019 救うならば最後まで
クレイは村が落ち着いて緊急会議が始まるまで、村の手伝いをすることにした。
クレイは以前、アスレイナ治療に治癒魔法を使っていたからと大勢の治療を頼まれたけれど、その治療は僕がしたものであってクレイは治癒魔法が使えないのを悩んでいた。
僕が咄嗟に教えて覚えられる物でもないし、その場では一応『犯人との対立で魔力を使い果たしてしまった』という口実にして事なきを得た。この村に魔力保有量を覗き見れるほどの腕前の魔法使いが居なくてよかった。
クレイには入れ替わった時の僕の勝手な行動のせいで迷惑をかけてしまっている。
『ごめんね、クレイ』
『気にするな。アギラのおかげでアスレイナも助かったし』
僕の謝罪に対して、誇らしげに許すクレイ。
ま、アスレイナを救った点に関しては反省していない、というかむしろやるべきことだと思ったからやったわけで。
十歳も行っていない幼い女の子を救えるのに見捨てるなんてありえないからね。
直接治療をすることができないクレイは、今自分にできることをやりに行っている最中。
そう、強力な助っ人を呼びに行っている。
クレイは家に着くと急いで部屋の扉を開け放った。
「アル、起きているか?」
静まり返った殺風景な部屋からはアルの返事はない。
隅に置かれた試練の箱だけが存在感を放っている。
クレイは試練の箱に歩み寄り、中を確認する。
そこには白くてまあるいぷよぷよが、緩やかに上下しながら存在した。
寝ているのかな?魂だけ眠る方法を自分で探すって言ってたし、いろいろ試すうちに寝ちゃったんだろうね。
そういえばアルが寝ている姿は初めて見た。こう見るとつやつやしてて綺麗だ。
「アル!起きてくれ!」
「おお」
クレイの揺さぶりと呼びかけの声と共にいつもの紳士声で目が覚めるアル。
うーん、やっぱり似合わないよね。この声。
「おはようございます、クレイ様、アギラ様。私は試練に打ち勝てませんでした。まだまだ未熟のようです」
「今はそんな場合じゃないんだ。村が大変なことになったから」
「なんと」
アルはクレイの発言を聞くなり自分の内部に神経を集中させた。
そして、ある程度察しがついたのかすぐにこちらへ戻ってきた。
「襲撃、のようなものがあったのですね。詳しくはわかりませんが死傷者が多数出ているということは理解致しました。そして、私が呼ばれたということは怪我人の治療を任せたいと、そういうことですね?」
『話が早くて助かるよ』
アルは試練の箱から這い出るとすぐに変化スキルで人の姿になった。
「では向かいましょう。さて、大勢の人前。ボロが出なければ良いのですが」
『心配ないと思う。アルの擬態は完璧だから』
ボロが出るって。よく言うよ。
クレイは先を歩いてアルを村まで案内する。
そして村人たちが集まる村の中心までやってくると、村人たちに指示を出している村長にアルを紹介した。
「村長、この人が俺の家に泊まっている魔法使いです」
「おお、この方が。忙しいところ申し訳ない。わしはこの村で村長をやっているフォギス・アウトラドじゃ」
「いえいえ、私こそ厄介になっている身でご紹介が遅れました。私の名はアルステム・フルバック。一か月ほど前からクレイくんのおうちにお世話になっております」
村長はアルに対して身なりが一般の魔法使いと程遠いせいか、第一印象に疑念を抱いている。
そりゃそうだよ。
この格好は舞踏会の主役だよ。
一国のお姫様と踊る人だよ。何勝手に抜け出してきてるんだよ。
アルも疑念の目で見られているのをすぐに理解したのか、辺りを見渡し始めた。
「では、特に容態が酷い方々の所まで案内していただけますか?早速治療致します」
「お、おお。ではよろしく頼みますじゃ」
村長に案内されて、近くの広い家まで連れてこられるアルとクレイ。
家の中には敷かれた毛布の上に重傷患者が寝かせられている。数は十二人。
