016 不本意な罪に罰はあるか 其の一
今、クレイの後ろには怪我を負って怯えている村人がいて、目の前にはゆっくりとこちらへ迫ってくる村の駐在兵の姿がある。
その手には、村人の血で濡れた剣を手にして。
「おい、どっちが悪者だ」
クレイは冷静になって両者に問う。
僕はてっきり村人が駐在兵に襲われたのではないかと思っていたけれど、そうか。
この村人が大罪を犯して駐在兵に追われている可能性もあるんだ。
だけど、それはおかしい。
いくら重い罪を犯したとはいえ、例外を除いて兵士が罪人をその場で殺すようなことはしない。
例外も、罪人が兵士に抗って戦闘を仕掛けてきた際にやむを得ず剣を抜いて戦うくらいだ。戦う気の無い相手を、ましてや丸腰で逃げ惑う相手をゆっくりと追い詰めることなんてしない。
致命傷攻撃を的確に狙うことはしない。
だけど、僕ならば相手の心の色を見れば、どちらが悪かある程度察せる。
今、怪我をした村人は心底怯えている。
対する駐在兵は……怯えている?
え?
『クレイ、様子がおかしい。この二人はどちらも怯えているよ』
『ああ、知ってる。だからどっちが悪いのかわからないんだ』
僕があれそれ考えるよりもクレイの方が一手先を見ていた。
クレイは迫ってくる駐在兵と怪我をしている村人を真剣に交互に見据え、警戒している。
更に駐在兵が近くなると、駐在兵も村人同様怖気づいた表情を浮かべていることがわかった。
村人も、駐在兵も、クレイの問いかけに答えずに時間が流れる。
「俺は悪くない……そいつが悪いんだ……」
先に口を開いたのは駐在兵だった。
剣を振りかざした腕を震わせ、相変わらず距離を詰めてくる。
「なら剣を下ろせ。そうすれば認める」
クレイは引かずに兵士を睨みつけながら命令する。
「それは出来ない!出来ないんだ!」
その時、クレイの背後で動く気配がした。
『村人だ!』
クレイは振り向きざまに視界に入った短剣を、すぐさま木刀で弾き落とす。
そして不意打ちを仕掛けてきた村人に木刀を向けた。
しかし、当の村人は何が起きたのかわからないといった表情で固まっていた。
次の瞬間、今度は駐在兵の方からクレイの方へ重い足音が迫る。
クレイはすぐに駐在兵に警戒を移したけれど、僕はそれは悪手だと勘付いた。
『クレイ!無視して二人が視界に入る位置へ移動して!』
クレイは僕の言葉に応え、その場で地面を蹴ると宙へ飛び、そのまま脇に生えた木の枝へと着地する。
そして、上から村人と駐在兵の様子を確認した。
駐在兵はそのまま、村人は落ちた短剣を拾って握りしめてこちらへ構えている。
様子がおかしい。
村人はこちらに向かって構えているのに、視線で警戒している対象は駐在兵だとわかる。
一方で駐在兵は困惑している。さっきまで怯えていたのに、今はわけがわからないという表情で視線をクレイと村人に交互に向けている。
これは……。
『クレイ!この人たちは操られている!襲い掛かるのは本意じゃない!』
僕がクレイに伝えた瞬間、血しぶきが上がった。
駐在兵が、村人の首を、急所を斬っていた。
そのまま村人は力なくその場に倒れ、この場に残されたのは僕らと駐在兵のみになった。
「なっ……違う!俺は……殺す気は……!」
駐在兵は青ざめた顔をしながら視線を村人に向けている。
だが、体と顔は僕らに向いていて、いつ襲い掛かってもおかしくはない臨戦態勢を示していた。
『無力化しよう。できる?』
僕は冷静にクレイに指示をしたけれど、クレイからの返事はなかった。
目の前で人の命が失われた。それも、救える可能性があった命が。
村人から流れ出る血が、積もった真っ白な雪を真っ赤に染めていく。
失血量が、この人はもう助からないと物語っている。
おそらくクレイにとって人の死を経験するのは初めてのことだ。
隠し切れない動揺が、色として心の中に、そして体の震えとして出ていた。
『クレイ!その人を無力化して!まだその人は助けられる!』
