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032 暗闇に囚われた少年

 泣き声が聞こえる。


 僕は真っ暗な空間に立っていて、周りには何も見当たらない。

 ここには悲しそうにすすり泣く声だけが響いている。

 とにかくその声の主に会わないといけない。

 僕はそんな気がしてこの暗闇の中、何のあても無いのに歩き始めた。

 歩き始めてしばらく、遠くに誰かが見えてきた。


 ――クレイだ。

 クレイは赤くなった目元を何度もこすりながら、自分の目から流れる液体を腕で拭っている。


「どこだ、アギラ。助けてくれ。一人は寂しい。アギラ。アギラディオス……」


 クレイは僕の名を何度も呼ぶ。

 そうだ。クレイは僕の代わりにローリアというダークエルフに低度封印をされてしまったはず。

 こんな場所に居たんだ。早く傍に行って励ましてあげないと。

 僕の存在に気付かせて、安心させてあげないと。

 僕は、はっきりと声を出してクレイに呼びかける。


 しかし、僕の声は響かない。

 声を出しているはずなのに、口から出た矢先に刈り取られたかのように消えてしまう。

 声が届かないならば触れて気づかせよう。

 僕は続けてクレイに走り寄る。

 だけど、どんなに走って近寄ろうとしても、僕はその場で足踏みをしているかのように移動しない。

 魔法?スキル?何も使えない。

 僕は、泣いているクレイを見ることしかできない。

 クレイは泣き疲れた声で、縋るような声を絞り出す。


「もう一人は嫌だ。早く、ここから出たい」


*


 僕は目が覚めた。

 ここは、クレイのベッドの上?

 いつの間に僕は寝たんだっけ。

 昨日は確か、町へ遊びに行って、デュラに会って、恋をして……。


 僕は即座に感情を無に近づけた。

 また爆発しそうだったからだ。危ない危ない。

 そうか、デュラからの無防備で好意的な発言を聞いてしまい、愛おしさに耐えきれなくなって気絶したんだっけ。

 魔王の癖して情けない。おかげで晩御飯も食べ損ねちゃったよ。

 僕は自分自身への不甲斐なさから寝ころんだ状態のままため息が出た。


 ふと、今見た夢を思い出す。

 夢だけど、まるで現実のようにはっきりとした感覚があった。

 もしかして今のクレイの状況を、僕の夢を通して覗き見ることができたんじゃないかな。

 心に集中してクレイの姿を確認する。

 やっぱり小さな緑色の宝石の中にいる。ピクリともしない。

 だけど、もしも()()が現実ならば……。


 僕はベッドから身を起こして床に足を下ろす。

 窓の外は炭で塗りつぶしたかのように真っ暗だ。

 部屋の中を見渡すと、暗い隅っこにしゃがみ込んでいるデュラの姿が見えた。

 僕が気絶している間はずっとそこに居たんだ。心の様子を伺うに休眠中みたい。

 モンスターとはいえ惚れた女の子に寝床も与えずに呑気に寝ていたとは、ほんとだらしないな僕。


 僕は心の感情を無にして気配を完全に消す。

 そして、ベッドから立ち上がると音を一切たてずにデュラに布団をかけた。

 動かすと起きちゃうかもしれないからね。静かに、慎重に。


 僕はそのまま廊下に出る。

 そして、気配を消したまま目的の部屋に勝手に侵入し、部屋の主の顔を拝む。

 この人、寝ている姿勢がいいな。

 姿勢を正して両手を前に組んで、まるで死人のように寝息を全くたてずに寝ている。

 ……死んでる?いや、動きが全然ないけれど僅かに呼吸で胸部が緩やかに上下している。

 ちゃんと生きてる。心臓に悪いなこの人。

 僕は彼の枕元まで行くと普通に喋る時と同じくらいの音量で話しかける。


「起きて」


 うぎゃあぁ!

 話しかけてからノータイムで目だけ開いて動いた!スキルも何も使ってないのに!怖っ!