「特に怪我が酷いのは彼らですが、他にもおりますじゃ。どうぞ、近くまで行って治療をしてやってください」
「いえ、近づく必要などございません」
アルはその場でにっこりとほほ笑む。
すると、優しい緑の光が部屋を満たし、患者たちの怪我は瞬時に回復した。
全体回復魔法だ。
それにしても瞬時に見えるほどの回復速度、僕と戦った七賢者たちと同じくらい敵にいると厄介だな。あの人たち、全員で互いに回復し合っていたから。
「なんと!もしやもう終わったのですか!?」
「ええ、では次へ参りましょう」
腰を抜かして驚く村長ににっこりとほほ笑みかけるアル。
お爺ちゃんなんだから余り驚かさないで上げてね。ぽっくり逝っちゃったら大変だよ。
うん、村長はすっかりアルを信じたみたいだし、大丈夫そうだね。
『クレイ、僕らは別の所に行こう』
「村長、俺は今のうちに村の片づけを手伝ってきます」
「お、おお。すまないな。助かるぞ、クレイ」
クレイは村長に別れを告げると家を出た。
そして、目についた落ちている道具を片付け始める。
……道具の先には赤黒くなった血が痛々しく付着している。
クレイは改めて今回の事件の胸糞悪さに顔を歪める。
「クーレーイーーー!!」
その時、背後から強い怒りの感情と共に歩み寄る気配がした。
そして、クレイの頭に強い衝撃が走る。痛いっ。
振り向くと拳を固めたケインが怒りの形相でクレイを睨みつけていた。
「てっめぇ!散々俺の事コケにしやがって!」
「……悪かったって」
「いーや!反省してねぇな!どうせまたなんかあったら危険な場所に突っ込んでいくだろ!ガキは大人しくしてろ!」
めんどくさそうにするクレイを全力の怒りで叱りつけるケイン。
……あれ?ケインの全身の怪我が治っている。
もうアルに治療してもらったのかな?
「ケイン、お前もう治療してもらったのか?」
クレイも同じく疑問に思ったらしく、ケインに対して問いかける。
「いんや、歩いてたら急に緑色の光が出て治ったぜ」
アルの全体魔法の範囲内に入ってたんだね。
あの広い家の外まで届くなんて、すごい範囲だな。
「そんなことより説教だ!悪いガキにはきつい灸を据えなきゃなんねぇ!」
「や、やめろよ!俺は悪くない!」
ケインはクレイの頭を乱暴に掴む。
ふと、クレイがケインの表情を見上げると、ケインは悔しそうな顔をして歯を食いしばっていた。
「……テメェが死んだら、カナトさんにどう顔向けすりゃよかったんだよ。大人の俺が付いておきながら、むざむざ死にに行かせました、なんて言えるわけねぇだろ……」
ケインはクレイの頭を掴んでいた力を抜く。
ずっと心配していたんだ。
クレイよりも弱くて大怪我もしていたくせに、事件の黒幕のもとに向かって行くクレイを止められなかったことを、非常に悔やんでいたんだ。
自分のせいでクレイが死んでしまったら、そうでなくとも怪我をしてしまっていたらどうしようと、ずっと自分を責めていたんだ。
『クレイ、無茶させてごめんね。大怪我するかもしれなかったのに』
僕もケインの発言に思う所があった。
いくら村の危機だからって、クレイが強いからって、いろいろと無理にお願いしすぎていた。
結果的に村が救えた。
向かうのも、クレイと僕でなければ操られていた罪人の男の人も助けられなかった。
だから正しいことだったはず。
だけど、僕はクレイには謝りたいから謝った。
もし、男の人が本当に魔術師だったら、クレイは無傷では済まなかった。
仮定は仮定。だけど、子供に無茶をさせたのは事実。
クレイは僕らの発言をよく咀嚼し、飲み込む。
僕らの気持ちは理解してくれたようだけれど、クレイは不満そうに口を開く。
「二人とも俺が無鉄砲で馬鹿なガキだと思ってる。俺だって引くときは引く判断力がある。俺を信じろよ」
クレイは面倒くさそうに手にしていた道具をいじる。
