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015 喧嘩ばかりの子供たち

 僕らがクジラさんを救う決意を固めた後、ケインは流石に帰らないと上司に叱られると言って帰り支度を始めていた。

 そもそもこのクジラさんの身の上話会議は家族会議のようなもので、ケインは何も関係ないのに話を聞いてくれていただけにすぎない。

 ケインはクジラさんから借りている心乱の書を大事にしまってクレイ監視の報告書もまとめ、荷物を背負うと僕らに向き直って腰に手を当てて笑った。


「じゃあまた明日な!俺はあんたらより弱っちいけど、困ったことがあったら遠慮なく頼れよ!家族の時間にお邪魔しちまったからには俺も家族みたいなもんだと思え!」


 ケインは偉そうに言い放つとクレイの頭を乱暴に撫でる。

 クレイはケインの腕をうざったそうに払いのけるけど、ケインは全く気にしていない様子で背を向けて手を振った。

 クレイたちも手を振ってケインを見送る姿勢。

 頼ることっていえば何かあるかな。

 今のところクジラさんの呪い解呪問題くらいしか思い浮かばないけれど。


 家族、か。

 生で親子の固い絆というものに触れて、純粋な気持ちで見届けたのはこれが初めてだ。

 前世の家族は僕を腫れ物みたいに扱う灰色家族。

 他に目にした物は紙や映像の中のフィクション。テレビの中のドキュメンタリー。

 今世では初手で親殺し。

 他に目にした物は魔王の僕に対して家族だけは守ろうとする人々の命乞い。その時の僕は彼らを馬鹿にして、容赦なく全てを奪っていた。

 やっぱり、互いに想いあう親子の形は、何事があっても壊してはならない。


「さてと、俺たちも帰るか」


 クジラさんはケインが見えなくなるとアルに合図して、アルはスライム姿に戻ると魔法で植物の椅子をカットして跡片付けを始めた。椅子は薪として再利用するつもりのようだ。合理的だね。

 というか、アルを都合の良い使用人のように平然と使うな!

 元は僕らのペットだぞ!クジラさんの玩具でも執事でも改造チートモンスターでもないんだからな!