クレイはようやく僕の言葉の意味が分かった。
駐在兵が駐在兵自身に向けた剣を、クレイは木から飛び降りた勢いを木刀に乗せて弾き飛ばす。
駐在兵の剣は遠く、森の茂みの中に隠れた。
駐在兵は呼吸を乱し、涙目でこちらを見た。
「た、助かっ」
一息つく間もなく駐在兵はクレイに素手で飛び掛かる。
クレイは咄嗟の判断で森の中へ逃げ、駐在兵はクレイを追って後に続く。
クレイは距離を取りながら森の中である物を探して逃げ回る。
そして、ようやくある物を見つけると手際よく罠を組み始めた。
「た、助けてくれ!体が!勝手に!!」
一度クレイを見失い、時間をかけて探し回っていた駐在兵が近づいてくる。
『いけそう?』
『大丈夫だ。もうできた』
クレイはその場に待機して駐在兵を待った。
駐在兵はクレイを見つけると両手を前に突き出し、クレイの首を狙って勢いよく迫ってきた。
「ひぃ!逃げてくれぇ!!」
しかし、駐在兵はクレイの首に手が届く前に宙を舞った。
駐在兵はそのまま悲鳴を上げながら何度か宙でバウンドした後に宙吊りになる。
蔦と竹のしなりを利用した即席罠のせいだ。
先ほど、クレイは途中で丈夫な長い蔦を見つけて採取し、竹を見つけ次第木刀の一太刀で縦に割った。
そして、丁度良い固さの方の竹をしならせ蔦を結んで、足を引っかけた相手が元に戻ろうとする竹に引っ張られて宙ぶらりんになる罠にした。
クレイの器用さ、早業が成せた一瞬の罠製作だった。
『助かった。俺がすぐにやりたいことを理解して、作り方を指示してくれて』
『クレイもよくやったね。これでこの人から事情が聴けるよ』
クレイはようやく一息つくと、先ほどの村人が倒れている方角に視線を向けた。
『今は悲観している場合じゃないよ。駐在兵に何が起きたか事情聴取しよう』
僕はクレイを窘める。
本当はこの人から事情聴取する時間すら惜しい。
村でも同様のことが起きているならば、早く向かわないと大勢の死傷者が出ることになる。
だけど、それを今のクレイに伝えたら冷静さを欠いて村に突撃し、クレイにまで危険が及んでしまうかもしれない。
今は、悲しみに耐えて情報を得るべきだ。
クレイは黙ったまま頷くと、更に拘束用の蔦を採取して駐在兵に歩み寄った。
駐在兵は足を引っかけて宙ぶらりんのままだけど、罠を解除しようと身を起こしては力が抜けて逆さ状態に、と繰り返している。
「なんでだ、体が、体が勝手に」
戸惑う駐在兵の力が抜けたタイミングで、クレイは蔦を罠結びして駐在兵の上腕ごと体に引っ掛ける。
そしてぐるぐると巻いて固く縛ると、身動きが取れないのを確認して駐在兵を地面に下ろした。
「ああ、今度こそ助かった……もう誰も傷つけなくて済むのか……」
と言いながらも駐在兵の体は常に全身に力を込めて、巻き付いた蔦を突破しようと暴れている。
クレイは愁いを帯びた目で駐在兵に問いかける。
「何があった」
「はっ、聞いてくれ!村が、村が大変なんだ!」
駐在兵はクレイの声に我に返って、必死に村が危険であることをアピールする。
『クレイ、逸る気持ちはあると思う。だけど、落ち着いてこの人から全てを聞いて。それからでないと誰も救えない』
僕はわざと言葉を不足させてクレイの行動を制限する。
誰も救えないわけはないけれど、このまま向かえば情報不足でクレイの身が危険だ。
でも、自己犠牲の精神が強いクレイは、それを知れば突っ込んでいってしまう。
落ち着いてクレイが安全に、且つ多くの村人を救えるように最善手を選び続ける必要がある。
ゲームに例えるのは不謹慎だけど、ノンストップリアルタイムタクティクスだ。
クレイはなるべく無傷の生存、そしてより多い村人の生存が今回の勝利の条件だ。
クレイは僕の言葉を聞いて、感情を落ち着かせながら村人に再度問いかける。
「どう大変なんだ」
「どこから話せばいいんだ。とにかく、大勢が暴れているんだ!暴動だ!」
