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002 罪の意識と葛藤と

 僕は確かに僕が封印されている先の子を守ると言った。

 でもどうすればいいんだろう。

 前にも言った通り、今の僕はいうなれば何もない空間に目隠し磔にされた状態。暴れることはおろか、喋ることも聞くことも見ることも何もできない。

 そう、何もできない。


 よくもまあ一家庭を不幸にしたお詫びにこの子守るとか言えたよね。

 いや、できそうな気がしたんだよ。だってチート魔王だもん。手をかざして滅びろって言ったら国一つ滅ぶもん。こんな真っ暗闇の中でもさ、力んだら光とか照らし出せる気がしたんだよ。


 答えは無!できません!

 ごめんなさーい!勇者さーん!

 もう悪さも何もしないので、封印解いてくださーい!

 勇者さーん!


 はぁ、どんなに叫んだところで誰にも届かない。

 そもそも叫ぶことすらできていない。

 こんな状況がいつまで続くのやら。


 仕方がない、少し自分の今までの行いについて整理しようと思う。


 僕が奪ったのは一つの家族だけじゃない。前世の記憶が戻るまでは、まさしく悪の王。人々から金、食料、命、奪えるものは奪いつくした。それも必要だったからじゃない。奪うという行為そのものが娯楽だった。

 奪った後は意味もなく燃すことなんてざらで、本命は絶望する人間たちの表情を遠くから魔術で覗き見ること、仕返しで攻めてきた人間を残虐の限りを尽くして殺戮するのが趣味だった。

 吐き気がするほど趣味悪いな。


 そんな昔の、といってもついさっきまで記憶がなかった頃の僕が、なぜ一度に何千万人も殺して封印されるまでに至ったか。

 話は簡単だ。

 人間に飽きたのだ。


 人が蟻をいじめている姿を想像してみればわかる。

 人が魔王で、蟻が人間たち。

 運んでいる餌を取り上げる、巣穴をふさぐ、蟻をつぶす。

 蟻たちはその仕返しに嚙みついてくる。

 それだけ。

 最初のうちは楽しいかもしれない。

 どんどん自分の遊び方はエスカレートして、火であぶる、手足をもぐ、水に落とすなど、様々な手法で蟻たちをいじめ抜く。

 でも、蟻たちは何にも変わらない。

 いつか、自分の遊び方も全て出尽くしたら、それでも尚、蟻たちは噛みつくことしかできなかったら、飽きるよね。

 普通に飽きただけなら放っておいてもいいけれど、毎日毎日ちくちくと噛みつきに来る蟻たちを、普通の人ならどうする?

 面倒くさいからまとめて駆除するよね。

 だから、人類を一斉駆除をしようとした。それがさっきまでの僕。


 最初、僕が人類を滅ぼすと宣言した直後、人間たちは各国で話し合いを始めた。それぞれの国で友好関係、敵対関係、いろいろあったようだけれど人類の非常事態ってことで、全て忘れて協力関係を結ぶことに成功。各国の兵を総動員して魔王討伐軍を結成。その数総勢一億七千万。中には手練れの冒険者や、コロシアム殿堂入りを果たしたチャンピオン、偉業を成し遂げた七賢者に、魔王を裏切って人類についた四天王に……。

 挙げていったらキリがない。

 ん?なんで四天王が裏切ったのかって?

 人類がいないと成り立たない魔物だって多いし、人類がいなくなったら次は自分たちに矛先が向くってわかっているからだね。


 話が脱線したけれど、とにかく人類にとって最強の軍勢が完成したわけだ。

 これが一年前のお話。

 そして今まで一年間、僕はゆっくりと魔王討伐軍と戦ってきた。まとめて数百人と戦ったこともあれば、人類の間では名声のある人物と一対一で戦ったりもした。その人たちにとっては、大切な人たちを守るために魔王と死闘を繰り広げ、時間を稼ぐことができた有意義な一年間だったかもしれない。


