正体 その1
「──ようやく正体を現わしたってわけね」
アリスは慎重にカミラと一定の距離を保ちつつ、話を切り出した。アリスのすぐ隣には、体を震わせているきららがいる。アリスひとりならばいくらでも無謀な行動に打って出ることは出来るが、きららが一緒ではそうもいかない。
「正体ね──まあ、そういうことになるかしら」
正体がバレたというにも関わらず、カミラはいたって余裕のある態度だった。
「つまり、自分が一連の事件の犯人であると認めたってことよね?」
「そうだとしたら、何だって言うの?」
「いったい何の目的があって、きららさんの友人たちを襲ったの?」
アリスは最初から確信を突く質問をした。正体を明かしたということは、もうカミラは逃げも隠れもしないということだ。だとしたら、こちらとしても真っ向勝負を仕掛けるしかなかった。
「目的? ヘンなことを言うわね。目的なんてあるわけないでしょ。ワタシは自分がしたいようにしただけなんだから」
カミラの言葉には後悔の響きは皆無であった。
「自分がしたいようにって、どういうこと? それじゃ、襲う理由はなかったとでも言うつもりなの?」
「ふんっ、簡単な話よ。──ワタシはトランシルヴァニアの山奥での生活に飽き飽きしてたの。だから、この街に遊びに来ただけのこと。そうしたら、匂い立つような美味しそうな血の香りをぷんぷんとさせている可愛い女の子と知り合った。だから、ワタシは自らの本能に従って、彼女たちの血を貰っただけのことよ。吸血鬼が血を吸って、どこが悪いっていうの?」
カミラが逆に訊き返してきた。
「あんたはトランシルヴァニアの山奥の田舎暮らしをしていたから知らないかもしれないけど、人間の世界にはルールっていうものがあるのよ! 誰かれ構わず襲って良いわけないでしょ!」
珍しくアリスは言葉を荒げたが、カミラはどこ吹く風といった様子で、一向に動じる気配を見せない。
「ルール? なんで、そんなくだらないものに縛られなきゃいけないわけ?」
「くだらないって……。ルールがなかったら、社会は混乱するだけしょ!」
「混乱して、なにが悪いの?」
「えっ、そんなことすら分からないの……」
アリスとしても言い返す言葉が思い付かなかった。おそらくカミラは人間の世界に疎いのだろう。あるいは、今まで人間との接触を避けて生きてきたのかもしれない。だから、自分の世界のルールしか知らないのだ。だから、アリスとも会話が噛み合わないのだ。だから、平気で人を襲って、血を吸うという行為が出来たのだ。
しかし、このままではいつまでたっても話は平行線を辿るしかない。アリスが次の言葉を考え倦んでいると、驚いたことに、きららが声を発した。
「カミラ……あなたは人間の社会のルールを知らないかもしれないけど、誰かと繋がることで生まれるコミニュケーションぐらいは知っているはずでしょ……」
「それがなんだと言うの?」
「あなたは知っていたはずでしょ! 襲われた友人たちがあなたに好意を抱いていたことを! あなたは彼女たちの思いを裏切ったのよ!」
今まで恐怖に震えながら黙ってアリスとカミラのやり取りを聞いていたきららが、怒りをぶつけるように言い放った。
「裏切った? おかしな言い掛かりは止めてよね! ワタシとお前たちの間には、もとから何もなかったんだから。お前たちが勝手に友達ごっこをしていただけのことよ。それにあの二人だって、夜中に嬉しそうにワタシに会いに来たんだから。血を吸われるとも知らずにね!」
カミラはきららの訴えにも耳を一切貸さなかった。
「そうやってあんたは人の好意を逆手に取ったってわけね! 本当に虫唾が走るわ!」
アリスの推理はだいたい当たっていた。
「喚くならば、そうやっていくらでも喚けばいいさ。どんなに喚いたところでも、所詮お前たち人間どもは、吸血鬼にとってみればただの食料にしか過ぎないんだよ! 殺さずに生かしておいてもらっただけでも幸せだと思いな!」
「──今はっきり分かったわ。それがあんたの本心ってわけね」
ここまではっきり言われたら、アリスとしても容赦する気持ちがなくなった。
「本心もなにも、これが吸血鬼としてのワタシの生き方なのよ! お前たちのような下等な生物である人間には、決して分からないだろうけどね!」
カミラが傲慢さを露わにした。
「──優希もあんたと同じ考えの持ち主なの? 仲間ってことなの?」
アリスは言いながら、胸元で揺れるネックレスを強く握り締めた。視線はカミラの顔に向けたまま、カミラとの距離を測る。
「あの間抜けな男のこと? あいつはたしかにワタシと同じ吸血鬼であるけど、考え方は正反対もいいところよ」
「仲間じゃないの? それじゃ、どうして彼はこの街に──」
