺が強くなっちゃ悪いか?」


 ケインは僕の驚いた言葉に不満を抱きながらクレイ越しに睨んでくる。

 僕は慌てて弁解した。


『違うよ、すごいと思って。クジラさんから修行を教わって二か月くらいであっという間に習得しちゃうなんて、ケインってもしかして天才なんじゃない?』


 僕はケインを褒めたたえる。

 褒めてからケインが調子に乗らないかなってちょっと後悔した。

 だけど、その心配をよそにケインは不満顔で腕を組む。


「いーや、俺なんか天才には程遠い。動かせるようになったっつっても、指先がちょんちょんと曲がるくらいの感覚しかわからねぇ。こんなの上達したとは言えないし、自分はまだまだ強くなれる」


 ケインは真剣に自分の実力と向き合い、自分自身が自惚れないように努めた。

 普段は人を茶化したりして遊ぶくせにこういう所でいきなり真面目だよね。

 別にここは謙虚になる場面でもないよ。

 普通にすごいことだもん。


「それで、今日は修行の進捗を父さんに伝えに来たのか?」


 クレイはご飯を食べながらケインに要件を訪ねる。

 だけど、ケインは首を横に振って手を組みながら力を入れた笑顔を作る。


「実は来月の三日と四日の二日間、各地に派遣されている兵士の一部が王都に招集されて昇格試験が開催される。俺はその試験を受けに行く」


 昇格試験!

 ケインの発言にみんな反応して、その場は応援ムードに包まれた。

 僕らの声援を受けて、ケインはにやけそうな口をぎゅっと引き締めて変な顔になる。


「せめてD級には上がって帰ってくるから楽しみに待っててくれよな」

「いやいや、ケインくんならB級いけるっすよ。もっと自信もってくださいっす」

「び、B!?いや、良くてCだろ……!」


 クジラさんからの横やりにビビって謙虚さを出しちゃうケイン。

 確かにバーサーカー状態になればケインはA級の働きができるし、そのくらいはおかしくないかな。

 ただ、流石に試験会場でバーサーカーになったら大暴れしちゃうから、それを封印してB級ってところだね。


 それにしてもケインは自分に厳しいね。

 もっと自分のことを認めてあげてもいいと思うだけどな。

 まあ、自分への評価っていうのは簡単に変えられないし、僕は素直に応援だけしていようかな。


「んじゃ、その報告で来たんでな。そろそろ王都に向けて出発するぜ。土産は買う予定ねぇから期待すんなよ!」


 ケインは席を立つと、僕らに別れを告げて笑顔で去っていった。


『楽しみだね!ケインが上級兵になって帰ってくるの!』


 僕は心を弾ませながらクレイに話しかけた。

 クレイも自分の事のように嬉しそうな心模様を浮かべて頷く。

 だけど、少しどこか涼しい気持ちも添えて呟いた。


「しばらくケインには会えないのか。寂しいな」

「ほんとだねー。俺様も寂しい。なんだかんだでケインとはよく一緒にいるし」


 そういえば、キャスヴァニアはこの間ケインと協力して子供たちを盗賊から救い出したんだっけ。

 村襲撃の時といい、協力した時の相性がいいよね君たち。

 そうか、二人とも寂しいのか。

 兄貴肌のケインに弟妹のように懐いているもんね。

 ……まあ、僕も寂しくないわけじゃないけどね。


 という僕らの様子を見ていたクジラさんが、顎に手を置きながらニンヤニンヤと笑ってる。


「だったら王都リエンドラ、行ってくるっすか?」


 おお!まさかの王都観光!?

 この国の中心の町、王都リエンドラと言えば城壁に囲まれた超巨大都市。

 アーデンモルゲンの何倍もの面積がある大都会だ。

 博物館、美術館、プール、温泉、カジノに劇場に闘技場まで。

 無い施設を見つけるのが大変なほど充実している。

 その上、多くの人種がいるのに治安が良く、犯罪数も少ない。

 福祉もばっちりだからお金さえあれば王都に住みたいっていう人は少なくない。

 以上、有名な観光レポートの書より。


『行きたいなぁ、リエンドラ』


 僕は無意識にどろりと観光欲が溶け出してしまった。

 前世ではベッドの上暮らしだったから、旅行と観光という言葉に弱いんだよね。

 テレビで異国の特集とかやってたら食いついて見ていた記憶があるよ。


「俺も行きたい!父さん、連れていってくれるのか?」

「もちろんっすー!我が子たちが望むならいくらでもー!」


 クレイがわくわくした表情でクジラさんを見つめると、クジラさんは手を伸ばしてクレイの頭を撫でた。

 って、()()()()()って僕も入ってない?

