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031 魔王殺しの才能

 魔王アギラディオス、バグる。


 かつて僕が有能な道具として散々こき使っていたモンスター。

 その子が今、とても魅力的に見える。

 無い表情の代わりに出てくる、手と体全体を使った感情表現。かわいい。

 天然気味な柔らかくて掴みどころのない、ふわふわしている笑い方。かわいい。

 何にでも新鮮に捉えて、まっすぐに観察して楽しんでいる姿勢。かわいい。

 鎧姿で何の色気も感じなかった体も、よく見ると女性らしい細さのある繊細な体つきをしている。かわいい。


 そして、僕を好いてくれているという発言。爆発しそうだ。何かが。


『グランさん、大丈夫?』

「う、うん。大丈夫だよ?も、問題ないよ?平気平気!」


 こんな気分で買い物を続けていられるはずもなく、僕はデュラを連れて町の外まで来ていた。

 気づけば夕方。そろそろ帰らないといけない時刻でもある。

 デュラは僕の隣を歩きながら体を傾けて僕の様子を伺っている。

 すると、デュラの兜が首から取れて落ちてしまった。

 今までうまくハマっていたのがここに来て緩くなっていたみたいだ。

 僕は兜を拾って付け直してあげようとしたけれど、途中で無意識に伸ばした手が止まった。


 なんでだろうって思ったけれど、同じく手を伸ばして兜を拾い上げるデュラを見て気づいた。

 あのまま行くと僕の手は間違いなくデュラの手と触れ合い、深刻なエラーが発生したかのように固まる危険性があった。

 漫画で主人公がヒロインと同じ本を手に取ろうとして「あっ」ってなる奴じゃん。

 二人とも恋愛のれの字を感じ取って照れてしまうシーンじゃん。

 やめてよね。これ以上僕が少女漫画みたいな経験したら脳内が全部悲鳴で埋まるよ。

 今ですら叫びたい気持ちを我慢してデュラと一緒にいるんだからさ。


『頭取れちゃうの大変。何かいい方法無いかな』


 デュラは首に兜をはめながら悩んでいる。

 恋愛感情くん、一旦そこ退いてね。デュラのために一緒に解決策を考えてあげたいから。

 僕は感情を操作して一旦気を落ち着かせようとする。


 がっ、ダメ!いつまでも心の片隅に居座るラブ!邪魔!

 ほんとに厄介な呪いだな!

 やめてよ!彼女いない歴千年の魔王にはクリティカルヒットだよ!

 仕方がないからなるべく無視する方向にした。

 うう、時折好きが見え隠れしてくる。落ち着かない。


「えっと、デュラの場合は鎧の首のあたりに固定用の金具を付けるのをおススメしようかな?」

『わかった!せっかくだから金具を付ける時に鎧を一新したいな。グランさんが良ければだけれど』


 デュラは長年で溜まった鎧の傷を指先でなぞりながら一つ一つ確認する。

 クジラさんから貰ったお小遣いは十分だから全然いいんだけれど、今日はもう帰らないといけないからまた今度だ。


 そういえば気づいたけれどデュラには偽名で呼ばせっぱなしだったね。

 デュラに今までは町中に居たということで偽名を使っていた旨と町以外では本名で呼んでいいことを伝えた。


『わかった、アギラディオスさん。はふふ、実はちゃんとした名前で呼びたくてずっと抑えてた。呼べて嬉しいな、アギラディオスさん』




 僕は胸を撃ち抜かれた。

 きつい。

 何がきついって、胸が高握力で握りつぶされそうになっているかって思うくらいに苦しいから。

 ねぇ、どこからそんな殺し文句が出てくるの?

 天然物?せめて人口物でお願い。少しでも被害を減らしたい。

 デュラは僕の横で手を組んで何度も名前を呼んで反芻している。

 やめて、耳がこそばい。脳が麻痺する。

 今、僕のステータスを自己鑑定したら大量のバッドステータスが付いている気がする。


 永遠にこの調子なんじゃないかってくらいにこの調子。

 彼女の一挙一動に悶え苦しむ僕。

 ヘサエイラー!ちょっとこっち来てー!恋忘の呪いをかけてー!

 耐えられないよ!耐えられないよー!