必死に訴えかける駐在兵。この人も今回の騒動を受けて混乱している。
暴動。そんな簡単な言葉で済むような内容じゃないはずだ。
だけど、今のこの人は質問が曖昧で大雑把であればあるほど、不適格な情報を返すボットになっている。
じゃあ、こちらが確信を突いた質問をすれば、的確な情報を渡してくれるよね。
『クレイ。この人は自分の意思で暴れたんじゃない。なら、この人の体を勝手に操る何かがあるはずだ』
「おい、自分の意思に背いて暴れた理由があるはずだ。心当たりはあるか?」
クレイは木刀をしまいながら駐在兵に問いかける。
駐在兵は心当たりと聞かれて正気じゃない思考で慌てて考える。
不安だけど急かしたら余計に情報が錯綜する。大人しく待とう。
「あぁ、心当たりならある!今日、俺たち村の兵士は指揮官に命令されて、全員村の北側に集められたんだ。常駐兵五名、駐在兵三名、指揮官一名。そして、一か月ほど前に捕まえた盗賊を王都への罪人輸送の馬車に乗せるため、俺たちはその様子を警備することになっていた」
駐在兵はクレイの質問の仕方が良かったのか、先ほどよりも比較的落ち着いた声で心当たりを一から説明する。
一か月前の盗賊、キャスヴァニアか。
アイツまだ村に居たんだ。
てっきりA級指名手配だし危険度が高いからすぐに連れていかれたと思っていたんだけど、片道徒歩一週間かかる王都への連絡、罪人輸送の安全なルートと手段の確保、他の罪人の輸送の問題も兼ねたらこのくらいかかるのかな。
待てよ、まさかアイツが何かやったんじゃ。
「そして、罪人輸送の馬車が到着し、俺が喚き散らす盗賊を馬車に乗せようとしたところで事件は起きた。指揮官が、様子を見物しに来ていた村人を斬ったんだ!途端に辺りは騒然となって、暴動が発生した!村人の大半が、俺たち兵士に襲い掛かってきたんだ!だから、俺は、俺はそのうちの一人を止めようとして……追いかけて……そしたら、途中で体が言うことを聞かないことに気付いて……」
駐在兵は自らの罪を思い出して怯え始める。
惨い。
だけど、何も原因はわかってはいない。
言いたいことはたくさんある。でも、今は我慢して一つだけ問わなければいけない。
「指揮官が人を斬った直前、何か変わったことはあったか」
クレイも僕と質問したい内容が一致していた。
駐在兵は直前、と呟いて少し黙り込むとハッとした顔で叫ぶ。
「馬車だ!馬車の中だ!盗賊を乗せる前に馬車の中で強めに何かが光った!俺たちはあの光を見た!」
馬車の中、盗賊とは別の他の罪人か!
おそらく、人の体を操る術を持った罪人がその術を隠して捕まり、何も対策されていないままこの村まで運ばれてきたんだ!
「具体的にどの奴かわかるか」
「さあ、だけど馬車の中が光ったのを見た!怪しい光だった!間違いない!」
クレイの問いかけに同じ言葉を繰り返す駐在兵。
これ以上のヒントは得られなさそうだ。
だけど、十分情報は得られた。
おそらく、馬車の中の光を見た人は全員自分の意思に反して人を襲うようになっている。正確には自他に限らず命を奪うように体が操作されている。
最初に動いたのは指揮官だろうけれど、角度によるけど他の兵士も見物していた村人たちもその光を見てしまったはず。
そして、術が発動して皆が暴徒化してしまった。
容疑者はクレイを襲った盗賊以外の罪人。
囚人服を着た奴には要注意しなければいけない。
村人たちは無力化を最優先。好ましいのはこの人のように縛ってしまうことだけれど、乱闘になっているであろう村の中ではそうも言ってられない。
だけど、良くて気絶。最悪の場合でも手足の骨を折る措置までに留まらせる。
間違っても命を奪う真似はしてはいけない。
方針が決まった。
僕はクレイに全て伝え、理解を貰う。
『行くよ、クレイ』
『ああ!』
クレイの言葉にはいつも以上にやる気がこもっていた。
村の命運がかかっている。やり遂げないと!
