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024 嵐の後の記念日 其の二

 クレイとケインとクレイの中の僕は、談笑しながら村を歩き回っていた。

 ケインは僕と会話ができるようになって積極的に僕に話しかけてくる。

 僕に構ってくれるのは正直嬉しい。うざい時もあるけれど、僕はこんな友達が欲しかったんだ。

 ケインの歳は前世の僕の享年と同じだけあって、とても話しやすく感じる。

 あとはゲームとか漫画とかアニメとか小説とか、共通の話題があったらいいのになぁ。


 って、違う違う。今日の主役は僕じゃないんだ。


『ケイン。クレイとも話してよ。今日の主役なんだよ?』

「おっとそういやそうだ!クレイ、お前も話の輪に入って来いよ!」


 ケインは誕生日を思い出すとクレイの肩を叩いて笑いかける。

 クレイは不思議そうにケインの顔を見上げる。


「なんでだ?俺は二人が楽しそうに話しているだけでも楽しい」


 ケインは笑顔のまま固まる。

 徐々にその笑顔を崩れていき呆れた表情になる。


「お前な。自分が話の輪に入れてないのは会話に参加してるって言わねぇ。傍観してるっつーんだよ」

「じゃあ俺は傍観しているだけでもいい」


 クレイは心から正直にそう思っている。顔は無表情でも心が笑っている。

 話に参加してこないクレイにケインは腕を組んで悩んでいる。

 わかるよ、その気持ち。

 クレイはいっつもみんなから一歩引いた所に行きたがるからね。

 別にクレイが賑やかなのが好きじゃないとか、話下手だから話したくないっていうならわかるけれど、参加したらちゃんと心から楽しそうに笑うし、話の中心になって場を盛り上げることもできる。

