院内尋問 その３
「のどかが考えている間に、おれからも君にひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな？」
壁に背を預けていた京也が、おもむろにベッドに近寄ってきた。
「なあ、どうして君は沼津第一高校に転校してきたんだ？ そんなことをしたら、おれたちに疑われるのは分かり切っていたはずだろう？ それとも最初から転校してくる予定でもあったのか？ そこがどうしてもおれには分からないんだけどな」
「ああ、そのことか。──もちろん、転校の予定はなかったよ。元からボクは転校なんてせずに、誰にも知られることなく隠密行動をしたかったからね。でも鈴原さんの家の前で君たちと出会って、当初の予定を変えることにしたんだ」
「それはどうしてなんだ？ おれたちに会ったことが、何か特別な意味でもあったのか？」
「ああ。君たちがあの事件現場にいたということは、もしかしたら、君たちは『吸血鬼事件』に関係しているのかもと考えたのさ」
「なるほどね。そういうことか」
「それで君たちのことを調べるために、手っ取り早く転校することに決めたんだ。転校手続きは学校の事務員に催眠術を掛けて、上手く書類処理をさせてもらったけどね」
「そこまで手間を掛けて、わざわざおれたちのことを調べたってわけだ。それで調査結果はどう出たんだ？」
「初めは『怪物探偵倶楽部』という名前を聞いてびっくりしたけど、生徒たちからいろいろ君たちのことを聞いてみて、好奇心が旺盛だけど、ごく普通の高校生と何ら変わりないと分かったよ。だからこそ、ボクの行動の邪魔さえしてこなければ、無視しても良かったんだけど、君たちはずっと『吸血鬼事件』を調べていたから、結局、ボクとぶつかるハメになってしまったけどね……。その結果、君たちに要らぬ誤解まで与えてしまったみたいだね。それはボクの完全な失策だったよ」
「なるほど、おれたちが好奇心旺盛な高校生ね──」
京也が口元に意味有りげな微笑をひっそりと浮かべた。
「おれの質問はこれで終わりにするよ。──のどか、そろそろ考えはまとまったか？ まとまったならば、あとはのどかに任せるぜ」
「──分かったわ」
思考タイムが終了したのか、のどかが再度視線を優希に振り向けた。
「さあ、ここまで正直に話してくれたのだから、そろそろあなたの口から直接聞かせてもらえるかしら──あなたの正体について」
今回の事件の本質に迫る質問を、のどかが優希にぶつけた。
「──君たちはもうボクの正体について薄々勘付いているみたいだけど──ボクは……吸血鬼なんだ……。もっとも、ボクは吸血鬼の父親と人間の母親の間に生まれた、半吸血鬼だけどね」
優希が初めて自分の正体を明かした。自分は吸血鬼であると──。
「やっぱりそうだったのね。でも、その吸血鬼さんがなぜこの街に来たの？ この街は今『吸血鬼事件』の真っ只中にあるのよ。仮にお忍びで観光をしに来たとしても、あまりにも危険過ぎるタイミングだと思うけれど？」
「本当に観光の為だったら、何十倍も楽しかったんだろうけどね……。生憎とボクは遊びに来たわけじゃないんだ。れっきとしたある使命を背負って来たんだよ」
優希がここではないどこか遠くの方に視線を向けた。そして、何かを思い出すようにぽつりぽつりと話し始めた。
「──始まりはネットのニュースだった。ボクはこの街で起きている『吸血鬼事件』のことをそのネットのニュースで知って、すぐにこれは本物の吸血鬼が起こした事件だと気付いたんだ。被害者の状態が異常だったからね。それで、その吸血鬼を捕まえる為に、ボクはこの街に来たのさ。幸いにして、その吸血鬼はまだ捕まっていないけど、もしも警察の手に掛かるようなことがあったら、ボクら吸血鬼一族にとっては非常に困ることになるんだ。ボクらの存在を知った人間たちが、ボクらの住むトランシルヴァニアの秘密の隠れ里に大挙して押し寄せて来るかもしれないからね。そうなったら、ボクらは住む場所を追われて、放浪の生活を余儀なくされる。だから、ボクは自分の正体を隠して、その吸血鬼を捕まえなければならなかったんだ」