僕らは駐在兵をなるべく冷えない場所に移動させてから、村へと走った。
――――
俺、強くなってんのかなぁ。
なーんて、兵舎の窓から冬晴れの空眺めながらポツリポツリ。
ふと、カナトさんから預かってる心乱の書に目を向けて手に取ってみる。
んで、開いて怒り悲しみ激怒喜哀楽驚恐泣苦悲喜……。
閉じて一息。最近は三秒程度なら疲れも感じなくなってきた。
だけどやっぱり自分の魂なんて見つからねぇ。
あんの?俺に。魂。あるか。生きてるもんな。うん。
ふと思い立って自分、ケイン・カストラビは試しに腕をまくって力こぶを作ります。
うん、いい筋肉だ。申し分ない。
だぁけど実戦経験が皆無なんだよなぁ……。
俺はベッドに体をボフンと沈めて天井を眺める。
そろそろ飯食って、上司んとこ行って、クレイの監視を開始するっていつも通り騙して、修行に行かないとなぁ。
もう一か月も経ってるし、いい加減自分探しの旅も終わらせたい。
だって、せっかく俺の修行を見てくれてるのがあのカナト・ドルトムント!伝説の勇者!だぜ?!
普通にたぎるだろ、燃えるだろ、やる気出るだろ!早く手合わせできる域まで行きてぇ!
心乱の書の修行がだるいわけじゃない。むしろ、伝説級の修行っていうんなら最高だぜ!
ただ、次が楽しみで仕方ないんだよなぁ!こんなの、訓練兵時代の一年間の相手に強い先輩に当たった時以来のわくわく感だぜ!ま、先輩には勝てなかったけどな。
「ケイン、起きているか」
おっと、指揮官の声だ。やっべやっべ、起床時刻過ぎてんのにベッドに横になってる姿を見られたら、その気は無くともまだ寝るつもりかって叱られる。
俺は急いで飛び起きて扉を開ける。
「はい、自分ケイン・カストラビ。起床しております」
指揮官と顔を合わせると俺は姿勢を正す。
指揮官は良しといった顔で頷く。
「ケイン常駐兵、本日は王都への罪人輸送のため、クレイ少年の監視任務を中断して輸送の警備に当たってもらう」
は?マジ?
指揮官が言うからにはマジっぽいけど。
まあ、任務なら仕方ないよな……カナトさんたちには明日にでも謝るか。
「承知いたしました。全力で警備に当たらせていただきます」
「よろしい。では詳しいことは朝食の時に説明する。心して聞くように」
「はい!」
指揮官は俺に伝え終わると、隣の部屋へ行き声をかける。
こんな小規模の村じゃ仕方ないよな。兵士の人数も少ないし、わざわざ上司が連絡に出向かないといけない。
でっかい町だと伝達するだけの兵士がいるって噂を聞くけど、その仕事に意義ってあんのかな?
……いや、どんな仕事も立派な仕事だ。
俺のクソ野郎。ちゃんとどんな奴も自分の仕事に誇りを持ってる奴は敬わねぇと。
うっし、じゃあ朝飯食うか。
俺は部屋を後にすると食堂に向かった。
*
今日の任務は罪人輸送の警備!
俺の仕事は罪人を馬車に乗せるまでの間、細心の注意を払って罪人から村を守ること!
いいぞ、誇りある仕事だ。後は何事も起きなければ一番!