 もっと積極的になればいいのに。


『なんでクレイはいつもみんなの輪から外れようとするの?話すのが苦手なわけじゃないじゃん』

「だって、俺なんかがいなくてもみんな楽しそうだし。俺なんか必要ないだろ」


 これはこじらせてるなぁ。

 クレイは長年人付き合いという物を知らなかったから、必要な時以外に会話をする行為に自分は要らないと思い込んでいるようだ。

 違うんだよ、そうじゃない。お喋りっていうのは意味もなく相手とどうでもいいことを話すからお喋りなんだ。相手もこの人だから必要とか、そういう感情は要らない。


「クレイ、いいか?お前はもっと人との交流を大事にしろ。出ないと俺みたいな大人になれねぇぞ」


 ケインがクレイのことを指さしながら叱る。


「じゃあいい。俺はケインみたいな大人にはなりたくない」

『小うるさいもんね』

「はぁ!?お、お前ら、よくいうじゃねぇか……」


 僕たちはけらけらと笑いながらケインを馬鹿にした態度をとる。

 ケインは拳を握りしめ、半分怒りを浮かべながら笑う。


『じゃあさ、クレイは見ている方と話している方。どっちが好きなの?』


 僕は思い切ってクレイに質問する。

 クレイは正直だ。こういう形でもちゃんと自分の意見を言ってくれる。


「えっと、確かに話すのは楽しい。でも()()()()が」

『はい!()()()()は禁止!自分の気持ちに素直に答えること!』


 僕はクレイにきっぱりと条件を指定して意見を述べさせる。

 クレイは少し悩んでから口を開いた。


「……話したいし遊びたい。でも、俺が邪魔にならないかの不安が無いわけじゃない。それに見ているだけで充分楽しい。だからいつも見ている方に行く」


 クレイは真面目な顔つきで自分の胸の内を明かす。

 僕とケインは呆れてクレイを内から外から乱暴に撫でる。


『いい?やりたいなら混ぜてもらいなよ。相手も嫌がってないんだから。昨日の子たちだってクレイと遊びたくて声かけたんだよ?』

「そうだそうだ。俺はクレイとも話したいぜ?もっとお喋りになってくれよ」


 クレイは撫でる手を止めることなく、目を閉じると浅いため息をつく。


「わかったよ。なるべく積極的に参加する。これでいいか?」

『うん。だからと言って嫌な時は無理しなくていいからね』

「そうだ。めんどくさい話し合いになっちまったらこっそり抜け出しちまえ」

「なんなんだよ。参加しろって言ったりするなって言ったり」


 僕らのでたらめな意見にクレイは呆れたように笑う。

 でも、それでも僕らの言いたいことは伝わったみたいで、クレイはその後も積極的に僕らに話しかけてくれた。

 うん、やっぱり会話に参加しているクレイの方が見ているクレイよりも楽しそうだ。


*


「こんだけ歩き回ってもキャスヴァニアが見つからないな」


 村を適当にぶらつきながらだべっていたクレイは、辺りを見渡しながら呟く。

 つられてケインも辺りを見渡す。


「ほんとな。室内で手伝わさせられてんのかね」

『流石に心配になってきたかな。どうする?クレイ』


 僕はクレイに意見を求める。

 クレイも不安がないわけじゃないからか、僕らに提案を持ちかけてきた。


「日が暮れるまで手分けしてキャスヴァニアを探さないか?本当に手伝っているなら村人たちに聞けばわかるはずだ」

『そうだね賛成。って言っても僕はクレイから離れられないけれど』

「おう、わかった。ついでにお前の誕生日プレゼントも買ってきてやるよ!」


 ケインはにっかり笑うと早速キャスヴァニアを探しに僕らから離れて行った。

 クレイもケインを見送ると早速近くの民家の扉をノックして、キャスヴァニアの所在を問う。

 しかし、村人の反応は曖昧で、キャスヴァニアはさっきっから忙しそうに村を走り回っているということしかわからなかった。

 クレイは納得できないまま村人にお礼を言って次の家へ。


 といったことをしばらく繰り返していたけれど、大体同じような内容しか返ってこなかった。

 でも、少なくとも一か所に閉じ込められていじめられているというわけではなさそうだ。


『村の配達でも手伝わされているんだろうか。それにしては全く会わないな』

『うーん、もっとはっきりした手掛かりがあればいいんだけどね』


 僕らが道端で悩みながら歩いていると、後ろから誰かが歩いてくる気配がした。

 クレイが気配に気づいて後ろを振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。

 綺麗な白い瞳にこの季節に見合わない薄着の衣装。腰まで伸びた白い髪。特徴的な黒い肌に長い耳。……ダークエルフ?


 ダークエルフ!?なんでそんなのがこんな村にいるんだ!?

 ダークエルフは人間とエルフに非友好的人種!

 保有魔力は闇属性で、どちらかというと魔物と友好的な人種だ!

 え、なんでいるの?ほんとになんで?しかも突然?


