束の間の休憩
アリスたち四人は千本浜高校の校門の近くにある、バス停のベンチに座っていた。登下校時には千本浜高生で賑わうバス停も、さすがにこの時間となると四人以外に人の姿はなく、今は夜の静けさの中にあった。いろいろな不手際はあったが、怪我人もなく優希をワナに嵌める作戦が無事に終了したので、アリスはカミラときららを家まで送り届けるつもりだったのだが、カミラが少し休憩をしていこうと言い出したので、こうしてバス停で休んでいるところだった。
「あっ、そうだ。私、近くの自販機まで缶紅茶でも買いに行って来るね」
カミラがベンチから立ち上がった。
「あっ、待って、カミラさん。別にそんなに気は遣わなくてもいいから」
今にも歩き出そうとするカミラをアリスは引きとめた。
「でも、アリスさんたちにこれぐらいのお礼はしたいから──」
「そういうことなら、さきに自販機まで買いに行かせるからさ」
完全にさきのことを下僕扱いしているアリスだった。
「だけど、自販機の場所がちょっと分かりづらいと思うから……。うん、それじゃ、さきさんと二人で買出しに行って来るから、ここで少し待ってて」
そう言ったかと思うと、今度はアリスが声をかける前に、もうカミラは早足で駆け出していた。
「ちょっと、さき。なに、ぼけーっと座ってんのよ! さっさとカミラさんを追い掛けて!」
「はーい」
主人には絶対に歯向かうことをしない従順な下僕が、のほほんとカミラの後を追いかけていく。
「それじゃ、ここはカミラさんの言葉に甘えて、少し休憩させてもらおうかな」
さきの背中を見ながらアリスはようやく一息付いたという風にまったりと体から力を抜いた。
だが、夜はまだ始まったばかりである。闇の時間は、このあと朝日が顔を覗かせるまで続くのだ──。
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アリスが束の間の休息に付いていたのと同じ頃──。
「あっ、見てくれよ。本当に体中に蕁麻疹が出てきたぜ! これはオレの体が拒否反応を示している証拠だろう?」
「あっ、今度は寒気を感じ始めたぞ! なんだろう、体までぶるぶる震え出したぞ!」
「やばい、鼻から大量の鼻水が出てきた! これはもう完全に危険な兆候に間違いない! いますぐなんとかしないと!」
背中に優希をおぶったまま、夜の歩道でひとり煩く騒いでいるコウであったが、周りからの反応は絶無だった。
「あっ、櫻子。今オレのこと、笑っただろう?」
コウが目ざとく指摘した。
「笑ってなんかないわよ。ただ微笑んだだけでしょ」
「世間ではそれを笑ったっていうんだよ」
「へー、そうなんだ。全然知らなかった」
わざとらしく知らん振りをする櫻子だった。
「そもそも、笑われるようなことをするあんたが悪いんじゃないの?」
「あのな、今夜の失敗は櫻子にだって責任の一端があるだろうが。少しはオレのことを手伝うとかいう気持ちはないのか?」
「アタシよりもコウの方が力あるでしょ? それに二人で運ぶよりも、ひとりで運んだ方が効率的でしょ?」
櫻子が論理的に反論する。
「力だったら、櫻子だって『人間離れした力』を持っているだろうが」
「あら、今夜は夜空に煌々と『満月』が輝いているのよ? 『満月の晩』に、コウに敵うわけないでしょ? それとも『満月の晩』に、どうしてもアタシの力が借りたいというのならば、貸してあげてもいいけど。──さあ、どうなの?」
櫻子が『満月の晩』を強調する。コウにとって『満月の晩』は特別な意味があるのだ。
「ぐ……そ、そ、それは……」
言葉に詰まるコウ。完全に勝負はついた。
「まったく、あの二人はどんなときでも、ああだよな。なんとかならないもんなのか?」
京也が毎度の言い合いをしながら前を歩く二人の様子を見て、呆れたという風に感想を漏らした。
「なんとかなるぐらいだったら、あそこまでひどくなる前にとっくに直っているはずよ」
のどかの分析は非常に的を得ていた。
「まあ、たしかにそう言われたらそうだけどさ……」
京也としてもそう答えるしかないのだった。




