会議は続くよ、どこまでも
「それじゃ、まずはコウからね。──コウはおじさんから何かこの事件に関して聞いていないの?」
アリスは最初にコウに話を振った。
コウの父親は警察の『0課』に所属している刑事なのだ。0課とは通常の科学捜査では説明しきれない異常な事件を専門に取り扱う部署で、その名前をもじって『霊課』などと揶揄されている。一般の人間はおろか、警察内部でもその存在を知る者はごく少数に限られている秘密めいた捜査機関だった。
そんな厚いベールに覆われている『0課』のことを六人が知っているのは、コウの友人というだけではなく、それぞれの体に流れる『血統』ゆえに、コウの父親から特別に教えてもらったのだった。
「ダメダメ。オヤジは今別の事件で忙しいみたいで、地方の小さな怪奇事件なんて、耳にも入っていないみたいだからな」
コウは頭を左右に振って否定した。一応、調査会議に参加はしてくれるらしい。
「それじゃ、しょうがないか」
アリスはため息混じりに頷いた。
「のどかの方はどうかな? 先生が気付いたことはないの?」
今度はのどかに話を振る。今回の被害者が診断と治療を受けているのが、のどかの家──白包院病院なのだ。院長はのどかの父親である。
「こっちもダメね。血液が抜かれていることと、今だに被害者の意識が戻らずに、昏睡状態にあるということ以外は、まだ新しいことは何も分からない状態よ」
のどかはすらすらとよどみなく答えた。
「二人とも脈拍は安定しているけれど、事件のあった夜にうちの病院に運ばれてきてから今日まで、ずっと病室のベッドの上で眠ったままよ。襲われた恐怖で意識が殻に閉じこもってしまっているのか、それとももっと他の要因があるのか、それはまだ分からないけれどね」
「その状態だと、被害者に事情を尋ねるのは無理ってことか……」
「そうね、二人の意識が戻るまで話を聞くことは出来ないわね」
調査会議は早々に壁にぶつかってしまった。
「うーん、困ったなあ……。でも、今分かっていることだけで犯人の正体を推理すると、やっぱり人間の仕業だとは思えないんだけど……」
アリスの考えは、最終的にどうしてもそこに行き着いてしまうのだった。
「おいおい、アリス。のどかの言葉をもう忘れたのか。犯人が人間なのかどうかは、この際後回しにするって言っただろう」
京也が優しく訂正してくれる。
「分かってるわよ。あたしだって、この街に本物の吸血鬼がいるなんて本気で思っていないから。ただね、ほら、あたしたちの身近に──」
そう言ってアリスは意味深な視線でもって、さきのことを見つめるのだった。
「えっ? 何の話をしているの……?」
相変わらずぼんやりとした表情でイスに座っていたさきが、アリスに向かって不思議そうな顔を向ける。半分眠気眼のさきの様子を見ると、アリスの話が頭に入っていないのは明白である。
「はあ? さき、あんた、いったい今まで何を聞いていたのっ! みんなで真剣にあの事件の話をしていたっていうのにっ!」
アリスは今にも噛みつかんばかりの顔でさきを睨みつけた。実際、アリスとさきの席が近かったら、本当に噛み付いていたかもしれない。
「うん、ちゃんと聞いてたよ。でもさ、ぼくらの種族って、『朝に弱い』から、聞いていたことが頭にしっかり入ってこないんだよね。まったく我ながら困っちゃうよ」
さきはすでに頭をこっくりこっくりさせ始めている始末である。
「うるさいっ! さきの種族が『朝も昼も弱い』ことは分かってわよっ! でもね、さきの場合は特別に節操がなさ過ぎんのっ! よく聞いて。この事件で一番近い場所にいるのが、さきかもしれないのよっ!」
「えっ? ぼくが? ていうことは、ひょっとして犯人は──」
「そう、犯人は──」
「ぼくなの?」
さきの一言の後に、氷のように冷たい沈黙が流れた。その沈黙を打ち破るようにして──。
「──! あんたね、今度くだらないことを言ったら、日焼けマシーンに一日中閉じ込めておくからねっ! 石炭よりも真っ黒に日焼けさせるわよっ!」
アリスはイスから立ち上がると絶叫を迸った。それほど広くもない食堂内に、アリスの声が響き渡る。
「ははは……。や、や、やだな、アリス……。じょ、じょ、冗談だってば……冗談……。ほら、アリス……瞳が『真っ赤』に輝いているよ……。『素』が出ちゃっているから……」
いつもは能天気なさきも、さすがにことの重大さに気が付いたのか、必死にフォローの言葉を続ける。
「──さき、本当に分かっているの?」
「うん、分かっているから」
「そう。なら、今回だけは大目に見てあげる」
アリスはきっちり5秒間さきのことをきつく睨みつけてから、イスに座りなおした。
その途端、外野から──。
「おい、今の見たかよ。顔はあんなに可愛いのに、中身は悪魔だな」
「本当だぜ。いくら可愛くても、性格があれじゃ未来は暗いな」
「闇路くん、かわいそう。あたしがあとで慰めてあげようかな」
「直美って、ああいうのがタイプだったんだ?」
「なんか、母性本能をくすぐられちゃうんだもん」
小さな声でヒソヒソと会話がなされていたが、彼らは知る由もなかった。
アリスはその『血脈ゆえに地獄耳』だという重大な事実を!