『さっきからアギラディオスさんおかしいね。どうしたの?』


 ひぃぃ、聞かないで!僕が一番聞きたい!

 この感情はどうやったら消せるんだ!

 必死に逆の感情を探しているけれど好きの反対は無関心って言ったの誰!

 全然打ち消せないんだけど!

 やっぱり好意の反対は嫌悪なのかな……打ち消せ……打ち消せ……。


 お、引いてきた!僕の感情はようやく平常心へと向かい始めた。

 はぁ、短いようでめちゃくちゃ長く感じる戦いだった。

 もう一生分の恋愛感情を使った気がする。

 とりあえず不思議そうにこちらを窺っているデュラに返事を返さないとかわいそうだ。

 僕は笑顔を作るとデュラに向き合う。


「ちょっと心の整理をね。最近はいろいろあったから」

『そうか。もう終わったの?』

「うん、もう平気。気にしないでいいよ」

『はーい』


 平常心だと思っていたのに好意がじわじわと込み上げてくる。

 僕は浮き上がる好意を片っ端からもぐらたたきの要領で静めていく。

 さてと、そろそろいい加減に帰ろうかな。


「これから僕らの家に帰るけれど、デュラもおいでよ」

『ほわわ、おうち。いいね。私も行きたいな』


 デュラは両手を胸の前に持っていって期待の感情を膨らませている。

 僕はデュラの返事を聞くとデュラが効果範囲内に入るように立ってから転移魔法を使った。

 ここからクレイの家までは数秒ほどかかる程度だから、デュラの体にも負担はかからない。

 転移が終わるとクレイの部屋の中に到着した。

 

『ほわー、これがおうちの中。んふふ、面白い』


 デュラは到着次第クレイの部屋の中を見て回る。

 五感を使って楽しんでいるのかな?クレイには悪いけれど勝手に探索させてあげることにした。

 しばらくして廊下から足音が響いてくる。


「えーっと、おかえりっすっけど、何連れてきたんっすか?」


 デュラの気配を察知してクジラさんが部屋の扉を開けて顔を出してきた。

 デュラは僕以外に人が住んでいるとは思ってなかったのか両手を上げて驚いた。


『わわわ、アギラディ、じゃなくてグランさん?この人は?』

「この人は僕が封印されている先の子供のお父さん。カナト・ドルトムントさん。僕はクジラさんって呼んでいる。あと、この家でも僕の本名で呼んでいいよ」


 僕がクジラさんをデュラに紹介すると、デュラはクジラさんに近づいて行ってよく観察する。

 クジラさんは部屋の中に入るとデュラをつま先から兜の先まで眺める。


「首無し騎士、っすか。どこでこんな子見つけてきたんっすか?」


 クジラさんはデュラのことを鑑定したのか、正体を見抜いて僕に問いかけてきた。

 正体を見破られて困惑するデュラを落ち着かせながら、僕はクジラさんに事の経緯を説明する。

 魔王軍の漏れがいましたよって。

 でも危険性が無いこともちゃんと説明しておいた。


「ふむ、害がならいいんっすっけど、アギラディオス的にはどうなんっすか?この子」


 どどどどどうって、好意を見抜かれてる!?