「それに俺は子供だけど、俺が行かないと救えない命があった。結果論だけど俺が行くべき場面で間違いはなかった」
「……そうかよ。でも、お前を一発で殺せるような相手だったらどうしてたんだよ。判断する間もなく、パァンってな」
ケインはクレイの頭の横で閉じていた拳をパァッと開く。
クレイはケインの手を横目に見た後、ケインの目をまっすぐ見つめた。
「もしもで話すな。結果も見てくれ。……人救って返ってくる言葉が謝罪と説教なの、辛い。俺、みんなを救いたかっただけなのに」
クレイの声は沈んでいた。
こんなことで落ち込むなんて、やっぱりクレイは子供だ。
だから守られるべき存在なんだ。
だけど、確かに君は正しいことをやったね。
「……おう、説教垂れて悪かったな。お前は村の英雄だ。胸張れ」
『僕からも、頑張ってくれてありがとうね。クレイは偉いよ』
ケインは複雑な思いでクレイの頭を撫でながら、僕は微笑みながらクレイを褒めた。
クレイは口を結んで少しむずがゆそうな顔をしていた。
「……ん?待て、二人?さっきお前二人っつったよな?ここには俺しか居ないだろ」
ケインは気づくと顔を青ざめさせながら辺りをキョロキョロと見渡して誰かを探す。
クレイが口を滑らせてしまったばっかりに要らぬ不安を与えてしまった。
ちょっと、クレイ。ちゃんと訂正しておいてね。
「ああ、俺は俺の中にいる魔王と話ができるから」
待ちなさい!!!
何言っちゃってんの!?僕と話せることは門外不出の秘密でしょうが!
クレイくん最近お口緩いよ?やめて、僕と話せることをそんな簡単に言いふらさないで。
というかなんで相手に心の準備もさせずにカミングアウトしちゃうかな。
こういう所にクジラさんの血の流れを感じるよ。
二人そろって空気作り下手か。
あーあ、ケインも余計に顔を真っ青にしちゃったじゃん。
今まで恐怖の感情を抑え込めていたのに、今じゃ感情爆発してるよ。言葉失っちゃってるよ。
『クレイ、なんで僕の事話しちゃったの!』
僕はクレイを叱りつける。目の前で縮こまっちゃった犠牲者のためにも。
『なんでって、ケインには話しておきたかった。俺の友達になら、アギラのことは知っておいてほしいから』
クレイは悪びれた様子を見せることなくケインを見る。
「ケイン。アギラは昔は悪い奴だった。でも、今は反省しているし、さっきも村を救うために俺と協力してくれた。いい奴、って言ったらみんな怒るだろうけど、俺はいい奴って思ってる」
「……お前、それ正気か?」
ケインは震えながらボロボロ涙を流している。
当たり前だよ。いくら鵜呑みのケインでも、マオウイイヤツ、ヒトコロサナイなんて信じると思う?
特にケインは昔、僕の軍のせいで街を滅ぼされて、唯一生き残ることができた僕の明確な被害者だ。
そんな簡単に事が済むはずがない。
この場は荒れることになる。
「俺は正気だ。ケインは前にアギラと話したことがあるぞ」
「……噓でしょ。どこでクレイさんのフリしてたの。どこで俺の心臓を食べる気だったの……」
あーあ。ケインが壊れちゃった。
クレイからも距離を取ってるし、もうこれは絶交かな……。
「俺がキャスヴァニアを倒したことになっているけど、あの時だ。キャスヴァニアを気絶させて、その後寝るまでずっとアギラのままだった」
「ああ……あの時、なんですね……」
クレイは淡々と説明する。
ケインはあの時の様子を思い出しながら魔王に怯える。
でも、いきなりケインは落ち着き始めた。
少し視線を上に向けながら何か考え事をしている。
「はあああああ!?」
そしていきなり叫んだかと思ったらクレイの目の前に歩み寄って、クレイの肩を掴んで勢いよく揺さぶり始めた。
「アレが魔王!?あの、あの俺の相談乗ってくれた奴が!?」
「や、やめろよ!そうだよ!俺じゃねぇよ!」
ケインはクレイの肩を離すと魂が抜けたような顔になった。
そしてその場にしゃがみ込むとぶつぶつと呟き始める。
