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026 記憶の中の犯罪者

 クレイがいれば最高だった食事も、クレイが居ないと味気が無い。

 どれもとても美味しいご馳走だったはずだけど、みんな作業のように食べていた。

 そして、ケインと村長、アスレイナは食事を終えると帰り支度をする。

 ケインは僕が見送ろうと傍に近寄ると、僕の頭をポンポンと撫でた。


「いいか?気を付けろよ。いくら魔王と言えども体はクレイだ。間違えても余計な呪いをつけられて帰ってくるんじゃねぇぞ」


 ケインは僕を睨みながら言い聞かせる。

 僕は自信満々に答える。


「大丈夫。呪いなんてつけさせない。クジラさんも救う。任せてよ」

「おう、じゃあ行ってこい」


 ケインは僕の肩を押すと口角を上げて強気に微笑む。

 僕も同じような笑顔で返しておいた。


「ではわしらはここらで失礼しよう。アスレイナ、行こう」


 村長は僕らに別れ挨拶をすると、アスレイナの手を引いて玄関に向かった。

 すると、アスレイナは村長の手を放して僕の元に走ってくる。

 アスレイナはさっきのケインと同じように僕を睨みながら怒った口調で言う。


「いい?クレイがいない間に悪さしたら怒るから!私が許さないんだから!覚悟しておいてね!」

「わかってるよ。絶対に悪さはしない。それに、困っている人が居たら助けるよ」

「約束だからね!」


 言いたいことを言うとアスレイナは村長のもとに戻っていった。

 村長はアスレイナが戻ってくるとそのまま玄関の扉を開けて去っていく。

 ケインも続いて別れの挨拶を告げて去っていった。


「ふう、ようやく羽が伸ばせます」


 客人が帰るのを見届けると、アルはズモモっとスライムの姿に戻った。

 アルはこの姿じゃないと落ち着かないからね。ずっと正座させられていた姿勢から、好きな姿勢になれるようになった感じかな。

 キャスヴァニアはスライムになったアルを抱き上げる。ほんとアルが大好きだね。


「じゃあ、もう行くの?」


 キャスヴァニアは少し寂しそうに僕らを見つめた。


「大丈夫っすよ。飛んで半日、往復で一日。ごたごたを含めて明後日には帰ってくるっす」


 クジラさんはにっこりと笑って日数計算をする。

 ヘサエイラを説得して、聞く耳を持たなかったら戦って倒して、それで説得するなり脅すなり拷問するなり、そして目的の呪い解除。それらを全部まとめてごたごたで済ませるのかこの人。

 まあ、でも僕とクジラさんなら平気だろう。

 ならばキャスヴァニアとアルを心配させないように振る舞わないと。


「大丈夫。世界を滅ぼしかけた魔王とそれを倒した勇者だよ?全然平気!予定通り帰ってくるよ」


 僕の張り切る態度を見てキャスヴァニアたちも安心したみたいだ。


「それじゃあ行ってくるっす。幸太郎くん、タイミングがずれてはぐれても困るんで、僕の転移魔法で移動するっすよ!」

「うん、よろしく!」


 僕がクジラさんの隣に立つと、クジラさんは転移魔法を使用した。

 行く先はグランスベルク帝国北の雪山!いざ出陣!


 僕らの体は光に包まれ、転移が始まった。

 転移中は移動中の風景がリアルタイムで流れ続ける。

 目まぐるしく変わっていく風景だけれど、若干ぼやけていて色が薄く見えるからそこまで目に毒でもない。


「暇っすねー半日間」


 クジラさんの言う通り、暇だ。

 半日、つまり十二時間ほどこのまんま。

 本来はかかる負荷からこんな距離を移動するものじゃないんだけれど、そんな距離に使っちゃってるから時間がかかるのは当たり前。

 本当なら短距離を一瞬。長距離でも三十秒くらいの範囲。

 それを僕らは負荷をなかったことに出来る『即時回復』を持っているからという理由で移動してしまっている。


 要するに転移魔法は長時間使うようにはできていないので、その間何もやれることが無い。

 暇すぎる。


「前世トークでもして時間潰す?」

「あー、なるほど。いいっすね」


 僕らは共通の話題、『同じ故郷で育って死んだよしみ』を発動した。

 クジラさんは意外とゲーマーだった。

 僕の話相手にぴったりで、いつか考えていたゲーム紹介とそのゲームの再現をやろうという話も盛り上がる。

 話は膨らみ、話題もコロコロ変わっていっていつの間にかクジラさんの前職である小児科医の頃の話。


「僕はっすね、子供が大好きだったんっすよ。だから、一人でも苦しんでいる子たちを助けたいって思って小児科医を目指したんっす!そんで、望み通りに職についてたくさん子供たちを救ったっす!」


 顔を赤らめて嬉しそうに語るクジラさん。

 目指した理由もしっかりしていて、小児科医になれたことを誇らしそうに語っている。


「いいね!でも、苦労したこととかもやっぱり多いんじゃないの?」

「あー苦労っすか。前世は近所でヤーさんの親玉みたいって噂の強面だったんで、子供たちからよく怖がられたっす」


 想像がつかない!何その新情報!?