 僕はつい飛び上がってしまった。


「まだ夜っすよー。どうしたんすか幸太郎くん」


 クジラさんは相手を確認すると普段通り感情をぐるぐる操作しながら軽快に話しかけてきた。

 寝ていたにしては寝起きが良すぎる。さっきまで感情も休眠状態だったのに。

 いつも『意識覚醒』を使われている仕返しをしようとしたんだけどな……。

 まあいいや。真目的はそれじゃないから。


「クレイが泣いてた。夢の中でだけど」


 クジラさんは感情の操作をやめてゆっくりと起き上がる。

 そして、歯がゆい表情で僕を見つめた。


「それを僕に伝えてどうしたいんっすか?封印を解く方法は勇者職に許しを貰う。それしかないっすよ」

「じゃあクジラさん。知り合いの勇者職の人を一から全部『人物探知(スキル)』で探して。一人くらいは生きているかもしれない」


 僕の無茶ぶりにクジラさんは呆れ果てながら、すぐにスキルを使ってくれた。


「探知不可、探知不可、探知不可。やっぱり死んでる。無駄っす」


 クジラさんはため息をつきながら首を鳴らした。

 僕は諦めない。

 真剣な感情をまっすぐ視線に乗せて、クジラさんに問いかける。


「じゃあ勇者になる条件に近い人はいる?」


 職業はその職業の習得条件を満たせば、対応した施設で許しを貰うことによって習得が可能となる。

 場所はギルドや付きたい職の工房、神官のいる神殿など。

 その職を極めた人か、神に職業変更の権利を貰った人が他の人に職を与えることができる。

 ギルドは下級職の就職の巻物を販売している。それを読めば誰でも簡単にパン屋を始められる。

 パン屋は一例で、他には冒険者とか鍛冶見習いとかもあるけれど。

 勇者になりたかったら基本的には神殿まで行かないとなれないね。


 それで、勇者になる条件と言えば以下の通り。

 一つ、国か世界を救ったことがある。

 二つ、ステータスの全体が指定された数値を越えている。

 三つ、巨悪な存在を打ち倒した実績がある。

 他にも上級職をいくつか極めるとか細かい条件があるけれど、大体はこんな感じ。

 後は神から突然渡される人も稀にいる。


 当然国や世界の危機っていうのは中々無いから、なろうと思って簡単になれる職ではない。

 だけど、最低でも上記の条件を満たしている人が居れば、後はその人の努力次第ですぐに勇者になれるかもしれない。


「その知り合いも死んでるっす。探知不可、探知不可……」


 念のため心当たりを一人ずつスキルで探してくれるクジラさん。

 だけど、スキルを使い終わると何も言わずに首を横に振った。

 僕は焦りながらクジラさんに問い詰める。


「じゃあせめて、封印を緩める方法は……」

「すいません。これ以上は無理っす。……何もできない自分に怒りが溜まる一方っす」


 クジラさんはそう言って自分にかかった布団を力いっぱいに握りしめた。

 何もない空間を睨みながら、怒りで絡まった感情を必死に解いている。

 この怒りはクジラさん自身だけではなく、僕にも向いている。

 そんな気がする。


 そうだよね。

 自分だってやりたくてもできないのに、無理やりやれって追い詰められたら嫌にもなるよね。

 クジラさんはクレイの実の親だ。

 僕と同じかそれ以上にクレイを助けたいに決まっている。