 ノーカウントにして。ノーカン。


「なあ、アルとキャスヴァニアも一緒に行こう!王都なんて滅多に行けないから!」


 クレイは張り切った様子で二人を見た。


「クレイ様が望むのであれば喜んで、と言いたいところですが今回は遠慮させていただいてもよろしいですか」


 張り切るクレイとは裏腹にアルは冷静に言い放った。


「なんでだ?アルも新年の町探索は楽しんでいたのに、王都は嫌なのか?」


 クレイは不機嫌な表情を作ってアルに理由を問いかける。

 するとアルはまあるい体をぷるんと震わせて返事をする。


「村を襲ったハントという男はまだ生きている可能性がある、とアギラ様方がおっしゃっていました。今回、こぞって力のある方々が王都へ旅立ってしまうと、いざ再び同じ方法で襲撃されてしまっては村の兵士様方では対処できません。ですので私が残って村を見張り、守らせていただきます。王都観光は皆様でどうかお楽しみください」


 そうか、アルは別に行きたい気持ちが無いわけじゃないんだ。

 僕らと一緒に楽しみたいけれど、村を守るために残る選択を取ったんだ。

 確かに、今回はアルまでいなくなってしまうと村の守りは手薄になってしまう。

 ハントとその仲間が居る以上、迂闊に村の守りを薄くするわけにはいかないね。


『でも、アルは本当にお留守番でいいの?アルに会えなくても僕たちは寂しいよ』


 僕はアルの良心を揺るがすような感情を見せながら訴えかける。

 せっかくだからみんなで行きたい。

 だけど、アルは自分の意志をはっきりと僕らに提示した。


「皆様の帰る場所はここにあります。全身全霊を持って守らせていただきます」


 そうか、アルの覚悟は固いんだね。

 じゃあ僕たちもこれ以上は止められない。

 これがクレイの誕生日だったら意地でも連れて行ったけどね。


「じゃ、四人で行きましょうか!クレイとアギラディオスとキャスヴァニアちゃんと僕で!アルくん、お留守番頼むっす!」

「お任せください。皆様いってらっしゃいませ」


 クジラさんは食べ終わってから放置されっぱなしだった食器を片付けながらアルに頼んだ。

 アルはふわっと幸せな感情を浮かべながら自室へと戻っていった。


 一方で、部屋に残った僕らは作戦会議を始める。


「なあ、王都へはどうやっていく?」

「まだ一週間以上ありますし、徒歩で向かっちゃいましょ。旅っすよ」

「旅……!俺、緊張するな。モンスターが出てきたら戦わないといけないし」

『クジラさんもキャスヴァニアもいるし、クレイの実力だったらC級までは平気で倒せちゃうと思うよ』


 クジラさんが広げた地図を見ながら僕らは旅の計画を立てる。

 漫画とかアニメの修学旅行の話し合いとかってこんな感じでやってたのかな。

 なんだかワクワクする。


「確か王都には豪華な芸術品が飾られた美術館があるんだっけ。盗賊だったキャスヴァニアなら興味があるんじゃないか?」


 クレイはキャスヴァニアに向かって興味を引く話題を投げかけた。


 だけど、キャスヴァニアの表情は浮かばない。


「えーっと、そうだね。俺様、金目のものは好き、だけど……」


 しどろもどろに喋りながら、気まずい笑顔で視線を泳がせる。

 クレイは不思議そうにキャスヴァニアを眺める。


「どうしたんだよキャスヴァニア。行きたくないのか?」

「う、うーん。行きたくないわけじゃないよ?ただ……」


 キャスヴァニアは両手の指先を合わせて微妙な笑顔のまま唸る。

 そして、そのまま申し訳なさそうに口を開いた。


「俺様、村のお手伝いをしなきゃだから。サボったらアスレイナちゃんたちに怒られるし、村の人たちからも信用を失くしちゃう」


 キャスヴァニアは視線を落としながら肩を落とした。


「盛り上がってたところにごめん。代わりに村を守るのは俺様がやるから、アルちゃんを連れていってよ」


 キャスヴァニアは沈んだ気持ちを隠しながら笑った。

 本当は行きたいはずなのに、仕事があるからって真面目だね。

 でも、キャスヴァニアはあの日以来毎日休まずに、ずっと働き続けているからかわいそうだ。

 ここは僕からガツンと言ってキャスヴァニアの気持ちを入れ替えてあげよう!