 クレイもダークエルフについての基礎的な知識はあるみたいで、突然の登場に警戒を示しながらも困惑を隠せないでいる。


「もし、少年。よろしいか」


 ダークエルフは僕らの反応を気にも留めず話しかけてくる。

 ……敵意は感じられない。


『クレイ、一応は敵意は無いみたい。それならこちらも友好的に接しよう』


 僕の指示を受けるとクレイは警戒を解いて姿勢を正して礼儀を示す。


「……はい、どうしましたか」

「魔王の封印を受けた子供を探している。心当たりはあるか」




 なんだこいつは。

 いきなり現れてクレイを探していることを伝えてきた。

 ダークエルフの女性は氷のように透き通った声で、クレイに問いかける。

 今、僕らには彼女が敵なのか味方なのかがわからない。

 一昨日の事件に関係があるの?黒幕の仲間なのかもしれない。一昨日クレイを仕留めきれなかった事実を受け、暗殺をしに来たのかもしれない。

 だけど、それにしてはこの人の気配は穏やかだ。敵意どころか殺意も全く感じない。これはまだ彼女がクレイこそ魔王が封印されている器だと知っていないからかもしれない。


 一切わからない。わからない以上、下手に返事を返せない。


「そいつに何の用だ」


 クレイは思わず身構えて答える。

 女性はクレイの敵意丸出しの姿勢を気にも留めずに口を開く。


「私は予言者ローリア。魔王の封印を受けた子供に予言を伝えに来た」


 淡々と聞かれた内容だけを答えるローリアと名乗る女性。

 クレイは予言を伝えるだけと聞いて一応信じることにしたのか、敵対を解除する。


「……その子供は俺のことだ。なんで今、俺に予言なんかを伝えに来た?」


 クレイが目的の子供だと知ると、ローリアは今まで凛々しく固めていた表情を悲しそうに歪ませた。


「ならば少年に伝えねばならない。私は十年前に魔王が封印されたちょうどこの日に、魔王に動きが無いかを神に問うた」


 ローリアは祈るように胸の前で手を組む。

 その手は震えている。ローリアは目に見えない何かに恐怖している。

 僕らはローリアが何かよくない予言を掴んでここまでやってきたんだと理解した。

 息を飲んで、言葉の続きを待つ。


「神は言った。十年後の今頃、魔王の封印が解かれ、魔王は再び世界に混沌をもたらす、と」


 ローリアは震える声で予言を告げる。


 思わず僕らは心の中で顔を見合わせる。

 すると、クレイは心の中で僕の両手を掴み、明るい笑顔を見せてきた。


『やったなアギラ!十年したら自由だって!』


 クレイは心の中ではしゃぎまわる。

 無邪気な笑顔で、年相応に、僕の自由を喜ぶ。


『待てよ?でも、十年ってことはそれまでは封印されっぱなしなのが確定するのか』


 クレイは封印解除までの年月に気付くとしょんぼりとしてしまった。

 しかし、すぐに元気を取り戻して僕に向き直る。


『でも、それまではずっとアギラと一緒だ。俺は嬉しい』


 一喜一憂を繰り返していたクレイは、最終的に幸せそうに微笑んだ。

 だけど、僕は内心穏やかではなかった。


 十年後に封印が解けるのはまだいい。

 だけど、僕が再び()()()()()()()()()()

 信じたくない。だって、僕はもう人々を傷つけるつもりはない。

 殺すつもりも、陥れるつもりも、玩具にする気もさらさらない!

 なんで、そんな僕がまたみんなを傷つけるような真似をしなくちゃいけないんだ!

 この予言は間違っている!そうだ、そうであって欲しい!


 いや、そうか、混沌といっても何も人々を殺すことが確定しているわけではない。

 僕が復活して、世界中が勝手に驚いて怖がってパニックになってしまうだけかもしれない。

 それも嫌だけれど、そっちの方がマシだ。人々が怖がって僕を封印しようというなら僕はそれに従って封印されれば事態は収束する。犠牲が出てしまうから、できれば高度封印は使ってもらわずに居てほしいけれどね。


 だけど、もしも。

 もしも、解き放たれるのが今の僕ではなかったら。

 ()()()()()()()()()だったら。


『嫌だ!人々に混沌をもたらすなんていやだ!僕は、僕はどうすればいいの!』


 僕は思わず強い念をローリアに向けて放った。

 ローリアは胸の前の手を解くと、殺気を放ってクレイに向き直った。

 クレイも思わず姿勢を低くして武術の構えを取った。


「少年、答えろ。今の声は魔王の声か」


 ローリアは冷や汗を一筋流しながら、隙を見せずにクレイを強い眼差しで見つめる。

 クレイは困惑しながらも、とにかく正直に話そうと口を開いた。


「そうだ。今のは俺の中の魔王の声。だけど、今は反省している。人々を傷つけるつもりはない」

「馬鹿な。もう既にここまで封印が弱まっているのか。これでは十年も持たない」


 ローリアはクレイの話に聞く耳を持たず、封印が解けかかっているという事実にだけ警戒をする。


「話を聞いてくれ。アギラは、アギラは悪い奴じゃない!それは、昔は酷いことをしたけれど、もう二度と人を殺めることはしない!」

「まずは少年を籠絡し、自分の駒として使うことを選んだか。このままではいけない」


 ローリアはクレイに瞬時に距離を詰めるとクレイの右目に手を当てた。


 次の瞬間、僕らの心の中にローリアの姿が現れた。

 そして、僕の魂の姿を見止めると、低度封印魔術の術式を展開して距離を詰めてきた。

 僕を二重に封印する気だ。

 まずい。二重封印にどれほどの効力があるかはわからないけれど、間違いなく僕はしばらくの間表に出られなくなるし、クレイともみんなとも話は出来なくなってしまう。

 僕はまた、あの暗闇の中に囚われてしまう!




 何が悪いんだろうか。

 最初から、僕は封印されていて然るべき存在だ。

 それだけ多くを苦しめた。それだけ多くを犠牲にした。

 クレイが僕と同じくらい寂しがるから交流を絶ちたくはない?それは逃げだ。

 僕が一人になりたくないだけの、汚い言い逃れだ。


 今のクレイには父親がいる。ペットもいる。友達だってたくさんいる。

 村の人たちにも認め初められた。もう一人じゃない。

 僕がいなくなったら悲しむだろうけれど、その悲しみもみんなが励ましてすぐに忘れてくれるはずだ。

 そもそも低度封印という短い間だろうし、またすぐに会える。


 僕はその間、ひたすら眠りについていればいい。


 ローリアが近い。もうじき手が届く。

 次、クレイと会う頃にはどのくらい大きくなっているかな。


『やめろ、やめてくれ!』


 クレイの魂が僕とローリアの間に割って入ってきた。

 待って。このままだとどうなるんだ?このままじゃクレイが……!