「ごめんね、クジラさん。こんな夜遅くに、どうにもならないのに」

「気にしないでくださいっす。アギラくんの足掻きたい気持ちは痛いほどわかるんで」


 クジラさんは感情を操作しながら、落ち込んだ僕に微笑みかける。

 そうでもしないとやっていけないと言わんばかりに。

 僕はクジラさんにおやすみの挨拶を告げて部屋を出た。

 クジラさんにもどうにもできない。

 じゃあ、他に誰がどうできるんだろう。


 僕は再び気配を消しながら別の部屋に侵入する。

 中に入るとベッドの上にはだらしなく寝相を崩したキャスヴァニアの姿があった。

 アルの部屋だったここは、キャスヴァニアの部屋としても機能するようになった。

 アルは部屋の隅の試練の箱の中。いっそこれが彼の部屋なのかもしれない。

 僕は試練の箱に近寄り、中にいるアルに触れた。

 ひんやりぷるぷるした感触を何度か揺らすと、中から静かにアルが滑り出てくる。

 時間帯とキャスヴァニアが眠っていることを考慮してか一言も喋らない。


『アル。ちょっと外で話そう』


 僕はアルに向かって言葉を念じると、アルは僕の腕の中にするんと入った。

 そのまま僕らは部屋を後にし、廊下を通って玄関の扉を開けた。


 外は暗い。だけど、今日は星明りが綺麗だ。

 辺りの雪が天からの僅かな光を反射して、キラキラと光っている。

 僕が家の近くに座れる場所が無いか探していると、アルが自然魔法で椅子型に植物を生やしてくれた。

 僕はお礼を言うとゆっくりと椅子に腰を掛ける。


 空気が冷たい。息が白い。


「アル。寒くはない?」

「はい、平気ですよ。寒さ耐性のスキルをクジラ様から頂いておりますので」


 まーたアルにスキル渡したのかあの人。

 僕は懲りないあの人に向かってデカいため息をついた。

 そして、そのまましばらく空を見上げる。


「私を外に連れ出したということは、他の皆さまには聞かれたくない話があるのですか」


 アルは僕の腕の中でぷよぷよと動きながら僕の要件を当てる。

 さっき、クジラさんに無茶を言ってしまったから、まだ僕が諦めていないことを聞かれたくないんだよね。

 これ以上苦しい思いをさせるのは嫌だから、わざわざ外にアルを連れ出した。


「アル。封印を解く方法はわからなくてもいいから、クレイとどうにか会話する方法はない?」


 僕はどうにかクレイを孤独から助けたい。

 親友のあんな姿を見てしまったら、意地でも救いたくなってしまうに決まっている。

 そのためなら僕は、誰の手だって借りる。

 アルは僕の問いに真剣に悩み、腕の中で黙り込む。


 すると、前にケインに『意識覚醒』のスキルを渡した時のように、アルの気配が僕の中に流れ込んでくる感覚を得た。

 しばらく、アルの気配が僕の中に滞在する。

 何をやっているのか気になって、僕は心の中に意識を集中した。




 なんだこれ。

 アルの魂を初めて見た。

 アルの魂はスライムではなく、人の姿をしている。

 だけど、変化で変わっているいつもの姿ではなく、不思議な恰好をした中性的な男性だ。

 頭には大きな白い角を生やし、耳は獣のような耳になっている。背中には大きな傷跡が二つ並んでいて、体中に重々しい鎖が巻き付いている。目は何かを憐れんでいるように垂れ下がっていて瞳が赤い。

