院内尋問 その2
「──そろそろ私たちに本当のことを話してくれてもいいんじゃないかしら? いつまでも隠し通せるものじゃないでしょ?」
そう言ってのどかが優希の反応を待つ。
「…………」
しかし、優希は沈黙を貫く。
「────」
のどかはそのまま何も言わずに、優希の顔を静かに見つめ続ける。ここからは二人の根比べの始まりである。のどかはいつものポーカーフェイスを浮かべている。反対に、優希は露骨にのどかの視線を避けるようにそっぽを向いている。
のどか以外の三人の部員は、病室の隅で黙ったまま様子を見守っていた。
体に突き刺さりそうなほど痛いくらいの沈黙の時間がしばらくの間続いた。のどかは例によってポーカーフェイスを一切変えない。優希は何度か目尻を神経質そうにピクピクと痙攣させた。攻めているのはのどか。耐えているのは優希。それは明らかだった。
目には見えない二人の静かなる神経戦は、予想通り、優希が白旗を上げることで終わった。
「ふぅー……」
優希がため息を付くように、大きく息を吐き出した。
「──なあ、君のことを本当に信用してもいいのかい?」
「少なくとも、あなたが私のことを信用しているのと同じくらい、私もあなたのことを信用しているわ」
なんとものどからしい皮肉ともユーモアともどちらにも取れる表現で答えた。
「フッ……」
病室に連れて来られてからはじめて優希の口元に笑みが浮かんだ。
「──分かった。君を信じることにするよ」
身構えた態度を示していた優希の雰囲気が、目に見えるほど軽くなった。口よりも先に手が出てしまうコウでは絶対に出来ない、のどかだからこそ出来た説得方法である。
「それじゃ、今度こそ本当の話を包み隠さずにしてくれるわよね?」
「ああ、話すよ。でもその前に、このロープだけでも外してくれるかい? このままじゃ、話しづらくてしょうがないから」
「おい! 図にのるなよ! オレたちはまだおまえのことを百パーセント信用したってわけじゃねえんだからな!」
さっそくコウが大声を出して噛み付いた。
「コウ、大丈夫よ」
「でも、のどか──」
「そのかわり、彼が今度変なことを言ったら、そのときはコウがこのニンニクエキスを容赦なく彼に振り掛けて」
このあたりのフォローの仕方は、さすがのどかであるといったところである。二人のやりとりをベッド上で聞いていたの優希も苦笑いを顔に浮かべている。
「ああ、そういうことなら任せてくれよ」
コウが嬉しそうにニンニクエキス入りの瓶をのどかから受け取った。
「ほら、ご要望通りにロープは解いたぜ」
京也が優希の体をロープから解放した。
「──ありがとう」
優希は固まった関節を解すように、何度か肩を回す仕草をした。
「よし、だいぶ楽になったよ。──さあ、話を再開しようか」
「改めて、私からさっきした質問を繰り返させてもらうわよ。──まずは一つ目の質問から。あの日、あなたはどうして鈴原美佐さんの家の前にいたの?」
のどかが先ほどと同じ質問を再びした。
「ボクはあの日、『ある人物』を尾行していたんだ。そうしたら、あの家にたどり着いたんだよ」
「その『ある人物』というのは誰なの?」
「君たちもよく知っている人間さ。──カミラ・ミラコージュだよ」
優希がその人物の名前をはっきりと口に出して言った。
「おいおい、なんでカミラさんの名前がここで出てくるんだよ?」
「えっ、カミラさんを尾行していたってことは、あんた、吸血鬼じゃなくて、ただの変態ストーカーだったの?」
コウと櫻子がそろって疑問の声をあげた。反対に、のどかと京也は然もありなんという風に頷いた。
「本当ならばカミラに声を掛けたかったんだけど、一瞬目を離した隙に姿を見失ってしまって……。慌てて周辺を捜していたら、今度は女の子の悲鳴が聞こえてきたから、すぐにその悲鳴がした方に走って行ったんだ」
「その悲鳴の主が鈴原さんだったということね」
のどかが先回りして答えを引き継いだ。
「ああ、そうだよ。ボクが家に着いたときには、もう家の中に誰かがいると分かったから、入ろうかどうか迷ったんだ。でも何が起きたのか実際に確認したかったから、家のインターホンを押してみた。すると、君たちが玄関に現われたというわけさ」
「鈴原さんの件は分かったわ。──次は、橋塚俊実くんについて聞かせてもらえるかしら?」
「彼とは本当に偶然学校の屋上で会ったんだ。でも、ボクにはそのときまだやることがあったから、彼に催眠術を掛けて、彼の記憶を少しだけ弄らせてもらったよ」
「催眠術ってことは、やっぱりおまえが──」
コウが前のめりの姿勢になった。
「コウ、その話は最後にまとめてするから。今は彼との話を進めさせて」
のどかがやんわりとコウを制した。
「三つ目の質問をするわね。──襲われた被害者二人とあなたとの接点についてはどうなの?」
「それは本当に知らない。君たちが誰にそんな出鱈目な情報を聞いたのか知らないけど、それは明らかにボクを嵌めるためのウソだよ」
「あれ? 被害者とあんたが知り合いだって教えてくれてのは、たしかカミラさんだったよね? えっ、それがウソだったっていうの? でも、それってどういうことよ?」
櫻子が何度も首を捻らせて、頭を悩ませるポーズをとった。
「これが最後の質問よ。──あなたは今夜、千本浜高校でカミラ・ミラコージュさんを襲ったわよね?」
のどかが混乱している櫻子を横目に、淡々と質問を進めていく。
「いや、ボクは襲ってなんかいない。ボクはカミラに電話で呼び出されて、話をしに行っただけなんだよ」
「だから、それはオレたちが立てた作戦で、おまえはまんまとそのワナに嵌って──」
「コウ──」
またまたコウが会話に横入りしてきたが、のどかが一言で諭した。
「分かったよ。話が終わるまで口を挟まずに聞いているよ」
「優希くん、続けてくれる?」
「ああ、分かった。──ボクはカミラに千本浜高校の『裏庭』に来るように言われたから行ったんだ」
「『裏庭』? たしか生徒用の正面玄関が待ち合わせの場所じゃなかったかしら?」
のどかが眉根を寄せた。
「最初の電話のときはそう言われたよ。でも千本浜高校に向かっている最中に、カミラからもう一度電話があって、守衛さんの目があるから待ち合わせ場所は『裏庭』に変更するって言われたんだ」
「なるほどね。おれたち監視の目を盗んで、勝手に連絡していたんだな」
京也が納得したというように何度も首肯した。
「それでカミラさんとの話し合いはどうなったの? そもそも、あなたがカミラさんを襲っていないと言うならば、なぜあなたはあそこに倒れていたの?」
「ボクはカミラに言われた通りに、千本浜高校の裏庭でカミラを待っていたんだ。そうしたら、いきなり後頭部を何かで強打されて、気が付いたら、こうしてこのベッドに縛り付けられていたっていうわけさ……。ボクだって何が起きたのかさっぱり分からないんだ……」
困惑気な顔に、戸惑ったような声をあげる優希。その様子はウソをついているようには見えない。
「──ありがとう。あなたの話を聞いて、ようやく事件の概要がつかめてきたわ。どうやら私たちはいろいろと誤解をしていたみたいね。だとすると、事件の真相はいったい──」
のどかが右手で唇の先を軽く触れながら、再び深い思考タイムに入った。