「じゃあ村人たちに許可を貰って行っちゃえばいいっす!」


 僕はクレイの心の中でずっこけた。

 クジラさんに説教枠取られた。この野郎。


「え、でも、いいのかな。俺様、まだみんなに認められていないし、きっと許してくれない」


 キャスヴァニアが焦った様子で手先をいじりながら迷っている。

 クジラさんはキャスヴァニアの所まで歩いて近づき、キャスヴァニアの両肩に手を置くといい加減な調子で笑った。


「そんなの、聞くまでわからないっしょ!それに、キャスヴァニアちゃんの働きはみーんな見てるから!だから、何も聞かないよりは聞いてから決めるっす!」


 クジラさんの圧に押されてキャスヴァニアは困惑したまま言葉を探している。

 だけど、しばらくして両手の人差し指を合わせながら僕らに小声で問いかけてきた。


「ねぇ、俺様、みんなに聞いて来るから、一緒に来てくれる?」


 まるで喧嘩した友達に謝りに行く時のように同伴を求めるキャスヴァニア。

 僕らの答えは決まっていた。


『もちろん。絶対許可をもぎ取ろうね!』

「いいけどアギラ、力づくはだめだ」

「そっすねー、そろそろ僕も村に帰ってきてることを教えなきゃいけないっすし、一緒に行きましょうかー」


 クジラさん、あんたはまだ言ってなかったんかい。

 その話は置いといて、とりあえず話は決まりだね。

 僕らは席を立つと緊張気味のキャスヴァニアの手を取った。


「じゃあ、村に行こう。許可を貰ったら行く。断られたら諦める。でいいな?」


 クレイが問いかけるとキャスヴァニアは控えめに頷いた。

 僕らはキャスヴァニアの返事を見ると村の中心へ向かった。


 どうやって村人たちから許可を取ろうか悩んでいたら、通りがかりのお兄さんが話しかけてきた。


「よっ、キャスヴァニア。それにクレイと……見慣れない人がいるね。旅人かい?」

「あ、ども。クレイの父っす」


 やっぱりそのスタイルで行くのね。

 お兄さんも思わずスルーしかけてからの二度見をした。


「は!?クレイの本当の父親って死んだんじゃなかったのか!?」

「勝手に殺さないで欲しいっすー。魔王軍の残党を狩り終わったんで帰ってきました~」


 クジラさんのいい加減な態度に信用できず、髪の毛先からつま先まで眺めるお兄さん。


「全身の白衣装……マジであの純白の勇者、カナト・ドルトムントか?偽物じゃないのか?」

「俺の父さんだ。間違いない」


 クレイはクジラさんを信用しきっているからきっぱりと言い切った。

 魔王からのお墨付きでもあるからね。

 お兄さんは訝しげにクジラさんを眺めた後、近くの家に入って声をかけた。


「母さーん!あの純白の勇者を名乗る白いおっさんが来てるんだけど、本物かい?」


 お兄さんの掛け声のあと、家の中から物凄く乱暴な足音が聞こえてきた。

 そして、玄関からお兄さんの母らしきおばさんが出てくると、クジラさんを見止めて大声で叫んだ。


「カナト!?カナトだよ!!本物だ!!大変よ、皆に知らせないと!!」


 おばさんは驚愕の表情のまま、雪を蹴散らしながら走り去っていく。


「皆ー!!カナトが帰ってきたわよー!!皆ー!!」

「か、母さん!?待って!!本当に本人だったのか!?」


 おばさんの後を追いかけてお兄さんも走り去っていく。

 茫然とする僕らの隣で、クジラさんが如何にも楽しそうにケラケラと笑いながら去っていく二人を指さしていた。


「見てくださいっすあの慌てよう!最高っすね!」

『あー、うん。クジラさん趣味悪い』


 僕の呆れた声にクジラさんは少しダメージを受けつつ、それでも楽しそうにケラケラ笑い続けた。


*


 しばらくして、僕らは村の広場で村人たちに取り囲まれた。

 みんな、クジラさんの帰還を聞いて集まったようだ。

 仕事をしていた人も家にいた人もみーんな集まって、全員でクジラさんを取り囲んでいる。