 僕にとっては羽が生えた蟻を虫叩きで落としている気分だった。

 今までに無い変化だったから、新鮮な気分で相手をしただけだった。

 ただ、これまたすぐに飽きた。

 それがつい昨日のこと。


 昨日まで残っていた魔王討伐軍は一億弱。

 今日、さっきまで生き残った魔王討伐軍は一万弱。

 名高い戦士も、無名の兵士も、一日でまとめて始末した。

 一日中ずっと流星群のような魔力弾を降らせ続けたら、みんな躱すことに精一杯で反撃すらしてこなかった。

 弱い兵士はほぼ形無く死に絶えて、生き残れた強い兵士も生き残るために気力と魔力を全消費して瀕死に近い状態。

 それでも僕は余力を十分に残した状態で……こんなRPGがあったら僕はコントローラーを即ぶん投げる。無理ゲーにもほどがある。


 さて、そんな人類の窮地に突如現れたのが謎の勇者。

 覚えている姿が純白のぼさぼさ頭に、どこを見ているのかわからない透き通るような青い瞳。適当に剃った無精髭。ボロボロの薄汚れた全身真っ白な村人A服。

 簡単に言うとへらへらした白おじさん。

 そいつが僕に長年手入れもされていないような刃こぼれした刀で斬りかかってきた。


 これ、本当に勇者か……?

 多分、僕の予想だとレベルカンストした村人とかじゃないの?今まで魔王討伐軍の中に見かけたことがなかったのも、辺境の地で兵士として招集されることもなくのんべんだらりと暮らしていたからじゃないの?ただの村人Aがついに本気を出しただけとか。

 もしくは僕みたいに異世界からやってきて、チート技能を与えられて世界を救えって言われたタイプの苦労人か。


 ともかく、その白おじさんが唯一、僕に傷をつけられた人類だった。

 白おじさんは見た目によらず凄まじい刀の達人で、本気を出していない僕の目では刀の軌道を追うことができなかった。更に、的確に人体の急所に斬りこんで、あっという間に僕の身体を動けないものにした。

 それで、封印の術式を展開しながらの一言。


『君さぁ、本気出してないでしょ』


 見抜かれてる。

 こちらが手を抜いていることを完全に理解したうえで、封印するタイミングは今しかないと踏んで即座に術式展開に持ち込んだ。

 僕と白おじさんの出会いと別れまであっという間だった。


 正直、封印の術式を回避する余裕は十分だった。

 人体の即時回復で急所を全回復させたうえで回避すれば、何も問題はないのだから。

 そもそも、最初に刀の軌道が追えない時点でちょっとやる気を出していれば、今頃はまだ戦っていたかもしれない。

 だけど、しなかった。

 前世の記憶がなかった魔王は、力を出さなかった。

 何故なら、つまらないと思って見限った人類の中に面白い奴を見つけたから。


 だって、白おじさんも全力じゃなかったもん。

 明らかに小手調べといったにやけた表情で斬りかかってきたよ。

 なんだったら魔力保有量も見えていたけれど、僕よりちょっと少ないかそのくらいだよ。一日中魔力弾落としても疲れないなんて人類の身体じゃないでしょ。

 いや、どんなに鑑定しても人間で間違いなかったけれど。

 すごかったなぁ、最終兵器白おじさん。

 さっきの蟻の例えでいうと、蟻人間がひょっこり出てきたみたいな感動。

 すごい、こんな蟻いるんだ!となったら、みんなはどうする?