「させねぇ!!」


 突如、空から声と共にクジラさんが降ってきてローリアの手を蹴っ飛ばし、クレイとローリアの体を引きはがした。

 同時にアルもやってきて、僕の肩を支える。

 ローリアは油断を突かれた表情で大きく後退する。


「待て!勇者カナト!何故勇者が邪魔をする!」

「こっちは全部事情を知っている。魔王の封印を強める必要はない」


 ローリアはクジラさんに大きく吠える。

 クジラさんは冷静にローリアの行為を止める。


 あれ、おかしいな。


「しかし、封印は間に合った。少年の中の魔王は封じられた」


 ローリアは一息つくと蹴られた個所をさすりながら僕を見る。

 クジラさんとアルはハッとした表情で僕を見つめている。


 僕は封じられた?

 あれ?

 なんで?

 おかしいよ。




 どうしてクレイの視線が、クレイの体が、僕の意思で動かせるんだ。


『クレイ!?クレイ!!』


 僕は必死に自分の中に意識を集中してクレイの姿を探す。

 すると、クレイは目の前に居た。


 まるで、小さな宝石のようだ。

 なんで、なんでこんなに小さくなってしまったんだ。

 クレイは、僕の魂の手のひらに乗るほど小さい緑色の宝石の中に閉じ込められている。

 宝石の中には、おそらく何も感じなくなったクレイの、力の抜けた魂体がある。

 意識はあるはずだ。だけど、封印直後の僕のように、何もできない。


 クレイは、僕を庇って封印されてしまった。


「……馬鹿な、封印する魂を誤ってしまったのか!?」


 目の前の女は自分のミスに気づき、恐怖と驚愕を混ぜた表情をしている。

 クジラさんとアルは、すぐに僕の様子に気付いたみたいだ。

 クジラさんは言葉も出せないような苦しい表情で僕を見つめている。

 アルは何も言わず、今までに見たことが無いような険しい表情であの女を睨んでいる。


「なんてことをしてくれたんだ」


 僕は、怒り任せに声を出した。

 クレイを孤独の闇の中に封じ込めた女の顔は青ざめる。

 ふざけるな。お前がやったんだ。

 悪気はなかったなんて顔をするなよ。

 お前のせいでクレイは少なくとも一か月。長くて何年もの眠りにつくことになってしまったんだ。

 ようやく友達もたくさんできて、お父さんにも会えて、お父さんを救うっていう目標も出来て、村の人たちにも認められ始めてようやくこれからだっていう時に!


「お前は、僕の親友になんてことをしてくれたんだ!!」


 僕は語気を強くして叫び、目の前の憎い女に飛び掛かった。


「やめろ!」


 だけど、僕の身体は途中で静止させられる。

 クジラさんが僕を取り押さえたんだ。


「やめてよ!離して!アイツが、アイツがクレイをこんな目に合わせたんだ!許せない!」


 僕は感情のままに暴れる。

 クジラさんは全力で暴れる僕を押さえつける。

 なんでだ、なんで止めるんだ!僕はアイツが憎いんだ。止めないで!


「冷静になれ。彼女は何も知らなかった。だからお前を封印しようとした。それだけだ」

「それがなんだよ!クレイは、これからクレイは長い年月暗闇の中に閉じ込められるのに、それを間違えましたで済まされてたまるか!」


 この怒りは正しいものだ。僕はアイツを許してはいけない。

 僕は、アイツを。アイツを!