 今の朗らか適当フェイスのクジラさんが強面?

 いや、前世がもやしで今世が魔王の僕も何も言えないけどさ。

 あ、前に言ってた子供たちに怖がられるってもしかして……。


「その口調って、前世から?」

「そっすー!その通りっすー!これで人形を持ったりしておどけると、子供たちも段々と心を開いてくれるんっすよー!」


 なるほど、子供たちのためにピエロを演じてたわけか。


「え、じゃあ本当の素の喋り方ってどっちなの?」

「ああ、こっちの方だな。前世でもオフの時はこうだった」


 クジラさんは真面目な表情になって、すっと口調を切り替える。

 なるほどね、この感じで強面。

 子供たちは怖がっちゃうかもね。


「確かにこの喋り方だったら人を殺してそうな感じになっちゃうかもしれないけれど、実際は人を助けてるんだし怖くないよ。わざわざ演技しなくてもよかったんじゃない?」


 僕はなんとなく例え話に『人殺し』という言葉を使った。




 突然、クジラさんが転移魔法を中断する。

 クジラさんの顔色が悪い。口元を抑えて呼吸を荒くして体はよろめく。

 僕は慌ててクジラさんの体を支えて近くの木陰に移動する。


「大丈夫!?どうしたの?長距離移動の負荷?少し休もう」


 僕はクジラさんが休めるように近くに場所を作る。

 クジラさんは頭を抱えて僕が作った場所に腰を下ろす。

 目を力強く閉じて、苦しそうに涙を流している。

 僕はクジラさんの体を鑑定して身体の異常を探す。

 だけど、体には不調は見つからない。


「どうしよう。……まさか呪いがもう発動したの?!クジラさん、死なないで!」

「おれが、おれが……」


 クジラさんは息も絶え絶えに言葉をひねり出す。


「おれが、おれ、が、ころした……」


 クジラさんは、突然罪を告白した。


「そ、そんなつもりは、ただ、暗い夜道で、黒い服を着ていて、雨も降っていて、見えなかったんだ。何かに当たった気はした。殺す気はなかった」


 クジラさんは、まるで()()()()()()()()かのように話す。

 冷や汗のかき方も、動揺の仕方も、まるで自分が罪を犯したばかりのような語り方をする。

 まるで、人を殺したことがあるかのように話す。


「本当に、気づかなかったんだ……許してくれ、許してくれ……!!」


 クジラさんは手に力を込めて顔を覆い、この場にはいない人に許しを請い続けている。

 肩で呼吸をしながら苦しそうに。

 僕は、何もできない。


 この人は、前世で人を殺したことがあるんだ。

 口ぶりから、おそらくひき逃げ。

 暗い夜道を運転していて、黒い服を着て道路を横断していた子供を撥ねた。

 そして、そのまま気づかずに……。


 なんでこの人にはこんなに呪いがつくのだろうとは思っていた。

 前世で罪が無いとおかしいってくらいに、運命の神様に弄ばれている。

 その理由だと言わんばかりに、クジラさんは今になって前世の罪を思い出した。

 僕の何気ない一言で、思い出してしまったんだ。


 僕にも、前世に罪があるのか?思い出していないだけで、知らない罪が。


「クジラさん。もう過ぎた過去だよ。戻ってこない。だけど、ちゃんと反省しているなら、罪を償って」


 僕は咄嗟にクジラさんを励ます。

 励ましになっているのかわからないけれど、後悔をしている人には下手に大丈夫というよりも、自分の罪を認めてもらうことの方が救われる。

 クジラさんは僕の言葉に耳を傾け、僕に縋りつく。


「苦しい……助けてくれ……」


 クジラさんは顔を下に向けたまま苦痛を訴えて僕の服を強く引っ張る。

 クレイがこんなクジラさんを見たらどう思うだろうか。

 きっと、心配して励ますだろう。

 だから僕もクジラさんを励ます。


「……クジラさん、クレイもきっと一緒にクジラさんの罪を背負ってくれる。僕も背負う。だから、自分だけで抱えないで」


 僕はクジラさんを優しく抱きしめる。

 クジラさんの嗚咽は少しずつ静かになっていく。


「……許さないでくれ……俺に、罪を償わせてくれ……」

「そうだね。償おう。今は好きなだけ泣いて、苦しむといいよ」


 僕は共感して、優しく罪を責めた。

 苦しんで、苦しみ続けて、被害者に詫び続けろ。

 それが例え被害者の心に届かなくても、この先全てを贖罪のために捧げろ。

 一度失ったものは取り返せない。だから、二度と許されないと心に刻んで生きる。

