表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/46

030 操作のいらないロボット

 僕には選択肢が二つあった。

 目の前に迫ってくる首無し騎士に対して、一つは容赦なく拳を振りかぶって殴り抜くこと。

 もう一つは相手が僕に向けている親愛の感情を信じて受け入れること。


 僕は後者を選んだ。

 理由はこの首無し騎士は魔王である僕に用がある可能性があるから。

 モンスターは魔王という存在を嫌でも理解する。

 この首無し騎士が親し気に走ってくるならば、ほぼ間違いなく僕目当てだ。


 結果、首無し騎士は僕に抱き着いてきた。

 しかし、現在の僕は幻影魔術で実際の当たり判定が大きくズレている。

 周りから見れば今の僕の姿は長身のいかつい男だけど、実際はクレイという十歳の美少年の姿だ。

 当然、この首無し騎士は見えている長身に合わせた抱擁をしようとしたので、僕の頭の上の何もないところを抱きしめる。

 そして、そのままバランスを崩してよろける。

 僕は慌てて横に退く。

 はい、転ぶ。


「お、おお!?何かわからないがチャンスだぜ!」


 ディルが転んだ首無し騎士に向かって短剣を投げる構えをした。

 メノウも光魔法を構えた。


「待って!なんかこのモンスター、様子がおかしいよ!」


 僕は慌てて二人を止めた。


「このモンスターからは敵意を感じない。何か事情があるなら話を聞いた方がいいと思う」

「え、話を聞くと言っても……モンスターの言葉なんてわかりませんよ?そもそも、首無し騎士って喋れるんですか?」


 二人は半信半疑ながら攻撃するのをやめてくれた。

 首無し騎士も地面から体を起こしたけれど、二人に攻撃をすることなく様子を伺っている。

 よし、じゃあ僕のスキル『魔物会話』の出番だ。

 僕は首無し騎士に向き合うとスキルを使用する。


「えーっと、僕の言葉が通じる?」

『魔王様!ああ、魔王様!魔王様!』


 うわぁ、熱烈歓迎。

 首無し騎士は両手を上げて魔王を歓迎している。

 人語を『能力共有(スキルシェア)』して皆と話せるほうにしなくてよかった。

 首無し騎士は僕のことを何度も呼びながら、手を組んで体を左右に振って幸せを振りまいている。


『お久しぶりです魔王様!魔王様にお会いできて光栄です!また魔王様に会えるとは思ってもいませんでした!ああ、魔王様!魔王様!』


 えーっと、会ったことあるんだね。

 ちょっと記憶を遡ってこの子の姿を探してみる。


 思い出した。

 この子は僕が女性兵士の死体から死霊魔術で生み出した首無し騎士だ。

 とある国の軍事基地にいる人間兵を、面白半分に全部首を切断してまとめて首無し騎士にしたんだった。

 それで僕への忠誠心があって、戦闘能力が一番高い個体を探すために殺し合わせた時の生き残りだ。


 この子はガチで強い。

 そして僕への忠誠心が凄まじい。

 ちょっとそこの町の領主を誘拐してきてって命令したら、屋敷にいる領主以外を一人で皆殺しにして領主を攫ってきた実績がある。

 一度も逆らったことが無いし、常に幸せそうに働いていたっけ。

 強いから魔王軍に入れて、人類殲滅宣言した時もこき使ったなぁ。


 ちょっとクジラさん!魔王軍の生き残りがいるよ!全部倒したんじゃないの!?

 僕が蒔いた種だけども、ちゃんと最後まで始末しておいて!危ないから!


 って心の中で吠えたものの、この子の場合は大丈夫かな?