「でも、どうしてあなたが来ることになったの？」
櫻子が素朴な疑問を呈した。
「今この街で事件を起こしている吸血鬼は、ボクの従姉妹なんだよ。だからボクは自ら志願して、夜の一族の代表としての使命を背負って、この街に来たんだ」
「それならそうと、はじめから正直に言ってくれれば、あたしたちだってあなたのことを変に疑ったりはしなかったのに。事件の調査についても、お互いに協力し合うことだって出来ただろうし」
「果たして、君は本当にそう自信を持って言い切れるかな？ ボクの正体が吸血鬼だと知ったら、君たちはきっとボクのことを疑いの目で見たんじゃないかな？ ボクこそが事件の犯人だとね」
優希はそう言うと顔を伏せて、寂しそうな視線を当て所なく真っ白いシーツの表面に向けた。
「おい、それは間違ってるぜ！」
その鋭い声に、優希が驚いたようにして顔を上げた。声の主は、意外にも今まで優希のことを責め立てていたコウだった。
「いいか、オレたちは吸血鬼だからという理由だけで嫌ったりはしない！ ましてや犯人扱いなんか絶対にしない！ オレたちが捕まえたかったのはただの吸血鬼じゃない。平気で女子高生を襲う吸血鬼だったからこそ、捕まえないといけないと強く思ったんだよ！」
コウが語気を荒めて、強い調子でもって主張した。
「コウもたまには良いこと言うのね。──アタシもコウの意見に賛成よ」
櫻子がコウの言葉に続いた。二人の意見が合うとは珍しいことである。
「おれもコウの意見に賛成させてもらうぜ。おれたちは『君が吸血鬼』だから捕まえたんじゃない。君が凶悪な吸血鬼だと考えたからこそ、こうしてワナに嵌めて捕まえることにしたんだ。その点は間違えないでほしいけどな」
京也も後に続いた。
「君たちはなぜそこまではっきりと言い切れるんだ……？」
優希が答えを求めるように、のどかの顔を見つめた。
「私たちはただ興味半分でこの『吸血鬼事件』に顔を突っ込んだ訳じゃないのよ。どうしても犯人が許せなかったからこそ、行動することにしたのよ」
のどかが優希の真っ直ぐな視線をしっかりと受け止めたうえで答えた。
「どういうことなんだい……？ なんで君たちはそこまでして──」
「簡単なことよ。私たちはあなたが思っているような『普通の高校生』なんかじゃないのよ。私たちも『あなたと同じ』なのよ」
「ボクと……同じ……？」
優希の頭上に特大の疑問符が浮かぶ。解答がまったく思い浮かばないらしい。
「まっ、小難しい話は後にしようぜ。とにかく、犯人はおまえじゃないっていうことなんだろう？ それじゃ、さっさと真犯人を捕まえに行こうぜ！」
コウが威勢よく拳を突き上げた。
「あんたね、やる気満々なのはいいけど、肝心の真犯人の正体は分かったの？」
さっきコウのことを褒めたばかりの櫻子が、さっそく鋭いツッコミをもう入れた。
「えっ、いや、だから、それは、つまり、なんていうか……」
コウが振り上げた拳を力なく下げた。非常に分かりやすい反応である。
「まったくもう！ そんなんでよく大声を出せたわね！」
櫻子が呆れたといわんばかりに大袈裟気味に頭を振った。
「おいおい、それじゃ、もちろん櫻子はもう真犯人が誰なのか分かっているんだよな？」
「──あら、今夜はやけに夜空が綺麗ね……」
「露骨に話を逸らすな！」
コウと櫻子によるいつもの漫才染みた掛け合いが始まったとき、夜の病棟に不釣合いな甲高い破砕音が響き渡った。それはガラスが砕け散る音だった。
