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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第一章 初めての調査依頼
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朝の部室にて

「大変よ! 大変よ! チョー大変よ! 本当に大変なんだから!」


 その日の朝、沼津第一高校ぬまづだいいちこうこうの部活棟の三階渡り廊下をけたたましい声を張り上げながら走る、ひとりの少女の姿があった。廊下は走ってはいけません、という規則ははなから無視している。

 

 大きな足のスライドとともに、ショートカットに切り揃えた髪が、これでもかといわんばかりに大きく前後左右に揺れている。首に付けているネックレスも今にも飛んで行きそうな勢いだった。もっとも、その下の胸元はまったくといっていいぐらい揺れていなかったが……。


 魔王堂(まおうどう)アリス。


 それが、この少女の名前である。ボーイシュッさと可愛らしさとが見事に融合し合った、美少女と呼ぶにふさわしい容姿をした、今年の春に高校に入学したばかりの十六歳。その外見に違わず中身も元気印百パーセントのアリスだったが、今朝は特に気合が入っていて、右手に握り締めた新聞をホームランバッターのようにぶんぶん振り回しながら、部室へと駆け込んで行った。


「みんな、大変よ! ビッグニュース! 絶対に驚くこと間違いなしよ!」


 興奮を隠し切れない声をあげながらドアを開け放ち、部室に入ったアリスの前に、いつもと変わらぬ面々の姿があった。揃って何事かという表情を浮かべて、アリスを出迎える。


「何よ、アリス。朝からうるさいわね。高校生になったんだから、もう少し上品に朝を迎えられないの」


 最初に反応したのは、猫目櫻子(ねこめさくらこ)だった。ごく普通の学校指定のブレザーの制服を、まるで外国のハイブランドの服のごとく華麗に着こなしている、天性のファッションセンスを持ち合わせた少女である。

 

 髪型もファッション雑誌からそのまま抜け出してきたかのような最先端のものでばっちりと決めている。モデルのような顔付きと相まって、アリスとはまた異なる端正な美少女だ。櫻子は『血筋譲りの猫のような切れ長の目』を、読んでいた雑誌からアリスへと向ける。


「それで、いったい何をそんなに騒いでいるの?」


「だから、大変なんだってば! 昨日、また例の事──」


 アリスが言い終わる前に、話に入ってきた者がいた。


「大変大変って、大変の大安売りだな」


 やれやれといわんばかりの声の主は、犬神(いぬがみ)コウ。太い眉にギラギラと光る猛々しい瞳。コウは精悍な二枚目といった風貌をしている。


 昨夜は『お月さん』がしっかり夜空に輝いていたので、今朝はすこぶる機嫌が良さげに見える。


「だって、本当に大変なんだからしょうがないでしょ! あのね、昨日──」


 再度言い掛けたアリスだったが、言い終わる前に、結論を先回りした者がいた。


「また『例の事件』が起きたんだろう?」


 口を挟んできたのは、百九十近い身長と、ボディビルダーのような筋肉質の肉体を器用に丸めて、漫画週刊誌を読んでいた巨人京也(おおひときょうや)である。

 

 静かなる巨人、というニックネームが示す通り、体こそ『人並み外れた体格』をしているが、内面は穏やかで誰とも仲良くなれる、そんな不思議な魅力を持った好青年である。


「ちょっと京也、先に言わないでよ! わたしが持ってきた特ダネだったのに!」


「悪い悪い。話が全然前に進まないから、つい口を出しただけだから、勘弁してくれよ」


 頭に手をやりながら謝る京也の顔には、悪気はいっさい感じられない。こういうところが京也の魅力なのだ。


「とにかく、みんな、この新聞を見てよ。どうせコウと櫻子は今朝のニュースなんか見てないでしょ」

 

 アリスは部室の真ん中にどんと置いてある長机の上に、手に持っていた新聞をぱっと広げた。


「あのな、オレだってニュースぐらいは見るぞ。スポーツニュース専門だけど……」


 コウが不満そうにつぶやいた。


「あんたね、たまには教養のあるニュースぐらい見たらどうなの?」


 櫻子がすかさずコウに容赦ないツッコミを入れる。


「なんだよ。そう言う櫻子はどうなんだよ? ちゃんと教養のあるニュースを見てるのか?」


「当然じゃない。あたしたちはもう立派な高校生なのよ。遊んでばかりいた中学時代とは違うんだから。毎朝のニュースをチェックするのは当たり前よ! あたしなんて、ちゃんと習慣になっているぐらいだし」


「それじゃ聞くけど、今朝の大きなニュースは何があったか、教養の足りないオレに教えてくれよ」


「えっ? それは……その……つまり……」


 途端に口ごもる櫻子。


「その、なんだって?」


 形勢逆転と見て取るや、撃って出るコウ。


「だから……超人気既婚俳優がモデルと腕を組んでホテルから出てきたところを写真で撮られたとか……。彼女とはホテルの部屋で相談にのっていただけですと言い訳したとか……。どんな相談ですかって記者に問われて、返事に困ったとか……。挙句の果てに、絶対にやましい関係があったはずなのに、友達のひとりですって白々しく弁明したとか……。一線は越えているのに、絶対に越えていませんって断言したりとか……。でも、記者から二人のスマホでのやり取りが暴露されると、遂に関係を白状したとか……。まあ、そんなところかしらね……」


 言いながら自分の不利な状況を悟ったのか、次第に声が小さくなる櫻子だった。


「ほほう。それは大変重要なニュースだよな。でもそれって、世間一般では芸能ゴシップニュースって言うんじゃないのか?」


「…………」


 櫻子、黙秘タイム。


「まあ、所詮、櫻子に聞くことじたい間違っていたけどな」


「な、な、何よ、その言い方!」


 声を荒げる櫻子。


「なんだよ。本当のことを言っちゃいけないって法律でもあるのかよ?」


 負けずに言い返すコウ。


 まさに一触即発の状態か、というと、実はそいうわけではなかった。この二人の口ゲンカは毎度のことなのだ。日常茶飯事といってもよかった。犬猿の仲という言葉があるが、二人は差し詰め『犬猫の仲』といったところだろうか。


「はいはい、いい加減に夫婦漫才はそこまでにして、この新聞に注目してくれる?」


 呆れたように二人の言い合いを見ていたアリスが、仕方なく止めに入ったが、それが逆効果になった。二人の闘争本能の炎が再点火してしまった。


「誰が夫婦漫才だ!」


 コウが言下に否定する。


「こっちこそ、こんな野生児と一緒にされたくないわ!」


 櫻子が瞬時に言い返す。


「はあ? 誰が野生児だって?」


「あら、自分で自分のことが分からないなんて、あんた、野生児以下なんじゃないの?」


「だったら、おまえは野生児以下のさらに以下の存在だろうが」


「何よ、言ったわね! だったら、あんたは野生児以下のさらに以下の、イカの燻製以下ね!」


「なんでイカの燻製が出て来るんだよ!」


 二人の余りに低次元で不毛極まりない中傷合戦は、しかし、たった一言で幕が下りた。

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