作戦終了
「──ということは、これで今夜の作戦は終了っていうことでいいのかな?」
さきがのん気に場をまとめようとする。
「そうね。当初の予定通り、こうして彼を捕まえることが出来たことだしね」
口ではそう言ったが、本音で言えば、アリスは少々不満を感じていた。優希をワナに嵌める作戦は成功したとはいえ、実際に活躍したのはカミラであり、アリスを含めて部員一同はほとんど役に立つ行動は出来なかったのである。部長としてとてもじゃないが納得のいく結果とはいえなかった。唯一良かった点があるとすれば、誰一人怪我人が出なかったことである。
「とにかく時間も時間だし、そろそろ帰る支度を始めましょう」
アリスは作戦における自分たちの失敗点についてはとりあえず頭の隅に追いやって、次の行動に移ることにした。
「アリス、彼はどうするの? このままここに放っておくってわけにはいかないでしょ? 警察でも呼ぶつもりなの?」
のどかが倒れたままの優希に目をやった。
「彼には聞きたいことがまだ山ほどあるから、警察に突き出す前に、一度詳しく尋問したいんだけど」
「そういうことならば彼はうちの病院で預かるわ。空いている病室に拘束しておけばいいし」
「それで頼むわ」
「分かったわ。それじゃ、京也に病院まで彼を運んでもらうことにするから」
「おお、任せておけ。人ひとりくらい軽いもんだからな」
京也の言葉にウソがないことは、部員なら誰もが知っていることだった。もしもウエイトリフティングの大会に出場したら、並み居る強敵を打ち負かせて、ぶっちぎりで優勝するだけの力の持ち主なのである。
「ううん、京也はいいから」
アリスは首を振った。
「えっ? いいのか? それじゃ、誰が彼のことを運ぶんだ?」
京也が驚いたように訊き返してきた。倶楽部内では、こういう力仕事はいつも京也が任されるが常だったのである。
「あっ、ひょっとして、ぼくに運ばせるつもりなんじゃ……」
「いいから、あんたは黙ってなさい!」
相変わらずさきにだけ当たりが強いアリスである。
「彼はあの二人に運んでもらうことにするから」
アリスは校舎の向こうから必死の形相で全力疾走してくるコウと櫻子の二人に目を向けた。
「今夜は部員一同が大失態をしちゃって、カミラさんを危ない目に合わせてしまったわけだけど、一番の失敗原因を作り出しのは、彼の監視を怠ったあの二人だからね」
「それ賛成! 異議なし! もう決定!」
難を逃れたさきが嬉しそうな声を上げて、すぐにアリスに睨まれた。
「さきには他にやってもらうことがあるの!」
「えっ、やることって、まさか重労働なの?」
「この後、あんたとあたしとで、カミラさんときららさんの二人を安全に家まで送り届けるの。いくら『吸血鬼事件』の犯人を捕まえたといっても、こんな夜遅い時間に女の子二人だけで帰らせるのは危険だからね。最後まであたしたち倶楽部で責任を果たすの。──さき、分かったの?」
「はーい、分かりました」
まるで教師に叱られた子供のように律儀に返事をするさきである。いついかなるときでも、アリスには頭が上がらないさきであった。
「アリスさん、いいんだよ。私たちは二人で帰れるからさ。アリスさんたちだって疲れているだろうし……」
カミラがアリスたちの会話に入ってきた。
「ううん、さっきも言ったけど、あたしたちはなんの役にも立てなかったんだから、最後くらいはしっかりしたいの」
「でも、なんだかこっちが申し訳ないような気が……」
「いいじゃない、カミラ。アリスさんもこう言ってくれているんだから、ここはお言葉に甘えようよ」
きららがカミラの説得にまわった。
「うん……。きららがそう言うのならば、別に構わないけど……」
「それじゃ、決まりね。──アリスさん、お願い出来ますか?」
「もちろんよ!」
アリスは大きく頷いた。
「えっ? 何がもちろんなんだって?」
そこにコウがやってきた。すぐ背後には櫻子の姿もある。二人とも無理して走ってきたのか、ぜいぜいと肩で息をしている。
「もちろん──コウは罰として彼を病院まで運ぶこと!」
アリスは疲れ切っているコウに対して、非情な命令を容赦なく下すのだった。
「えー、オレが? なんでだよ? いや、それよりも作戦はどうなったんだよ? ていうか、なんであの野郎が地面に倒れているんだ? いったい何が起きたっていうんだよ? アリス、オレたちにもしっかり説明してくれよ」
現状を把握出来ていないコウがあちこちに目を向けて解答を求める。
「じゃあ、のどか、彼のことは任せたからね。あたしたちはカミラさんときららさんを家までちゃんと送った後で、病院に向かうから」
アリスは露骨にコウの発言を無視して、のどかとどんどん話を進めていった。
「ええ、分かったわ。彼のことは任せてちょうだい」
のどかが応じる。
一方、完全にそこにいない者とされているコウは──。
「なあ、アリス、オレの話も聞いてくれよ……。オレたちだってわざと監視を怠ったわけじゃないんだぜ……。ちゃんと理由というか、訳があるんだからさ……。なあ、目ぐらい合わせてくれてもいいだろう……?」
コウの悲しき訴えは、しかし、誰の心にも響かなかった。アリスたちは帰り支度を始めてしまっている。
「──だいたいさ、オレは男なんかおぶりたくないからな……。しかも、あの野郎だなんて、絶対にごめんだぜ……。オレの背中は可愛い女の子を背負う為にあるんだからな……」
「あんたはこんなときにそんな戯けたことを言ってんじゃないわよ!」
同罪のはずの櫻子にまで怒鳴られる始末のコウだった。
「それじゃ、カミラさん、きららさん、帰りましょうか。ほら、さきも一緒に付いてきて」
最後におまけとばかりにさきに声を掛けて、アリスたちは歩き出した。
「アリス、頼むから、オレにも弁解の時間をくれよ……。お願いだからさ……。あっ、そうだ、今思い出したんだけど、オレ、男に触れると全身に蕁麻疹が出来るっていう奇病を持っているんだった……。だから、男なんて背負えないからな……。それから、男に触れると寒気がしてきて、鼻水も止まらなくなって……。ていうか、誰でもいいから、オレの話を聞いてくれよ……」
コウの悲しみに満ち満ちた訴えは、すべて夜の闇に儚く吸い込まれていった。
「ほら、コウ。あんたもいつまでもそんなバカみたいな泣き言を言ってないで、その男をさっさと背負って、のどかの病院に向かうわよ」
「うぐぐ…………」
櫻子の言葉にコウはがっくりとうな垂れるのだった。