 ……いや、ペットというか今じゃ友達、家族、かな。僕も間違ってたね。


 アルもクジラさんも修行の跡片付けを終えて、帰り道に向かった。

 クレイは慌ててクジラさんの隣までかけていくと、クジラさんの顔色を窺ってから一歩下がった所をついていく。

 そして、クジラさんの手に視線が何度も行っているのがわかった。

 ははーん。お父さんと手を繋いで歩きたいんだ。

 そりゃそうだよね。待望のお父さんの登場だもんね。

 繋いでおきなよ。遠慮せずにさ。


 クジラさんもクレイの様子に気付いて手を差し伸べてきた。

 伸びてきた手に少し体をびくつかせどうしようか迷った後、クレイはそっと()()()()に触れて控えめに握った。そうすると父親も手をぎゅっと握り返してくる。

 クジラさんの手は大きくて手の平が凸凹していて固い。

 なんだか、照れているクレイを見ていると僕まで照れてくる。

 クレイの感覚を全て共有しているから、僕もクジラさんが僕の父親でもあるかのように錯覚してしまう。


「思ったより大きい手になったな。修行のせいか剣ダコができている」

「と、父さんは、思ったより、あったかい」

「全体的に冷たそうな色をしているからな。でもしっかりと生きている人間なんだ」

「よくいうよ。短命の呪いで死にかけてるくせに」

「痛いところを突くな。だが、二人で解呪の旅に出るんだろう?お前と一緒なら、すぐ解ける」


 笑いながら道を行く二人。

 アルは二人を邪魔しないように五歩後ろを歩いていく。

 僕も、邪魔をしないように言葉を挟まずに二人を見守る。


 平和な親子の時間。

 僕がかつてクレイから奪った時間はもう戻ってこないけれど、今からでも取り戻す勢いで仲良くしてほしい。ずっとずっと、最後まで。


*


 翌朝、クレイは早朝に飛び起きると足早にキッチンへと向かった。

 クジラさんが昨日の帰りに転移魔法でさっと買ってきた食材を使って、朝食を作り始める。

 こんなに食材が多いのは慣れていないはずなのに、てきぱきと切って炒めて味を付け、皿に盛ったら次の料理。

 そんな調子で全員分の豆のスープと野菜の炒めと焼きベーコン、最後にパンを添えたら駆け足でクジラさんの部屋へと向かった。

 そして、扉の前で立ち止まるとここにきて緊張で動けなくなる。


『早くしないとクジラさん起きちゃうよ』

『そう、だな。俺が起こさないと』


 クレイは覚悟を決めて扉を開けると、ゆっくりとクジラさんが寝ているベッドまで歩み寄っていき、控えめにクジラさんの肩に触れると揺さぶり始めた。


「と、父さん。朝飯作ったんだ。食って。冷める」

「んん……あと五分」

「寝ぼけないで。起きて」


 クレイのしつこい揺さぶり攻撃にようやく目が覚めたクジラさん。


「ふぁあ、おはようっす。クレイ……」

「またその口調に戻ったのか」

「ん、こっちの方が好きなんっすよ。子供に怖がられないんで」


 だらしなく目をこすりながら身を起こすクジラさん。

 へぇ、その話し方にそんな理由があったんだ。クジラさんの素は確かに固い話し方だけど、見た目も合わせるとそこまで怖く見えないんだけどな。


「話し方は父さんの自由でいい。いいから早く。飯が冷める」

「はーいっす」


 クレイはだらしない父親をうまく起こすことができると満足そうに部屋を出て、アルを呼びに行った。

 全てクジラさんの演技とも知らず。


 クジラさんの素はしっかり者でところどころ几帳面だ。

 いつもの朝、クレイの意識がまだ覚醒しきっていない時点でクジラさんの起床の気配がする。

 早朝に起きてベッドメイキングから部屋の掃除まで全て済ませ、食事の準備をしたらクレイを起こしに来る。

 そう、いつもクレイよりも早く起きている。それに寝起きもしっかりしている。

 そんなクジラさんが何故、今日はクレイよりもだらだらのんびり遅くに目が覚めたのか。


 答えは僕らの昨夜のやり取りだ。


『なぁ、アギラ。俺、明日の朝はいつもより早く起きて、父さんの代わりに飯作りたい』

『いいね。いつもクジラさんに任せっきりだから、きっとクジラさんも喜ぶよ!』

『楽しみだな。父さんが喜ぶ顔』


 そんなことをベッドの中でわくわくしながら僕らは話し合っていた。

 先に起きられたら失敗しちゃうねとも懸念したりして眠りについた。

 でも、いつもクジラさんは僕の言葉を読み取れているから、ワンチャン聞かれてやしないかなと思っていた。

 僕の予感は的中したようだ。


 現に今こうして、普段おとぼけ根はしっかりのクジラさんが、うにゃうにゃ言いながら一番最後に食卓に着く。

 いつもクレイがベッドの中で寝ぼけている時に聞こえる足音はしっかりしているのに、今はぱたぱたへったりと間抜けな音を立てている。

 演技確定だ。

 そんなこととはつゆ知らず、クレイは予定通りに事が進んでいて満面の笑みだ。

 同じく事情を知っているであろうアルは、自分は関係なしだとぷるるんと身を震わせながら先に食事を始めている。


「父さん、遅い」

「すいませんっすー。ふああ」

「父さん、意外と寝起き悪いんだな」

「んー、今日は昨日の緊張で疲れが取れなくて……っす」


 本当かどうかはさておき、クジラさんは食卓に並ぶ食事を目にして穏やかに笑った。


「全部自分で作ったんっすか。おいしそうっすねー」

「うん。アギラが言うには味が薄いらしいから、好きなだけ塩かけてくれ」


 クレイは嫌味ったらしく僕に文句を言う。

 仕方ないじゃん。事実なんだから。


「どうやら私の舌はもっと濃い味が好みのようです。このままでも十分楽しめますが」


 ほら、アルもこう言って……舌?スライムに舌あるの?

