正体 その3
「さあ、コウたちも行ったことだし、おれたちもそろそろ始めるとするか」
京也がいつもと変わらぬ落ち着いた口調でさらっと言った。
「そうね。こっちの用事が済んだら、私たちも急いでコウたちの後を追わないといけないからね」
答えるのどかもまた、いつもと同じ冷静な言葉遣いのままである。
しかし二人の目の前には今、瞳を爛々と真っ赤に輝かせた吸血鬼の下僕と化した二人の被害者が立っているのだ。本来ならば年頃の可愛らしい容姿なのだろうが、今は男でも悲鳴を上げてしまいそうなほどおぞましい姿へと変貌している。常人ならば冷静でいられる状況ではない。逃げ出すか、あるいは卒倒してもおかしくはない状況である。
だが、京也とのどかはそんな恐怖などどこ吹く風で、平然と被害者と対峙している。
吸血鬼の下僕と化してしまった被害者の少女二人も、京也とのどかの体から溢れ出てくる自信を感じ取ったのか、その場で低い唸り声をあげて威嚇するだけで、襲い掛かってはこなかった。
「私は右のショートカットの子を受け持つは。左の子は京也、お願いね」
のどかがてきぱきと指示を飛ばす。
「分かった。任せておけ」
京也が左の少女に向かって、躊躇うことなく一歩足を踏み出した。
「シュギュギィィィィィーーー!」
少女がさらに激しく威嚇してきた。
「さあ、おれが相手をしてやるよ。悪いけど、女だからといって手加減はしないからな。まあ、手加減が出来る状態でないけどな」
京也が自分の言葉に苦笑を浮かべる。
「シュギュッ!」
少女は京也の様子を見て戦う意思を決めたのか、凶暴な顔付きのまま京也に向かって走ってきた。吸血鬼に噛まれたせいで変化したものなのか、長く鋭利に伸びた手の爪を京也の喉元に真っ直ぐに突き出してくる。その動きのスピードは人間離れしたものだった。格闘技の経験がある者でもかわすことは困難であろう一撃だった。その一撃を受けた者は、喉を切り裂かれて、血飛沫を上げながら床の上でのたうち回ることになるだろう。あくまでも避けられなければの話だが──。
もちろん、京也は違った。
京也の体の動きは吸血鬼の下僕と化した少女のスピードを遥かに凌駕するものだったのだ。少女の右手の攻撃を簡単に見切って難なくかわすと、今度は自分の右手を伸ばして少女の右手首をがっちりと掴んだ。少女の動きが一瞬止まる。その隙を逃すことなく、京也は掴んだ少女の右手首を背中側に捻り上げた。少女が慌てたようにして拘束から逃れようと体を左右に振るが、京也の腕力の方が勝っていた。少女は完全に体の動きを封じ込められた格好になった。さらに京也が少女に対して力を加えようとしたとき、待ったの声が掛かった。
「京也、間違えないでね。その子は吸血鬼の下僕と化したとはいえ、事件の被害者なんだから。丁重に扱ってよ」
のどかが注意してきた。
「おっと、そうだったな。顔があんまりにも怖いから、つい力を入れ過ぎそうになったぜ。それじゃ、こうするしかないな。生憎とおれは催眠術が使えないんで、『頭』を使わせてもらうぜ」
京也は少女を捻り上げた姿勢を維持したまま、少女の後頭部に軽く頭突きを一発入れた。廊下にゴツンというお馴染みの音が響いた。同時に、少女の首ががくんと前に落ちた。気を失ってしまったのである。
吸血鬼の下僕を相手に凄まじいまでの身体能力を披露した京也の体は、先ほどと比べて、ひとまわり大きくなっており、また両腕には岩のようなゴツイ筋肉の束が姿を現していた。レスラー顔負けの筋骨隆々の偉丈夫と化していたのである。さらにその瞳は非人間的な白銀色に輝いていた。
一方──京也と少女のやり取りを横目で見ながら、のどかの方もまた吸血鬼の下僕を相手に華麗な格闘を演じていた。
のどかは最初に左手首に常時巻いてある包帯の一端を外した。途端に、するすると包帯の先が伸びていく。のどかはそれを左手で掴むと、ショートカットの少女に向けてムチのように流麗に振るった。ごくありきたりな普通の白い包帯である。それがのどかの手に掛かると、あたかも生命を与えられたかのように、優雅な曲線を描きながら宙を飛んでいき、ショートカットの少女の体にくるくると巻き付いていった。
少女はすぐさま両手で包帯を掴んだ。力尽くで無理矢理に引き千切ろうとしてもがき始めた。しかし、のどかが放った包帯はもがけばもがくほどきつく少女の体を締め上げていき、いっかな解くことはもちろんのこと、引き千切ることすら出来なかった。