 僕が人を殺すなって命令したら、きっと命令が解除されるまで殺すことは無い、はず。

 よしよし、じゃあ問題ないね。


「嬉しいのはいいんだけど、まず最初に一つ言わせてね?」

『はい!なんでもお申し付けください!』


 即座に姿勢を正したこの子に忠犬のしっぽと耳が見える。

 耳に至っては付く頭が存在しないから、空中にふわふわと浮いているのが見える。


「人を殺さないって約束してくれる?」

『もちろんです!』


 うんうん、良い返事だね。

 本人も全く不満がる様子を見せない。


「あ、あのう、そのモンスターが何を言っているのかわかるんですか?」


 僕と首無しちゃんの会話にメノウが不思議そうに顔を出してきた。


「うん、わかるよ。ちょっと待っててね、もうすぐに二人にも理解できるようにするから」


 僕はそういうと首無しちゃんに近寄ってこっそり耳打ちした。

 耳?聞こえる場所がわからないからとりあえず首のあたりでいいかな?


「魔王様呼びはやめて、ここではグランって呼んでね。そしたら君に人語の教養スキルをあげるから」

『え、あ、はい!まお、グラン様!』

「様も無しね」

『はい!ま、グランさん!』


 はきはきと返事をしてくれるけれど、言い間違えている所に不安が残る。

 彼女を信じて僕は『能力共有(スキルシェア)』で教養スキルの人語を渡す。


「よし、通じるかな?首無し騎士、人語で挨拶してみて」

『ほえ。こ、こんにちは?』


 首無し騎士は体を傾けながら挨拶をした。

 僕の後ろの二人はその様子に驚き、ディルは興味津々で寄ってきた。


「すげぇ!頭の中に響くような声が聞こえてくる!」

『わわわ、人の言葉がわかる!私は幸せです、ま、グランさ、ん!』


 危うい。

 魔物と人類の異種族交流に感動する二人だけれど、僕は首無しちゃんが言いきらないかハラハラしているよ。

 一方メノウは少し怖がっているみたいだ。


「あ、あの、このモンスターは本当に大丈夫なんでしょうか?こちらの隙を伺っているとか」

『しないよー。私はま、グランさ、んの忠実なるしもべだからー』


 あっちゃー。そういうことも言わないで欲しかった。

 メノウとディルは僕のことをジトっと見てくる。

 ちょっと言い訳に困っちゃうな。

 否定してもいいんだけど、このあとの首無しちゃんとの会話にズレが出来て疑われそうだからこのまま肯定する方で話を進めたい。

 しかし、肯定してしまうと僕がこの子を生み出すために死霊魔術を使ったと発覚するわけで。

 死霊魔術自体はこの国では禁止されているわけじゃないんだけど、それを使う人って大抵ろくでなし扱いされる。

 ここでは僕のアドリブ力が試されているようだ。

 頑張って乗り切ろう。


「実はこの子は僕の作り出した首無し騎士、なんだよね……」


 二人の目が予想通りゴミを見る目に変わった。

 待ってね。まだ途中だから。


「僕は生前の彼女を愛していたんだ。だけどある日、彼女が無実の罪で捕らえられ、冤罪で斬首刑に処されてしまった。僕は彼女のことが忘れられず、死体を取り戻して死霊魔術を研究し、モンスターでもいいから傍に置こうとしたんだ」


 心の感情を青に染めて、僕はまるで事実のように嘘を熱弁する。

 二人は思わず僕の話に聞き入る。計画通り。

 首無しちゃんはキョトンとしている。

 お願いだから否定しないでね。


「だけど、死霊魔術で蘇ったのは僕の彼女じゃなかった。生前の記憶のないただのモンスターだった。それでもいいから傍に居たかったのに、彼女はモンスターだからと人々から町を追い出されて……それが今、ここで再び会えるなんて……!」


 僕は首無しちゃんを優しく抱擁する。

 首無しちゃんは小さな言葉にもならない音を上げて固まった。

 苦しいアドリブだけど頼む、騙されて!

 僕の熱演に騙されて!


