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003 魔王のゆりかご

 ――冷たい。


 ん?冷たい?

 感覚がある。

 僕が無心になってからどれくらいの月日が経ったのだろう。

 封印されてから初めての()()だ。

 まさかもう封印が解けかかっている?


 いや、まだみたいだ。

 少し封印が緩くはなっているものの、僕自身の力では外に出ることはできそうにない。

 それでも封印が緩くなっているからか、無感覚ではなくなった。

 今はただ、冷たい。


 この冷たさは何だろう。

 僕が封印されているこの子は寒いところにでもいるのだろうか。

 今は冬なんだろうか。

 この子の外の様子を伺うことはできない。

 もう少し眠るか。


*


 ずっと冷たい。

 あれからひたすら眠ってみたけれど、いつまで経ってもこの冷たさは消えない。

 ……まさかこの子、死んでしまったとかないよね?

 この冷たさは死体の冷たさだ!なんて言われたら僕はショックで泣いてしまう。

 罪を償ってこの子を守るとか言っておきながら、何もできないままに死なせてしまったのだから。


 そもそも、封印先の器が死んでしまった場合、僕はどうなるのだろうか。

 一、どうもしない。封印先の体自体が存在すれば封印は続く。

 二、封印が解ける。封印先の器が死んだのと同時に封印が解除される。

 三、一緒に死ぬ。封印先の器の死亡と同時に僕も死ぬ。


 一瞬三が魅力的だなって思ってしまったあたり、だいぶネガティブが板についてきてしまったらしい。この子を守るんだろ。死を望んでどうする。


 と、考えてはみたものの、どうやらこの子は無事らしい。

 何故なら少しだけ外の様子が見えてきたからだ。


 この子の視界を通して薄っすらと景色が見える。

 同い年の子供と何か話しているようだ。友達かな?よかったよかった。話せる友達がいるなら安心だ。

 そして、僅かに見える木々の葉の色から、季節は夏だ。

 霞んで見えている状態なので、他ははっきりとわからない。

 しかし、夏なのになんでこんなに冷たいんだろう。


 うーん、まだ何もはっきりわからない。

 だんだんと感覚が戻ってきてしんどくなってきたけれど、もう少し眠ろうかな。


*


「巣に帰れ!!化け物め!!」


 突然の罵倒に目が覚めた。

 視界に映るのは僕と同じ背丈の子供たちだ。

 彼らは僕に向かって手のひら大の石を構えている。

 待って待ってと声を出して静止しようと思ったけれど体が動かない。そもそも声も出ない。


 いや、落ち着くのは僕のほうだ。

 この体は僕のものじゃない。

 今聞こえている声も、見えている景色も、僕が封印されている子のものだ。


 冷たい。

 ああ、ようやくわかった。

 この冷たさはこの子が感じている心の冷たさだ。

 目の前の子供たちから一方的に嫌悪される心の痛みが、僕とこの子にとっての冷たさとして感じられているんだ。

 この子は今、怯えている。

 僕とは違って恐怖で声が出ない。体が動かせない。


「さっさとくたばれよ!!」


 子供たちの内の一人がついに石を投げつけてきた。

 躱すんだ!と僕が念じても無駄だった。

 石はこの子の頭に激突し、じんわりと痛みが生じる。


 この傷だけじゃない。

 全身が痛い。

 こんな風に虐げられる日々が毎日続いているんだ。

 何が友達だ。僕があの時見えていたのはこの子をいじめる子供たちの姿だ。


「クレイドルクレイドル、ゆりかごの中の魔王。幼稚な魔王」


 いじめっ子たちは口をそろえて馬鹿にした口調で歌いだす。


「俺はクレイ・ドルトムント!クレイドル(ゆりかご)じゃない!」


 僕が封印された器の子、クレイは勇気を振り絞って反論した。


「うわー!魔王がキレたぞ!」

「みんなひき肉にされるぞ!逃げろー!」


 一切心のこもっていない声で叫ぶと、いじめっ子たちはにやけづらのまま走り去っていった。

 頬を液体が伝う感覚。

 クレイが泣いているのかと思っていたけれど、クレイが拭ったのを見たら血だった。

 さっき石が当たった場所が切れて、血が流れてきたんだ。

 ひどいことをする子供たちだ。


 子供たちの年齢は見た感じ9歳くらい。クレイもきっと同じくらいの歳。


 ってことは僕は9年近く眠っていたのか。

 月日の経過って早いなぁ。


 そんな風に僕が年月の経過に関心していると、クレイは自分に当たった石を拾い上げて歩き出した。

 どこに行くんだろう。

 前に見たときは夏らしく草木が青々としていたけれど、今はどの木も紅葉を迎えていた。