「アギラ様。クレイ様が悲しみます。例え、見えてなくとも」


 アルの声で、ふと我に返る。

 そうだ。クレイが泣いちゃう。

 そうだった。クレイはどんなことがあっても自分だけしか傷つかないのであれば、相手を過度に罰することなく見逃してしまう奴だ。

 特に、今回のローリアの狙いは僕だった。クレイを傷つけたかったわけじゃない。

 冷静に考えて。今目の前の女性は荒れ狂う僕を見て怯えているよ。




 あれ、なんで僕はこんなに怒り狂ったんだろう。

 確かにクレイが封印されてしまったのは、この上なく辛い。悲しい。寂しい。

 だけど、ローリアの行動は仕方ない。僕が怖いのは全世界共通の意識だ。

 世界を破滅させるかもしれない奴の封印が解けかかっていると知って、封印できる力が自分にあるならば、それを使って止めようとするのが普通だ。

 確かにやり場のない怒りはある。


 だけど、なんでそれを正しい考えを持った人にぶつけようとしているんだ僕は。

 いや、まだ怒りをぶつけるだけならいい。

 なんで()()()()()()()()()んだ?


「勇者よ。そのまま取り押さえていてくれ。今度こそ魔王を封印する」


 ローリアは恐怖を抑え込みながら、落ち着いた僕に近づいてくる。

 クジラさんはその間に割って入り、ローリアを睨みつける。


「相変わらず話を聞かないな。いいか?この魔王は今みたいに怒らせない限り、危険はない」

「怒らせた?何故だ。どこで怒りを買った」

「察する能力も相変わらずとろっとろか。俺の息子をお前が封印しちまったことに腹立ててんだよ。ついでに俺も腹立ててる」


 クジラさんは刀を抜いてローリアに向ける。

 ローリアは理解しがたいという表情でクジラさんを睨みつけている。

 二人は知り合いか。そうか。傷つけなくてよかった。

 殺さなくて、本当によかった。


「失礼しました、アギラ様。何やら不穏な空気だとは感じておりましたが、彼女が行動してようやく気付くことができました。慌ててカナト様と共に転移魔法で助太刀に来ましたが、間に合わず」


 アルが僕の隣に立ちながら、視線を落として謝罪を述べる。


「大丈夫。僕は……僕は、平気」


 僕はそっと心の中のクレイを見つめる。

 何の反応も無い。

 今頃、真っ暗闇の中で僕のことを呼んでいるのかな。

 寂しくて、泣いてしまっているかもしれない。


「ローリア、だっけ」


 僕が声をかけるとローリアは全身を震わせて身構えた。

 僕はなるべく平常心に戻して、ローリアに話しかける。


「クレイは僕の親友だ。封印を解除できる?」


 ローリアは僕の言葉に驚愕して、全く理解ができないといった表情を見せた。


「何故、魔王が人間の少年の解放を求める。その体でも本調子ではないとはいえ、このままならば暴れ狂うことは可能のはずだ。その行為に、少年の魂は要らないはず。何故解放を求める」


 ローリアはクジラさんの言う通り、全く話を聞かないし、全く理解する気が無いようだ。

 僕は根気強くローリアに訴える。


「僕はクレイの親友だ!解放してよ!」


 ローリアは困惑している。

 何度言ったらわかってくれるんだろう。

 早く、早くクレイを自由にしてあげてよ。


「どうした。何の騒ぎだ」

「ダークエルフ!?なんでこんな場所に!」

「なんだ!また事件か!」


 流石に僕らが揉めている様子に気付いたのか、村人たちが集まってくる。

 ローリアは人が集まってきたのを見て、転移魔法を展開する。


「待って!話はまだ終わっていない!」


 ローリアは結局最後まで僕らの話を聞かずに、転移魔法で去って行ってしまった。


 僕らはここに取り残された。


「……はぁ、アイツはいつも面倒ごとを作る」


 クジラさんは力なくその場に座り込んだ。

 実の息子が封印されてしまったんだ。ショックを受けていないはずがない。

 村人たちは集まってきて僕らに何があったか問いかけてくる。

 クジラさんは帽子で顔を隠しながら自分はクレイの家で厄介になっている冒険者だと名乗り、先ほどのダークエルフは勘が鈍いが故に迷子になっていた者だと説明した。

 勘が鈍すぎて全く話が通じずに口論になっていたとも話すと、村人たちは僕ら全員に真実か問いた。

 僕はクレイのフリをして答えた。

 僕の応答に誰も疑うことなく、納得してその場から去っていった。

 誰も、クレイと魔王が入れ替わったことなんかに気が付かず。


*


「アイツはローリア。ダークエルフだが予知能力がある。神と交信ができるとは言っているが、ダークエルフの神は邪神だ。正しく導く時もあればそうでない時もある。だが、アイツは神の言葉の全てを信じ、人々を無意識に混乱に導いてしまう。アイツにとっては神の言葉以外無いに等しい。だから、いっつもあんな感じだ」