「うっ、よかったなぁ!また会えて!」


 ディルは感涙しながら僕と首無しちゃんの再会に拍手を送っていた。

 よかった。騙されてくれてありがとう。ごめんね。


「でも、いくらなんでも死体を動かすのはよろしくないと思います。二人は良くても、死霊魔術は命の冒涜です」


 一方でメノウは引いたまま僕をジト目で見つめていた。

 う、うん、僕もそう思う。

 でもこの場限りの即興設定だから見逃してほしい。

 僕は即興劇を終えると首無しちゃんに耳打ち、いや首打ち……は斬首みたいでいやだな。

 とにかく二人に聞こえないように話しかけた。


「いい?今の嘘だけど、そういう設定だからそれらしく振舞ってね。間違っても昔のことは話さないように」


 首無しちゃんは僕の一通りの行動に合点がいくと、指でマルを作って僕に伝えた。


「で、でも、その話で納得しました。首無し騎士はグランさんを探して町に侵入していたんですね?」

『あ、そういうこと、だね。あっちこっちを旅してこの方を探してた』


 メノウの問いかけに答えながら首無しちゃんは立ち上がると鎧についた土汚れを払う。

 えーっと、僕はこの子に恋愛感情を持っているって設定だから手でも握っておこうかな。


『あ!ま、グランさんに見てほしいんですけど、これを人から貰って……あれ?』


 首無しちゃんは僕が握ろうとした手をさっと避けると、何かを探して辺りを見渡し始めた。

 う、うん。この設定が本当だったらきっと寂しいんだろうね。

 今の僕でもちょっと悲しかった。


「お探しのもんはこれかい?」


 ディルはいつの間にか近くの草むらに移動していて、草むらの中に落ちていた甲冑の兜を掲げながら首無しちゃんに見せびらかした。

 首無しちゃんはディルの元まで行くと兜を受け取って礼を言って戻ってくる。


『これ!これを首に被っていると人が襲ってこないんです。これで町中でもまお、グランさんと一緒に居れますよ!』


 首無しちゃんは兜についた汚れを拭うと首にはめた。

 ちょっとだけ首が短い人って感じかな?確かに違和感はないね。

 上下で種類が揃っていないのが気になるくらいかな。

 僕はよかったねと相槌をすると首無しちゃんはふんわりとした感情を心の内に広めた。


「っつーことはこいつを退治して報酬アップは流石に鬼畜過ぎるな。倒さない方向で調査報告書をまとめて提出しちゃおうぜ」

「そうですね。放っておいても危害はないと記載しましょう」


 ディルとメノウは僕から聞いた嘘話を元に調査報告書をまとめる。

 騙しているようで実際騙しているから心苦しいかな。


「お、そうそう。そいつの名前なんていうんだ?」

「えっと、デュラだよ」


 僕はその場のノリで首無しちゃんに命名した。

 同じ首無しモンスターのデュラハンから取ったけれど、首無し騎士は下級モンスターで別物なんだよね。

 まあいいかな。

 デュラは突然僕に名前を貰って心の中がパーティ状態になっている。

 その辺を駆け回り始めた。落ち着いてほしい。


「ど、どうしたんですか?デュラさん」

「え、えっと、僕との再会に耐えきれなくなってはしゃぎたくなったんじゃないかな?」


 困惑するメノウにとりあえず言い訳をしておいた。

 はぁ、アドリブってすっごい疲れる。