 後は肌も髪もまつげも眉毛も全部真っ白。

 一体、なんでこんな姿をしているんだろう。


 そんなアルが、小さな宝石のようになったクレイに手を伸ばしている。

 けれど、何も変化は起きているように見えない。

 しばらくはそのままだったけれど、それから少ししてアルは悲し気な表情を浮かべながら僕の心の中から消えていった。


「申し訳ございません。私にもクレイ様の魂に触れることは出来ませんでした。意思の疎通は不可能のようです」


 アルは感情を哀色に染めて落ち込む。

 僕はアルが自分なりに思い当たる術を試してくれたことに感謝し、ぷよぷよとした体を優しく撫でた。

 僕は再び空を見上げる。


 ねぇ、この世界の神様。

 僕は貴方の存在なんて信じないと常日頃から考えている。

 何故なら貴方が真に存在するならば、どうしようもないろくでなしだろうからだ。

 だけど、もし僕の考えを改めさせたいのならば、クレイの封印を解除してあげてください。

 そうすれば、僕は貴方の存在を信じるし、ろくでなしと罵ったことを撤回します。

 だから、クレイを助けてあげて。

 あの子は寂しがりやなただの少年なんだ。




 僕らを冷たい空気が包む。

 容赦のない自然を乗せて、風が木々の枝を揺らす。

 返ってこない返事の代わりに、僕の願いの全てを否定するかのように辺りがぎゅっと寒くなる。

 そうか、じゃあこの世界に神なんていないよ。


「アギラ様!後ろです!」


 普段は感情を乗せずに喋るアルが、珍しく声を張った。

 僕は素早く前に出て、()()()()()()からの攻撃を躱す。

 気づいていなかったわけではない。

 迫ってくる音は聞こえていたし殺気も駄々洩れ。殺しの素人だ。

 僕は振り返ってその姿を目に移す。


 僕に封印攻撃を当てようとしていたのはローリアだった。

 僕への攻撃を外すと彼女は苦い顔をして転移魔法を準備する。

 すかさず僕は『空間転移無効』を発動する。

 ローリアは逃げられないと悟ると、顔色を悪くさせながら腰にある短剣を僕に向かって構えた。

 短剣は片手で持ち、もう片手で低度封印の術式を展開しながら僕との間合いを取っている。

 だけど、構え方も慣れている感じではないし、体勢もへっぴり腰だ。

 ローリアは戦闘経験が浅い。簡単に倒せる。


 だけど、僕は溢れ出そうな殺意をしっかり抑え込んで考える。

 彼女を殺したらだめだ。

 いくらトラブルメーカーで人の話を聞かない困ったちゃんでも、彼女は悪人ではない。

 クレイを封印したのだって本人が望んだからじゃない。

 僕が彼女をクレイの仇と言わんばかりに感情任せに殺すわけにはいかないんだ。


 ローリアは僕に言葉をかけずに詰め寄ってきた。


「待って。僕は君を殺すつもりはない」


 なるべく穏やかに話しかけながら彼女の無防備な突進攻撃を躱し、彼女の背後に回る。

 しかし、ローリアは全く聞く耳を持たず、ふらついた姿勢で僕に封印を施そうと手を伸ばしてくる。

 僕は素早く後ろに体を引いて、間違えても封印されないように十分な距離を保つ。

 このまま躱し続ければいつかローリアも疲労困憊で動けなくなるはず。

 だから、僕は彼女の気が済むまで暴れまわらせればいい。


「ローリア様。失礼いたします」


 だけど、アルはそんなまどろっこしい方法が嫌だったみたいだ。

 僕の腕からするんっと抜け出すと、アルはローリアに突っ込んで体を変化させる。

 ローリアはアルの突然の突進を避けることができず、激突と同時に拘束具の形に変化したアルに捕らえられてその場に転んだ。

 ローリアは必死にもがくけれど、両腕とも体の脇にぴったりと固定されていて抜け出すことは出来ない。

 ナイス、アル。これでだいぶ時間が短縮できた。


「ローリア。僕はもう人を殺さないし、傷つけるつもりもない。僕はもうあの頃の魔王じゃないんだ」


 僕はローリアの傍によると膝をつき、優しい表情で見下ろした。

 ローリアは僕と会話をする気が無いのか一言も発しない。


「君は人の話を聞かないし頭が固いって知っているよ。だから、僕のことは最悪信じないでいい」


 そう、彼女が僕のことをどう思っているかなんて今はどうでもいい。

 それよりも今の僕はよっぽど達成したい目標があるんだ。

 僕は感情を抑えながら、深呼吸をしてからローリアに問いかける。


「この体の子の封印を解きたい。方法はある?」


 ローリアは僕の発言を聞くなり狂った人を見るかのような目で僕を見る。

 嫌悪感に顔を曇らせ、理解しがたいと言いたげに僕を睨みつける。


「何が目的だ。その少年が目覚めたところでお前は再び少年の内に囚われ、外に干渉が出来なくなるだけのはず。お前が行いたいであろう事象は、全て今の状況の方が都合の良いのではないのか」


 彼女は僕とクレイの関係を全く知らない。

 だから、ローリアが理解するまで時間をかけて説明する必要がある。


「僕とクレイは親友だ。だから、僕はこの子と話せない今がとても辛い。そして、この子が置かれている状況を考えると胸が苦しい」

「何故人の子供などに心酔する必要がある。心無き魔王の言い訳にしては粗末だな」


 ローリアは挑発するような笑みを僕に向ける。

 僕は、自分の気持ちに偽りなく、わからずやの彼女にも伝わるように語り掛ける。


「僕は封印されて改心した。僕が封印されているせいで苦しんでいるこの子を、罪滅ぼしとして守ろうって決めたんだ。そして、共に過ごす内にこの子と僕の間には友情が芽生えた。今では欠かせない親友だ。だから、返してよ。僕の大事な親友なんだ」


