全員集合!
「──二人とも、そろそろ静かにしたら」
その一言でコウと櫻子の際限のないくだらない言い合いを止まり、部室は静寂が支配することになった。言葉を発したのは、今まできりっと背筋を伸ばした姿勢でイスに座り、物静かに小説を読んでいた白包院のどかである。
目元がすっぽり隠れるくらいの前髪に、分厚いレンズの入った眼鏡。まるで絵に描いたような引っ込み思案の大人しい少女といった風貌であるが、その実、この倶楽部いちのしっかり者で、勉強も出来る才媛なのだった。学校内では、眼鏡をしているのは本来の美貌を隠すためである、といったまことしやかな噂まで飛び交っている始末である。
さらにのどかに関する噂を助長させているものに、のどかの左手首に常に意味有りげに巻かれている真っ白い包帯の存在があった。これは病院であるのどかの家に伝わる『特殊な習慣』に基づくもので、別に本当に怪我をしているというわけではなかった。
もっとも、眼鏡の奥の隠された美貌と、左手首に巻かれた包帯。これだけ条件が揃っていたら、噂にならない方がおかしい。当ののどか自身は、それらの噂について肯定も否定もしていない。そういった類いの話にまるで興味がないのだ。
「ありがとう、のどか。──じゃあ、静かになったところで、今度こそ話を再開するわよ」
アリスの話は、しかし、また止められてしまった。
「その前に、こっちの新聞の方が分かりやすいわよ」
のどかがガサゴソとバックから取り出して、長机の上に置いたのは、今日の朝刊である。所謂、一般紙と呼ばれているものだ。一方、今長机に広がっているのは、アリスが学校に来る途中のコンビニで買ってきたスポーツ新聞である。一面には大きく『遂に宇宙人捕獲に成功……か?』という胡散臭さ百二十パーセントの見出しが堂々と躍っている。紙面に掲載されている宇宙人の写真は、どう見ても安っぽいCGにしか見えなかった。しかも、宇宙人は人間に捕まったのにも関わらず、なぜかカメラ目線で、おまけにピースサインまでしている始末である。
コウと櫻子が二紙の新聞を見比べて、そろってアリスを意味ありげな視線で見つめる。
「ははは……。ほら、スポーツ紙の方が字が大きくて見やすいかなって思って……」
アリスは苦しい言い訳をした。
「つまりなんだ。ニュースを見ていないっていうのは、オレたちと同じっていうことか?」
コウが冷たく言い放つ。
「どうやら、そうみたいね」
櫻子もコウと同意見らしい。二人の意見が重なるのは珍しいことだった。
「──分かりました、分かりました。あたしも雑誌の立ち読みをしに寄ったコンビニで、たまたまこの新聞を見つけて、初めて昨夜の事件を知ったんです」
アリスは正直に白状した。
「まったく、ひとりだけニュースを見てきた立派な高校生を気取ったりしないで、最初から素直にそう言えばいいのよ」
櫻子は半分呆れた表情をしている。
「はいはい、そうでした、そうでした。あたしが浅はかでした」
アリスは適当に相づちを打って早々にこの話題にけりをつけた。これ以上続けると、更なるボロが出かねないからである。
「とにかく新聞のことはこの際気にせずに、昨夜の事件の話をしたいんだけど、いい?」
アリスは言いながら、一同の顔を順番に見回していく。櫻子、コウ、京也、のどか。
うん、ばっちり。全員揃っているわね。
アリスが満足気にひとり頷いたとき──。
「ふぁああーあー」
なんとも間の抜けた欠伸の声があがった。
「あれ? みんな、どうしたの? こんな朝から真面目な顔しちゃて……?」
長机に顔を伏せて幸せそうに眠っていた闇路さきが、眠そうに目をこすりながら顔を上げた。寝ているのはいつものことなので、アリスはさきの存在をうっかり失念していたのだ。
ああ、さきのことをすっかり忘れていた!
アリスはさきのワイシャツの胸元を猛然と掴むと、上下左右にぶんぶんと揺すり回した。
「まったく、もう! なんであんたはいっつもそうなのよ! みんなで話をしていたんだから、気付いてもいいでしょうが! なんでそんな幸福そうな顔をして平気で眠っていられるのよ! ひょっとして、耳の奥に粘土でも詰まっているの? それとも脳味噌が冷凍睡眠していて動いていないの? 普通は自分で自分がおかしいと思うでしょうが!」
アリスの罵声がマシンガンのごとく部室内を乱れ飛ぶ。
「いや……あの……ちょっと……だからさ、アリスにはいつも言ってるだろう? ぼくらの種族は『伝統的に朝に弱い』んだから。こればっかりは、しょうがないだろう。ほら、やっぱり長年積み重ねてきた伝統には勝てないからさ……」
さきは眠気の絡みついた声で言い訳をする。
普段から良く言えば超然としている、悪く言えばただぼーっとしているだけ、というのがさきである。顔の造り自体は極めて秀麗なのだが、如何せん、その立ち振る舞いとのんびりとした性格が災いして、せっかくの二枚目フェイスを完全に打ち消してしまっているという、誠に残念至極な高校生なのだった。
「うっさいわよ! 種族だろうが、種目だろうが、関係ないの! とにかくあたしが今から大事な話をするんだから、あんたは両目を限界まで開いて、しっかり起きていること!」
「うん……分かったよ……。そんなに、大きな声を、出さなくても……聞こえるから……。ちゃんと、起きているからさ……起きているから……」
さきの両目のカーテンは今にも閉じそうな気配である。
「こら! 起きろ! 起きろ! 起きろーーーっ!」
「う、うん……起きるよ……起き……起き……ふぁあーあ……」
「ふーん、あたしにそういう態度をとるわけ。そっちがその気ならば、こっちも出方を変えさせてもらうからね」
アリスは不意に声のトーンを落とした。
「これでも気持ちよく寝ていられる?」
アリスは口元に『小悪魔』的な笑みをひっそりと浮かべた。胸元からネックレスを取り出す。ネックレスの先には、小さな小瓶がぶら下がっている。この小瓶の中には、さき専用の『ある植物』の濃縮エキスが入れてあるのだ。
「ねえ、さき、どうする? 眠気覚ましに、これを顔にかけてあげようか?」
アリスはその小瓶をさきの鼻の前で左右に揺らした。
途端に──。
「はい、起きます! 起きますってば! たった今、間違いなく起きちゃいました!」
さきが文字通り飛び起きた。両目はぱっちりと開いている。白目の部分が赤く充血して、少し涙目になってはいたが。
「これでよしと。今度こそ、部員全員が揃ったわね。──それじゃ、話を再開しようかな」
アリスが嬉しそうに話を始めようとしたとき、校内のチャイムが無常にも部室に鳴り響いた。
「ええーーっ! そんなあーーっ! まだ、全然話してないのに!」
アリスの悲鳴にも似た声を無視して、部室を出て行く面々。
「ねえ、まだ昨夜の事件のことを何も話していないじゃん。こういうことは一刻も早く話さないといけないでしょ? ねえ、みんな、あたしの話聞いてる?」
「アリス、その話は昼休みにすればいいわ。その方が時間も多く取れるでしょうから」
「でも、のどか……」
「ほら、教室に行くわよ」
有無を言わさぬのどかの言葉に、さすがのアリスも従わざるを得なかった。
六人は部室を出ると、足早に教室へと向かって歩いて行く。閉じられた部室の扉には──。
『怪物探偵倶楽部』
そう書かれたプレートが掛けてあった。