 その後、僕はメノウとディルに質問されながら調査報告書をまとめた。

 一応、デュラも町の中のギルドまで連れて行って、危険性が無いことを確認をしてもらうことにした。

 後は報酬を貰って依頼は達成。

 おそらく、パーティの中に元凶の僕がいるから報酬金額は大幅に下がっちゃうだろうね。

 僕はお騒がせしたお詫びに二人には先に中銀貨をそれぞれ三枚渡しておいた。

 それが無くてもメノウもディルも許してくれたみたいだけれど、これは僕のけじめみたいなものだからと受け取ってもらった。


 さて、報告書もまとまったし、ギルドに戻ろうかな。

 デュラに兜を被ってもらうと、僕らはアーデンモルゲンに向かって戻っていった。


*


 僕とデュラはメノウとディルと別れ、ギルドの中にある応接室に通されていた。

 別にこれからデュラについて怒られるわけではない。

 さっきの依頼達成報告ついでに、僕にぼったくりを仕掛けた商人を『人物探知』で探してとっ捕まえてきたから、ギルドに引き渡して詳細を確認してもらっているだけだ。


 調べたところ、商人はガラス細工として店を出していたにも関わらず、店の看板を宝石細工に変えて客に宝石をふんだんに使ったアクセサリーと紹介して金をとっていたらしい。

 間違いなく詐欺で御用だ。お疲れ様。

 僕が支払った六枚の大銀貨は帰ってきて、ガラスのブレスレットは証拠品として回収された。

 ギルドの人にこのまま町内裁判で詐欺被害者として参加できると教えてもらった。

 だけど他にも被害者は大勢いるみたいだから彼の有罪は確実だろうし、僕も特に何かが欲しいわけじゃないから断っておいた。

 仮に無罪判決でも僕の買い物は返品という扱いで対処してくれる。

 問題なし問題なし。


『わふふ』


 ギルドの役員が人手不足で席を外してからしばらく。

 唐突に僕の隣に座っていたデュラがおかしな声を出した。

 心の中は薄桃色に黄色をところどころ織り交ぜたような綺麗な色をしている。


『まお、グランさま、さんと一緒。幸せです』


 ほんとにこの子は僕の事が大好きなんだね。

 でも、今の僕は昔の魔王と性格が全く違う。

 やってきた行動はもう変わらないけれど、これからやりたい行動は今までとは変わっている。

 そんな魔王でも、この子は受け入れられるんだろうか。


「あのねデュラ。僕は確かに君の追い求めてきた人物だ。だけど、僕は昔の罪を反省し、もう二度とやらないと決めたんだ」


 僕はデュラの姿を目に収めたまま、しっかりと伝わるようにはっきりと言った。

 デュラは姿勢を正して僕の言葉を聞いている。


「昔みたいに暴れることはもうない。それどころか、今話していてわかるように性格も変わっちゃったんだ。もう別人のようになってしまった僕だけど、君はそれでも僕に従うつもりなの?」

『はい!もちろん!』


 デュラは黄色い声色で興奮気味に返事をした。

 本当にわかっているのかな。


『人が変わったようになってしまったのは百も承知。ですが、まお、グランさまさんは私のご主人様で間違いありません。人を愛するならば私も愛します。憎むならば憎みます。私を処分するならば喜んでこの身を火の中に賭しましょう。私はグランさんの望みに従えられればそれで幸せです』


