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ゆめまくら

作者: 加藤 弓雅


 自分には、5人ほど大きく影響を受けた作家さん達がいます。

 その中のお一方とは、2回言葉を交わす機会がありました。

 1回目は、某書店でのサイン会。

 何冊も買っては並び、都合九冊。

 最後はその場に持参していた縦書き原稿用紙を進呈する謎っぷりでした。

 2回目は、会社の講演会の講師として来ていただいた際に、講演会の後で。

 意見交換の後の戸締まりを任され、先生とお付きの方と3人で5分くらい話をしたでしょうか。

 1回目の奇行をしっかりと覚えていらして、誠に恐懼の極みでありました。


 そして、つい先日、その時の夢を見ました。

 で、その場で言われたのです。

「じゃ、5分あげるから何か書いてみて」

 もちろん、実際にはそんな事はありませんでした。

 社内周知用のチラシにサインを頂いて終わりです。

 でも、何故か、その時の自分は、詩なのか謡なのか判らない物を書き連ねてました。


 朝、目が覚めてから、頭の中に残っていた断片を書き留めながら、ふと気になって、調べてみました。

 月命日でした。祥月命日ではなかったですけれど。

「書いてるかい?」

 そういう事なのでしょうかね、8月だし。

 書いてますよ、先生。

 ぼちぼちですけど。

 先生が仰っていた、「書きたいが溢れている人間は、どんな事があっても、いずれ作家として世に出てくる」のことば、忘れてませんよ。

 もう、本が出てもお贈りする事も、「おせーよ」とお叱りいただく事も出来ませんけれど。

 でも、ぼちぼちと、ね。


 で、出来上がったものが下になります。

 出来があれなので、恥ずかしいのですけど。

 でもって、5分と言われつつ3日も掛かってます。

 いかんよなぁ。


 


 自由詩 『舞い』


 私は、ただ一人、あの人のもとへと進む。

 あこがれのお方の前へ。


 無音。

 無明。


 月の明かりさえ消えたこの世で、息を整え、天を仰ぐ。

 そして、足音を消し、己の手足の存在すら消して、一つ、一つ、歩む。


 広大無辺な四方の邦の、始まりから唯一を託されし。

 この世の光と共に産まれ、この世すら滅ぼせるお方。


 私は、かねての定めでここへと立ち、息を止め、右手を天へと伸ばす。

 しゃん

 右手に巻いた鈴が、軽やかな音をたてる。


 私の背の遙かな後ろには、声なき声がささやき交わされる。

 惑い、恐れ、おののく八百万。


 私は、両手を差し上げ、右足で地を叩く。続けて左足。

 しゃん、しゃん

 勢いで、体は上へと軽く跳ねる。


 目の前の岩壁が、微かな轍を一筋、刻む。

 光の消えたこの世では、正視に耐えない、淡き一条の光。


 私は、再び右手を突き上げ、左足を蹴って右手を払う。

 しゃん、しゃりん

 続けて、左手、右足。繰り返し再び、右手、左足。次第に速く、強く。


 夜天に敷き詰められた雲を、薄い一筋の光が照らす。

 雲の厚みをそのまま闇の濃淡にし、欠けた月が天へと姿を現す。


 私は、呼びかけに応え天へと跳ね、そして廻る。速く、速く、大きく。

 しゃらららん

 全身に纏った鈴が、高らかに叫ぶ。一斉の音で。

 生を、歓喜を。


 岩の切れ目から溢れた光に、力男が手を掛けて、一気に引き開ける。

 立ち尽くすのは、光を纏い、いや、光そのものである方。

 口元を両手で覆い、それでも、瞳を見開き前を見つめて。


 私は、地に降り立ち、そのまま膝を折り、礼を取る。

 けれども、頭は上げて、視線を交わしたままで。

 後ろで、八百万が口々に何かを叫ぶが、私の耳には入らない。


 ただ、ただ、瞳で言葉を交わす。

「そなたの舞いは、命そのものね」

 かつて、天上から頂いた言葉そのものの色が、変わらずそこにあった。


 ああ、愛しき光、尊きお方。


 我が身は今ここに、御前に侍り奉る。



お読みいただきありがとうございます。


(本文中の『崖』の表現を、『岩壁』へと改めました。8/30、14:00) 

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― 新着の感想 ―
[一言] 読むのが遅くなってしまい、申し訳ありません。 ご縁のあった方とは前世でも繋がりがあった、と聞いたことがあります。 5人の中のお一人と、2度も直接お話をする機会に恵まれたということは、命日に…
[良い点] 企画から拝読いたしました。 貴重な経験をされたのですね。 自分にはそういった出会いはなかったので、羨ましく思います。 しかし、三日ですか…… 十分凄いと思います。
[良い点] 銘尾友朗様の「夏の光」企画からお伺いしました。 前半との先生との思い出、後半の自由詩、題名の「ゆめまくら」もとても良かったです。
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