 秋なんだな。

 クレイはそんな景色をたまにチラッと見るだけで、あとは地面ばかり見ながら歩いている。

 うーん、視点の主導権が他の人に握られているって、なんとも不思議な気分。

 クレイくんも、そんなに地面ばっかり見て歩かないでよ。せっかく綺麗な風景なんだからさ。


「また出てきたの?」

「懲りないわね」

「本当に気味の悪い子供だ」


 前言撤回。そりゃ下向いて歩きたくもなるよね。

 子供たちだけじゃない。大人たちも平気でクレイに罵詈雑言を浴びせかけてくる。

 そのたびに心の冷たさが僕とクレイをキュッと締め付ける。

 クレイは表情一つも変えないで、ただまっすぐとどこかに向かって歩いて行っている。

 ついさっきようやく視覚情報が共有されるようになった僕には、クレイがどこに向かっているのかわからない。だから、ただクレイが思うままに進むのを黙って見守るしかない。


 しばらく歩いてみて、水の流れる音が聞こえてきた。

 代わりに全く人の声も聞こえなくなったし、町中から離れてきたんだろう。町なのか村なのかわからないけれど。

 ただ、誰もいなくなってもクレイの頭が上がることはない。

 もう、下を向いて歩くことが癖になっちゃっているんだろうな。

 今までの情報だけでクレイが今までどんな人生を送ってきたか簡単に想像できる。

 どんなに劣悪な状況で育ってきたかを。


 クレイはそのまま歩き続けて、川の傍にたどり着き、そのまま上流へと向かった。

 そして、川の水が湧き出てくる湖へとやってきた。っぽい。

 何故ならまだ顔を上げないから。泉か湖か規模がわからない。

 そして、そのまま湖を覗き込む。


 湖に映ったクレイは、一言でいうと整っていた。

 さらっとした緑の髪。切れ長の青い瞳。シュッと通った鼻筋。傷を除けば完璧な肌の質感。歳相応のしっかりした体格。きっと、大人になったらモテモテパラダイスが待っているであろう将来有望な容姿。


 ただ、やはり封印の紋様は右目の周りにしっかりと残っていた。

 長い前髪を右側に寄せて隠してはいるが、僕に見せつけるかのようにクレイが前髪を上げて紋様を見せた。僕の罪の証を、クレイはしっかりと見つめていた。


「……クソっ!」


 クレイは顔を歪めると、持っていた石を水面に映る自分に向かって勢いよく投げつけ、その場に塞ぎこんだ。

 もし、魔王なんかのしがらみがなければ、前世の僕より恵まれた容姿しといて何いじけてんの、と冗談の一つや二つ言いたいところだけれど、全然そういう空気じゃない。

 むしろ、励ましの言葉を与えて元気を出してもらいたいところだ。


「望んで魔王の封印を受け入れたわけじゃない」


 うんうん、そうだよね。悪いのは全部僕だからね。僕もさ、人の器に封印されるくらいなら伝説の剣の刺さった岩の下とかに封印されたかったよ。

 もしくはランプの中とか?魔人らしいよね。


「……俺は魔人なんかじゃない」


 うんうん、魔人は僕だからね。恨むなら全て僕を恨んでいいよ。全部僕のせい。


「……さっきからごにょごにょ、誰かいるのか?」


 ん?何も聞こえないけど。

 クレイは辺りを見渡して何かを探している。何かあったのかな?


「お前だ。どこにいる?」


 あらやだこの子ったら。まあそろそろそういう年頃だよね。

 俺カッコいい期が来てもおかしくないよね。

 見えない敵と戦いたいときもあるよね。


「オレカッコイイキとかわけわかんないこと言ってないで、出て来いよ」


 …………。


 あ、僕?


 僕?聞こえてるの?


「聞こえてる。もうちょっと大きい声で喋ろ。聞こえづらい」


 どうやらクレイくんに僕の声が通じているようだ。

 これは嬉しい誤算。彼とコミュニケーションが取れるということは、これから先はいろんなアドバイスができる。

 強く念じればしっかり聞こえるのかな。


『あーあー、ただいまマイクのテスト中』

「まいく?なんだそれ。まあいい。声ははっきり聞こえる。あとは俺を馬鹿にしているわけじゃないなら出て来い」


 無事聞こえたようだ。

 よし、ここから先は久々のコミュニケーションを楽しもう!

 というわけにもいかないよね。だってこの子、僕のせいで苦しんでるんだから。

 僕の正体がわかった瞬間にきっとぶち切れるよ。

 わかってるんだけどさ、やっぱり怖いよね。


「……お前もどうせ、俺を馬鹿にしに村から追いかけてきたんだろ」

『あー!ちょっと待って!そうじゃないから!ただね、ちょーっと話しづらくって!』


 待ってほしい、今会話の内容考えているから!