 単純な思考だった。

 彼女は僕が魔王であるという事実だけに沿って動くロボットだと宣言した。

 つまり、中身の性格なんて関係ない。

 彼女は僕の器だけしか見ていない。


「そっか」


 僕は視線を落としてそれだけ呟いた。

 この子は自分のためには動かないんだ。

 自分にとっての損得の感情なんて持たず、命令されたことに従うだけで幸せ。

 そして、相手は自分を作った魔王であればそれでいい。


「君は何かやりたいことはないの?僕の命令に関係なく、好きなこととか」


 僕は真面目に彼女と向き合い、意見を確認した。

 そして、この子が自分の意思をはっきりと持っていることを望んだ。

 プログラムされた通りにしか動けない、それでしか幸せしか感じない生き物なんて悲しいだけの存在だ。

 生き物は皆、喜怒哀楽に合わせて自ら選択できるという権利を持っている。

 もしも、彼女に意思と呼べるものが本当に無いのなら、僕は彼女を責任をもって()()しようと思う。

 命令に忠実なだけの機械は、誰かの手に渡ったら危険だ。


 彼女は少し唸ってから僕に答えた。


『まお、グランさんの傍に居たいですね』


 僕は予想通りの答えが返ってきて悲しかった。

 だけど、彼女は続けて違う意見も述べた。


『だけど、人と話せるようになってちょっと面白かったので、ま、グランさんが許してくだされば人との交流を楽しみたいです』


 デュラは頭の兜を手で押さえると、取れないように優しく撫でた。

 なんだ、ちゃんとやりたいこともあるんだね。


「じゃあさ、この後町でお買い物でもしようよ。町の人たちと交流もできるし、もしかしたら面白い道具とか見つけられるかもしれないよ」

『はい!お供します!』

「いや、命令じゃないから肩の力は抜いてね」


 僕は両手を握りしめて張り切るデュラを落ち着かせた。

 僕らがそんなやり取りをしているとギルドの役員が戻ってきたので話を中断した。

 と言っても目的はさっきので終わっているからこれ以上は特に話す内容も無いね。


「詐欺犯の確保によりギルドでの名声度を上げさせていただきました。グラン様は現在F級の冒険者ですね。これからのご活躍も応援しております」


 名声度か。そういう制度もあったね。

 簡単に説明するなら、冒険者が自分の実力以上の依頼を受けないようにするための制度。

 F級冒険者がA級依頼受けて死んだりとかの事故を防ぐためだね。

 名声が高いほど冒険者としてのランクが上がっていって、より難易度の高い依頼が受けられるようになる。

 例外として、さっきのメノウとディルみたいな高ランクの冒険者が受けた依頼には、僕みたいな低ランクの冒険者が参加することもできる。

 そこで十分な実力を発揮すればランクの飛び級も認められている。

 僕もS級依頼持ちの冒険者に合流してモンスターを一撃討伐なんてしたら、あっという間にFからSに昇り詰めることができる。

 僕はあんまり興味ないけれどね。メノウたちの依頼だって前衛不足で誘ってもらったから行っただけだし。


 さてと、用事も済んだからそろそろ外に出ることにしよう。

 僕はデュラを連れて町に出た。


「さーて、何をしようかな。せっかくだから遅めのお昼でも食べちゃおうかな」

『はい。じゃあ私は食事が終わるのを待っています』


 あ、そうか。デュラは頭が無いから何も食べれないんだ。

 彼女の身体を動かしているのは魔力のみ。栄養はいらない。


「うーん、待たせるのは悪いから僕も食べるのをやめておくよ」

「いえ!グランさま、さんのお好きな物をお食べください」

「いやいや、デュラの好きなことを優先したいから、何かあったらそっちを優先させて」


 僕はデュラの生き物としての感性を成長させてあげたい。

 僕には自分に忠実な道具じゃなくて、どちらかというと友達が欲しいんだ。

 デュラは僕の言葉を聞くと無い首をひねって考え始めた。

 僕に忠実とはいえ、頭ごなしに僕のやりたいことを優先し続けるタイプじゃなくてよかった。


『私のやりたいこと……じゃあ食べ物が見たいです』


 撤回。僕の望みを優先し続けるタイプかもしれない。

 僕はデュラの強情さにため息をついた。


「君は食事を摂れないじゃん。僕のことは気にしなくていいんだってば」

『いえ、今まで人の食べ物をあまり観察したことがないので見たいのです。それに私は口はありませんが、自分から発した魔力で感覚を得ることができるので五感があります。味だってわかりますよ』


 更に撤回。この子は確かに僕を優先するけれど、好奇心も旺盛なだけのようだ。

 魔力で五感がわかるなら僕が食事をしている間も退屈しないかな。

 あって良かったね、魔力での感知。

 ちなみに頭が無いのに声が聞こえるのは念話とかではなく、自分の言葉を魔力に乗せて周囲に発しているからだ。

 僕が村長たちに念を込めて話しかけるのとはちょっと違う。


「それじゃあいいか。料理の屋台で何か探そうね」

『はーい!お好きな物をお選びください!』


 デュラはふんわりした気配を漂わせながら僕の後ろをついて来る。

 うーん、それにしても従わられるのは嫌だな。

 昔、散々従えてた時の記憶がちらついて落ち着かない。


「えっと、敬語をやめてほしいかな?できればその僕になんでも尽くす態度も控えてほしいというか」

『え、あ、はい!あ、うん!頑張ります!じゃなくて頑張る!』


 デュラは僕のお願いをすぐに実行に移す。

 何をお願いしても嫌がらない所はある意味完璧に忠実なしもべなのかもしれない。

 この場で僕の首を斬れってお願いしたら、迷う暇なく即座に斬り落としそう。

 例え不死じゃなくてもやりそう。

 いや、迷いはするかな?してほしい。事故が怖いから。


『ねね、あの馬車の近くにある屋台、穀物に肉がのった物が面白そう』


 あの、僕のお願いへの順応早すぎないですか?