少女が無駄な努力をしている間にも、のどかの放った包帯はさらに少女の全身に巻き付いていき、三分もしないうちに、顔以外は全身包帯巻きにされた少女の姿が出来上がっていた。無論、こうなってしまうと、文字通り、手も足も出ない状態である。
「それくらいでもういいんじゃないのか?」
先に自分の仕事を終えていた京也がのどかの方に近寄ってきた。
「そうね。これなら反撃は出来ないだろうからね」
のどかは軽く頷くと、左手首から少女の方に伸びていた包帯に、右手の人差し指の爪をサッと走らせた。吸血鬼の下僕と化した少女の力でさえ引き千切ることが出来なかった包帯が、それであっさりと切れた。少女の全身に巻かれた包帯の長さは、どう見ても最初にのどかの手首に巻かれていた包帯よりもずっと長かった。ではいったい、足りない分の包帯はどこから伸びてきたのか? まさしく魔法の包帯としか言いようがなかった。
包帯巻きにされて直立していることが出来なくなった少女が、とうとう床にごろんと倒れてしまった。それで勝負あった。
「さあ、これで終わりね」
倒れる少女の姿を静かに見つめるのどかの瞳は、非人間的な青玉色の光を放っていた。
京也が見せた圧倒的な怪力と、のどかの見せた巧みな包帯捌きの腕。どちらも常人離れしたものである。
コウと櫻子がそうであるように、京也とのどかもまた、その体内に怪物の血を宿しているのだった。
人間とフランケンシュタインとのハーフである──巨人京也。
人間とミイラ人間とのハーフである──白包院のどか。
それこそが二人の真の正体なのであった!
「ショータイムも終わったことだし、のどか、この二人はどうする?」
「このままでいいわ。どのみち吸血鬼本体をなんとかしないことには、この子たちに掛けられている呪いは解けないでしょうからね」
「それじゃ、おれたちもさっそくコウと櫻子の後を追って──と言いたいところだけど、二人がどこに向かったのか分からないからな……」
京也は太くなった首を傾げて頭を悩ませるポーズをしたが、すぐに対策を思いついたのか、顔に明るい表情を浮かべた。
「そうか。アリスのスマホに連絡を入れて、居場所を聞けばいいのか」
「ダメね。スマホの電源は入っているみたいだけど、呼び出し音が繰り返されるだけで、電話に一向に出ないわ」
京也が思いつく前よりも早くアリスのスマホに連絡を入れていたのどかが首を左右に振った。
「ということは、つまりアリスたちの方でもトラブルが持ち上がっているっていうことだな。でもそうだとすると、おれたちも尚さら早くアリスたちのいる所に向かわないとならないな……」
「そうね。ただ肝心の居場所が分からないと、行き先すら決められないから……」
倶楽部の頭脳役であるのどかが次の行動を決めかねていると──。
「にゃあーん」
「くぅーん」
どこからともなく、この場には不釣合いな猫と犬の鳴き声が聞こえてきた。
「うん……? この声って、猫と犬、だよな?」
「優希くんを寝かせていた病室の方から聞こえてきたわ」
京也とのどかは急いで病室に走っていく。
病室に優希の姿はなかった。コウと櫻子の姿もない。完全にもぬけの殻である。
「どうやら優希もアリスたちのもとに向かったみたいだな」
「彼の場合は、アリスのもとというよりは『彼女』のもとと言った方が正解ね。『彼女』の蛮行を止める為にわざわざこの街の来たんだから」
「それじゃ、コウと櫻子も優希の後を追って行ったんだな。優希を追いかけていけば『彼女』に辿り着くし、そこには当然アリスたちがいるはずだからな」
「おそらく、そんなところでしょうね。二人にしてはナイス判断ね。それともうひとつ、ナイスアイデアを『置き土産』にしてくれたみたいよ」
いつもはトラブルの源になることが多いコウと櫻子のことを、珍しくのどかが褒めた。
「のどか、『置き土産』ってなんのことだ?」
「さっきの鳴き声よ」
そう言ってのどかは窓際まで歩いていった。窓から顔だけ乗り出して、地面の方に目を向ける。果たして、そこにいたのは──。
「なるほどな。たしかにこれは良い『置き土産』だな。これならコウたちの後を迷うことなく追い掛けていけるからな。さすが狼男と猫娘だ」
「さあ、私たちも急いで向かわないと!」
「よし、行こう!」
京也とのどかはコウたちと同じように病室の窓から身を投げ出して、夜の闇へとダイブしたのだった。