 その話はまた今度にして、クジラさんは席に着くと野菜炒めを一口。


「うん、僕はこのくらいの味付けの方が好みっす!おいしいっす」


 クレイはクジラさんがおいしそうに次々と食事を口に運ぶのを見て、嬉しそうに自分も食事をとり始めた。

 味はいつも通り薄味。

 この、薄味大好き親子め。クジラさんは前世が日本人だから塩分を好めよ塩分を。

 どうやらこの家の味覚事情は僕とアルの濃い味主義、クレイとクジラさんの薄味主義で別れたようだね。譲れない戦いがそこにある。

 幸い、クジラさんの料理の味付けはちょうどよい塩梅なので、クジラさんは敵対派閥だけれど料理のことは任せよう。


「そういえば、前にポポマサっていう奴食べた時、俺に魔力の込め方を教えてくれるって言ってた。教えて」

「もちろんっすよ。じゃあ晩御飯はクレイのポポマサにしましょう!」


 え、またクレイが作るの?絶対調味料減らすよ?うえー。

 クレイはクジラさんが教えてくれるという期待で胸を膨らませ、朝食を平らげた。


「そういえば、アギラ。最近口数減ったな」


 え?僕?

 器を片しながらふとクレイは疑問を口にする。

 うーん、確かに最近はケインの前だったりが多いからクレイに話しかける機会が減っていたかも。


『ごめん、ケインの前だと話がこんがらがるかもって思って』

「そうじゃなくて、ケインが居なくてもさっきの飯の時間みたいに全く話さないことが多い」


 言われてみればそうかも。

 どうしてだっけ。なんだか、僕が話したら邪魔なような気がして。


 って、これか。

 僕は自分で言いたいことを自分の心の中で喋って消化してしまう癖がついてしまっているんだ。

 そもそも、僕は封印されている魔王で、みんなの目には映らない。

 だったら喋らなければいないのと同じ。

 だから無意識に静観する方へと行ってしまうんだ。

 僕の悪い癖だ。治そう。


『ごめんごめん。最近はクレイがいっぱい人と話せているのが嬉しくてさ。つい見守りたくなっちゃって』


 僕の言葉を聞くとクレイは不機嫌そうに皿を洗う。


「俺はアギラと話すのが一番楽しい。黙らないでくれ」

『え、嬉しい』


 わぁ、ちゃんと話すようにしようと思っていたらストレートな感情が出ちゃった。恥ずかしい。

 クレイは思わず顔を赤くして、動きを止めてしまった。


「……アギラが嬉しいなら、俺も嬉しい」


 何、この甘酸っぱい空気。僕らは少女漫画のヒロインとヒーローじゃないんだよ?

 間違っても封印の器と封印されし魔王なんだよ?


「うちの息子はやらんっす!」

「おや、これが人間たちの修羅場というものですか。面白い」


 そこへクジラさんとアルが割り込んでくる。

 本当はこれは心の中で消化するのが正しい言葉だと思うけれど、ここはあえて念を込める。


『やめて!これ以上この場の空気をややこしくしないで!』


*


 僕たちは今日の修行のために家でケインの到着を待っていた。

 クレイとクジラさんは旅に出ると約束をしたけれど、ただ闇雲に解呪方法を探すわけにもいかない。

 それに、クレイは強くなっているとはいえ、クジラさんの目にはまだまだ未熟に映っていた。

 だから、今日も手合わせ修行をする。ついでにできれば心を眠らせる修行法を探す。

 ケインにも修行をすることは昨日の内に話していた。

 しかし、ケインは一向に姿を現さない。


『遅いね、ケイン』

「父さん。どうする?先に修行する?」


 待ちきれなくなった僕らの問いかけに、クジラさんは少し考えてからアルに問いかけた。


「アルくん。村の様子はどうっすか?ケインくん居ます?」

「はい、おります。本日は仲間の兵士たちと共に他の任務があるようです。おそらくこちらへは来れないでしょう」


 なんだ、予定ができちゃったのか。

 というか、やっぱりアルは便利だ。村の様子がここからでも全て確認できるからね。


『じゃあ今日はケイン抜きだね』

「いや、僕も今日はお休みするっす」

「えっ」


 クジラさんのお休み宣言に思わず悲しい声を上げるクレイ。

 聞いているこっちまで寂しくなる。


『なんで急に?』

「王都の王立図書館まで行って魂のコントロールの文献をいろいろ漁ってこようかと思いまして。クレイの修行の手助けになるんで。ただし、王都への距離は徒歩で一週間。転移魔法でも数時間かかる距離っす。何度も戻ってくるのは難しいんで、今日の僕は修行の場には来れないっす」