 僕の心拍音は一気に早くなった。抑えないと。


「いや、えっと、普通にいい子だと思っているし、これからも仲良くしたいなとかは思っているかな?」


 僕は激しく身振り手振りをしながら無難な返事を返したけれど、クジラさんは呆れた様子で続けた。


「そうじゃなくて、その子は命令されていたとはいえ、平気で人を殺せる子っすよ?今まで命を奪ってきたことになんとも思わないんっすか?」


 あっ、そう、か。

 僕は彼女が彼女自身の感性で物事を選択できることばかりに気を向けていた。

 だけど、彼女にも罪があったんだった。

 僕の道具として人を殺害することに喜びを感じ、嬉々として悪事を働いていた罪が。


 僕はそのことを忘れて彼女の言動に愛おしさを感じて、ふらふらと今日一日を過ごしていた。

 別に過去の罪を忘れたわけではないけれど、自分の罪の償いのことばかり考えていた。

 一日を遊んで潰す中で困っている人が居たら助けられればいいかなって。

 一方でこの子の罪を見てあげていなかった。

 デュラもちゃんと楽しめているか、自分の意思で行動できているのかばかり考えていた。


 デュラはクジラさんの言葉を聞いて頭を押さえながら体を傾けている。

 僕は彼女のご主人様らしく、ちゃんと答えなければいけない。


「この子にも僕同様の罪がある。だから、ちゃんと償わせるべきだと思った。クジラさんに言われるまで忘れていたけどね」


 クジラさんは僕の意見が聞くとデュラの兜を外した。

 デュラはされるがままに兜を取られる。

 そして、クジラさんはいつもの態度を捨てて真剣な顔つきでデュラに問いかけた。


「首無し騎士ちゃん。君は今まで殺人を犯したことについてはどう思っているっすか?」

『アギラディオスさんの役に立てて幸せだった!』


 元気いっぱいに答えてしまうデュラ。

 人を殺して手に入れたこの幸福の感情に嘘偽りはない。

 僕は思わず片手で顔を覆った。

 だけど、クジラさんは子供に語り掛けるような優しい声で続ける。


「じゃあ、アギラディオス抜きで考えてほしいっす。君は人をたくさん殺しました。どう思ってるっすか?」


 デュラは小さく鳴いて、両手の指先を合わせて体を揺らしながら黙り込む。

 考え事をしているみたいだ。言葉にならない小さな声がたびたび聞こえてくる。


 悩む時間が長い。

 デュラにとっては今までに人の命についてなんて考えたことが無かった問題なんだろうか。

 僕のお願いであればなんでも実行し、僕からの褒美の言葉も受け取らずに喜んだ。

 今までそれで十分だったのに、ここに来て命の重みについて問われた。

 自分のやってきたことを思い返して、自分の感性に当てはめて悩んでいるんだろうか。


 しばらくすると、デュラは唸りながら腕を組んだ。


『あのね、これを言ったらアギラディオスさんは怒るかな。だけど、私は人を殺すこと自体は嫌い。だって、無くなっちゃうから』


 デュラはいつもと態度を変えずに、純粋に考えた気持ちをまっすぐに僕らに伝えてくれた。


『町を歩いていて思ったの。いろんな人が居た。その人たちは生きているのは一緒だけど、形や性格が全部同じって人はいなかった。その人たちを観察するのは面白かった』


 デュラは窓に体を向けると歩んでいく。

 ちょうど沈んでいく夕陽を見ながら、心に綺麗とは言い難い色を浮かべている。


『殺したら動かなくなっちゃう。寂しい、っていうのかな?昔殺した人たちの姿を思い出してそんな気持ちになった。だから、私は人を殺すのは嫌だな。昔のアギラディオスさんの意思に背くことになっちゃうけれど』


 暗くなっていく景色を見ながら、心の色も暗くするデュラ。

 実に素直な子だ。僕が怒るかもしれないと考えておきながら自分の思った通りのことを言う。

 でも、その感情があるのなら彼女はただの生物じゃなくて、人として生きられるかもしれない。

 僕はデュラの傍に近づいて、彼女の率直な意見を聞くことにした。


「デュラ。人を傷つける、殺すことは悪いことだ。僕は今まで散々その悪事を働いてきて、それを君に手伝わせてきた。僕らは世界中から嫌われるべき存在。君は、それについてどう思う?」


 デュラは再び黙り込んだ。

 窓に体を向けたまま、体を動かすことなくじっとしている。


『人に好かれたい』


 デュラから発せられた微力な魔力は、震えた音になって僕らに届いた。

 デュラは僕に向き直って、姿勢を正す。


『だけど、私は嫌われている。でも、私は町の人たちが楽しそうに暮らしているのを見て、混ざりたいと思った。だけど、私は嫌われている。でも、私は人に好かれて、共に楽しい時を共有したい』


 少し早口で、後悔と望みの言葉を繰り返す。

 デュラは一拍置いて震える言葉を感情を込めて言い放つ。


『私、人に嫌われるのは嫌だよ!人を殺すのも嫌だよ!ねぇ、魔王様!私どうしちゃったの!?なんで怪我をしていないのに苦しいの!?いきなり、今までこんなことなかったのに!』