『クレイのせいでケインおかしくなっちゃったじゃん』
『俺のせいかよ』
『クレイのせいだよ。ケインは僕に人生をめちゃくちゃにされたも同然なんだよ。恐怖そのものだよ』
クレイは心の中でハッとした表情になった。
気づいてなかったの。ケインが被害者なのを忘れていたんだ。
クレイは慌ててしゃがんでケインに目を合わせようとする。
「わ、悪い。ケインが魔王軍に町を滅ぼされたのを忘れていた。……アギラの罪は俺の罪同然だ。一緒に恨んでくれ」
クレイはケインの心情を察して申し訳なさそうに眉を下げる。
ケインは相変わらず俯いたままだけれど、ピタリと呟くのをやめた。
「……魔王、お前、俺に言うことあるよな?」
ケインは俯きがちにクレイを睨みつけながら、語気を強くして言い放つ。
「……ごめん」
クレイは思わず視線をそらして謝る。
「今のは魔王か?」
「え、ち、違う。アギラは簡単には表に出てこれない。俺が気絶した時くらいしか」
「じゃあ、お前は黙ってろ。いや、俺の問いに答えた魔王の台詞を一字一句間違えずに俺に伝えろ」
ケインは怒りに満ちた表情でクレイを、いや、僕を睨んでいる。
直接僕の口から聞きたいんだ。
ケインは大きく息を吸い込んでから吐いて、そして魔王に対して問いかけた。
「魔王、お前は俺の町を滅ぼしたこと、どう思ってんだ」
『……取り返しのつかないことだと思っている。僕が謝ったところで君の家族や町の人たちが帰ってくるわけじゃないって理解している。でも、謝らせて。申し訳ありませんでした』
クレイは僕の言葉を絶対に間違えないように気を付けながらケインに伝えた。
ケインは目を閉じてクレイの言葉に耳を傾け、静かに頷いていた。
そして、聞き終わってから一言。
「お前の中にいんの。本当に魔王か?」
と、間が抜けた声で問いかけてきた。
魔王だよ。君の町を滅ぼした魔王だよ。
信じてよ。いつも鵜呑みにするんだからさ。
「アギラは魔王だ」
「偽物掴まされてんじゃねぇか?なんかお前の通訳した言葉からは邪気が一切感じられねぇんだよ」
ケインは唇を尖らせながら奇妙な物を見る目を向けている。
「俺の相談乗ってきた奴もよ、演技じゃなく俺を心配してたしよ。お前の中にいる奴、偽物なんじゃねぇか?」
なんだよ。
クレイといいクジラさんといい。
何回か言葉を交わしただけで良い奴認定したり、前世の性格ってだけで勇者扱いしたり、相談乗ってあげたからって偽物扱いしたり。
そんなに僕って魔王っぽくない?
確かに魔王っぽくなくなったけれど、僕の中にある罪はいつまでも本物なんだよ。
僕はみんなに嫌われるべき魔王なんだよ。
「俺はアギラは嘘ついていないと思う。母さんも、アギラを封印するために命を落としたんだし」
「マジかよ……。っつーっと、偽物の線は無くなるのか……んじゃ他は……」
再びケインはぶつぶつと小声で独り言を始めるけれど、クレイの顔が近いからところどころ聞き取れる。
ケインはさっきから僕がいい奴になった理由の仮説を立てている。
頭打って性格逆転した説、クレイに引っ張られて善人になった説、やっぱり封印の最中に別人が紛れ込んだ説。
『ケイン、僕は悪いことをしていた記憶もあるし、悪事を働きたいって願ってたこともしっかりと覚えている。僕は本物の魔王。君の町の仇。クレイ、伝えて』
クレイは通訳すべき言葉だと思ってなかったのか、もう一度聞き返してからケインに伝えた。
「マジで?」
『マジ。だから僕を恨め、憎め、嫌悪しろ』
訝しげな顔をするケインに僕は挑発するような態度で言った。
クレイにも挑発するように通訳してとお願いした。
通訳が終わるとケインは腕を組み、難しい顔で唸り始めた。
「……わかった。お前の事は許せねぇけど、反省してるってことは信じる。その調子でもう悪いことすんなよ」
ケインはそういうとクレイの、僕の頭をポンと叩いて乱暴に撫でた。
それ、本当に許してないの?