 どうやらみんなから質問攻めをされているようだけれど、全員一度に話しているものだから聞き取れない。


 クレイとキャスヴァニアは少し離れたところでその様子を眺めていた。


「父さん人気者だな」

「俺様のこと、聞ける雰囲気じゃないねー」


 二人して苦笑いを浮かべながら、わちゃわちゃとして人込みを眺めている。

 僕もこの光景を見ながら大変そうだなーっていう感想と共に笑う。

 こうなる前に少しずつ存在を匂わせておけばよかったのに。

 だけど、クジラさんは気にしてないみたいで、この人数相手に笑顔で対応している。


 そうやって賑やかだった村人たちも、次第に落ち着いてきて静かになってきた。


「ねぇねぇ勇者さん。これからはずっと村に居るの?」


 そんな中、小さな女の子からの質問が聞こえてきた。


「いや、今日からまた二週間三週間くらい旅に出てくるっすよー」


 クジラさんの返しに困惑や驚きの声を返す村人たち。

 みんなからしたら今日帰ってきたと思ったらまた今日旅に出るんだもんね。

 忙しい人とか思われていそう。

 昨日はクレイと布の玉でキャッチボールして遊んでたけど。

 村のお兄さんが納得いかなそうにクジラさんに声をかける。


「なんで行っちゃうんだ?もうちょっとゆっくりしていってもいいのに」

「それが、王都で兵士の昇格試験があるみたいなんで、それを息子のクレイと一緒に見に行こうかと」


 村人たちが全員でばっとこっちを見た。

 クレイとキャスヴァニアは不意打ちでドキッとさせられる。


「そうか、ようやく親子水入らずの時間か」

「よかったわねぇ、クレイ。ついでに王都の空気も楽しんできなさい」

「昇格試験といえば村の英雄のケインも今朝出かけていったな!同じ英雄同士、勇士を見届けてやってくれよ!」


 村人たちはみんな快くクジラさんとクレイの出発を祝ってくれる。

 クレイはつい恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまった。

 クジラさんが村人たちの中心から出てくると、クレイの隣へ行って肩を抱く。

 少し視線を上げたクレイの視界には村人たちが微笑ましそうに笑っているのが見えた。


 村襲撃の事件を受けてから、クレイと村人たちの心の壁は随分と薄くなった。

 いつの間にか無いに等しいところまで来ている。

 あと一歩か、もしくはもう既に無くなっているのか。

 僕は、クレイが村の一員に数えられている事実が喜ばしかった。


「それで相談なんすっけど、この子も一緒に連れていっちゃっていいっすか?」


 クジラさんは突然、キャスヴァニアを指差して村人たちに問いかけた。

 うーん、確かにみんな集まっているタイミングだしちょうどいいけどさぁ……。

 僕の予想通り村人たちは突然の申し出に困惑している。


「な、何故キャスヴァニアまで連れていくんだ?」


 村人の一人が率直な疑問を口に出して言った。

 クジラさんはその言葉を待っていましたと言わんばかりに笑顔で迎える。


「なぜって、キャスヴァニアちゃんも僕らの家族の一員みたいなもんなんで!クレイの妹分みたいな感じなら、僕の娘も同然っす!」


 村人たちはクジラさんの回答を聞いてざわついた。

 キャスヴァニアは若干嬉しそうに口角を上げてクジラさんを見たけれど、すぐに気まずそうに俯いてしまった。

 多分、犯罪者で嫌われ者の自分のせいで、村人たちに悪い印象を与えないかって心配しているんだろうね。

 だけど、そうはならないと思うよ。


「カナトさん、貴方はその子がどんな子か知っているの?」

「もちろんっす。この子は罪深い子っす。簡単に許されてはいけないとも思ってるっす」


 村人からの確認の声にクジラさんは自分の意見を掲げる。