 デュラは自分の感情に正直になり過ぎて、全身に割れそうなほど力を込める。

 自分の意思を考えたことがなかった彼女は、今日を通して自分の感性という物を学んでしまった。

 その結果、今まで考えもしなかった事象にそれぞれ感情を当てはめて、今までの価値観が狂い始めた。

 魔王の命令が全てだったはずなのに、他の重さを知ってしまった。


 彼女の感性は目まぐるしく成長をする。

 今、彼女の感情は突然生まれた命の価値観に追いつけずに混沌としている。

 困惑を隠しきれない彼女は、その場にしゃがむと両腕で自分の体を抱える。


『どうしちゃったの、私。私は私が嫌いになっていく。魔王様のことも嫌いになっていく。どうしちゃったの。どうしたらいいの』


 苦しむ彼女を見て、僕の胸も締め付けられる。

 だけど、彼女はこの単純な答弁を通して、自分の力で限りなく人に近づいた倫理観を得た。

 彼女ならば問題はない。

 自らの行った行動に深く傷ついているのなら、犯した罪を償う気持ちを持てるはずだ。


「デュラ。僕と一緒に来て。今度は悪のためではなく、善のために行動をしよう。困っている人を助け、少しずつ罪を償っていこう。世界を滅ぼしかけた罪はそれでも簡単には消えないけれど、僕たちは罪を償わなければいけない。それが義務だよ」


 僕はデュラに手を伸ばした。

 デュラは僕の手を取ろうとしない。

 心の中には困惑の色が見える。その色は少しずつ落ち着いていってはいるみたいだ。

 僕は、彼女の選択をじっくりと待った。


 そして、デュラは僕の手を取らずに立ち上がった。


『アギラディオスさんとは行かない』


 デュラは、混ざり気の無い心を僕に見せた。


『あなたの指図で大勢の命を奪った。けれど、私の罪は私の罪。だから、アギラディオスさんにはアギラディオスさんの罪がある。一緒くたにして共に償うのは違うと思った。だから、私は私で頑張る』


 彼女がただのプログラムされた機械かもしれないと思ったことが遠い日の出来事のようだ。

 デュラは僕と再会して半日もしないうちに、自分の過ちに気付いてそれを自分の力だけで償う姿勢を見せた。

 この子は常にふわふわした幸福感を漂わせて、不思議な笑い声をあげるだけのかわいいただの女の子なんかじゃない。

 首無し騎士というモンスターに生まれたのが勿体ないくらいの出来た子だ。

 きっと、この子ならばこの先一人でも生きていける。


 寂しいけれど、僕はデュラに微笑みながら手を引いた。


「フラれちゃったっすねぇ~」


 クジラさんが口をむにゅむにゅとふざけた形に曲げて笑顔を作っている。

 こ、この人。僕の気持ちも理解せずにふざけないでよ。

 確かにさっき、デュラは僕を嫌いになっていくと言ったし、僕と一緒に行かない宣言もされた。

 だけど、まだ面と向かい合ってごめんなさいを言われたわけじゃない。

 まだ望みはあるからな。

 というか、やっぱり僕のデュラへの好意に気付いていたのかこの人。

 あんまり僕のことを馬鹿にするとクジラさんの手首を一回転させるよ。縦軸に。


『ふられた?雨は降ってないよ』


 デュラが窓を開けて外に手を出しながら確認する。

 そういう天然発言やめてくれないかな。僕が感情抑えるのに必死になるから。


 ってクジラさんが何か言いそうな気配がする!

 僕はクジラさんの口をわしづかむと廊下に飛び出た。

 そして壁にクジラさんを押さえつけて全力で睨みつけた。


「いい?間違っても彼女に僕の気持ちは言わないで」

「いやだなー、言わないっすよー。他人の恋に口出し厳禁っすっからー」


 僕の怒りの形相から目をそらしてとぼけるクジラさん。

 僕は掴む箇所を胸倉に変更して脅す。


「さっきフラれたって言ったのはあんたでしょうが。合計千年生きて初めての感情なんだよ。ほんとに勘弁して。その髭むしるよ」

「僕は別に本心で馬鹿にしたわけじゃないっすよー。ってか、本気で恋してんっすか。あの首無し騎士に」


 クジラさんはふざけた感情からいきなり素ッとなった。

 あれ?もしかして気づいてなかった?本当に?

 僕が勝手に墓穴掘っただけ?