 ああ、僕を探すのをやめてクレイくん塞ぎこんじゃった。待ってってば。


「そりゃそうだろ。みんな俺と話すなんてやりづらい。俺みたいな魔人の同類なんかと」


 ……さっき、魔人なんかじゃないって愚痴ってたのは誰。

 君じゃん。

 なんでわざわざ自分で肯定するようなこというんだよ。


『違うよ。君は魔人なんかじゃない』

「じゃあ化け物か?魔王か?俺に関わるなよ。消し炭にしちまうぞ」


 強がらないでよ。冗談みたいな声出して。

 声が笑ってても顔が笑ってないんだよ。心が冷たいんだよ。


「わかったらさっさと消えろよ。邪魔だ」

『……我が名は』


『我が名はアギラディオス・グランハイド!史上最悪の魔王にして至高の魔王!!今、貴様の右目に封印されし諸悪の根源である!!フッハッハッハッハ!!』


 言ってやったぞ。

 っていうか言っちゃったぞ。

 最低最悪の自己紹介しちゃったぞ。

 だってクレイくん、自分のことばっかり攻めるんだもん。

 全部悪いのは僕なのにさ。なのに自分を悪役にして、苦しくないフリするんだから。

 だから言ってやった。悪いのは僕なんだぞって。


「……は?」


 あー、はいはい!クレイくんぽかんとしてるね!

 あー、思わず立ち上がって僕の姿探し始めちゃったね!

 そりゃそうだよね!長年一言も喋らなかった自分の中の魔王が、いきなり話し始めるなんて信じられないもんね!


「おい、どこにいるんだよ……!馬鹿にしてないで出て来いよ!」

『……見えないけれど、君の中にいるんだよ。本当だよ』

「そ、そんなわけないだろ!お前、声はゴツイけど優しい声色してるし、お前が魔王なわけない!」


 あ、僕の声ゴツく聞こえてるんだ。なんだか照れるな。

 というか、僕の声だけで魔王じゃないって思ってくれるんだ。


『こほん、我が魔王であることは偽りではない。貴様が町中から嫌われているのも、全て我が元凶である。ゆえに我を憎め、恨め、嫌悪しろ』


 クレイは動きを止めた。

 考えこんでいるみたいだ。

 僕はどんな言葉が来ても、それを受け入れようと思う。

 今までこの子が受けてきた苦しみを、全てではないにしろ、少しでも形にして僕にぶつけてくれたのなら。それで、少しでもクレイの荷が落ちるなら。


「俺は、人の心がなんとなく読める。嘘ついてる時とか、人を馬鹿にしている時とか。お前が嘘をついていないのもなんとなく伝わった。本当に魔王なんだな」

『ああ、そうだ。我は魔王アギラディオス・グランハイド。貴様の人生をドス暗い闇の底へと突き落とした元凶であるぞ。どうだ、憎いか』

「いや、割と憎くない」

『えっ』


 えっ。

 憎くない?僕が?

 予想外の返事で、僕の思考は鈍くなる。


「いや、だって、急に出てきてオレ様が悪いんだぞ、なんて言われても」

『え、いや、憎いでしょ?ほら、その頭の傷も、腕の傷も全部僕のせいでつけられたケガでしょ?痛いよね?僕がいなければ全部なかったんだよ?僕のせいじゃん?ね?』


 次の瞬間、クレイは口に溜めていた息を堪えきれずに吐き出した。


「はは、魔王がそんなに取り乱すわけないだろ。しかも一人称が僕って。そっちが本性なんじゃないのか?」

『それは今は関係ないじゃん!今問題なのは僕のせいで君がいつもいじめられていることについてで!』

「それそれ!魔王がこんな俺みたいな子供一人が苦しんでいることを気にしてどうすんだよ。罪悪感でもあるのか?だったらそれで結構!」


 ――暖かい。

 さっきまで冷たかったクレイの心が、いつの間にかぽかぽかと温まっていた。

 今、自分を苦しめてきた魔王と話しているのに。

 自分の右目に深く刻まれた忌み嫌われた象徴の元凶と話しているのに。


『……クレイくん、だよね』

「ああ、俺の名前はクレイ・ドルトムント。お前はアギラディオスだっけ」

『改めまして、僕はアギラディオス・グランハイド。君には散々苦労をかけたよね。迷惑かけたよね』


 いけない、泣きそうだ。涙は出ないけれど。


「気にするなよ。どうせ、お前がいなくても同い年の奴らとは話が合わなかっただろうし、仲間外れだったさ」

『年下に励まされてる魔王って、すっごいみじめだね』

「魔王だったら俺の不幸を腹から笑い飛ばすくらいの悪さ見せろよ」

『できないよ』

「今のではっきりわかった。アギラディオスは悪い奴じゃない。魔王だけど、良い魔王だ」


 良い魔王って何。

 数億の命を奪ったひどい奴が、良い魔王なはずないよ。

 でも、クレイは僕を良い魔王だと思って、明るく接してくれている。

 それが、クレイの望む僕たちの関係なら、僕はそれを受け入れよう。


『ありがと。クレイ、なんだか暗くなってきたね。帰ろうか』

「そうだな。帰りたくないけど、面白い奴と知り合えたし、帰るか」


 帰りたくない、か。

 きっと、今住んでる環境もろくでもないんだろうな。

 君の身体の傷はこれからも増え続ける。

 それを僕は守ってあげられない。

 ならばせめて、君の心の支えになろう。


 君が僕を良い魔王といったなら、君の中だけでもそうで在ろう。

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