 それが罪。


 クジラさんの手の力が抜ける。

 僕から手を離して、その場に倒れ伏す。


 様子がおかしい。


「クジラさん?クジラさん!?」


 僕はすぐにクジラさんの生命活動を確認した。

 呼吸は弱くなっていく。心臓の鼓動は間隔が広く、小さくなっていく。

 クジラさんの命が、止まりかけている。


「嘘だ、待ってよ!もうすぐ呪いが解けそうだったのに!死なないで!クレイとの思い出をまだたくさん作ってないだろ!」


 どうしてこんなことになったんだ。

 もし僕が()()()()を言っていなかったらこんなことにはならなかったのか。

 それとも、短命の呪いは今発動するべくして発動したのか。

 どちらにせよ、呪いの効果ならば止められない。


 クジラさんは、死ぬ。


 僕は自分の今使えるスキルと魔術を洗いざらい探す。

 でも、封印の影響で使えないものも多い。使える範囲の物は役に立たない。


 そうだ、封印!クジラさんを封印すれば、生き残る可能性がある!

 封印状態ならば呪いの効果が発動せずに先延ばしに出来るかもしれない!

 僕は効果をよく理解していなかったからわからないけれど、多分僕が覚えている封印魔術は低度封印だ。

 これでクジラさんを一旦クレイの体に封印して、魂の状態のクジラさんをヘサエイラに見せて呪いを解かせればいいはず!


 ごめん、クレイ。お父さんも一緒に眠りにつくことになるけど、許してね……!


「失礼。どいて」


 いきなり僕の後ろから声がかかる。


「すいません、それどころじゃないんです!この人を早く助けないと!」


 僕は封印魔術の術式を展開する。

 そしてそれをクジラさんに。


「どいて」




 僕の身体はふわりと空に浮かんだ。

 視界は真上しか見えない。自由に身動きが取れない。

 ダメだ、このままじゃクジラさんが死んじゃう!

 呪いで死んだ人間は蘇生魔術でも生き返らない!

 僕は一生懸命体をよじって下を確認する。


 下では紫のウェーブがかかった髪型の女性が、白い液体を手から移してクジラさんに飲ませている。

 何をしているんだ?

 よくわからない行動だけど、彼女からは敵意を感じない。

 クジラさんを救おうとしてくれているの?


 少しして僕の身体の浮遊状態が解除され、僕は下に落下していく。

 空中でバランスを取りながら地面に安全に着地をすると、僕は急いでクジラさんに駆け寄った。

 クジラさんは穏やかな表情のまま目を瞑り動かない。

 まさか、死んでしまったのか?


「延命させたわ。彼は生きている」


 僕は彼女の言葉を聞いてクジラさんの生死を確認する。

 心音がある。静かだけれど息をしている。


 よかった、生きている。


「念のため寿命を分けた。もう安心していいわ」

「すいません、助かりました!あなたの名前は?」


 僕が振り向いて彼女に礼を言うと、どこからともなく紫色の風が吹く。

 そして、彼女を取り囲むと僕が姿をよく確認する前に、その場から消えてしまった。

 幻影魔法?なんでそんなものを使って姿を隠したんだろう。

 パッと現れてクジラさんを救うだけで去って行ってしまった。


 辺りは何事もなかったみたいに静かになった。

 クジラさんは目を覚ます気配がない。

 僕に『能力誘発(スキルトリガー)』が使えたら、いつもの代わりに『意識覚醒』を使わせるんだけどな。

 封印が無くても使えない。持っていないから。

 残念ながら目が覚めるまで放置しておくしかないみたいだ。


 そういえば彼女は寿命を分けたと言っていた。

 もしかしてエルフか何かの長寿命種族で、クジラさんに何十年か分けてくれたのだろうか。

 もし彼女が人間だったら非常に申し訳ない。もしかしたら一年とかしか分けてもらえていないかもしれないけれど。

 なんでわざわざクジラさんを助けてくれたかはわからないけれど、とにかく伸びた寿命でなんとかやりくりしないといけない。


 僕は転移魔法を使い、眠った状態のクジラさんを支えて移動を開始した。

 彼女がどのくらいクジラさんの寿命を延ばしてくれたかなんてわからない。

 だったらクジラさんが気絶していようが関係ない。一刻も早くヘサエイラの元へ向かわないと。


*


「うっ……」


 転移完了まであと少しという所で、クジラさんに動きがあった。

 目が覚めたのかな?