僕は今から言う言葉全部を通訳してもらうように頼んでから、心の調子を整えてケインに向かって思いをぶつけた。
『許してないなんて嘘でしょ。数億人殺した魔王だよ。もうやるな、でケインの気持ちはすっきりするの?』
「許してねぇっつってんだからすっきりするわけねぇだろ。お前が何やろうとしたところで大っ嫌いだ」
『じゃあそんな言葉で済むわけがない。僕をもっと嫌えよ。罵れよ。呪えよ』
「お前なぁ!その体がクレイのもんだってわかってんだろ!?クレイを挟んでまでお前を罵倒できるか!わかれ!」
ケインは苛立ちながら僕を睨みつけた。
そうか、僕を許したわけじゃないのか。
クレイがいるから僕に不満をぶつけないだけか。
そうか。安心しちゃいけないけれど、ようやく僕を許さないでいてくれる人が見つかってよかった。
それがいいんだ。それが普通。
『クレイ、ごめんね。挟んで喧嘩しちゃって』
「クレイ、ごめんね。挟んで喧嘩しちゃって……ってこれは言わなくていいのか」
クレイは思わず僕の言葉をそのまま口にしてしまった。
その瞬間、ケインは吹き出した。
唾がクレイの顔にかかる。
クレイが嫌そうな顔で唾を拭う。
『何すんの!クレイのかわいい顔が汚れたでしょうが!』
「ひゃっはっはっは!!あー!魔王が!魔王がガキ心配して謝ってやがる!ひー!うっそだろ!?魔王が、魔王が……!」
ケインは腹を抱えて転がる。
くそっ、ようやく僕を許さない人に出会えたと思ったけれどむかつくものはむかつく。
「はー、はー!よーし、やっぱさっきの無し!許すぜ、こんな魔王だったら!ガキみたいに拗ねるし、ガキみたいに謝るし、ガキみたいに人の心配するし!俺、気に入ったわコイツ!」
あああああああああああ!!もう!!もう!!もう!!
ケインも謝らないリスト直行!
今後何があっても開き直ってやる!
ばーかばーか!
『クレイ、ケインに絶交って伝えといて!』
「え、ええっと、アギラがケインとは絶交だって」
「ひーっ!もうこれ以上笑わせるな!ガキの中にガキがいる!とびっきり可愛くない奴が!だはーっ!」
ケインはそのまましばらく僕のことを笑っていた。
もうやだ。
僕、恨まれるのに向いていないのかな。
許されないことよりも先に許されることで心が折れそう。
*
村人はみんな他の場所で忙しいのか、僕らの会話を聞いていた人はいなかったようだ。
結局あの後ケインは長いこと笑い転げていた。
むかつくから途中で一発クレイに殴ってもらった。
そしたら笑うのをやめて一言「クレイを使うな」って言って怒った。
おう、言ったね?じゃあ次に表へ出た時に全力で殴ってやるからね?ってクレイに伝えてもらったら流石に怯えてた。
むかつくことされたからとはいえ申し訳ないことをしたと思っている。反省はしている。だけど後悔はしていない。
そして、今はケインと一緒に村を片付けながら回っている。
ケインは度々僕に向かって話しかけてきたけれど、言葉を返すためにはいちいちクレイを通して会話をしなければいけない。
だから人のいないところでだけ返事を返すという旨を伝えて黙ってもらうことにした。
正直、僕があまりケインと話したくないだけだ。馬鹿にされるもん。
「そういえば、キャスヴァニアたちはどこへ行ったんだろう。ケインは知っているか?」
クレイはふと思い出してケインに問いかけた。
ケインはキャスヴァニアの名前を聞くと顔を暗くして、クレイを手招きする。
キャスヴァニアの所まで案内してくれるようだ。
「こっちにいるのか?」
クレイはケインについていきながら質問を向ける。
だけど、ケインはキャスヴァニアの所に着くまで口を開かなかった。
僕らは村の中心の広場に到着した。
さっきから何度かここを通っているけれど、キャスヴァニアたちの姿をここで見たことはなかった。
「ここで会議するんだよな」
