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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第五章 あたしたちは『怪物』探偵倶楽部!
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正体 その5

 負けないわよ……。負けないわよ……。負けないわよ……。あたしは……あんたなんかに……絶対に、負けないから!


 

 アリスは体中に生じる鋭い痛みに堪えながら、その場でゆっくりと立ち上がった。自分に向かってくるカミラに対して、無様な格好を見せたくなかったのである。


「あら、寝たままでも良かったのに」


 カミラが楽しげに歌うように言った。


「…………」


 アリスは言い返してやろうとしたが、痛みが激しくて声が上手く出せなかった。荒く息を吐くので精一杯の状態だった。


「何も言えないくらい酷い状態なの? それは可哀想に。キサマの喉元に噛み付いたときに、キサマの恐怖に歪んだ絶叫が聞けないのは至極残念だわ」


 完全に自分の勝利に酔い痴れているカミラ。


「…………」


 アリスはカミラに向けていた目を、一瞬、チラッときららの方に動かした。アリスの体を張った防御が功を奏したのか、ざっと見た限りではきららは傷ひとつ負っていなかった。


 

 とりあえず、きららさんが無事で良かった。



 心にあった心配事はこれでクリアになった。



 あとは、この場をあたしがなんとかしないと──。



 再び視線をカミラに戻したとき、アリスの表情は一変していた。さっきまでの今にも卒倒しそうな弱々しい顔付きは消えて、やる気の漲った表情が浮いている。


「ほおー。その体の状態で、まだワタシとやり合うつもりなの?」


 カミラも敏感にアリスの気合を感じ取ったらしい。


「──さあ、カ、カ、カミラ……。こ、こ、今度という今度こそは……あ、あ、あたしが……あ、あ、あんたの……相手になるわ!」


 痛みを押して、無理やりに声を絞り出すアリス。


「よかろう。そこまで言うのならば、ワタシがキサマの喉を噛み千切ってやるまでのこと!」


 カミラが真っ赤な口を大きく開いて、牙の如き尖った歯を見せ付けてきた。


 蒼い月光の下で、同じシーンが再現された。


 アリスとカミラが対峙し合う。


 アリスが全身に力を入れて、一歩前に踏み出そうとしたとき──。


「──みなさん、こんばんは」


 空中に伸びる松の枝の間から、黒い人影が優雅にアリスの目の前に舞い降りてきた。このような差し迫った状況の最中に、まるで天使のように姿を見せたのは──。


「──あっ、さき!」


 アリスはこれ以上ないくらいの心の底からの歓喜の声を発したが、すぐに自分の大いなる勘違いに気が付いた。そして──。


「ああ、なんだ。さきじゃなくて『サキ』の方か。喜んで損したわ──」


 分かりやすいように落胆した様子で大袈裟に嘆息した。


「オイオイ。なにもそんなに露骨にがっかりすることないだろうが! 人がせっかくこうして助けに駆けつけてきたっていうのによ!」


 アリスとカミラの緊迫した雰囲気の中に物怖じすることなく現れたのは、果たして、怪物倶楽部の部員である闇路さきであった。もっとも、部長であるアリスに対する口調は普段のさきとは大違いで、ぞんざい極まりないものだった。姿形は紛れもなくさきその人なのであるが、雰囲気がまるで違う。顔はイケメンなのに雰囲気は惚けているといったさきと違い、今は顔もその身に纏っている雰囲気も完璧なイケメンと化していた。



 この人物こそ──さきの心の中にいるもうひとりのさき──サキであった。



「あんたが来たのなら、もうあたしの出番はないわね。──ほら、あんたはそこにいる高飛車な女の相手をしてやって」


 アリスは鼻であしらうような態度でサキに命じた。


「あのな、人様に物を頼むんだったら、それ相応の物の言い方ってやつがあるだろうが!」


 言葉を荒げて言い返すサキ。アリスに絶対服従のさきでは、決して口にはしない言葉遣いである。


「さあ、きららさん。もう大丈夫だからね。暇人が助けに来たから。あいつがさっさと仕事を済ませたら、あたしたちは帰りましょう」


 アリスは露骨にサキの発言を無視して、きららに話しかけるのだった。


「あ、あ、あの……アリスさん……。こ、こ、この方はいったい……ど、ど、どなたなんですか……?」


 きららもさきとサキの違いは分かったらしいが、その二人がまさか同一人物であるとまではさすがに気付いていないらしかった。


「きららさん、この風変わりな男のことは深く考えなくてもいいから。なんでもないの。そう、例えるならば、季節の変わり目にひょっこり顔を出す害虫みたいなものだから。虫だけに、無視してもらって全然構わないから。ていうか、きららさんは完全に無視しちゃって」


 サキのことを害虫呼ばわりである。


「でも……その……わたしは……」


「ほら、サキ。あんたのことを見て、きららさんが怖がってるでしょ! さっさとあの女のとこに行ってよね!」


「はいはい、分かりました、分かりました。まったく、そこまで酷く扱わなくてもいいだろうが……」


 これ以上自分の発言に耳を貸してもらえないと分かっているのか、サキは軽く両肩を竦めると、カミラの方に顔を向けた。


「──やれやれ、部長様の命令とあっては断るわけにはいかないんでな。というわけで、これからあんたのことを片付けるからな。覚悟しときな」


 おざなりの言葉であっけらかんと言うサキだった。

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