院内尋問 その1
のどかの実家である白包院病院に着いた四人は、さっそく優希に対する尋問を始めることにした。一応、万が一のことを考えて、吸血鬼の力でも簡単に引き千切られそうにない特別なロープでもって、優希の体をベッドに固く縛り付けた。さらに奥の手として、ニンニクエキス入りの瓶も用意した。この場に『ニンニク嫌い』のさきがいないのは、かえって都合が良かった。
「──さてと。準備も出来たことだし、そろそろお楽しみの尋問を始めるとするか」
コウがさっそく上着の袖まくりをして、しなやかな筋肉が走る腕を露わにした。
「ちょっと待ってよ。コウ、なんであんたがやるわけ?」
櫻子がすかさずに文句を発した。
「こういう荒事はオレ以外に誰がやるっていうんだよ? 相手は吸血鬼なんだぜ? オレ以外に適任者なんていないだろう?」
「だから、まだ荒事が起きるなんて決まってないでしょ! まったく、なんでもかんでもすぐに力で片付けようとするんだから!」
「有り余った力を使うのが悪いっていうのかよ? それにこの野郎は何人も傷つけてきた極悪な──」
「──コウ、ここは櫻子の言う通りよ。まずは冷静になって、彼から話を聞かないと」
のどかがまだ何か言いたそうなコウの言葉をぴしゃっと制した。
「──分かったよ。のどかがそう言うのならばオレは下がるよ」
コウが仕方なさ気に場を譲った。のどかに面と向かって反論出来る人間は、倶楽部内にはいないのである。
「でもよ、もしもこの野郎が黙ったまま、何もしゃべらないようだったら──」
「分かっているわ。そのときはコウの力を借りるから、思う存分にやって頂戴」
「ああ、そのときは任せておけって」
「じゃあ、京也、彼を起こしてくれるかしら?」
のどかが京也に目配せをした。
「分かった──」
壁際に立っていた京也がベッドに近寄る。手に持ったニンニクエキス入りの瓶を、失神状態にある優希の鼻元にそっと近付けた。きつく締められた蓋を少しだけ緩める。その途端──。
「う、う、うぐぐ……ごぼっぎゅ……。ぐわっ……ぐぼっぼぼぼはっ!」
激しく咳き込みながら、優希が目をぱっちりと開けた。
「な、な、なんだ……このニオイは……?」
優希が自分の鼻先を何度も手で擦りながら、怪訝そうな目を周囲に向けた。自分が置かれている状態が上手く把握できないのか、瞳を左右に何度も行ったり来たりさせる。ベッドを取り囲んで立つ四人の顔をニ往復したところで、瞳にぎらっと強い光が戻った。
「──どうやら自分が置かれている状況を理解したみたいね」
のどかが改まった口調で言った。
「──なるほどね。君たちだったのか」
ベッドに寝かされたままの状態で、優希が分かったという風に口元を皮肉気に歪めてみせた。
「それで、君たちはいったいボクに──」
優希はごく自然体のまま起き上がろうとして、そこで今さらながらに、自分の体がロープでベッドに雁字搦めにされていることに気が付いたようである。
「──? これはどういうことなんだい? まさかボクのことをマジックショーの練習台にでもするつもりなのかな?」
優希がこの状況でジョークを飛ばしてくる。ロープで縛られていてもなお、まだ自分が有利だと考えているのだろう。
「どうもこうもないだろう。オレたちは世間に害をなすハレンチ極まりない極悪非道な凶悪吸血鬼を捕まえたんだよ!」
コウが勝ち誇ったように優希の顔を上から見下ろす。所々にコウの私見ともいえる言葉が混ざっていたが、他の三人は訂正しなかった。
「捕まえた……? 凶悪吸血鬼を……?」
優希が視線を天井に向けて、考える仕草を見せた。
「お前な、今さらそんな分かりやすい素っ惚けた振りをしたって、もう遅いんだよ! お前が一連の『吸血鬼事件』の犯人だということは見抜いているんだからな!」
コウがさらに吠え立てる。
「前にも君には言ったが──もう少し人間を観察する目を養った方がいいみたいだね。ボクが君たちに捕まらなくちゃいけない理由など、皆無だからね。むしろ、君たちのことを拉致監禁で訴えてもいいんだよ」
優希が負けずに言い返してきた。
「悪いことをして捕まった犯人というのは、決まって同じセリフを吐くみたいだな。自分は違いますってな。でもな、おまえが犯人であることはもう疑いようがないんだよ! ほら、さっさと白状したらどうなんだ?」
「君も話が分からないみたいだな。ボクは無実だとさっきから言ってるんだよ!」
「ほー、随分と怒っているみたいだな。ようやく尻尾を出してきたな。その調子で女子高生を襲ったんだろうが!」
手は出さないと自分で言っていたコウだが、今にも手を出しそうな雰囲気だった。
「悪いけど、君と話していても一向に埒が明かないから、他の人と変わってくれ!」
優希がこれじゃ話にならんとばかりに、のどかの方に目を向けた。
「おまえの言い分はよーく分かったぜ。どうやら、おまえは口で言ってもダメなタイプみたいだな。そういうことなら、ここはオレが力ずくでもって、おまえの口を割らせ──」
