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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第五章 あたしたちは『怪物』探偵倶楽部!
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ショータイム その1

「フンッ。やっとキサマたちに追い付いたわ」


 カミラが憎しみの篭った暗い目でアリスのことを見返してきた。左手で自らの顔の左半分をきつく押さえている。その指と指と隙間から覗く肌は、醜いまでに赤黒く腫れあがっており、右半分の陶器のような真っ白い肌とは雲泥の差だった。さきほどアリスが掛けた液体の影響である。


「さっきはよくもやってくれたわね! この顔の傷の借りはきっちりとキサマに返してもらうからな!」


 カミラが腸が煮えくり返っているのが、その語勢からはっきりと感じ取れた。アリスたちのことを『お前』でなく、『キサマ』呼ばわりしているほどである。


「そんなのあんたの自業自得でしょうが! それにあんたにはその顔の方が、前の顔よりも百倍も似合ってるわよ!」


 アリスも負けじと強烈な言葉で言い返した。


「キサマ、そこまで言ったことを絶対に後悔させてやる! いや、キサマの血を最後の一滴まで吸い尽くしてやる! そうすればこの程度の顔の傷ぐらいは、すぐに治癒するからな。さあ、キサマのその血で償ってもらうから覚悟しておけ!」


「治すんだったら、その顔の傷の前に、あんた自身のその歪みきった性格を治す方が先なんじゃないの!」


「好き勝手にほざいていられるのもそれで終わりだ! ワタシがキサマの喉元に噛み付いて、一口でもキサマの血を吸えば、キサマはワタシの下僕と化すのだからな。なんだったら、一生キサマのことをワタシの召し使いとして使ってやってもいいんだぞ」


 話している間に余裕が出てきたのか、カミラはアリスのことを見下すような笑みを浮かべた。しかし、顔の右半分こそは完璧な笑顔を形成しているが、左半分は醜悪極まりない有様のままである。それはあたかもカミラの歪んだ心情を現しているかのようでもあった。


「そんなのこっちから遠慮させてもらうわ!」


 語気こそ強かったが、アリスは背中にきららを庇ったまま、じりじりと後ろ足で後退していくしかなかった。


「それでワタシから逃げられるとでも思ってるのか?」


 カミラが勝ち誇った表情のまま、アリスたちの方に近付いてくる。


「…………」


 アリスとてこのままでは逃げ切れないことぐらいは、百も承知していた。しかし今はこうする以外他に、何も思いつかなかったのである。



 どうしたらいいっていうのよ……? こうなったら一か八かであたしが飛び掛っていって……。でも、その隙にきららさんが襲われでもしたら……。



 アリスが次の行動に躊躇している間に、カミラは徐々にその距離を詰めてきた。あと少しで手が届くほどの距離になった、まさにそのとき──。


 「カミラ! そんなことはもうやめるんだ!」


 カミラの背後に見える暗い松林の中から声が轟いた。


「──そこにいるのは誰なの?」


 アリスはカミラに向けていた視線を、瞬時に声のした方に飛ばした。もしかしたら救いの声になるかもしれないと思ったのである。


「──フンッ。誰かと思えば、お前か。またワタシにやられに来たわけ?」


 カミラが冷ややかな笑みを声の主──優希に向けた。


「えっ? どうしてあなたがここにいるの……?」


 思いもかけない闖入者の正体に、アリスは驚きで言葉に詰まってしまった。優希がここにいる理由が思い付かなかったのである。


「ボクはカミラの愚かな行為を止める為にここに来たんだ!」


 優希が強い意思表明を示した。


「でも、だって……あなたも……吸血鬼のはずじゃ……?」


 たしかにカミラ自らの発言によって、被害者たちを襲ったのはカミラであると分かったが、優希の立ち位置がまだ分からなかった。優希がカミラと同じ吸血鬼なのだとしたら、あるいはカミラの協力者ということも考えられなくもないのだ。事態の急変にアリスの思考能力はまるで追いつかなかった。


「ボクは犯人じゃないよ。逆なんだよ。同じ吸血鬼が起こしている凶行を止める為に、この街に来たんだ! それがボクに架せられた、夜の一族の代表としての使命だからね!」


 優希がアリスの前で初めて自らの素性について口を開いた。


「──なるほどね。そういうことだったの。これでようやく事件の概要がすべて分かったわ」


 優希の言葉を聞いて、アリスもようやく複雑な人間関係を理解することが出来た。


「つまり──悪いのはあんたひとりということね!」


 アリスは二人の会話を黙って聞いていたカミラに目を戻した。この類稀なる美貌を持った少女こそが、今回の一連の吸血鬼事件における諸悪の根源だったのだ。だとしたら、今アリスがやるべきことは決まっている。ここで諸悪の根源をなんとしてでも絶たなくてはいけない。また同じ悲劇を繰り返さないためにも──。


「優希くん、きららさんのことを頼むわ──」


 しかし、アリスが行動に移るよりも先に、優希の方がいち早く動いていた。


「この場はボクに任せて、君たちはすぐに逃げるんだ! カミラ、君の相手は、このボクがしてやる!」


 優希がなんの予備動作もなく、カミラに向かって一直線に飛び掛っていった。そのスピードはまさに吸血鬼だからこそ出せる人間離れしたものであった。


 だが、迎え撃つカミラも優希と同じ吸血鬼なのである。二人の吸血鬼が雌雄を決する戦いをしたとき、果たしてそこにどんな状況が生まれるのか、アリスでも皆目見当がつかなかった。


