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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第五章 あたしたちは『怪物』探偵倶楽部!
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正体 その7

「あんたが本気を出したところで、そんなの無駄なだけだぜ! 悪足掻きはやめておきな!」


 サキは余裕の態度を崩すことなく、すかさず自分に飛び掛ってくるカミラを迎い撃つ体勢をとった。


「無駄なものか! この爪でキサマの腹を掻っ捌いて、腸を丸ごと抉り出して、地面の上にばら撒いてやる!」


 カミラがナイフのように鋭角的な爪を前に突き出してくる。


「動きが遅いぞ! 遅すぎて眠くなってくるぜ!」


 サキはカミラの放った渾身の一撃を難なくするりとかわしてみせた。勝者の表情でカミラを見つめるサキの顔が、しかし次の瞬間、恐怖によって凍りついた。


「くそっ! しまった!」


 サキの口から焦りの声があがった。


 一か八かの攻撃をサキに容易くかわされたカミラは、だが、そのままスピードを少しも緩めることなく一直線に突進を続けていた。そして、その先には背中にきららを庇っているアリスの姿があった。


 カミラははじめからサキを狙っていたわけではなかったのだ。サキに飛び掛っていくと見せかけて、実際のところは最初からサキの後方に控えていた、アリスの方にこそ狙いを定めていたのだ。さきほど優希がカミラに飛び掛っていくと見せかけて、その実、アリスときららを守る為に場所移動をしただけという作戦を、今度はカミラが逆手に使ったのである。


「はじめから『そっち』を狙っていたのかよ!」


 完全にカミラに裏をかかれたサキであったが、瞬時に次の行動に移った。しかし、すでに数瞬の遅れが生じてしまっている。サキがいくら人間離れした力を持っているといえども、同じ怪物級の力を持ったカミラの動きに追いつくのは無理であった。


「ワタシの顔を傷つけたキサマだけは絶対に許してなるものか! 我が爪をその身に喰らうがいいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 カミラが魂の絶叫を放った。美麗な顔からは美しさがすべて抜け落ち、今はおぞましい悪鬼のごとき醜態を晒している。それほどまでにカミラはこの一撃に掛けているのだ。


「────」


 アリスは襲い掛かってくるカミラに対して、焦ることなく静かに体の真正面を向けた。次に右腕を真っ直ぐ水平に伸ばす。左手は右手首のあたりに添えて、右腕をしっかり固定させる。精神を集中させて、全神経を極限まで研ぎ澄まさせて、右手に『力』を溜めていく。一秒も掛からないうちに、手のひらに紅蓮の炎の熱が宿る。実際、アリスの右の手のひらは、肉眼でも確認出来るほど淡い赤口色の輝きに包まれていた。


「喰らうのは、あんたの方よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 そして、アリスは右の手のひらに溜まった『力』の束を、カミラに向けて一気に解き放った。


 アリスの右の手のひらから放たれた不可視の強大な『力』が、恐ろしいスピードでアリスに向かってきていたカミラの体を直撃した。次の瞬間、カミラの体が反対方向に弾丸の速さで飛ばされていく。カミラが飛ばされた先には、ひと際大きく太い松の幹が空高く伸びていた。カミラは背中からまともに松の幹に激突した。


 ゴガゴンッ!


 重い肉感的な音が空間に響き渡っていく。そして──。


 ドザリッ!


 肉の塊が地面に落ちる音があがった。松の幹に背中を預けた格好で地面に座り込んでしまうカミラ。そのままピクリとも動かない。両腕はだらりと地面に垂れ下がってしまっている。力の抜け落ちた首は斜めに傾いでおり、その表情は深い眠りにでもついたように固まってしまっている。物理法則限界のスピードで松の幹にぶつかった衝撃によって、完全に気絶してしまったのである。


 悪魔と吸血鬼による世紀の戦いは、こうして一瞬で終わっていた──。


「ふぅーーーっ」


 その場で大きく息を吐くアリス。その姿はいつものアリスと変わりなかったが、ただひとつだけ、いつもと違う点があった。


 アリスの瞳は今、地獄の業火を思わせるような業火真紅色(ヘルファイヤーレッド)の光を放っていた。



 コウと櫻子がそうであるように──

 京也とのどかがそうであるように──

 そして、サキがそうであるように──


 

 アリスもまた──その体内に怪物の血を宿しているのだった。



 人間と悪魔(デビル)とのハーフである──魔王堂アリス。



 しかも、アリスはただの悪魔とのハーフではなかった。悪魔の中の悪魔である、魔王サタンとのハーフなのだった。



 それこそがアリスの真の正体なのであった!