 クレイの修行が見れないことを残念そうにするクジラさん。

 転移魔法は自分と自分が連れていきたいものを魔力で他の地へ飛ばす魔法。

 かなりの上位魔法で、使用には様々な負荷がかかってしまう。

 負荷によって起きてしまう現象は肉体の損失、損壊、魔力保有量の最大上限の減少とまあまあいろいろやばい。

 ゲームでも魔法やスキルの使用にクールタイムが設けられている理由がこれでわかる。

 本来ならばクジラさんほどの人でもいろいろとやばい、はずだけれども、それを可能にしている理由は魔王の僕から取った『即時回復』のスキルのせいだ。

 体に負荷がかかってもすぐになかったことになる。ずるい。ずるいのは僕もだけど。


「というわけで、アルくん。代わりに修行の面倒を見てあげてくださいっす!」


 あっけらかんと役割をアルにパスするクジラさん。


「いえ、私も遠慮します」


 パスされた役割を地面に叩き落とすアル。

 思わずクレイが文句ありげに口を出す。


「どうしてだよ。何かやることあるのか?」

「はい。私も試練の箱へと入り、魂だけで眠ってみます」

『なるほど、クジラさんと同じくクレイの修行のヒント探しだね。感覚が掴めたら教えてくれるつもりなの?』

「はい、もちろん」


 アルも協力してくれるつもりなんだと知って、クレイは機嫌を直した。


『じゃあクレイ、今日は僕らだけだね』

「仕方ないからな。俺たちも手探りでやることをやりながら探そう」


 今日の方針を決めると早速クジラさんは転移魔法で王都へ旅立っていき、アルは自室へ向かって試練の箱に潜り込んだ。

 僕らは家の前へ出ると積もった雪を踏みしめながら森へと向かった。

 静かな空気の中、ザクザクと雪を踏みしめる音が辺りに響く。

 魔王という僕の存在と冬の寒さのせいで、生き物の気配は全くない。


『なんか、静かだな』

『ね、クジラさんもいないしケインもいないから。あの二人、結構賑やかだもんね』


 いつもこの道を通って修行に行くときはクジラさんがおちゃらけながら、ケインがそれにツッコミを入れたり騙されたりしながら歩く。

 クレイと二人きりで外に出ているのは久しぶりだ。


『アギラ、前から聞きたかったことがあるんだ』

『ん?なに、クレイ』


 急に改まった態度を見せるクレイ。

 寝る前とかにでも時間があるのに、どうして今聞くんだろう?


『アギラってさ、一か月前から俺を避けてるよな。なんで?』




 避けているつもりはなかった。

 むしろいつも通りだと思っていた。

 一か月前にあったこと、僕には心当たりがある。


 僕はクジラさんがクレイに心を殺す修行をさせようとした行為を止められなかった。

 クレイの心に深い傷をつけてしまった。

 今でもその後遺症で、クレイは時々悪夢を見る。

 その気配を僕が感じ取るたびに、僕はクレイへの罪悪感でいっぱいになる。

 それでも、僕が反省の意も込めてクレイと喋らなくなってしまったら、クレイは寂しい思いをしてしまうからと普段通りに接することを心掛けていた。


 自分では、変わっていないと思っていた。


『ごめん、避けているつもりはなかったんだけど、クレイは疎外感を感じていたんだね』

『ああ。父さんの時も違和感を感じてたんだけど、父さんは俺の心を傷つけたからってわかった。じゃあ、アギラはなんでだ?』


 クレイは純粋に僕に疑問をぶつける。

 僕が悪いことをしたなんて微塵も思っていない、まっすぐな思いだ。

 正直に言いたくない。

 だけど、クジラさんはクレイに全て打ち明けた。

 なら、僕も打ち明けるべきなんだろう。


『僕、ね。クジラさんが一か月前にクレイに心を殺す修行をやらせようとしたこと、知ってたんだ』

『ふーん、それで?』


 それで、じゃないんだけど。


『つまり、僕はクレイが傷つくのを良しとして、クレイを見捨てたんだ』

『もしかして、それって俺の父さんがクジラだって知ってて?』

『……うん』


 クレイは僕がクジラさんについて知っていたことを聞くなり激怒した。


『なんで黙ってたんだよ!結局父さんのこと知らなかったの、俺だけじゃないか!』

『だって、そりゃ知っているでしょ!僕を封印した張本人だもん!クレイのお父さんと全く一緒の声で喋るんだもん!でも、本人が知らん顔してたら喋るわけにもいかないでしょ!』