クレイは再確認をする。
だけどケインは無言を貫いて広場の近くにある深い茂みに入っていく。
クレイもそれに続くと、ようやく僕らはキャスヴァニアたちを発見した。
キャスヴァニアと利用された男性は、厳重な拘束具を付けられて茂みの中に放置されていた。
……二人とも先ほどまではなかった真新しいあざだらけで。
「どうしたんだ、これ」
クレイは驚愕の表情で立ち尽くした。
キャスヴァニアはさめざめと泣いていて、男性は痛みに耐えながら震えている。
「さっきっからよ。二人のことを許せない村人が通りがかりに殴る蹴るを繰り返しててな。見かけるたびに止めてたんだが、しばらく見ないうちに相当やられたな……」
ケインは二人の傍に寄ると励ましの言葉をかける。
二人は何も答えることはない。体力を消耗しきっている。
「ケインはこの男が冤罪なのは知っているのか」
「ああ。クレイが説明したのを村長から聞いた。俺もこいつらを殴る奴らに注意するたびに説明してんだが……」
ケインは二人を順番に眺めた後、やるせない気持ちで胸をいっぱいにして呟いた。
「『悪気がなかったにしろコイツがやったんだ』って開き直って、自分たちの暴力を正当化しやがるんだ。悪気が無かったんじゃなく、操られていただけだって説明してんのに」
聞く耳を持たない村人たちの怒りがこの二人を襲ったんだ。
確かにキャスヴァニアはA級指名手配で、今まで散々罪を犯してきた。
アスレイナの両親も殺したという理由もあって、村人たちの怒りは正しい。
いくら村人の救助活動をしていたからといって、到底許されるべきではない。
だけど、この男性はなんだ?
あの操っていた魔術師の駒にされていただけで、それ以外はただの一般人だ。
町で暮らしていた、平凡な町人だ。
罪を被せられただけで、操り人形にされていただけで、なんでこんな仕打ちを受ける必要があるんだ。
この人は、救うべき人なのに。
クレイは行き場のない気持ちで胸をいっぱいにした。
そして、その気持ちを決意で塗りつぶすとケインの腕を引いた。
「ケイン、俺たちにはこの後の緊急会議で発言権が与えられている。この二人を守ろう」
「ああ……って、キャスヴァニアもか?そりゃ、俺を手伝ってくれたし助かったけれどよ……」
ケインは困ったように頭をかく。
僕もキャスヴァニアまで助けるのは少し違うと思った。
いくら転生者でも彼女は犯罪者。
この騒動の中で再びクレイと遭遇した時、彼女はクレイに対して謝っていた。クレイを襲ったことを覚えていた。
そして、前世の記憶を思い出したのは昨日って言っていた。
つまり、彼女は前世を思い出す前の記憶も覚えていることになる。
僕と同じで、罪を覚えていることになる。
僕は彼女を許せない。
いくら前世の享年が六歳で、僕と同じで全てやった後で思い出して、全てのことを後悔していたとしても許せない。
僕は以前、彼女がクレイを殺しかけたことに対して非常に深い殺意を抱えていた。
この盗賊が憎くて、自分の手で拷問にかけて殺したいほどに恨んだ。
でも、今はもうそんな気持ちはない。
前述の影響で事情が変わったからだ。もう前のキャスヴァニアはいない。
だけど、僕は別の理由で彼女を許せない。
『彼女は僕と似ている。罪を犯していた時とは変わって、きっと反省しているし後悔もしている。この先も再び同じ罪を犯す気が無いのもわかる。だから、僕に彼女を許すことはできない。彼女を許してしまったら、僕も悪くないと言っているみたいで』
僕はクレイに胸の内を明かす。
クレイは呆れながら僕の言葉を蹴り飛ばした。
『キャスヴァニアの罪はキャスヴァニアの罪。アギラの罪はアギラの罪。一緒にして考えるな』
そうだ、と言いたいけれど、そう簡単に心の整理がついたらこんなに悩んでいないと思う。
だって、まるっきり僕と同じだ。
僕はキャスヴァニアを許せない。