「……返事が無いってことは図星っすか。ごめんなさいっす……」


 クジラさんは感情操作もせずに心の底から謝る。

 僕は胸倉から手を離すとクジラさんから離れる。


「ご、ごめん。僕のデュラへの気持ちに気付いていたと思ってた……」

「い、いや、そういう片鱗は確かに見えてたっすっけど、まさかなーって思ってて……あはは……」




 この廊下寒いな。

 とても気まずくなった。

 自分から他人への好意を第三者に見抜かれたと勘違い。

 そしてその第三者を引きずり出して脅してしまった。


 今日の僕はおかしいな。恋でバグってるせいかな。

 デュラのことになるとまともな思考が持てなくなっている気がする。

 これが恋かー。怖いなー。

 勘弁してよマジで。


「えっと、本気で恋してるなら応援してるっす。こういうのは積み重ねっすっから頑張ってくださいっす」

「ありがとう。ごめんね……」


 クジラさんは落ち込んだ僕の肩にそっと手を乗せて背中を押してくれた。

 勘違いで脅したのを非常に後悔している。


「じゃあ、デュラに何を言おうとしていたの?」

「いや、二人がそれぞれの道を行くなら頑張ってくださいって」


 ただのいい人じゃん。クジラさんは最初からいい人だけどさ。

 もう、僕は穴に埋まりたい。穴があったら入って泣きたい。


『二人ともどうしたの?』


 ぎゃあ!いきなり出てこないでびっくりした!

 急に出ていった僕らを心配してデュラが部屋から出てきた。


「いや、なんでもないっすよー」

『そうなの?』


 クジラさんはとぼけた様子でデュラに微笑みかける。

 デュラは何も気づいていないようできょとんとしている。

 僕らはいつまでもここにいるのも変だから、生活スペースに移動した。

 そして、きちんと席に着くと話の続きをする。


「デュラちゃんがやった規模を考えると、人から許しを貰うのはとても骨が折れるっす。時間ももちろんかかるっす。頑張ってくださいねー」

『うん。頑張るね。でも何をしようかな?』


 デュラはクジラさんに返してもらった兜を頭にはめながら考える。

 僕も一緒になって考えてみる。


「アーデンモルゲンの町に住んで、ギルドの依頼を片っ端からこなしていくとかどうかな?目に見えて困っている人たちに協力ができるよ。あの町ならここから近いから、僕らともよく会えるし」


 ちょっと私欲が混ざっているけれど、僕は真剣に考えた内容を提案してみた。

 デュラは変な鳴き声を上げながら僕の提案に感動しているように見えた。


「いいっすね。そんじゃ僕がついて行って町のお偉いさんに事情を説明してあげるっす。それで家も買ってあげるんでそこにに住むといいっすよー」


 クジラさんは人差し指を軽快に振りながら軽く言ってのける。

 家をそんな感覚で買えるのはお金持ちの証拠だ。ブルジョアだなぁ。


『おろろ、でもおうちってお金がいっぱいかかりそう。いいの?』

「大丈夫っすー!申し訳なく思うのならギルドの依頼達成料から少しずつ返して貰ってもいいんで!」

『うん、それならそうしよう。お願いだね』


 クジラさんと簡単な口約束をして、張り切るデュラ。かわいい。

 さて、決めることも決めたようだし、そろそろ晩御飯が食べたいかな。


「クジラさん。今日の晩御飯なーに?」

「チャーハンモドキでも作ろうと思うっす。というか、ずっと気になってたんっすっけど、いつまで魔王バージョンでいる気っすか?」

「あ、忘れてた」


 言われて気づいたので僕は幻影魔法を解く。

 デュラが幻影魔法の解けた僕を見て奇妙な鳴き声を上げる。


『アギラディオスさん、今は小さいんだね』

「うん。だけど本当の体じゃなくて、僕はこの子の体に封印されているだけ。今のこの体の本当の持ち主は他の人に封印されてしまって眠っているから僕が表に出られているんだ」