 今の僕だったら怖いから逃げる。

 だけど魔王は進化先が見たくなったみたい。オラ、コイツの子孫と戦いてぇぞ!みたいな。

 脳筋だなぁ。


 だから魔王はあえて戦わず、封印される道を選んだ。

 いつか封印が解かれた時に勇者の意思を継ぐ者たちと戦うために……。


 で、その時前世の記憶が蘇ったわけだけども。

 あのね、人格が交代したとか、前世を思い出した代わりに今世の記憶を忘れたとか、そういうのじゃないんだ。

 全部自分が今まで()()()()()でやってきたこととして、ありありと思い出せるところが非常に罪悪感を掻き立てる。

 ここまでくると普通は前世の記憶を思い出しても、性格っていうのは揺るがないものじゃないか。せめてそうであって欲しかった。最後まで悪役で居たかった。

 だけど、今ここにいる僕は、生前自由がなかった病弱な少年としての記憶が濃い魔王アギラディオスになってしまった。

 今更だけど、罪重くない?前世で何もできなかったとはいえ、やりたい放題しすぎたよね?もう死にたい。あ、死ねないのか。不死身だから。


 最悪だ。

 もう無期限封印でいい。頼む。なんでもいいから僕を殺してくれ。

 痛いのも苦しいのも前世でいやというほど経験してきたけれど、今ではそれすら軽いと感じる。

 どんなにポジティブな人間がいたとしても、きっとこの罪の意識に勝てる人はいない。

 人々から奪うだけ奪い尽くした罪、殺めてしまった数千万、いや、数億の人の命の重さは一人の人間の心じゃ耐えきれない。

 耐えきれるのは、それこそ魔王の精神力あってこそだ。


*


 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。

 僕が封印されて、何日が経過しただろうか。

 いつまでもこの暗闇が晴れることはない。

 僕の身体に感覚があるとすれば、今の僕の恰好は体育座りの膝に顔をうずめているような状態。

 そんな精神状況。

 この数日間で封印が解かれたらどうやって罪を償うか、さんざん考えてみた。

 いくら魔王でも人を人として生き返らせることはできない。あってゾンビかスケルトンか。

 死んで三日以内なら蘇生魔術で復活できるけれど、僕の封印が解けるのは最低でも十数年先。長くてもっと。とっくに蘇生期間は終わっている。更に絶望的なことをいうと、僕の攻撃でほぼ全ての死体は消し炭を通り越して消滅している。蘇生魔術を持った魔術師が大勢いても、無いものを生き返らせるのは無理だ。


 では人類の繁栄の手助け。

 魔王復活、こんにちは人類。今から心を入れ替えて優しくなります。

 誰が信じるだろうか。僕の一挙一動全てに疑念を持たれ、常に邪魔が入ることになるだろう。

 僕が畑を作れば燃やされ、街を作れば滅ぼされ、人にやさしくすればその人に危害がいくかもしれない。手助けは無理。


 こんな感じで案を思い浮かべては投げての繰り返し。

 それしかやることがない。

 それしかできることがない。


 ふと、僕が封印されているあの赤子のことが気になる。

 母親は封印のために命を落とし、姿ははっきり見えなかったけれど父親は魔王軍の残党を片付けるために赤子のもとを離れた、はず。

 ならば、今この子を育てているのは誰だろう。

 両親の血縁関係者か、孤児院の人たちか。

 まさか路地裏とかに捨ててないだろうね、お父さん。

 山に捨てて野生児化とかさせていないよね?

 お願いだから優しい人たちに育てられていてほしい。


 そういえば、僕の両親ってどんな人たちだったか。

 口を開けば夫婦喧嘩。僕がこんな風に生まれたのはどっちが悪いだのの罪の擦り付け合い。その喧嘩を僕が聞いていたとすればすぐさま何もなかったふりをして、僕を寝かしつけた。その後また喧嘩してた。

 正直、良い人たちだったのか、悪い人たちだったのかよくわからない。

 僕が危篤だった時には泣いてくれたのかな。


 今世の親はどうだったっけ。

 人間の夫婦のもとに生まれた僕は、直後に両親を殺してその血をすすっていた記憶がある。

 僕はそっと記憶に鍵をかけた。


 封印されている最中に垣間見た風景から、この赤子の両親はきっと穏やかな人たちだったんだと思う。何事もなければ、笑顔の絶えない家庭が築かれていたかもしれない。この人たちの子供であるこの子も、きっと穏やかな性格の子に育って、何不自由なく幸せに暮らしたかもしれない。

 全て妄想。だけど、ありえたかもしれない未来。

 全て僕が壊した。


 はぁ、ダメだ。

 何を考えても最終的に僕が悪い方向に考えてしまって、さっきからずっとネガティブ思考から抜け出せない。

 いや、何億の命を奪った身としては当たり前なんだけれど。


 しばらく無心で居ようかな。

 眠りにつく感覚で何も考えずにぼーっとしていたら、案外十数年なんてあっという間かもしれない。

 罪の償い方はその時また考えよう。どうにかなる。

 目覚めた直後に封印されたら、それはそれで人類が望むことだから僕は受け入れる。

 普通なら何年も眠るなんて気が遠くなる話だけど、今の僕は封印されて無感覚状態。感覚がないということは同じ状況が長期間続いても苦痛に感じない。

 ゲームとかで封印されたラスボスがよく眠りから覚めたっていう表現を使うのも、きっとこういう気持ちなんだろうな。暇だから寝るしかないんだろうな。


 というわけで、何か変化が起きるまで寝よう。

 おやすみなさい。


 もし今世が夢であれば、前世のベッドの上で目覚めてください。

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