正確には許す権利が無い。
同じ形で罪を抱えることになってしまった立場として。
「俺はキャスヴァニアに何があったのかは知らない。だけど、キャスヴァニアの心からは俺を襲った時の悪意が消えているのはわかる。同時に、別人のようになった。まるで無邪気な子供みたいに」
クレイはキャスヴァニアを憐れむ瞳で見つめた。
「子供、子供か。確かに今のキャスヴァニアは全体的にガキみたいになったな。でも、本当にガキになったわけじゃねぇ」
いくら子供を大事にするケインでも、キャスヴァニアはカウントしないみたいだ。
ただし、共に村を救った間であるだけあって、何も情が沸いていないわけではなさそうだ。
少し悲しい表情をキャスヴァニアに向けている。
「いや、前世の記憶があるとか言ってた。確か六歳で死んだのを昨日思い出したとか」
ケインは何か思い当たる節があったのか、少し考えると驚愕の表情で叫んだ。
「あー!そういやコイツ、昨日上司が派手に殴ったかなんかして、それ以来こんな調子だっつってた!と、なると……今のコイツは六歳相当のガキ……?」
ケインは残酷だと言わんばかりに顔を青ざめさせて口元を抑えている。
クレイも思わず苦虫を嚙み潰したような顔で歯を食いしばる。
中身が六歳の子供が今、目の前でボロボロになって倒れ伏している。
助けも呼べないほど衰弱して、泣いている。
事実を再認識して、僕も段々と気持ちが抑えられなくなってきた。
確かに今のキャスヴァニアは僕と同じだ。
だから、いくら中身が子供でも、重い罪があるならばその罪を抱えて償うべきだ。
違うよね?
クレイの言う通りだ。僕は僕、キャスヴァニアはキャスヴァニア。
一緒にするなっていうのは勝手に共感して勝手に罪の意識を押し付けるなってことで。
僕には僕の罪の償い方があって、キャスヴァニアもまた然り。
だったら僕と状況が同じでも、僕がどうこう言って無理やり同じ道に立たせるのは酷いじゃないか。
だから周りが僕を許すように、僕もキャスヴァニアを許そう。
もう好き放題許しちゃう。
転生者は途中から思い出したらそれまでの罪はノーカン!僕を除いて!あと開き直って犯罪を続ける人も!
『なんかかわいそうになってきたから許すことにした』
『……アギラ、お前はそれでいいのかよ』
ころっと意見を変える僕をクレイは冷めた目で見つめていた。
「……うし。俺は決めた。体が大人で犯罪者でも、中身が子供だってんなら話は別だ。こんな仕打ち受ける必要はねぇ。仮にまだ反省してないってんなら恐怖と暴力以外で更生させてやりゃいい話だ。ガキは吸収が早い」
ケインは決意を拳に固めて手のひらに打ち付けた。
「アギラもキャスヴァニアを許してくれるらしい。三人でこの二人を救おう」
「はっ、魔王様は寛大だな。任せな!」
クレイの決意に頼もしい返事で返すケイン。
その時、後ろの方でベルを鳴らす音が聞こえた。
間もなく会議を開始する合図だ。
おそらく村人たちの大多数が二人を敵視している。
その人たちの凝り固まった意見を覆すのは難しい。
特に、冤罪の男性を助けるならともかく、殺人の事実があるキャスヴァニアを弁護するのは骨が折れるだろう。
そして、キャスヴァニアを守ろうとすれば、当然向こうはアスレイナを証人としてぶつけてくる。
一筋縄じゃいかないどころか、下手をすれば不信感を買ってクレイとケインの発言権は無くなる。
だけどやるしかない。
クレイが無理やり僕と交代してまで助けた男性を犯罪者にされてたまるか。
六歳の性格になってしまったキャスヴァニアを傷つけられてたまるか。
『クレイ、二人を助けるなら最後まで戦おうね』
『ああ』
ケインはキャスヴァニアと男性に一言「もうしばらくの辛抱だ」と優しく語り掛けた。
そして、僕らは広場へと向かった。
冤罪と有罪を、両方とも無罪にするために。
 