 家へ戻ると、クジラさんは真面目な態度でローリアについて説明してくれた。

 ほんとに面倒そうな人だ。

 クジラさんも嫌そうに話している。


「悪気が無いのが尚更悪い。ということですね。さて、どういたしましょうか」


 アルはいつ人が訪ねて来ても良いように人の姿で待機している。

 僕はどうにもできないクレイの魂を見つめながら考える。


「封印を解く方法ってないの?」

「ある。前に幸太郎に話した方法だ。勇者職の奴に許しを貰う。肉体は既にここにあるから、必要ない」


 そうか。今ある体と別個で復活したいなら肉体を用意しろって感じなんだろうね。

 となると、もし僕の封印が解けたときに肉体を用意しなかったら、クレイと僕で体を奪い合うことになっちゃうのかな?

 もしくは今みたいな感じになりつつ、しょっちゅう入れ替われるようになるのかも。

 それならちょっと面白そうだ。


「でも、問題は勇者職の人なんだよね。クジラさん、知り合いに居る?」

「全員魔王討伐戦の時に死んだ」


 おう……ごめんなさい。


「低度封印なら使った人が解けるとか……」

「それだったら俺がとっくにクレイに使って、お前にヘサエイラって奴を探させてるだろ」


 クジラさんは少し苛立ち気味に言う。

 それもそうだ。

 と、なると……。


「やっぱり、クレイはしばらくずっとこのまんまなんだね……」


 僕らの周りの空気は沈みこむ。

 誰も、反論を出してはくれない。


 クレイは死んだわけじゃない。封印が解ければ戻ってくる。

 だけど、いろいろと問題がある。

 一つはクレイが暗闇の中に囚われてしまったこと。無感覚の闇の中、幼いクレイの心が耐えきれるか心配だ。

 一つは残り少ないクジラさんとの貴重な時間を失ってしまうこと。呪いを解くことができれば無問題。でも、呪いが解けなかったり、クレイが封印されている最中に呪いが発動したらたまったもんじゃない。

 一つは貴重な少年時代の時間を同じく失ってしまうこと。クレイはこれからもっといろんな人と交流して、もっとたくさん経験を積む必要がある。そのうちの一か月から数年の間が空白だなんて最悪だ。


「あー、あの時、感情任せにローリアに話しかけていなければ……」


 もしも予言が必ず当たるわけじゃないと最初からわかっていれば、僕はあそこまで取り乱さなかった。

 だって、予言ってなんだかんだで当たる気がするじゃん。

 危険な予言が外れるのだって、それまでに主人公たちが頑張って行動した結果外れるっていうのが常識じゃん。

 だから僕は必死で聞いちゃったんだよ。


「……悔やんでもクレイは眠ったまんまっす。これからのことを考えましょ」


 クジラさんは手を叩いていつも通りの口調に戻る。

 だけど、心の調子はいつも通りのごちゃごちゃした感情ではなく、素の辛そうな感情だ。

 なかなか受け入れられないよね。この中で一番つらいのはクジラさんかもしれない。


「これからの事といえば」


 アルはぐるりと家の中を見渡す。

 煌びやかな飾り、豪華な食事。

 クレイの誕生日のために準備し終えた部屋が、僕らの胸を締め付ける。


「クレイ、封印から戻ってきたらたくさん祝ってあげるからね」


 僕はクレイの魂に優しく語り掛けた。


「っす。じゃあ片付けます。主役がいないんじゃ、祝えないっす。参加者のみんなにも悪いっすっけど、事情を説明しましょう」


 クジラさんは部屋の飾りつけを外し始めた。

 うん、そうだよね。このままパーティをするわけにもいかない。

 もしするとしたら皆を悲しませないために、僕がずっとクレイのフリをし続けることになる。

 クレイのための祝いの言葉も、誕生日プレゼントも、全部全部僕が受け取ることになる。

 そんなことをしたら僕が悲しみに耐えきれなくなって死んでしまう。


 僕もアルも、クジラさんを手伝ってパーティの片づけを始めた。

 みんな言葉を交わすことなく、静かにひたすら片付けた。


 ああ、生まれて初めての誕生日パーティでクレイをお祝いしたかったな。

 きっと、素敵な思い出になったはずなのに。

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