 怒りで震えそうな声を落ち着かせて、僕はローリアに訴えかける。

 ローリアはまた理解不能という表情で僕を見上げている。

 やっぱり一筋縄じゃ行かない。

 何を言っても理解してくれないかもしれない。

 僕は彼女に対して訴えかける方角を変えた。


「じゃあ、君はクレイを封印したことに何の罪の意識も無いの?僕と間違えて一人の少年を封印したっていう事実に」


 僕は抑えていた怒りを僅かに漏らし、ローリアを責めるように問いかける。

 ローリアは僕から予想外の問いかけが来て、明らかな動揺を顔に出した。


「私は正しい行いをした。だが、その少年がお前を庇い、自ら封印されたのだ」

「じゃあクレイを封印したのは自分のせいじゃないって言うのか!!」


 自分勝手なこの女の発言に、僕の声は膨らんで弾けた。

 しまった、冷静にならないと。

 僕は胸を押さえて呼吸を整える。

 ダメだ。交渉相手を感情任せに怒鳴りつけて萎縮させてしまうなんて。

 でも、クレイをあんな闇に放り込んでおいて、平然としているこの女性が僕は大嫌いだ。

 許せない。

 だけど、抑えないと。


「何故、お前は少年を友と呼ぶ」


 ローリアは、単純な疑問を僕にぶつけてきた。

 散々説明してきたことを、今更聞き返す。

 だけど、僕は何よりも彼女に理解してほしい。

 だから、僕は何度でも彼女に説明する。


「僕が九年間の孤独から目覚めた時から、ずっと一緒に居てくれたからだよ」


 これは僕の本心だ。

 これでわからないなら、また別の言い方に変えて何度でも言ってやるさ。

 何度でも何度でも。

 このわからずやでもわかるように根気強く。


 ローリアの関心が移り変わったが見えた。

 素直な感情の動きだったから、十分に僕に伝わってきた。


「少年には申し訳ないことをしたと思っている。だから、私も彼に出来ることはしたいと望んでいる」


 それは僕の悪事を見抜くという使命から、クレイを封印してしまったことへの罪悪感への変化。

 ローリアは後ろめたい感情を浮かべながら、謝罪の念をクレイへ向けている。


「だが魔王。お前の悪事を見す見す逃すわけにもいかない。約束をしろ。少年を封印から解いたのならば、今度はお前が封印されると」


 僕は自分の耳を疑った。

 ローリアは僕に忌みの籠った言葉を向けながら、クレイの封印を解く可能性を提示した。

 クジラさんもアルも知らなかったのに、方法があるの?

 クレイをあの暗闇から助け出す方法が!


「わかった、約束する。絶対に破らない。だから早くクレイを助けてあげて」


 僕は逸る気持ちを抑えきれず、アルに拘束を解くように指示をする。

 アルは大人しくまあるい姿に戻って僕の手元に帰ってくる。

 ローリアは体についた雪を払いながらゆっくりと立ち上がった。

 そして、僕を軽快しながらも話を切り出す。


「まず封印とは、僅かな魔力で効率的な魂の拘束具を生み出し、相手を長期間封ずる手法のことだ。この拘束具は高度な術を用いればそれだけ頑丈に、且つ長期的に相手を封ずることが可能になる」


 ローリアは僕をまっすぐに視界に捉えたまま、微動だにせずに解説をする。

 僕はクレイのためならば長い説明になろうと構わない。

 最後まで聞こう。


「お前にもわかるだろう。内にある少年の魂は、小規模の結晶に覆われていて外に干渉することは出来ない。一方で、お前を取り囲む結晶は巨大。意識して見なければ覆われていることにすら気づかないだろう」


 僕は彼女に言われて内側に意識を集中してみる。

 確かにクレイは今、小さな緑の宝石のような物に囚われている。

 一方で僕の姿を確認してみる。

 客観的に確認してみると、黒い大きな宝石の中に僕がすっぽりと収まっている。

 僕の魂が動くと付いて来る。宝石になったクレイに触れようとするとすり抜けて触れられる。

 なるほど。これがいつもクレイの体を僕に使わせないように邪魔していたんだ。

 というか、前に見たことあるな。

 僕を取り囲む大きな壁。

 今はクレイが封印されているからこんなに縮んでいるのであって、本来はあのくらい大きな結晶なんだろうね。


「拘束具ならば壊してしまえば良い。と思うかもしれないが、そう簡単には行かない。封印を外部からの力で無理やり解こうとなど思えば、宝箱を中の宝ごと爆破魔法で壊すも同然。魂もただでは済まない」