「ワタシもお前からあいつの話を聞いて、初めてあいつがこの街に来ていると知ったのさ。あいつはワタシが起こした事件のことをきっとニュースか何かで見て、ワタシを止めに来たんだろうね。はっきり言って、あいつは目障りな存在だったのよ。ワタシはまだまだ血を吸い足りなかったからね。あいつのことをどうしようかと考えていたときに、都合良く、『怪物探偵倶楽部』とかいうくだらない名称の倶楽部の連中と巡り会った。そこであいつをハメてやることを思い付いたのさ。お前たちはワタシの話を一切疑わなかったから、ワタシの思い通りに実にスムーズに話は進んでいった。そして、ワタシの目論見通りにあいつは犯人と疑われて、今夜ワナに嵌められて、捕まったというわけさ」
「まさか、昨日、池口ミユさんを襲ったのも──」
「そうよ、ワタシに決まってるでしょ。でも喉に噛み付く寸前のところで、邪魔が入って血を吸うことが出来なかったけどね」
「邪魔って……優希くんね!」
アリスの頭の中で、散らばっていたパズルのピースが少しずつ組み合わさっていく。
「そうよ。あいつは性懲りもなく、ワタシをずっと尾行してたんだよ。ワタシも途中でそのことに気が付いたから、撒いてやろうかとも考えたが、そこで一計を思い付いたのさ。この機会に乗じて、さらにあいつに疑いが向くように仕掛けてやろうとね。たしかに食事の邪魔をされて腹は立ったが、ワタシの計画通りに、ミユの目撃情報から、お前たちはあいつのことを犯人だとさらに確信を深めていった」
アリスたちはミユが見たという『金髪』の情報から、優希犯人説を強くしてしまったのである。もしも、ミユに事件時の話を詳しく聞くことが出来たならば、おかしな点に気付いたかもしれないが、残念ながら、ミユに話を聞ける機会がなかったので、結局、間違いを正せずに今夜の作戦決行となってしまったのだった。
「今夜、優希くんに襲われたという話も、当然──」
「もちろん、真っ赤なウソに決まってるでしょ! 上手い具合にあいつに襲われた振りが出来るように、作戦の内容を変えて、あいつに連絡したのよ。その結果は言うまでもないわよね。お前たちは揃いも揃って、物の見事にワタシに騙されたわけだから! どうだったかしらワタシの演技は?」
カミラは今にでも歌いそうなほどの勝ち誇った顔で、アリスのことを見下すのだった。
「あたしたちは今夜、完全にあんたにしてやられたってわけね…………」
今さらであるが、考えてもみれば今夜の作戦はすべてカミラが考案したものなのだ。優希に連絡するのもカミラであり、アリスたちの待機場所を決めたのもカミラだった。逆に言えば、カミラは自分に都合よく作戦を指揮する立場にいたのである。その結果、アリスたちはカミラの企みに気付くことなく、逆に片棒を担ぐハメになってしまったのである。アリスとしては、悔やんでも悔やみきれない結果だった。
「さあ、くだらない話はここで終わりよ。正体もバレっちゃったことだし、せっかくだから、ワタシがお前たち二人の血を思う存分に吸ってあげるわ。本当はあいつを捕まえた後で、きららと二人きりになったところで、きららの血を吸おうと思っていたが、お前が要らぬお世話を焼いて、家まで送っていくなんて言い出すから、こういう結果になったんだよ。恨むなら、自分の浅はかさを恨むんだね。もっとも、ワタシとしては二人分の血を吸えるから、かえって好都合だったけどね!」
カミラが一歩ずつアリスたちの方に歩み寄ってきた。反対に、アリスはまだその場から動かない。
「あら、逃げないの? それとも、ワタシに襲われる覚悟が出来て動けないの?」
圧倒的な態度を変えぬまま、カミラがさらに二人に近付いてくる。
「…………」
焦る気持ちを必死に押さえながら、アリスは頭の中で目算していた。相手から遠すぎては届かない。逆に相手が近すぎては逃げ切れない。絶妙の距離のところで仕掛けるつもりだった。
一回きりの勝負よ。絶対に外さないようにしないと──。
アリスはネックレスの小瓶を握る手に力を込めた。
アリスとカミラとの距離が3メートルを切った。
「さあ、その血はワタシが頂くわ!」
カミラがまるでマントを広げるが如く、両手を大きく開いて、アリスの体を覆おうとした。
「──悪いけど、あんたにあげる血なんか、これっぽっちもないわよ! あんたには『コッチ』の方がお似合いよ! これでもくらいな!」
叫びざま、アリスはネックレスの小瓶に入った液体を、カミラの顔目掛けて思いっきり振り掛けた。独特の臭気を発する液体が宙を飛んで、カミラの顔にベチャリと飛び掛かる。
その途端──。
「うぎゅぐぎゅああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」
カミラがこの世のものとは思えない凄まじいまでの絶叫を迸った。
「きららさん、今のうちに逃げるわよ!」
アリスは何が起きたのか分からぬまま呆然と突っ立ているきららの右腕を強引に引っ掴むと、誰もいない夜の歩道を全速力で駆け出した。