俺の配置は本日村から馬車に引き渡す罪人、キャスヴァニア・ウルティメアドからは離れている。
当然だ。俺はまだまだE級常駐兵。直接引き渡す係は俺より階級が上の駐在兵たちが行うのは当たり前だ。
そんなことよりも俺たち常駐兵は、一連の作業の見物人が必要以上に前に出ないようしっかりと見張らなければならない。
既に俺の後ろには大勢の村人たちが馬車の到着と盗賊の登場を待ちわびている。
怒りに目をぎらつかせながら。
ベルモット家、感じのいい人たちだったもんなぁ。
あの人たちを悪く言う奴はこの村にはいないくらいだ。
それがあんな残酷な殺され方されちゃあ皆怒って当然だろ。
「石を構えるのはいいですが、俺たち兵士や他村人に当たる可能性がありますので、投げるまではいかないでくださいね」
とりあえず、そうしてる村人が何人か見えたから忠告はしておいた。子供に当たったら大変だ。
そうこうしてる内に馬車到着。
うっへぇ、中には目つきの悪い罪人どもが詰まってる。
でも、どいつもF級とE級の犯罪者らしいし、そんなに大したことはないよな。
大したことがあるのは今から引き渡す方なんだよなぁ……。
キャスヴァニア・ウルティメアド。『深紅の炎』、A級指名手配。
この中で特級中の特級だ。
馬車の中で待機している兵士も、コイツのためにわざわざA級兵士二名を王都から召喚したらしいし、ここにいる奴ら全員からすりゃ化け物だ。
「これより、罪人、キャスヴァニア・ウルティメアドの王都への引き渡しを開始する!」
指揮官の号令と共に場の空気が一気に静まり返る。
みんな、人の命を奪ったクソ野郎の登場を今か今かと待ちわびている。
んで、ようやく駐在兵に連れられて盗賊が姿を現した。
「お、俺様じゃないぃ!!俺様は殺してないぃぃ!!」
クッソなっさけない盗賊の声がする。
様子が変だな。数日前に牢を見に行った時はさっさとやれよみたいな態度だったんだけどな。
今はみっともなく泣きわめきながら、盗賊は前に出るのを拒否してる。
何だあれ。
「おい、さっさと連れていけ」
「し、しかし、この女、力が強くて!」
指揮官の指示に上司も困ってる。
まあ、そりゃ強いだろうよ。A級指名手配だぞ?
むしろ、ここまで暴れておいて逃げ出していない方がおかしいっていうか。
「俺様はぁ!!俺様、は、殺したけどっ、殺してないんだよぉ!!」
あー、こりゃ錯乱してんのか。
自分の視界に馬車を認識して、いよいよ死刑台が近づいていることに恐怖して、狂っちまったんだな。
泣きじゃくりながら盗賊は強情にもその場に留まる。
「おい、昨日までの様子とは違うが、どうした」
「はい、昨日の晩、ベルモット家への最後の謝罪の機会を与えたところ、この女は余りにも多く死者を冒涜した言葉を吐き並べました。そのため、黙らせるために強い刺激を与えたのですが、それっきりこのように……」
駐在兵の勝手な行動に指揮官は呆れて叱り飛ばす。
んー、強い刺激ってことは頭を強くぶっ叩いたとか?
あー、それで脳がいかれたか。どんだけ強くぶっ叩いたんだよ……。
「やだぁぁ!!俺様は死にたくないぃぃ!!」
「死んじゃえ!!」
鈴の鳴るような声で辛辣な言葉が聞こえた。
この声、姿は見えないがベルモット家生き残りの長女の声だな。
見物人の後ろの方からってことは、あの小ささだと直接こちらは見えてないな。
いや、見たくないのか。自分と自分の親を傷つけた犯罪者の顔なんか。
んで、少女の声を皮切りに、村人たちから怨恨のこもった罵声の波が上がる。
「この人殺しー!」
「この悪党が!何人殺したんだ!」
「罪を認めろ!死んでしまえ!」
「ベルモット夫妻に泣いて詫びろ!!」
次々に沸いて出てくる怒りの声。
やめろっつったのに石が飛ぶ。
「ひっ、やだぁ!!やめてよぉ!!怖いよぉ!!」
盗賊はみっともなく子供みてぇに民衆に怯える。
はあ、A級ともあろう奴が、情けねぇ。
「もういい、中の兵。この女を連れていく手助けをしてくれ」
痺れを切らした指揮官が、馬車の中に待機していた兵を呼ぶ。
「やだぁ!連れて行くなぁ!」
盗賊は泣きながら命令した指揮官に向かって突っ込んでいく。
A級指名手配の突進に思わず指揮官の顔が恐怖で引きつる。
その時、馬車の中でなんかが眩しく光った。
なんか、奥にいる奴の胸んとこで光ったような……。
「きゃあああああああ!!」
突然、俺の脇で大きな悲鳴が上がった。
俺は理解ができなかった。
余りにも理不尽で、理解する方がおかしいから、出遅れた。
なんで、指揮官が見物人の胴を斬ってんだ?