「大丈夫?」


 僕は肩を貸して支えていたクジラさんの顔を覗き込む。

 クジラさんはぼーっとした表情で薄目を開けている。

 少しして足をしっかりと揃えると自分の力で立ち上がり、顔を抑えながらため息をついた。


「最悪の気分だ。酷いことを思い出した」


 クジラさんは優れない顔色を隠すように両手で顔を拭う。

 さっきの前世の記憶のことだね。

 もう、さっきのように取り乱すことは無いようだけど、それでも本調子には戻れていない。


「聞いてもいい?」

「ああ」

「クジラさんは……」


 質問をしておいてなんだけど、僕の言葉は止まった。

 はっきりと口に出しては聞きづらい。


「……俺は前科持ちだ」


 僕が聞きたいことを察して、クジラさんは自ら犯罪者であったことを明かした。


「ひき逃げ、なんだよね?」

「そうだな。雨が降る夜道で子供を轢いた俺は、違和感に気付いて一度車を止めて辺りを確認したが何も見つけられず、不審に思いながらもそのまま帰宅した。後日、警察に訪ねられて自分の犯した罪を知った。俺が見つけられなかったのは、視界不良の条件が整い過ぎていたことと轢いた勢いで近くの用水路に子供が落ちたからだ。子供は轢いたショックで気絶、用水路で溺れ死んだ」


 クジラさんは遠い日の出来事を悔やんだ。


「事件当初の様子と子供の特徴から、俺が子供を轢いたと認識していた可能性は極めて低いということになった。雇った弁護士の口がうまかったのか、轢き逃げという重い罪にも関わらず俺の懲役はたった三年。遺族は判決に納得ができずに俺を恨んだ」


 自分の手を眺めながら、かつてあった話を引き出すクジラさん。


「俺、死因が火事だって話しただろ。今までしっかりと火事の原因を思い出してはいなかった。でも、思い出した。俺が執行猶予で家に居た頃、子供の遺族が家に放火したんだ。それで、俺は逃げられなかった。犯罪者にはふさわしい最期だな」


 見つめていた手を力なく下ろすと、クジラさんは上を見上げた。

 奪った命に対して自分の命を差し出せたことで償えたのかと、天に問うているように見えた。

 それでもまだ足りない。

 そういう風に、クジラさんの表情が語っていた。


 僕とキャスヴァニアとは違い、クジラさんは前世で罪を持っていた。

 いくら気づかなかったとはいえ、人殺しは人殺し。

 クジラさんがもっと気を付けて周りに視線を配らせていれば、子供を轢かなかったかもしれないし、轢いたとしても救護活動ができたかもしれない。

 それを気のせいで片付けて殺してしまった。

 怠惰な悪だ。


「俺は、このまま生き続けてもいいのか?」


 僕はクジラさんの目を見る。

 クジラさんは、青い瞳をより一層濃い青に染めて、僕に問いかけていた。


「俺は、前世で子供を殺したってのに、今世でのうのうと生きてていいのか?呪いが天の罰だっていうなら、このまま抗わずに死んだほうがいいんじゃないか?」


 たった一人。されど命。

 前世で医者として大勢救ってきて、一人殺して、今世では世界を救って。

 それでも、一人殺したという事実に天秤が傾き続けている。

 消えない罪悪感。償いきれない重み。


 でも、僕は思った。


「天の罰で今世があるならむしろ全力で生き抜いたほうがいいんじゃない?天からそういう役目が与えられたんだよ。生きていたらダメだと言っておいて、今世を与える神がいる?死ぬのが失礼だよ」


 僕は思ったことをそのまんまクジラさんに伝えた。


「それに短命の呪いは人から受けた呪いだよ?他の呪いが生まれつきなら、そっちを抱えて生きることがクジラさんの償いだよ。短命の呪いは解除しよう」


 クジラさんは僕の意見を聞いて明後日の方向を見上げる。

 望んでいた答えと違う答えが返ってきて、失望したとでも言いたげに。


「俺の役目はもう終わっている。魔王を封印した時点で、もう生きる必要もない」

「ふざけんな!育児放棄する気か!ちゃんとクレイを最後まで育てろ!」


 言葉が真っ先に口から突いて出てきた。

 クジラさんはぎょっとした顔で僕を見た。

 盲点だったと言わんばかりに目を丸くして驚いている。

 クレイのことを忘れるなよ!何が自分は生きる必要がないだ!