コウが待ちに待ったという風に腕を振り上げた。しかし──。
「コウ、それは最後の手段ってさっき言ったはずでしょ」
のどかがコウの行動を静かに諌めた。
「──ちぇっ、分かったよ」
のどかの言葉なので、コウも大人しく引いた。
「それじゃ、ここからは私があなたの話し相手になるわ。それならいいでしょ?」
のどかがコウと場所を入れ替わって、ベッドの傍に立った。仰向けで寝た状態の優希の顔をまじまじと見つめる。
「良かった。君ならボクの話を分かってくれそうだ」
優希も納得したみたいである。
「どこから話したらいいかしらね。そうね、まずはこちらからの質問に答えてくれるかしら?」
「質問……?」
「私からの質問に対して、あなたが正確に反論出来れば、そのときはあなたのことを解放するわ」
「──分かった。君の質問に答えるよ」
優希が寝かされた状態のまま、器用に首だけを動かして頷いてみせた。
「さっそく質問を始めるわよ。──まずは一つ目の質問。鈴原美佐さんの家の前で、私たちと会ったわよね?」
「ああ、あのときのことか」
「あなたはなぜあそこにいたの? それを教えてくれるかしら?」
「ボクはたまたまその場に居合わせただけだよ。近くを散策していたら、女の子の悲鳴が聞こえたから、急いであの家まで走ったんだ。そうしたら君たちに会ったんだよ。だから、まったくの偶然さ」
まるでそう質問されるのが初めから分かっていたかのような、前もって準備していたかのような説明だった。
「分かったわ」
のどかは優希の説明に対して追求はしなかった。
「それじゃ、二つ目の質問をさせてもらうわね。──学校の屋上で橋塚俊実くんが倒れたとき、あなたは傍にいたわよね?」
「たしかに、あそこにいたことはいたけど、それが何か問題でもあるのかい?」
「それがおおありなのよ。橋塚くんは催眠術を掛けられていたのよ。どうしてかしらね? そのことであなたから何か言うことはない?」
「──いや、これといって特に何もないけど」
一拍間を置いて、優希が答えた。
「そう、分かったわ。それがあなたの答えということね。──三つ目の質問に移るわね。今この街を騒がしている『吸血鬼事件』については、当然あなたも知っているわよね?」
「…………」
優希は無言のまま頷いて、イエスを示した。
「その事件の被害者二人は、あなたらしきハーフの男の子とネットで知り合って、そして千本浜海岸に呼び出されて襲われたとの見方を私たちはしているんだけど、その点についてあなたの見解を聞かせてくれるかしら? ハーフの男の子というのはあなたのことなの?」
「それは違う!」
優希が初めて大声で全否定した。
「ボクがこの国に来たのはたかだか五日前だ! 一週間以上前の事件を起こせるわけがないだろう!」
優希の言う通り、時間的には不可能である。
「そうね。あなたの話が本当ならば、そういうことになるわね」
のどかはここでも深く追求することをしなかった。
「それじゃ、これが最後の質問よ。──今夜、あなたは千本浜高校に通うカミラ・ミラコージュさんを襲おうとして、逆に返り討ちに合ったわね。それについてはどう弁解してくれるのかしら?」
のどかが最後に直球の質問を投げ掛けた。
「それは……その……」
はじめて優希が口ごもった。
「どうしたの? 一番大事な質問に答えられないということなのかしら?」
「つまり……今夜のことは──すべて誤解なんだよ……」
「はあ? 誤解だと! オレたちのことをバカにしてんのかっ!」
イライラした様子でのどかと優希のやり取りをきいていたコウの怒りが爆発した。
「言うに事欠いて、誤解とはふざけたこと言ってくれるじゃねえかよ! おまえがか弱い女子高生に襲い掛かったのは揺るぎようがない事実だろうが! そんな言い訳がこの場で通用するとでも思ってんのかっ!」
「──悪いが……これ以上の説明は、ボクには出来ない……」
優希が視線を誰もいない病室の壁の方に向けた。完全に会話を拒否した格好である。
「なんだと! やっぱり、おまえには力ずくで聞くしかねえみたいだな!」
我慢の臨界点を突破したコウが猛然と優希に食って掛かっていく。いや、実際に手を出して、今にも殴りそうな素振りを見せた。
「おい、コウ。落ち着けって」
京也がすかさず止めに入った。
「京也、止めるな! この野郎には言っても分からねえんだよ!」
「いいから、もう少しだけ冷静になって話を続けよう」
「いや、オレの我慢はもう数分前に切れているんだよ!」
コウと京也がやり合っているのを横目で見ながら、のどかは眉間に皺を寄せて、沈思黙考に入っていた。そして数十秒後──のどかは再び視線をベッドの優希に向けた。
「──ねえ、あなたはいったい何をそんなに必死になって隠そうとしているの?」
のどかが質問するというよりは、むしろ確認するといった口調で優希に訊いた。