 デュラは僕の身体を片手で軽く突っつきながら、もう片手で屋台の看板に描かれたイラストを指さす。

 既に動きが従者ではない。学校帰りに食べ歩きしている女子高生のノリだ。

 本当に僕に忠誠を誓っていたのなら、もうちょっと順応に時間かかってもいいんじゃないかな。


 でも、僕はデュラが自分から欲を出してくれて安心した。

 この子はロボットなんかじゃない。元は死体だけれど、今は感情のある生き物だ。

 デュラがそうやって自分から言いだしてくれたのが嬉しくて、僕はデュラが示した通りに屋台へと向かった。

 クアルプリコ。炊いた穀物の上に炒めたひき肉が乗っているガパオライスみたいな料理だ。

 屋台に近づくと中の調理場で大量のひき肉が一度に炒められていて、ちょっぴり臭みのある賑やかな香りが漂ってくる。美味しそう。

 僕は一つ注文すると店員に辛さを聞かれたのでおススメの辛さでお願いした。


『んふふ、面白い香り。肉に火が通っていってる匂いの他に、いろいろな物が混じっている匂い』


 デュラは屋台の前で香りを感知して楽しんでいる。

 僕も新鮮な気持ちに戻って匂いを嗅ぎ取ってみる。

 香ばしくて癖があってスパイシー。嗅いでいると僕のお腹が空っぽになったことを申してくる。

 『即時回復』くんがいるよ?って顔を出してきたけれどそうじゃないんだ。君は黙ってて。


『パチパチ、パチパチ。水分が高熱で弾ける音。ふふ』


 デュラは体を左右にゆっくりと動かして音を聞きとっている。

 音も楽しむんだ。それはあんまりしないなぁ。不思議な着眼点。

 僕がデュラを観察していると料理が出来上がって店員が僕に手渡してきた。

 僕はお金を渡して横に逸れ、クアルプリコをデュラに見せる。


『ほわ、色とりどり。お肉だけだと思っていたけれど、野菜も入っている。形もバラバラ』


 デュラは料理を視覚情報で分析している。

 ほんとに五感をフルで使って楽しんでいる。

 そこまで目新しく何もかもを感じ取っていると、見ているこっちも楽しくなってくる。

 この子の感性をもっと育てたくなる。


『ふふ、熱くてもさもさしてる感じ。痛みを感じるけれど不快な痛みじゃなくて、心地よさがある。味も複雑。でもはっきりとした刺激が伝わってくる』


 僕よりも一足先に味覚と触覚を楽しんでいるようだね。

 続けて僕も一口食べてみる。

 うーん、香ばしくて甘じょっぱくて後から来るピリ辛さがたまらない。

 これはどんどん進んじゃうね。とても美味しい。


『んふふ、クアルプリコ面白かった』

「デュラが満足できたようでよかったよ。僕もいつも以上に食事を楽しんじゃった気がする」


 僕は完食すると出たゴミを空間魔法で消滅させておいた。

 ポイ捨てが普通だけど日本人の血がやめろと叫んだのでつい。

 デュラはぷかぷかと不思議な笑い方をしながら僕よりも先に歩みを進める。

 さて、次はどうしようかな。


『ねね、私の武器古いから新しいのが欲しい。剣がいいな』


 どうやらデュラは欲望にまみれたモンスターみたいだね。

 悪い意味じゃないよ。むしろ良い意味だ。

 こうやってどんどん欲しいものを言ってくれるのは僕としてもとても喜ばしい。


 僕は武器の店に行くとデュラの好みの剣を探した。

 デュラは店先に並んだ剣を片っ端から手に持ってみたり、僕にも持たせて感想を聞いたりしながら気に入った一本を購入した。

 デュラに顔は無いけれど、あったらずっと笑顔を振りまいているんだろうなという心模様は伺えた。

 この天真爛漫っぷりを笑顔に反映出来たら、きっとかわいいだろうね。


『グランさんが行きたいところにも行きたい。どこかあるかな』

「あ、それなら僕は本が見たいかな。一緒に見に行こう」

『本。人語がわかるようになったから私も読めるね。はふふ』