途端に辺りが耳が割れそうなほどやかましくなる。
村人たちが絶叫しながら、その辺にあるもんを引っ掴んで俺たち兵士に向かってくる。
慌てて俺たちも武器を抜いて応戦するが、落ち着け!
相手は一般人だ!この状況はわけがわかんねぇけど、とにかく殺さねぇようにしないと!
剣で斬るのはダメだ!剣を抜いちまった以上戻す隙は無いが、刃の無い部分で殴打するか!
その辺の判断は俺の仲間たちも理解しているはず……!
だけど、再び血しぶきが上がる。
全員どうしたんだ。なんで罪もない人たちに剣を突き立ててんだよ!
振りかざすな!斬るな!やめろ!殺すな!!
村人たちも、兵士たちも、恐怖に満ちた表情で互いに武器を奪い合い殺しあう。
俺の心の中に恐怖が芽生える。
目の前の惨劇に、人々の狂気に、思わず自分の体が自分の物ではなくなるかのように動きが鈍くなる。
いやだ、死にたくない。殺される。殺されるくらいなら……。
ダメだ、心を乱すな。平常心を保て。
ケイン・カストラビ、お前がやらなくて誰がやるんだよ。
俺は剣を構えると仲間の兵士の剣を力任せにぶっ叩く。
すると、剣は宙を舞い地面へと落ちる。
すかさず俺は剣の腹で仲間の頭をぶっ叩いて気絶させると、体を担いで遠くへぶん投げた。
受け身は取れないが運が良けりゃ生き残る。頼むから生きてろよ。
さて、問題はここからだ。
俺は襲い掛かってくる村人たちをあしらいながら考える。
たまに農具持った村人が振り下ろす一撃が体に当たって痛い。だが、思考は止められない。
いちいちこうやって気絶させてぶん投げてを繰り返すわけにもいかねぇ。
第一、気絶狙いが続けられるわけがねぇ。
そうこうしているうちに逃げ惑う奴、追う奴、殺しあう奴らでだんだん分散してきやがった。
固まってこられるよりはマシか。
そうだ、罪人共!アイツらはどうした!?
この騒動ですっかり忘れていた。特にキャスヴァニア!このままだと騒ぎに乗じて逃げられる!
放っとくとまずい……。
「助けてぇぇ!!この手錠を取ってよぉぉ!!」
予想外にも俺の杞憂だったようでキャスヴァニアはずっとそこにいた。
さっきの輸送を拒んでいた位置で、誰も傷つけることなくひたすら村人と兵士からの攻撃を避け続けていた。
というか、攻撃を仕掛けた兵士側と村人側でやりあうんならまだしも、なんでアイツ双方から攻撃されてんだ。危険人物だからか?
「そこのお兄さん!手錠!手錠壊してぇ!魔力がこもってて俺様じゃ壊せないの!」
キャスヴァニアは俺と目が合うと駆け寄ってきた!
冗談じゃねぇ!キャスヴァニアを狙っていた村人までこっちに来た!