 クレイをたった一人この世に残そうとするなんて最低な奴だな!


「クレイが育って大人になって、クジラさんに親孝行して、もっと散々いっぱい親孝行して!クジラさんはクレイが躓くたびに支えて正しい道を一緒に考えてやって!別れが来るまでそうやって仲良くするのが育児だ!じゃなかったら無責任に子供作るな!」


 僕は目の前のわからずやに大きな声で怒鳴ってやった。


「クジラさんは犯罪者の前に一人の子供の父親!ちゃんと子供を育てない親なんて大嫌いだ!義務感でやってるならさっさと親なんてやめて死んでしまえ!そうじゃないならちゃんと愛情持って育てろ!」


 僕は言いたいことを突きつけるとクジラさんを睨みつけた。

 僕の心の中はイライラで埋まった。

 クジラさんは茫然と僕のことを見ていたけれど、段々と緊張していた顔の表情が柔らかくなっていく。

 人質を取られた表情に笑顔を添えて、クジラさんは苦そうに呟いた。


「生きないとな」

「だから義務感で育てるならやめろ!」


 クジラさんのせっかくの決心を僕は怒り任せに足蹴にしてしまった。

 そんなつもりはなかったんだけど、怒りの感情を抑えるのを忘れてしまっていた。

 それでもクジラさんは笑顔を作りなおして、感情をいつものようにぐるぐると操作し始めた。


「僕はクレイが大好きっす。いつまでも、子のことは見守っていたいっす。だから、何があっても生き続けてやるっすよ」


 罪のことを忘れたかのように明るく振る舞うクジラさん。

 こんな正義感の強い人が、たった数分で自分の犯した罪から立ち直れるとは思えない。

 自分が奪った子供の未来をなかったことにするはずがない。


「……人の命を奪っておきながら生き続けるなんて、俺も相当な悪党だな」


 クジラさんは帽子で顔を隠しながら消えそうな声で呟いた。

 この記憶は、永遠にクジラさんの中から消えることはない。

 だから僕も、クジラさんの罪を忘れないでおくよ。

 クジラさんが僕の罪を持ち上げてくれたように、僕もその罪を持つから。


 どうやら、お喋りの時間はここまでだ。転移が終わる。


 転移が完了すると、僕らは真っ白な雪の中に全身を埋めた。

 雪の中にいる!寒い!


「ちょっと!周りが見えない!早く出なきゃ!」


 僕はもがきながら雪をかき分ける。

 すると、クジラさんが横で魔法を使う。


 ()()()()()()()()()爆発と共に、雪が辺りに飛散した。

 僕とクジラさんは無傷だ。

 無傷だけども。


「あんた、よくも自分の子供がいる範囲に爆破魔法(エクスプロージョン)使おうと思ったね……」

「幸太郎くんなら平気っしょ。怪我しても即時回復するっすし」


 この人……ついさっきまで自分の罪を思い出してめそめそしていたくせに。

 もしも僕が封印の影響で体を守れなかったらクレイの体は吹き飛んでたんだけど。

 この人は正義感に厚い。責任感も強い。

 だけど、どこかが決定的に欠けている。


 方法は強引だったけど、視界が開けて辺りが見渡せる。

 時刻は昼頃だ。ここは間違いなく雪山。人が滅多に足を踏み入れることはないのか、雪が高く積もっている。


「さてと、どこにいるんすっかねヘサエイラ」


 クジラさんは自然魔法を使用して風を操り、雪をどかして道を作る。


「最初から風でどかそうよ」

「周りが見えなくて面倒だったんっすもん」


 クジラさんは口を尖らせて反論した。

 そうだとしても自爆はないよ。

 この人、必要とあらば敵陣の真ん中に突っ込んで、最大火力の爆破魔法使うことも厭わないでしょ。

 とんだ自爆テロリストだ。この人を絶対に前世の世界に返しちゃいけない。

 誰がこうなるまで放置したんだ。


 そうこうしている間に目の前には目的の物が見えてきた。

 陰気臭い、黒い塗料で満遍なく外部からの呪い避けの紋様が描かれた趣味の悪い屋敷が。


「ようやくご対面、だね」

「気を引き締めていくっすか」


 クジラさんがニッと笑うのに合わせて、僕はぎゅっと拳を固めた。

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