「それじゃあ、僕の封印を解こうとクレイを殺したら僕も死ぬってこと?」

「無事ではないな。だが、魔王というほどの強力な力の持ち主だ。何が起こるかは私にもわからない」


 ローリアは僕の疑問に丁寧に答えてくれる。

 ちゃんと話が通じるとストレスフリーで助かる。


「しかしだ。壊すのが危険であるならば、綺麗に分解してしまえばいい話だ。複雑に組みあがった拘束具を、一つ一つネジを外し、組まれたパーツを外していけば良い。そうすることで、少年の魂を傷つけることなく少年を解放することができる」


 ローリアは間を十分に置いてから、それを可能にする方法を口にする。


「魔術『封印解除(シールドリジェクト)』。効果は低度封印された者の即時解放。この魔術は今まで限られた者のみに存在が言い伝えられ、厳重に秘匿されてきた危険な魔術だ。口の軽い者に存在が露出すれば、低度封印など無いに等しくなってしまう」


 ローリアは重要な情報を、惜しげもなく僕らに伝えた。

 僕は不可解に思いながら首を傾げつつもローリアに疑問を投げる。


「どうしてそんな危険なことをわざわざ魔王の僕に言っちゃうの?悪用しちゃうかもしれないのに」

「危険は承知だ。こうでもしないと少年を救えない。それに、少年を救い出したならば次こそお前を封印する。悪用をする隙すら与えるものか」


 ローリアは僕への警戒心を一切解かずに僕を挑発した。

 うーん、でも僕が本気を出したら君くらいお茶の子さいさいだよ。

 本当に僕が昔のままだったら悪手も悪手だよ。

 この人、実は相当なあほのこなのかもしれない。


 でも、方法があるなら何だっていい。


「じゃあ、その魔術の習得方法を教えて。意地でも手に入れて、すぐにクレイを助け出して見せる」

「わかった。しかし、簡単ではないぞ」


 ローリアは僕の覚悟を受け止め、『封印解除(シールドリジェクト)』の習得方法について語り始めた。


 『封印解除(シールドリジェクト)』は古代の人々が作った遺跡の奥に隠された祭壇に存在する。

 この魔術を習得する方法は簡単。

 遺跡に仕掛けられた試練を突破し、祭壇に供物を捧げて神へ祈ること。

 試練は基本的に脳筋仕様で謎解きは必要無いし、供物は果物でもお金でも何でも良いようだ。

 だけど、問題が一つ。


「『封印解除(シールドリジェクト)』は神に許された者にしか習得できない魔術。試練に打ち勝ててもその者が得るとは限らない。真に少年を救いたければ、習得できる可能性を増やすために大勢を連れて行った方が良いだろう」


 とのこと。

 大勢、大勢か……。

 となると、知り合いで連れていける人は全員連れて行った方がいいね。

 今家にいるみんなには確定でついてきてもらおう。きっと断ることはないだろうし。

 問題はその他。

 村長はお年だし、アスレイナは若すぎる。

 知り合ったばっかりのメノウとディルはまだ付き合いが浅いし、秘匿されているものを教えるのは危険かな。

 となると、ケインしかいないか。

 いけるのかなぁ。連れていっても行かなくても同じような気もする。

 というかケインはただの兵士だしなぁ。とても魔術を習得するような人物じゃないよ。


 でも背に腹は代えられない。

 クレイのためだったら飛んで付いてきてくれそうだし、朝が来たらお願いに行こう。


「もちろん私もついて行こう。信仰する神が違うため習得の望みは薄いが、少年が解放されたならお前をすぐに封印する役目がある」

「うん、それでも十分だよ。助かる」


 僕がローリアの同行に礼を言うと、やっぱり不可解と言いたげに僕を見る。

 そろそろ僕とクレイの友情だけでも信じてくれない?

 僕の人格を勘違いされるよりもイライラする。


 でも、それよりも今は重要な情報を手に入れられたことを喜ぼう。

 クレイが助けられるかもしれない。

 可能性が低くても、その事実さえあれば頑張れる。

 このメンバーでダメだったらまた新しく人を連れて来てでも試してやる。


 僕らがこんなやり取りをしていると、いつの間にか地平線の向こうがうっすらと赤くなってきていた。

 待っててねクレイ。

 もうすぐその暗闇を照らしてそこから出してあげるから。

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