「ワタシの力を見くびってもらっては困るな!」


 カミラは優希の動きに少しも焦る素振りを見せることなく、自らもまた優希に向かって飛び掛っていった。 

 

 決死の覚悟を顔に浮かべて挑む優希。対して、カミラは余力を残したような余裕ある顔色をしている。


 月光が差し込む松林の元で、二つの黒い影が素早く交差した。そしてお互いにその立ち位置を変えて、ピタッと動きを止めた。一方は直立不動のまま動かない。もう一方は、体が前後にぐらぐらと揺れ、今にも地面に倒れこみそうな状態である。


「己の非力さを今さらながらに思い知ったんじゃないの?」


 直立不動の影が勝ち誇った声を上げた。


「ワタシとお前とでは、力の差が歴然とあるんだ。同じ吸血鬼といえども、お前は吸血鬼と人間とのハーフだ。言うなれば、お前はまがい物の吸血鬼でしかない。ワタシのような純血の吸血鬼に敵うはずなど、はじめから可能性の欠片すらないのだ。つまり、最初からこの勝負の行方は決まっていたのさ。人間を救うなどという愚かな決断が、この結果を生んだんだ。お前の自身の考えの甘さを悔やむがいい!」


 勝ちを確信しているカミラが優希のことをこれでもかと蔑む。


「……た、た、たしかに……カミラ、き、き、君の力のことは……十全に知っていたさ……。だ、だ、だから……正面からぶつかっても……か、か、敵わないことは分かりきっていた……」


 苦悶の表情を浮かべたまま、それでもなんとか立ったままの姿勢を維持している優希。右手でもって左の脇腹の辺りを強く押さえている。地面に滴り落ちる赤い液体が、何よりも雄弁に起こったことを物語っていた。二人が高速で交差した瞬間、カミラの鋭く尖った手の爪が優希の脇腹を深く抉ったのである。


「分かっていたらならば、はじめから無駄な努力はしないことだな」


 カミラが爪に付いた優希の血を真っ赤な下で舐る。


「いや……ボクは無駄な努力など……してはいない!」


「はあ? 今さら強がったところでどうなるというんだ?」


「──生憎とボクは強がってなんかいないさ……。だって、これで二人のことを守ることが出来るからな!」


 優希が苦痛に顔をしかめながらも、口元にかすかな笑みを浮かべた。それは決して敗者が見せる諦めの笑みなんかではなく、勝者が見せる笑みであった。


「何をほざいている! どうやらその傷の痛みのせいで、状況を理解出来ていないようだな」


「理解出来ていないのは、カミラ、君の方だ!」


「何をふざけた事を! いったい、ワタシが何を理解していないと──」


 荒ぶる様子を見せていたカミラが、突然言葉を切った。ようやく優希の言った言葉の意味を察したのか、悔しげに顔を歪める。


「やっと理解したみたいだな──」


「お前……計ったな!」


 一瞬前までは、カミラはアリスたちの目の前にいた。しかし今は、アリスたちとカミラの間に優希がいる。カミラがアリスたちを襲うには、まずはその間にいる優希をなんとかしなくてはならない状況に変わったのである。優希はカミラに勝つために勝負を挑んだのではなく、アリスたちの身を守る為に、敢えてカミラに挑む振りをして、場所移動したのだ。


「──さあ、どうする? ボクはこの場所を譲るつもりはないからな」


「そんなふらついた状態のお前に、いったい何が出来るというんだ?」 


 一時の興奮状態から冷静さを取り戻したのか、カミラは優希の行動を嘲笑した。


「この程度の傷なら、彼女たちが逃げ切れるだけの時間は十分に確保出来るさ」


 優希がアリスたちのことを守るように、カミラと再び向かい合った。


「それはダメ! そんな傷付いた体で動いたら、ますます傷口が広がっちゃうでしょ!」


 アリスは言下に優希の言葉を制した。


「しかし、アリスさん……。ボクは夜の一族として、これ以上君たちに迷惑を掛けるわけにはいかないんだ……。ボクのことは気にしなくてもいいから、君たちはいち早く逃げるんだ!」


「いいえ、あたしは逃げない!」


「アリスさん、何を言ってるんだ! ボクの行動を無駄にしないでくれ! チャンスはこれきりなんだ!」


 優希の言うことは最もであった。ここで優希にカミラを足止めしてもらうことで、アリスはきららを連れて逃げることが出来るだろう。しかし優希はどうなるのか? きららを守ることはもちろん大事だが、目の前で傷付いている優希を置き去りにして、このまま逃げる気にはさらさらなれなかった。


「──あたしがやるわ」


 だから、アリスは決断した。さっきは優希に先を越されたが、今度こそは自分が行動をする番である。


「アリスさん、君はいったい何を考えているんだ……?」


 優希が驚きの目でアリスの顔を見つめてきた。


「心配しないで。あなたが思っているような悲劇は絶対に起きないから」


「えっ……? それってどういう意味なんだ……?」


「つまり──あたしも、あなたと『同じ』ということよ」


「同じ……? なあ、君はいったい……?」


「その話はあとでしっかりするから。今は目の前の脅威をなんとかしないとね」


 アリスは困惑気な表情を浮かべる優希に対して、大丈夫だという風に軽く頷いて見せると、優希の前に移動した。


「──さあ、カミラ。今度はあたしがあんたの相手になるわ!」


 蒼い月光の下で、アリスはカミラと対峙した。

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