『もしかして呪いのことも知ってたんじゃないのか?!』

『そうだよ!だってあんな目立つところに印ついてるもん!すぐわかるよ!』


 本当はクレイが寝ている間にも口裏合わせしました、なんてことは言えない。

 余計にクレイを怒らせることになってしまう。

 って、そうじゃないんだ。

 今大事なのは今まで僕がクレイに秘密にしていたことじゃない。


『話を戻すとつまり、僕はクレイを裏切って恐怖に怯える姿に何もせず、ただただ性格悪くその様子を観賞していたんだ。僕はクレイを見捨てた。また人が傷つくのを良しとした悪い魔王だよ』


 僕は自らの罪を告白した。

 クレイは怒りを鎮めることなく、しばらく黙ったまま歩き続けた。


『……父さんを助けるために、が抜けてる』


 クレイは久々に言葉を利いたと思ったら、吐き捨てるように呟いた。

 いらないよ。事実でもそれは言い訳になる。


『でも、僕がクレイを見捨てたのは事実』

『見捨ててないだろ。なんでかは知らないけれど、アギラが呪いの解呪の鍵を握っているのを父さんは察していた。だから、俺に心を殺す修行を任せようとした。アギラも察しがいいから、父さんがアギラに自分を救うことを託そうとしたのをわかってたんだろ?だから俺が苦しんでても口出ししなかった』


 クレイは鋭く推理する。

 僕とクジラさんが口裏を合わせていることは知らないし、順序が違うけれど概ね合っている。

 事実だ。


『そうだね。でも』

『でも、だから、なんだよ』


 クレイは相変わらず苛立ったまま僕の言葉を遮る。

 怒りの対象は、僕がクレイを見捨てたことじゃなく、ずっと黙っていたことだ。

 僕は、言葉を失った。


 黙り込んだ僕に呆れてクレイが面倒くさそうに言う。


『アギラは俺のために、父さんを救おうとして、俺に試練を与えた』

『違う!』


 思わず全力で否定した。

 クレイのそれは。

 その推理は。

 当たりだ。


『何が違うんだ』

『……違わない。けれど、そのせいでクレイを傷つけてしまった』


 クレイは大きくため息をつきながら、その辺に落ちていた枝を適当に拾って両端に持ち、折れない程度の力加減で枝を曲げたり伸ばしたりする。


『俺、確かに子供だ。でも、子供じゃなくても大人でも怖いもんは怖い。ケインを見てみろよ。俺のこと魔王だと思い込んで全力で怖がってただろ』


 クレイはケインが一か月前にリフォームされたクレイの家を見て腰を抜かしていたのを例に出して笑う。


『でも、経験が違うよ。ケインはクレイよりも十年経験があるから、殺されるかもしれない恐怖でも打ち勝てた』

『打ち勝てた?なら俺もだ。あの後、俺もちゃんと乱れた心を落ち着かせることができた』


 確かに、クレイは全身全霊の恐怖を経験した後、心の感情を操作して恐怖を抑えることは出来ていた。

 でも、それでも、クレイは悪夢を見るじゃないか。


『じゃあ、記憶からあの恐怖は消えた?消えていなくても、忘れることは出来ている?』

『……出来てない』


 クレイは僕の問いかけの回答と共に枝を折ってしまう。


『その枝と同じ。生えたばかりの木にとっては枝一本の損失でも大きい傷になる。それだけで枯れちゃったり、疫病にかかりやすくなっちゃったり、大きくなる過程で変な形に育つかも。でも、大きく成長した木にとっては枝一本折れた所で大丈夫。中には致命傷もあるけれど、多くがすぐに忘れられる程度の損失だよ』