 僕らは本の店を何件も回った。

 学問の書や魔法書が多いけれど、僕の目当ては娯楽になる本だ。

 面白そうな本を見つけるたびに購入。収納魔術でしまっていく。

 一方でデュラはどの本にも興味津々。

 片っ端から開いては戻してを繰り返し、その店で一番気に入った物の購入を僕に頼んだ。


『にはは、これ面白いよ。画家さんの日記だって』


 そういって僕に本を開いて見せてくる。

 内容は真面目な画家の日常を綴った日記。

 だけど画家の隣人が突拍子もない言動の持ち主で、すぐに騒ぎを引き連れて画家の一日を台無しにするという物。

 突拍子もないと言えばいきなり暴露癖のある親子を思い出しちゃった。

 思わず口角がゆるんでしまう。

 そんな僕の顔を見て、デュラが特徴的な笑い方をする。


『んひひ。グランさんの笑顔がやっぱり好き』




 なんだろう。すごくドキッとした。

 デュラの不思議な笑い声に、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。

 少し耳が熱い。

 というか顔が熱い。

 無意識にさっと視線を逸らしてデュラを視界から消す。

 デュラから視線をそらしていないと落ち着かなくなってしまった。

 あらやだ恋かしら。




 マジで恋かもしれない。

 え、なんで?僕はそんなに女子に耐性が無いわけではないはず……。

 いや、なかった。

 今世の僕は恋も知らない魔王様。前世の僕は外に滅多に出られずコミュニケーションに飢えていた。

 最近も女の子と話したと言えばアスレイナとキャスヴァニアと、少しだけ会話したヘサエイラとメノウ。

 前者の二人は子供と子供みたいな子だし、年頃の女子と話した内には入らない。

 他にもいるけれど、短時間だったし僕の恋愛感情をくすぐるような人ではなかった。


 僕は今、まともに女の子と二人っきりで買い物をしている。

 相手はモンスターだけど、自分らしい欲を持っていて、感情に素直で、積極的に話しかけてくる。

 今まで恋愛経験をしたことが無かった僕は、この純粋な女の子と一緒に会話をするだけで恋に落ちるのには十分だったようだ。


 嘘でしょ。さっき出会ったばっかりだよ?なんで?どうして?

 頭が無いのになんでかわいいとか思っているんだ。

 おかしいよ。だって鎧と甲冑兜を身に着けて剣を携えただけのただの兵士にしか見えない。

 見た目にかわいい要素があるわけでもない。

 なのに僕は今、彼女に愛おしさを感じている。

 一握りの愛おしさを。


 僕は何も言わずにデュラから距離を取った。

 自分のデュラに対する心変わりが早すぎて少し怖くなった。

 ついさっきまではそんな気持ちなかったのに、今は彼女の言動一つ一つを思い出すたびに胸が大きく脈打つ。

 そういえば一目惚れって言葉があるくらいだし、一瞬で惚れる人がいるならば一、二時間で惚れる人もそりゃいるよね。

 それが僕か。なるほど。


 あかんあかんあかんあかんあかん。

 なんか意識し始めたら余計に胸が苦しくなってきた。

 もうだめかもしれない。

 ヘサエイラに恋が何たるかを熱弁されたけれど、確かにこれは最上級の呪いだ。

 助けて。隣にいる子がかわいい。どうすればいいのこの感情。助けて。


『さっきからどうしたのグランさん』


 ひぃ、話しかけてきた。

 どうしたんだよ僕。さっきまで普通に話してたじゃんか。

 いきなり声が出なくなった。

 うっそでしょ?なんで?どうして?

 さっきから僕の感情は困惑と混乱と興奮でぐるぐるぐるぐるしている。

 なんだよこれ。どうすればいいんだよ。


 こんなわけがわからない感情、どうすればいいんだよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