「だけど、今は反省している。文字通り、心を入れ替えて働いている。毎日休まず、人々のためになろうと努力している。そんな子に、一か月にも満たないくらいの休暇をくれてやらないっすか?」


 クジラさんは真面目な表情で村の人たちにお願いをする。

 キャスヴァニアは何を言ったらいいのかわからない顔をしている。

 だけど、しばらくして覚悟を決めた顔をして頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!ちゃんと、戻ってきたら今まで以上に働くから!もちろん、ダメだったら残って働くから!わ、わがまま言ってごめんなさい!」


 キャスヴァニアはギュッと自分の服を掴んで、どんな言葉が返ってきてもいいように耐える姿勢を見せた。


 だけど、村人たちからは酷い感情は見えてこない。


「いいんじゃないかしら。行ってきなさいな」


 一人、キャスヴァニアに許可を出した。


「やってもらうことは山ほどある。逃げだしたら許さんが、まあ戻ってくるだろう」


 厳しいけれど、信頼の籠った言葉。


「キャスヴァニアがお土産買ってきてくれるならいいよ!俺、王都周辺の石が欲しい!」

「私、人形職人さんの作ったお人形がみたーい!」

「じゃあ俺も何か買ってきてー!」


 子供たちは次から次へとお土産のおねだり。

 他の大人たちも、心から見送ってくれる人、少し迷ってから許可をくれる人、言い方がきついけれど周りの意見を言い訳にGOサインを出す人と次々声を上げた。

 僕たちが聞こえる範囲にはキャスヴァニアのお出かけを拒む人はいないみたいだ。


 キャスヴァニアの罪はみんなが知っている。

 村とアスレイナからベルモット夫妻を奪った事実はみんながよく理解している。

 だけど、キャスヴァニアが今まで村のために尽くしてきてくれたこともわかっている。

 前世の記憶を取り戻して六歳の精神年齢になったことも薄々認めているけれど、それは大きな要因になってはいない。

 大事なのは今までの悪事を悔いて、しっかりと罪を償おうとしているその姿勢。

 みんな、その姿勢を称えて、キャスヴァニアを信用している。


 村人たち全員からの不信感を、大きな信頼に変えることができたのはキャスヴァニアのたゆまぬ努力のたまものだ。


 キャスヴァニアは目に涙を溜めて、村人たちに向き直った。


「ごめんなさい!ちょっと遊んできます!帰ってきたらまたたくさんこき使ってください!頑張ります!」


 キャスヴァニアは顔をぐしゃぐしゃにして大声で叫ぶと、村人たちからは笑い声が上がった。

 クレイが何かを探すようにチラッと視線を移すと、アスレイナと村長の姿が映った。

 二人とも、他の村人たちと同じように笑っている。


 そして、クレイたちが一旦旅支度をしに家へ歩み始めると、次々に声がかけられた。


「土産!全員分よろしくな!」

「お土産はいいから、たくさん働けよ!」


 キャスヴァニアは涙を拭いながら手を振って応えた。

 そして、一言、皆に聞こえないくらいの小声で呟く。


「ありがとう、許してくれて」


 過去の罪のことか、それとも旅への許可についてか。

 いや、どっちもかな。

 クレイとクジラさんはそんなキャスヴァニアの様子を見ながら顔を見合わせて笑った。


 だけど、家に向かう道の途中でキャスヴァニアが大口を開けて突然叫んだ。

 びっくりした。いきなり何?

 クレイとクジラさんは振り返ってキャスヴァニアを確認すると、キャスヴァニアが言い表せないような苦い笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


「俺様、A級指名手配なんだけど……死んでいる扱いとはいえ有名だし、バレるよね?」




 あっ。

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