 クレイは僕の説明を聞いて、手にしていた枝をポイっと投げ捨てる。


『だから、取り返しのつかないことなんだよ』

『じゃあ、謝れよ』


 クレイは僕に向かってぶっきらぼうに言い放った。

 急に謝罪を求められてびっくりしたけれど、クレイが求めるならなんだってする。


『ごめんなさい』


 僕は、心を込めて、後悔と反省の気持ちを刻み込んで言葉を放った。


『気にしてない。はい、これでいいか?』


 クレイは僕を許すとため息をつきながら僕に確認を取った。

 違う、そんなに簡単に許すものじゃない。

 僕の罪は、そんな簡単に……。


『過去の過ちを!……なんだっけ』


 再び黙り込んだ僕に向かってクレイは突然強く念じたかと思ったら黙って考え込む。

 そして、言葉を思い出して続ける。


『過去の過ちを生かすなら、ぐぢぐぢ言わずに次に進め!俺は気にしてないから、アギラも気にするな!同じ間違いを繰り返したら、その時はちゃんと叱る!いいか!』




 なんか、聞き覚えあるね、それ。

 クレイは僕を心の中でビシッと指さして真面目な顔をしている。

 だけどなんでだろう。僕は笑顔が出てきてしまう。


『じゃあ、また無茶させてしまったら叱ってください』

『ああ』

『そこは無茶させる前提かい!ってツッコミを入れるところだよ』


 そうだっけ、とクレイはようやく機嫌を取り戻した。

 二人して心の中であの時のことを思い出して笑う。


 そうだ、クレイは自分が僕の言うことを聞かずに無茶をしたのをいつまでもうじうじしてたっけ。

 でも、僕も気にしていたけれど無理やりこの言葉を言い放って場を収めた。


 今の僕も、前のクレイも、どちらも自分の過ちをいつまでも引きずっていた。

 だから今のクレイも、前の僕も、同じように相手を叱った。

 おそらく、クレイは今でも魔猪(まちょ)に襲われた原因を忘れてはいない。

 僕も、クレイを裏切ったことは忘れない。


 だけど、そのことについていつまでもぐぢぐぢ言っちゃいけない。


『もう俺と話すこと避けるなよ』

『うーん、避けているつもりはなかったんだけど、やっぱり無意識に気にしちゃってたみたい。クレイも気づいたら僕のことをいつでも会話に引っ張り出していいからね』

『俺任せか』

『だって、無意識に会話から外れちゃうのは仕方ないじゃん。気づいたら教えてよ』


 クレイはまた面倒くさそうにため息をついて、それから困ったように笑ってわかったとだけ僕に伝えた。


*


 いつも通りの湖の畔に着いたら、今日は湖の表面が凍っていた。

 結構分厚く凍っていたものだから、クレイは少しその上を滑って遊んだ。

 普通の靴なのにいいバランス感覚だ。フィギュアスケート選手にも慣れそうだね。


『案外転ばないね』

『コツがいるんだ。滑る方の足と氷を蹴る方の足、それぞれに違った力のかけ方をしないと転ぶ』


 転ばない方法を僕に伝授しながら器用に氷の上を滑って岸に戻るクレイ。

 はー、いいなスケート。

 スケートだけじゃなくていろんなスポーツで遊んでみたい。

 野球とかサッカーとか、カーリングとかサイクリングとか。

 こっちの文化に無いものが多いけれど、発案すれば十分流行るだろうな。

 魔法やスキルの使用が横行して大変なことになりそうだけど。


『さて、修行どうする?とりあえず俺は素振りしておく』


 クレイは持ってきた木刀を取り出すと、軽く全身をほぐす運動をしながら僕に質問してきた。

 まあ、ここは予定通りに手探りでやってみるしかないよね。


『眠る時の意識を思い出しながら素振りしてみて』

『眠る時の意識って言ったって。気づいたら寝てるものだろ』


 それもそうだ。

 寝る!おやすみ!グー!となる人は少ない。というか居ない。

 前世でも布団に入った瞬間に寝ることができるのは、肉体的精神的疲れから気絶しているだけと聞いたことがある。気絶と言ってもほぼ気絶に近い睡眠って意味らしいけど。

 じゃあどんな風に寝るかと言ったら()()()()()寝てたって人がほとんどだ。

 部屋の照明をオフにしたように、はっきりと意識が途切れるのを認識するわけじゃない。


 難しいな!?

 僕は気づいてしまった。

 今世はクレイが体の主導権を握っているから、クレイが寝たら僕も気づいたら寝ている。

 それじゃあ寝るまでの間何をしているかと言ったら、僕とクレイは修学旅行の如く枕元で今日合ったことを話しあい、感想を言いあい、いつの間にか口数が少なくなり、お互いに何言ってるかわからなくなり……()()()()()寝てる。

 今世の僕の魔王の時の睡眠はと言ったら、明日はどんな拷問をするか、どこの町を滅ぼすか、支配下に入れるか、今日の命乞い面白かったな、とか考えているうちにだんだんと何考えているかわからなくなり……()()()()()寝てる。

 前世の僕の時は、苦しいな、体痛いな、明日ゲームの新作出るまで生きてるかな、うわっ発作だ!苦しい!そして母親が来て、お医者さん呼んで、なんか診てもらっているうちにうとうとしてきて……()()()()()寝てる。


 そう、()()()()()寝てる!

