001 そして世界に平和が訪れた
――人間共の底意地の悪さには反吐が出る。
我が100万年に一度と謳われた至高の魔王、アギラディオス・グランハイドと知ってか知らずか、我の許可無く我を囲み、我を見上げ、我に向かって矛先を向けている。
その数、ざっと数えて一万弱といったところか。愉快にもこの数の万倍はいたはずなのだが、どこへ消えたのやら。
各国の兵力を総動員しようとこの程度か。あくびが出る。
なお、まだ勝てると思い込んでいるのか、時間稼ぎになるとでも思っているのか。奴らの目には闘志の色が輝いている。
我と同じ見た目ながら本当に諦めの悪い種族だ。いっそ、大地丸ごと消滅させてしまうか。
「――深緑の残刃!!」
刹那、我が肉体に刃が届く。
すかさず降り注ぐ斬撃の嵐。
突如目の前に現れた白髪の飄々とした出で立ちの男は、我に隙を与えることなく連撃を繰り出す。僅かな隙を突いて我が拳を奴に伸ばそうと、行動を読まれ我が拳は自らの血で染められる。魔術を構築することすら許されない。
ああ、誰が見ようとなんとも一方的な戦いなのだろうか。
このまま我は負けるのだ。ポッと出の勇者により封印され、幾千の年月を超えた眠りにつくことになるのだ。なんと、なんと忌々しい……。
勇者は力無く倒れ伏す我の眼前まで、封印の術式を展開しながら歩み寄る。奴は呆れたように口を開いて、一言だけ不満そうにつぶやいた。
「君さぁ、本気出してないでしょ」
……ふは。
ふははは。
フハハハハハ!
だからどうした!
我と貴様が本気で殺しあった所で、この辺り一帯が滅びるだけぞ!くだらん種族を滅ぼすにはそれでも構わんが、お前のような逸材は失うには惜しい!その血を後世に継ぎ、より磨き上げて我を越える力を持つべきだ!
ならば、ならばこのハズレばかりの種族でも、殺さず生かす!
次に目覚めた時、つまらないようであればその時に滅ぼす!
ただそれだけのことだ!
「……なに笑ってんだかわからないけどさ、お前の思い通りにはさせねぇからな」
その言葉を聞いたが最後、我が魂は闇の底へと……。
底へと……。
……なんだ?
何か、見えてくるぞ。
ここは……。
*
ここは僕の部屋だ。
花瓶には生き生きとした花が活けてあって、ベッドの上には正反対にヨレヨレの僕の姿。風が吹いただけで飛ばされそうなガリガリな身体。何年も日の下に晒されていない不健康な青白い肌。それ以外は恵まれているわけでもいないわけでもない、平凡な容姿。
時々咳が止まらなくなって、呼吸も自分だけではできなくなったり、長時間歩きまわれない。先生にはいつ最期がくるかわからないよとまで言われた、絵に描いたような病弱。
それが僕。
外に一切出れないから、誰とも交流がない。当然、友達なんてものもない。家族は僕を憐れむだけで、厄介だからか全然相手にしてくれない。
いつも、独りぼっちだった。
そんな僕にも楽しみがあった。
ゲームにアニメ、そして漫画と小説。
身体が弱くて長時間は遊べなかったけれど、それだけが楽しみだった。
それだけが生きがいだった。
画面の中のファンタジー、紙の上に広がるストーリー、頭の中で膨らむ情景。
現実の苦しさを全て忘れさせてくれた。
だけど、僕が終わるその時になって、僕は今まで経験してこなかった物を強く望むようになった。
来世はたくさん友達が欲しい。
来世は病気に負けない強い体が欲しい。
来世は……。
来世はたくさん、楽しい思い出が欲しい。
*
あ。
『ああああああああ!!!』
僕の名前は山田幸太郎。享年19歳。血液型はO型で、誕生日は9月9日。好きな食べ物は固いゼリー。嫌いな食べ物は薄味の食べ物。好きなタイプとかはいまいちわからなかったけど、好きなキャラは主人公タイプ。性格は好奇心旺盛で、寂しがりや。
って、全て思い出した時にはもう遅かった。
今世の僕は自称至高の魔王、アギラディオス・グランハイド様かっこわらい。目つきは鋭く瞳は真っ赤。髪は紫色でツンツン。背丈がにゅっと長い。不老不死でありながら不死身の肉体を持つこの世界唯一の魔人。更にその肉体には強大な魔力を保持し、身体を傷つけることは叶わないとまで言われたチートキャラ。理論上弱らせることはできても数日で完全復活するから、封印するしか無力化できない……らしい。
しかも、封印も年月と共に弱まっていくからまた復活するし。
え、これ僕最強では?
って、思っていたけれど、ついさっき自ら封印されに行ったから、今現在絶賛封印中なんだけどね。さっきまでの僕のことは、遠い昔の自分を見ているかのように馬鹿らしく感じるよ。最初から前世の記憶があったら、今頃人類皆友達キャンペーンとか開いちゃって、魔王城で連日パーティとか開いてるよ。
あーあ、なんでこのタイミングなんだろうなぁ……。
封印されちゃったからにはしょうがないよね。この先を考えよう。
今絶賛封印されている最中っぽいけれど、感覚としては十字架に両手広げてそこにロープでぐるぐる巻きに縛られている感じ。苦しさとか痛みとかは無いっぽい。よかった。
外の様子は一切わからない。真っ暗。厳密にいえば目隠しされてる感じ。
あと、魔術とかその他一切は封印されているからもちろん使えません。
以上。
何もできないじゃん。
思った以上に何もできないんだけど。暇すぎない?ほんとになんでわざわざ封印されにいったんだっけ?勇者以上に強くなるかもしれない勇者の子孫と戦うためだっけ?めっちゃ気が長いよ。そんな川に鮭の稚魚を放流して、帰ってくるのを待っているのとはわけが違うんだからさ。馬鹿じゃないの?
あーあ、暇だなぁ。暇暇暇。
おや、なんだかよくわからないけれど、外で動きがあったみたいだ。
薄っすらと映像が脳裏に流れ込んでくる。
――――
「あなた、この子のことはお願いね」
ぐったりとした女性が、赤子を誰かに手渡している。
泣きじゃくる赤子の右目の周りには、禍々しい紋様が刻まれていて、紋様に魔王の力が吸収されていく。
「すまないが、できない。魔王がいなくなっても、各地にはまだ魔王軍の残党による被害が出続けている」
「そう……仕方ないわね」
どうやら、魔王一人を封印するにも膨大な魔力が必要なようだ。
この女性は、その犠牲になった。
「じゃあいつか、いつか必ず迎えに行ってあげて」
「それは言われなくてもするよ。安心して」
最期の声は音にならなかったが、女性の口は『よかった』と呟いていた。
――――
何千万と命を奪っておいて、今更かと思うかもしれない。
記憶が戻ってきたからと、言い訳にして逃げることも許されない。
僕は、僕が在るせいで、一つの幸せな家庭を壊した。
赤子は僕を封印され、その母親は僕を封印するために命を落とし、父親は僕の跡片付け。
目立つ場所に封印の紋様がついてしまった赤子は、これから先、どんな人生を送るかは想像に容易い。
せめての償いだ。
これは僕のけじめであり、やり遂げたからといって今まで奪ってきたものが元通りになるわけじゃない。むしろ、『だからどうした』で済ましてほしい。
僕は、魔王アギラディオス・グランハイドは、この子の一生を、責任を取って守り抜く。