「やめろ!来んな!!お前は大人しく馬車に乗れ!」
「やだよぉ!!乗ったら連れていかれちゃうよぉ!!手錠!手錠取ってぇ!」
「お前は罪人なんだから当たり前だろ!大人しくしろ!」
「罪人じゃないぃ!あ、そうだ!俺様、手錠取って貰ったら手伝う!だからお願い!」
キャスヴァニアは俺を追いかけまわしながら無理な要求をしてきた。
確かに魔力を込めた手錠は外からの攻撃に弱いが、壊したら今以上にやっべぇのが暴れ始めるだろ!
つかキャスヴァニアの足の重り!それかなり重い奴だろ!そんな草玉転がすみたいに引きずるな!
「お願いぃ!頑張るからぁ!誰も殺さないからぁ!」
って言われてもなぁ……!
でも、このままじゃ埒が明かない。
おそらくキャスヴァニアを逃がしたりなんかしたら俺はクビだ。
それどころか責任取って俺が捕まるかもしれねぇ。
だけど、今は考えてらんねぇ!コイツをどうにか引きはがさないと誰も助けることなんてできねぇ!
ええいままよ!
俺はキャスヴァニアの手錠をぶっ壊した!
途端にアイツはその場で足を止めて立ち尽くす。
やっちまった。
追いかけまわされてて気が動転して、この場でもっとも暴れてたらやばい奴を解き放っちまった。
せめてこの場を引っ掻き回すことなく、森にでもなんにでも逃げてそのままのたれ死んでくれ……!
その時、俺の背後から気配がする。
やっば、キャスヴァニアに気を取られてて周囲の警戒を怠ってた……!
振り向きも間に合わ……!
次の瞬間、俺の視界の横を赤い何かが通過した。
「捕まえた!この人捕まえたよ!」
キャスヴァニアは俺に襲い掛かろうとしていた村人を羽交い絞めにすると、俺に蝶を取った時みたいに見せびらかしてきた。
ぐっしゃぐしゃに泣きはらした顔で、自信満々に。
なんだ、コイツ。ガキみたいだ。
「よ、よくやった?とにかく、そいつは適当に縛って家の中にでも放り込んでてくれ!」
「縛るものないよぉ!」
「家の中にあるから探してこい!」
「わかった!」
キャスヴァニアは村人を羽交い絞めにしたまま近くの家の中に入っていった。
俺は夢でも見てんのか?
村が理由もわからない壊滅的な狂気に陥り、目の前でA級指名手配が泣きながらガキみたいに俺の言うことをを聞いて走り回っている。
いーや、夢で片付けられるか馬鹿野郎。
俺が夢でありたいなんて考えているうちに、いつの間にか兵士を抜いて村人同士で殺しあう連中まで出てきたぞ。
この様子じゃ無力化した奴まで手にかけようとする連中も出てきそうだ。
うーん、どうしたもんか。
っていってぇ!村人に脇腹をクワで殴られた!
ったく、いい加減にしろよ!腹も鍛えてなかったら気絶してたぞ!
俺が反撃をしようとするといつの間にか戻ってきていたキャスヴァニアが、俺を攻撃した村人をまた捕まえていた。
「縛って置いてきたよ!この人はどうする?」
なるほど、使える駒が多いっていうのは良いことだな。
「いいか、キャスヴァニア。そいつもさっきの奴閉じ込めた場所に同じく縛って置いてこい。そしたら後は村中からロープをかき集めてきて、手当たり次第にその辺の人を縛って同じ家に持ってくるんだ。俺は家の前で勝手に侵入しようとするやつらを防ぐ」
「わかった!」
キャスヴァニアは良い返事をすると再び家の中へと駆けて行った。
その後ろをまだ無力化していない村人が続こうとする。
さて、俺の仕事だ。これが俺にできる精一杯の大仕事だ。
俺は守る。この家の中に入れられた奴は意地でも守り通す。
外にいる奴をむやみやたらに追い回すよりも確実な人数助けることができる。
俺は剣をしまうと鞘を構え、無力化されていない村人に突進をかました。
そして、家の前に立つと仁王立ちしてやった。
「おらぁ!!生きてぇ奴らはかかってこい!!全員まとめて守ってやらぁ!!」
 