ガゲガガガゴッ!
アリスはわざと耳障りな音をたてながらイスを引いて立ち上がると、無言のまま食堂内をぐるりと見回した。
シィィィィィィィーーーーーンッ!
アリスのひと睨みで、食堂は沈黙の空間へと早変わりした。何人かの生徒たちは、触らぬ神はと思ったのか、こそこそと足早に教室へと去っていく。
「まったく、外野がうるさいんだから」
アリスは立った姿勢のまま、壁の時計に目をやった。昼休みも残りわずかだった。今朝みたいに話の途中で終わらないように、最後は部長としてしっかり締めないとならない。
「とにかく、今この街で起きている怪奇な事件を、あたしたち怪物探偵倶楽部の手で絶対に解決するわよ!」
長テーブルを両手でバンッと叩き、決然とした顔で決意表明をするアリス。
「まあ、このまま黙って指をくわえて見ていて、いざ第三の事件が起きたとなったら、さすがに気分は悪いからな。オレたちで調査してみるのも悪くないかもな」
コウもようやくヤル気を出してくれたらしい。
「まったく、アリスは一度言い出したら、絶対に引かないからね。いいわ。そこまでいうのであれば、アタシも協力は惜しまないから」
コウと櫻子の意見が合うのは珍しいことだった。
「学校中にアタシの美貌と才能を見せ付ける、絶好のチャンス到来かもしれないわね」
櫻子が長い髪をこれ見よがしにさらっとかきあげた。どうやら、こちらの部員はどこか勘違いをしているようである。
「被害者が二人も出ているとなると、しかも、おれたちと同じ高校生だとなると、余計に気にはなるよな。どこまで出来るか分からないが、やるだけのことはやってみようぜ」
京也が前向きな言葉を発する。
「わたしもひとついいかしら。蛇足的なことを言わせて貰えば、この一件をわたしたちの手で解決出来たら、わたしたちを見る周囲の白い目も変わってくるでしょうからね」
のどからしい鋭い分析結果を披露した。
「みんな、ありがとうね」
アリス以下、部員たちがそれぞれに士気を高める中──。
「うん、そうだね。みんなで頑張ろうか。でもぼくとしては、出来れば朝と昼間の時間以外に活動したいんだけどなあ……」
さきは眠そうな声で、ボソッとつぶやくのだった。
「それじゃ、まずは何から始めようか? えーと──」
「おいおい、部長さん。そんなことで大丈夫なのか?」
コウがさっそくアリスに噛み付いた
「しょうがないでしょ。あたしだって、こういう調査をするのは初めてなんだから!」
ヤル気だけは人一倍あるアリスはすぐに言い返した。
「やれやれ、どうなることやら」
「まあ、なるようになるしかないでしょうね」
二人のやりとりを見て、呆れている京也とのどかである。
なんとも雲行きの怪しい前途多難な船出を始めた怪物探偵倶楽部なのだった。
そのとき、突然、アリスのスマホの着信音が鳴り出した。