 不眠症の人も快眠の人も、寝るときは()()()()()寝てる!!

 どうやって寝るかって?瞼閉じていろいろ考えてたらいつの間にかだよ!

 突然寝るとか、あっ寝れるって感覚も無しに無意識に寝るんだ!


『どうしよう、クレイ。魂だけが寝る方法わからない』

『わかってたことじゃなかったのか?』

『うーん、わからなかったけれど手探りでやればいけるかなって思っていたんだ。だけど、手探りにしろ探る方法がわからないんじゃお手上げで……』

『はぁ!?アギラが眠る修行するって言ったんだろ!なんで何もわからないんだよ!』


 クレイは僕を責め立てる。

 負けじと僕も言い返す。


『仕方ないじゃん!それにクレイもクジラさんとアルがヒント探しに行っている時点である程度察しはついてたでしょ!』

『わかっている方法をよりわかりやすく、確実に習得する方法を探ってると思ってたんだよ!』

『だって!わかってるって言わないとクレイは魂を殺す方の修行をやろうとしていたから!』

『じゃあ悪いのはアギラじゃないか!嘘つき!』

『粘り強く自分を犠牲にしようとしてたクレイのせいだよ!この自己犠牲精神豊富な坊ちゃんがぁ!』


 僕とクレイは珍しく怒りをぶつけあう。

 こんなにクレイに対して怒ったのは久しぶりだ。

 前に怒りをぶつけたのはゼリー戦争の時。互いの好物を貶しあって互いにぶちぎれた。

 この場では眠る修行だなんて方法も判明していない修行を提案した僕のせい、ご自慢の自己犠牲を発揮して魂を殺す修行をしようとしたクレイのせいの二つに分かれて喧嘩がエスカレートしていく。


 でも、ふっと熱が冷める。

 二人して怒っていたことが馬鹿らしくなって、言い合うのは無駄だとなる。

 互いに譲れない意見があるのならば、認めないしむかつくけれど、いくら言い合っても意見が変わることはないと悟るんだ。


『やめだやめだ。とにかく手探りで修行を始めよう』


 クレイは怒りを素振りに込めながら、力強く振り下ろした。


『そうだね。とにかく、寝る時の感覚を思い出してみる?』

『さっきも言っただろ。気づいたら寝てる。寝る時の感覚なんてわからない』


 クレイは呆れ果てて木刀を構え、振り下ろす。

 一振り一振りに力を込めて。


『じゃあ、意識しながら寝てみる?』

『俺、オチがわかるぞ。絶対に寝れないか意識が朦朧としてきて気づいたら寝る』


 クレイは素振りを続ける。

 僕は黙って方法を考える。


 だけど、なーんにも浮かばない!

 どうすりゃいいの!助けて誰かー!


「助けてくれ!!」


 助けを求めてるのはこっちでしょ!って、あれ?

 助けを求める声が聞こえてくる。


 クレイは即座に木刀を構えたまま声の聞こえた方角へと走り出した。

 ――村の方向だ!


『クレイ!気を付けて!何が起きているかわからない!』

『ああ!』


 クレイは僕の言葉に答えると、警戒をしながら、そして気配を消しながら声の主を探した。

 すると、クレイの視線の先には地面の雪を自身の血で濡らしながら、足を引きずって歩いてくる村人の男性がいた。

 相手の怪我の程度を見ればわかるけれど、この傷はただの獣に襲われた怪我じゃない。

 獣でも魔物でも無い誰かがこの人を殺す気でつけた斬り傷だ。


「大丈夫か!」


 クレイはその人の傍に駆け寄ると急いで応急手当をしようとした。

 しかし、男性はクレイの手を払うと怯えた様子で後ろを振り返る。


「手当の暇なんかあるかぁ!!ひぃ、ひぃ!!」


 クレイは咄嗟に男性の視界の先へ移動し、男性の見ている方角を確認する。


 ――そこに居たのは、血に濡れた剣を振りかざす村の駐在兵の姿だった。

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