『封印の封印の……?』

「あはは、なんだか面倒な話だけど、先に封印されていて緩くなっている僕の魂の方が体の主導権を優先的に貰っているというか……」


 デュラは封印について納得がいくまで僕に質問をした。

 僕もデュラがわかるまでしっかりと説明をする。

 クジラさんはそんな僕らの様子を横目に晩御飯の準備を始めた。


「ただいま!あれ?お客さん?」


 しばらくすると村のお手伝いが終わったキャスヴァニアが帰ってきた。

 キャスヴァニアはデュラを見つけると傍に寄って行って挨拶をする。

 デュラも戸惑いながらもしっかりと挨拶を交わす。


「失礼します。いつ出てきたら良いものかわからず、様子を伺っておりました」


 キャスヴァニアに続けてアルも自分の部屋から出てきた。

 スライム姿で出てきたから、デュラはアルの登場にかなり驚いているみたいだ。

 両手を小さく上げていて、どうしたらよいか迷っている。

 僕はアルが僕らの家族の一員だということをデュラに説明すると、デュラは安心した様子で納得した。


「重ね重ね失礼いたしました。同じモンスターなので平気かと」

『ううん。私はいいけれど、ここの人たちが危険かなって思っちゃった。家族なら問題ないね』


 僕らは席に着くとデュラに改めて自己紹介を始める。

 みんなが順番に自己紹介を終えると、最後にデュラが自分についてしっかりと説明をした。


『元魔王軍のデュラ。驚くかもしれないけれど首無し騎士のモンスター。だけど、人は襲わないよ。よろしくね』

「首無し?兜を被っているのに?」

『これを外すと頭が無いんだよ。見る?』

「見たーい!」


 キャスヴァニアは初めて会った首無し騎士に興味深々の様子だ。

 ねぇ。首が無いのって普通にグロいと思うんだけど大丈夫なのかな?

 と思っていたら全然平気だったようで、兜を取ったデュラの首を覗き込んでキャスヴァニアははしゃいでいた。

 流石は元盗賊というか。グロ耐性があるんだろうね。


「ほいほーい。ご飯できたっすよー!デュラちゃんは食べないと思うんで用意しなかったっすっけど、いいっすか?」


 クジラさんは僕らが自己紹介ではしゃいでいるうちに食事を作り終えていた。

 机の上に並べながらデュラに問いかけると、デュラはまんざらでもなさそうに答える。


『いいよ。私はアギラディオスさんの分を観察するから』

「え、僕限定?」


 何故かご指名されてしまった。

 やっぱり付き合いが長いから遠慮が要らなくていいのかな?

 だけど別に減るものじゃないから他の人の分を感じ取ってもいいと思うんだけど。


『んふふ。やっぱりアギラディオスさんのことが好きだから』




 ああああああああああああああああ!

 なんでそん、そんな!なんでそんな風に僕、僕のことを軽々しく好きって言うかな!?

 やばい、今の僕は完全に気持ち悪い!

 自分のことを客観的に見たくない!絶対に顔がにやけてた!

 クレイの顔だからまだかわいいけれど、アギラディオスの顔だったら絶対にきも怖かった!

 僕の気持ちも知らないで、好きとか言わないで!


「おや、アギラ様もデュラ様のことがお好きなのですね」


 おいスライム!おい!そこのまあるいぷよぷよ!

 せっかくクジラさんには黙ってもらうように言っていたのに!

 おい!おい!おい!

 うわぁ!デュラがこっちを見ている気がする!

 なんだかよくわからない感情を僕に向けて見ている気がする!

 頭が無いのにわかる!僕の事見てる!


「い、いや!普通に友達としての好意だよ?ね?ね?」


 必死過ぎて気持ち悪いのがわかる。

 もうだめだ。デュラに変だと思われてる。

 最悪だ。死にたい。死ねないか。不死だし。


『んふふ。アギラディオスさん、顔真っ赤。私も好きだよ』


 ――――


 魔王アギラディオスはフリーズした。

 アルステムはカナトに叱られ、キャスヴァニアとデュラは慌てふためきながら二人でアギラディオスの意識を確認している。


『ご、ごめんね?どうしよう。でも、やっぱりアギラディオスさんのことは嫌いになれなくて。ほんとに好きなの』


 デュラの無意識の発言が追い打ちをかけた。

 状態異常耐性を持つアギラディオスでさえも防げない精神攻撃は、アギラディオスの意識を深い闇へと葬った。

 武力を使わずに魔王を殺したモンスター誕生の瞬間だった。

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