 普段は自由奔放に『小悪魔』的な振る舞いを見せているアリスであるが、魔王サタンの血を引く娘だけあって、ひとたび、その『力』を解き放つと、このような結果をもたらすのであった。アリスは自分自身が持つ強大な力の特性をよく理解していた。だからこそ、きららを巻き込む恐れがあったので、最後まで『力』を解放するタイミングを窺っていたのである。


「──ふっ、これでやっと終わったみたいだな」


 やたらと格好付けた声で誰にともなくつぶやくサキ。


「あんた、誰に向かって格好付けてつぶやいてんのよ!」

 

 アリスは光の速さでサキに文句を付けた。


「まったく、職務怠慢もいいところよ! あたしの対応があと少し遅かったら、きららさんが怪我していたかもしれないんだからね! ちゃんと反省してるの!」


 怒りが収まらないアリスはさらに猛前とサキに噛み付く。噛み付くのは吸血鬼の専売特許なのだが、今は悪魔のアリスが噛み付くという事態である。


「いや、俺だって真犯人をやっつける手伝いをしたんだからさ、少しぐらいは褒めてくれても良いと思うんだけどな……」


 サキが反論を試みるが、すぐにアリスの再反論に合う。


「はあ? どの口がそんな世迷言をぬかしてるの? あんたさえ自分の役目をしっかり果たしていたら、あたしが『力』を解放することなく、事件は無事に終わっていたんだからね! だいたい、あたしときららさんがあの女から必死に逃げていたとき、あんたはどこでなにしてたのよ? あんたがもっと早く来ていたら、もっと簡単に済んでいたんだからね!」


「まあ……その点はたしかに、俺も悪いと思っているけどさ……。でも、悪いのは俺じゃなくて『もうひとり』の俺が、無様にあの女に殴られたのが原因であって……。つまり、俺にはひとつも落ち度はないし……」


「だ、か、ら! あんたとさきは一心同体なんだから、さきの責任はあんたにあるんでしょうが!」


 アリスは怒涛の如く捲くし立てる。なぜかサキが相手だと、際限なく怒ることが出来るのだ。


「あっ、いけない。こうやってあんたのことばかりに構っている場合じゃなかった。きららさんの容態も確認しないと!」


 サキへの怒りの余り、きららのことをついうっかり忘れていた。アリスは慌ててきららの方に向き直った。


「きららさん、体の方は大丈夫? どこか怪我とかしていない?」


「は、は、はい……だ、だ、大丈夫です……。アリスさんが身を挺して守ってくれたお陰で、掠り傷ひとつ負っていませんから……」


 きららの声には、それでもまだ若干戸惑いが見られた。頭の整理が追いついていないのだろう。


「本当! それは良かった!」


 きららの返事を聞いて、アリスもほっと胸を撫で下ろした。アリス自身の体についていたコウモリによる無数の噛み傷は、すでに九割近く治りかけていた。悪魔の血によって引き起こる肉体の怪物化現象(モンスターゼーション)の効果で、軽い怪我ならば数分もしないで治癒してしまうのだ。


「あ、あ、あの……アリスさん……。こ、こ、こちらの方は……ど、ど、どういったご関係の人で……」


 きららの目はなぜか話しているアリスではなく、サキのことを見つめていた。潤んだような瞳でもって。その瞳の輝きに現れた感情の正体は、思春期の少女が特有に持つ、『あの感情』であった。


「きららさん、さっきも言ったけれど、この男のことは今夜限りで忘れてね。記憶という思い出の中から完全に消去してもらって構わないから! だいたい、この男の名前なんて、口に出して言うのも汚らわしいぐらいなんだから!」


 アリスはきららの瞳に隠された感情にはまったく気付くことなく、これでもかというぐらいサキのことをこき下ろした。しかし、それに対してきららは──。


「──あの……サキさんって……か、か、彼女とかはいるんですか?」


 今にも消え入りそうな乙女の告白。                  


「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 夜のしじまを切り裂いて響き渡っていくアリスの絶叫。


「ちょっと、きららさん! もしかして、さっきどこか頭でも強く打ったんじゃないの? そうでもないと、そんな荒唐無稽で人生を棒に振るような目茶苦茶な言葉は出てこないでしょ? いい、この男はね、別名歩く非常識と言って、道徳心と羞恥心と倫理観をみっつまとめてどこかに置き忘れてきた、外道極まりない存在なのよ! きららさんのような前途ある女の子が言葉を交わすのはもちろんのこと、本来ならば目を合わすことすらしてはいけないような、低劣愚劣卑劣極まりない男なんだよ! ていうか、きららさん、あたしの話、ちゃんと聞いてる?」


 アリスの罵詈雑言に満ちた説得工作も、しかし、きららの耳には馬耳東風であった。


「あの……もしも、まだ決まった人がいないならば……わたしが立候補して──」


 瞳がハートマークになっているきららには、アリスの声が一切届いていないのは明らかだった。


「──悪いけど、少しの間、静かに眠っていてくれるかい」


 きららの顔を見つめていたサキの瞳が、ひと際強い赤光を放った。その途端──。


「あふんっ……」


 きららは力が抜け落ちたようにぐったりとなってサキの体に持たれかかった。まるで突然糸を断ち切られたマリオネットのように──。


「ちょっと、サキ! あんた、きららさんになにしたのよ!」


 驚いたアリスはすかさずサキに詰め寄った。


「この子に軽い催眠術を掛けて、眠ってもらっただけだよ。これ以上話をややこしくしたくないからな。それに今夜ここで見た光景も忘れてもらわないと困るだろう?」


「それじゃ、きららさんの記憶を消したの?」


「ああ、しょうがいないだろう。俺たちの正体を知られたままにしておくわけにはいかないからな」


「それはそうだけどさ……」


「それじゃ、逆に聞くけど、この場を上手く収める、他になにか有効な手立てはあるのか?」


 サキにそう言われてしまうと、何も言い返せないアリスだった。


「──分かったわよ。状況を考えれば、これも仕方ない処置ね」


 アリスは渋々サキの行為を了解した。

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